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2019年4月26日 (金)

福島とともに

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復活の月曜日、4月22日の午後2時半から、福島県の南相馬市にある東京カトリックボランティアセンター(CTVC、責任者は幸田名誉司教)の支援拠点であるカリタス南相馬において、一般社団法人カリタス南相馬の設立社員総会が開催され、新しい法人が正式に立ち上がりました。

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カトリック原町教会の敷地内にあるカリタス南相馬は、震災発生後から福島県内で様々な活動を展開してきたCTVCが、これからの長期的支援活動の拠点としてカリタスジャパンの援助の元に設置したもので、様々な女子修道会や地元などの団体からも人的な協力と支援をいただいています。

現在のカリタス南相馬所長は、聖心会のシスター畠中。これまでも長期にわたって、南相馬での支援活動を率いてこられました。

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司教団は、2021年の3月末まで、全国の教会をあげての復興支援活動を継続することにしています。しかし同時に、これまでの活動を通じて、それぞれの教区や団体が築き上げた地元の方々との深い絆や関係もありますし、また現実を見るならば、地域によってはこれからもまだまだ支援活動が必要な場もあります。

とりわけ福島にあっては、主に浜通り(沿岸部)を中心に、震災と原発事故の影響はなくなったわけではなく、特に原発事故によってもたらされた地域共同体への影響には深刻なものがあります。この地にとどまる選択をした人、避難先から戻られた人、現在も避難生活を続ける人。それまでごく普通の生活を営んできた人たちは、震災とそれに伴う原発事故によって『普通』を失い、予期せぬ道を歩み始め、いまだその『普通』を回復できてはいません。本来であればそのような状況で生活しているはずはない、すなわち自分たちに責任がないにもかかわらず、今どういう生き方をしているかで、様々な評価をされ、いらぬプレシャーを受けている方々もおられます。地域の共同体は、分断されて、それによって傷ついている方々が多くおられます。

そういう、外部要因によって予期せぬ生活に引きずり込まれた方々が、普通に生活ができるようになるまでは、やはり一緒に歩みをともにすることを止めるわけには行かない。そう判断して、10年後以降も歩みをともにする方法を模索しながら、その拠点として、カリタス南相馬を続けていくことにしました。とはいえ、東京教区だけでその活動を支えることは難しく、カリタスジャパンからの継続した資金提供もまた難しく、さらには、地元である仙台教区の意向や将来計画もある中で、確実な歩みを続けるためにとCTVCに関わる方々が検討を続けた結論が、法人化でありました。

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今般の一般社団法人化に当たり、26名の方が設立時社員として名を連ね、私も幸田司教様とともに、社員に加わりました。また設立社員総会で、理事も承認され、責任者である代表理事には幸田名誉司教が就任することになりました。なお仙台教区の平賀司教様も理事に加わっておられます。

今後、地元の方々や行政とも連携しながら、長期的な歩みを続けていこうとするカリタス南相馬の活動にご理解とご支援を頂けましたら、幸いです。

なお、将来的にはCTVCを東京教区の災害ボランティア活動拠点として発展させていきたいと考えていますが、ちょうど、カリタスジャパンが東日本大震災を教訓に災害対応マニュアルを作成中で、それに基づいてのこれからの備えなどを考える担当に、豊島神父様を任命したところですので、今後豊島神父様を中心に、整備していきたいと願っています。

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さて、福島つながりで4月25日の夕方、きらきら星ネットの方々(写真上)が、教皇謁見の報告のために教区本部を訪ねてくださいました。きらきら星ネットは、福島の原発事故以降、避難者、被災者を支援するための市民によるグループです。今回はきらきら星ネットが支援を続けている自主避難をしている方々を代表して、高校生の鴨下全生さんが、スタッフとご両親とともにバチカンで教皇様に謁見し、避難生活の実情を訴えたもので、一般紙にも報道されました。

事故があったからこそ避難することを選択したのに、避難先ではいじめに遭ったり、福島から来たことを隠さなくてはならなくなったりと、様々な困難に直面してきた鴨下さんは、教皇様に、原発事故が引き起こした地域共同体の分断とそれに伴う苦しみを訴え、教皇様に是非とも福島へ来てほしいと訴えました。

事故によって被害を受け、助けを求めて避難したところで差別されいじめられる。なんとも理不尽なことだと思います。原発事故によって分断された福島の方々の、心に負っている重荷は、忘れ去られて良いものではありません。

神が与えられた賜物である人間のいのち。そのすべてを愛され大切にされ、そしてその一つ一つが与えられた使命を十全に果たすことができる社会の実現。それを神様は望まれているのではないでしょうか。

教会全体として、様々なレベルでの、歩みをともにする活動を続けていくことができればと思います。

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