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2019年6月27日 (木)

キリストの聖体の主日に@築地、そして麹町

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キリストの聖体の主日は、毎年恒例なのですが、午前中に築地教会で歴代教区長の追悼ミサを捧げました。

築地教会は、東京で一番最初に建てられた教会で、1877年にオズーフ司教が日本北教区の司教座を置かれました。1920年に司教座が関口教会に移るまで、カテドラルとしての役割を果たしていた教会です。

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現在は、近隣のホテルに泊る海外からの観光客も多くミサに訪れる教会ですが、その歴史のある聖堂は、今年の末頃の完成を目指して、耐震修復工事中です。そのため、ミサは信徒会館二階ホールで行われました。

現在の主任司祭はレオ神父。大司教秘書のディンド神父と三人の共同司式ミサでは、お二人が初聖体を受けられました。おめでとうございます。

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そして同じ日の午後3時半からは、麹町のイグナチオ教会での堅信式です。141名の方が堅信の秘跡を受けられ、英主任司祭と李助任司祭に加え、司牧に協力してくださるイエズス会の司祭たちも共同司式。

ミサでは入祭の挨拶の後、灌水式も行われました。イグナチオ教会では、毎年100人を優に超える方が堅信を受けられます。交通の便が良いこともありますが、多くの協力司祭と、シスター方、信徒の方がチームを組んで、入門講座や堅信の準備、さらには結婚講座の充実に取り組んでおられる努力の成果であろうと思います。これからも、充実した信仰養成の努力を続けられますように。

ミサ後には、ホールに場所を移して、堅信式のお祝いも行われました。皆さん、おめでとうございます。これからも教会での活躍を期待しています。

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以下は、当日のイグナチオ教会での説教を、ある方が録音から文字おこししてくださったものです。

今日の御ミサの中で、堅信の秘跡を受けられる方々が141名おられると伺いました。141名の堅信を受けられる方々に、心からお祝いを申し上げたいと思います。

141名もいるということは、そこには141通りの信仰の出会いの物語があり、141通りの信仰の歩みがそれぞれあるのだと思います。みな同じイエス・キリストを信じているというところでは変わらないのでしょうけれども、イエス様にどこでどのように出会ったのか、そしてイエス様をどれくらい理解しているのか、というあたりでは一人一人に違いがあることだと思います。でもその141通りの違うイエス様との出会い、イエス様における信仰、その違いがあるけれども、一つのことでは みな同じように役割を与えられていると思います。

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その役割は一体何なのかといえば、先ほど朗読でパウロのコリントの教会への手紙が読まれましたが、 今日はキリストの聖体、御聖体の祝日でありますので、パウロのコリントの教会への手紙は、最後の晩餐における主イエス・キリストによるご聖体の制定の物語でありました。そしてそれはわたしたちがミサに預かる度ごとに耳にしている、司祭が聖変化の時に唱えるあの言葉でありますけれども、「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。」そして「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。」 パンはご自分の体、そして杯に満ちたぶどう酒はご自分の血であると言われ、ご自分の体をわたしたちのために渡してくださった。そのご聖体の制定の出来事が起こった、最後の晩餐が今日のパウロのコリント人への手紙の中に記されています。

問題はそこに書かれている「記念として」と書いてあります。「記念」とは何とか記念日「わたしの記念としてこのように行いなさい」「飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」記念と書いてあります。ミサの中でも記念という言葉を司祭は唱えます。「わたしの記念としてこれを行いなさい。」記念とは何をどうしようと言っているのか。

ミサの中でも、さらりとこの部分は過ぎ去ってしまう言葉だと思います。でも考えてみたら、イエス様ご自身はもうこれで最後だ。 弟子たちと生きている間に食事を共にするのは最後。すなわち弟子たちに教えを伝えるのは、これが最後のチャンスだということをよく知っておられたわけです。その上でこれが最後だという思いを込めて、弟子たちに対して記念として行う。その記念とは何なのか。

「忘れるな」ということです。わたしが今まで語ってきたことを、わたしが行ってきたことを、あなた方が目の当たりにしてきた出来事を、決して忘れてくれるな。というイエス様の切なる願いがこの記念としてという言葉には込められていると思います。そしてその記念は誕生日とか、何かの出来事の記念日とか、自分の内輪でお祝いをするものではないのです。あの最後の晩餐の日に、イエス様はこんなことを言ったんだ。すごいな、と言って自分の心の中だけでお祝いをすることではなくて、実はこの記念は外に向かっての記念なのです。

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どうしてそう言えるかというと、そのパウロのコリント人への手紙の続きの部分に、パウロはイエス様の言葉に続けて「だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。」と記しています。決してパウロは、「だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、」内輪でお祝いするんです。とは言われないんです。「主の死を告げ知らせるのです。」 と記しています。

すなわちこの記念は、ああ、すごいことがあった。と言って、自分の心の中でそれを覚えているだけにとどまらず、そこから外に出て行って、何が起こったのか、何が言われたのか、何が伝えられたのかを他の人たちに告げ知らせていく。他の人たちにそれを教えていく。それが記念の意味であります。

従ってご聖体を受ける時にわたしたちは、ただ単にイエス様がわたしたちに来てくださった。イエス様がわたしと一緒にいてくださるといって、自分の心を満足させる。それも重要なことだし、主がいつもいてくださるということを心で感じる、それもとても重要なことです。けれども そこにとどまっていたのでは、イエス様が最後の晩餐に言われた記念としてそれを行えというところには足りないわけです。わたしたちはあのイエス様の言葉に従っていくためには、イエス様が来られるまで、つまり世の終わりまで何が言われたのか、何が伝えられたのか、何が起こったのかを多くの人達に宣べ伝えていく義務を背負って生きているんです。

今日、堅信を受けられるお一人お一人は、聖霊はその秘跡によって豊かに与えられる。そして聖霊による様々な賜物が与えられることになります。あちらの台にはろうそくが並べてあって、聖霊の七つの賜物が記されています。弱い人間であり、力も足りない人間であるわたしたちが、イエス様がおっしゃったことを、たくさんの人に告げ知らせるなんて、とてもとてもできることではないと、おじけづく時に、この堅信の秘跡によって与えられる聖霊の力がわたしたちを後ろから押してくれるんです。

聖霊を受けたから、急に今日からスーパーマンに変わるわけではないです。聖霊を受けたら急に言葉ができるようになるとか、何かすごい力をもらう とかはないのです。そうではなくて、わたしは何と弱いんだと思った時に、わたしは何もできないと思った時に、聖霊が後ろから一生懸命支えてくれるんです。後ろから後押しをしてくれるんです。何を後押ししてくれるかというと、イエス様が何を言われたのか、イエス様が何をされたのか、わたしたちに何を残されたのか、それを他の人たちに伝えようとする、その心意気を後ろから聖霊が一生懸命になって支えてくれる。

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堅信を受けられるお一人お一人は、是非とも今日からその聖霊の力を後ろから受けて、 勇気を抱いて、 イエス様の言葉を伝えていく。どう伝えていくのかはお一人お一人それぞれ生きておられる現実の中で考えていただけたらいいと思います。お一人お一人が、日々の生活の中で語る言葉、行いによって 福音の証しをしていっていただきたいと思います。かつては堅信を受けると、キリストの兵士になるんだという言い方もしました。今は堅信を受けると成熟した大人の信徒になるのだという人もいます。まさしくその通りだと思います。一人一人に与えられた義務を、務めを、勇気を持ってしっかりと果たしていこうとする。大人の信徒としてのこれからの毎日の生活を歩んでいただければと思います+

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2019年6月26日 (水)

SIGNIS Japan第43回日本カトリック映画賞@なかのZERO

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ぼけますから、よろしくお願いします。」というかなり衝撃的なタイトルの映画が、43回目となる日本カトリック映画賞を受賞することになり、その上映会と授賞式が、6月22日土曜日の午後に「なかのZERO」の大ホールで開催されました。

この映画賞を出しているのは、SIGNIS JAPANというカトリックの世界的な団体の日本支部で、東京教区の晴佐久神父が顧問司祭、そして私が顧問司教を務めています。その関係で、普段はあまり映画を見ないのですが、会場に出かけてきました。

SIGNIS JAPANのホームページには、自らの団体について次のような紹介が掲載されています。

「SIGNISは、バチカンの教皇庁広報評議会の下に活動する世界的団体で、80年を越える歴史があります。
本部はベルギーのブリュッセルにあり、ローマに技術サービスセンターを持つほか、全世界140ヶ国に支部があります。教皇ヨハネ・パウロ2世の強い思いで、 2001年に、OCIC(映画・視聴覚)とUNDA(ラジオ・テレビ)の2つの組織が統合され、新しく”SIGNIS”が誕生しました。
各国・地域により活動形態は様々ですが、映画、TV・ラジオ、インターネットなど様々なメディアを通して福音を宣べ伝えています。

日本では、SIGNIS JAPAN  (カトリックメディア協議会)として、聖職者、信者、求道者が連携して活動しています。全員がボランティアの小さな集まりですが、それを支えて下さる賛助会員の方と共に、私たちが出会った福音を多くの方に告げ知らせていきたいと思います。」

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当日は、監督であり撮影をされた信友直子さんも来場され、上映後に授賞式、そして晴佐久神父と信友さんの対談が行われ、集まった千人近い皆さんは、最後まで楽しんで行かれたことと思います。私も、上映中はその映像と内容に魅了されて、目が離せなかったですし、はじまる前にお会いした信友監督も素晴らしい女性で、笑顔の中に生きることへの力強さを感じさせる方にお会いしたと感じました。

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「ぼけますから、よろしくお願いします。」と言う映画は、信友監督が高齢となったご自分のご両親の日常を撮影されたドキュメンタリーで、主役はお父さんとお母さん。監督自身もその中で重要な役割を果たされます。90を遙かに超えたお父さんが、80代で認知症を発症されているお母さんと共に生きていく姿。その日常に、二人の長年の夫婦愛の絆と、それに基づく監督との親子愛の絆を目の当たりにして、感動しました。

同時に、いまの日本の現実である高齢者が高齢者を介護せざるを得ない、いわゆる「老老介護」の問題点とそれを克服するための課題について、いろいろなことを考えさせられる内容です。単に外側の制度を整えればすべてが解決するわけではなく、やはり人間の関係性が重要であることを感じさせる映画でした。

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素晴らしい映画を選択してくださったことに、SIGNIS JAPANの皆さん、ありがとうございます。

 

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2019年6月22日 (土)

吉祥寺教会で堅信式、そしてその後・・・

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16日の三位一体の主日は、吉祥寺教会で堅信式。吉祥寺教会と麹町教会は、毎年多数の受堅者がいるので、それぞれ独立した堅信式ミサが行われています。今年の吉祥寺は、主任司祭の松本勝男神父に言わせれば『少ない』のですが、それでも22名の方が秘跡を受けられました。おめでとうございます。

先日長崎教区には補佐司教が任命されましたが、東京は幸田司教が引退されて以来、補佐司教がおられません。やはりこうやって堅信式がいくつも続くと、補佐司教さんがいてくれると分担できるのに、などと思ってしまいます。とはいえ、緊急時には岡田名誉大司教が積極的にお手伝いくださいますし、森名誉司教にも幾度か代わりをお願いしました。できる限り、小教区の要望に応えていくように努力します。

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ミサは、現在吉祥寺教会におられる神言会会員の4名の司祭と、4月から私の秘書を務めてくださっているディンド神父、そして所用のため吉祥寺教会を訪問中の神言会日本管区長ジェブラ神父の6名と私の共同司式でした。司牧実習に来ている広島教区の神学生をはじめ、侍者はよく練習を重ね、荘厳なミサでした。吉祥寺教会は祭壇から見ると右後ろにパイプオルガンがあり、祭壇すぐ右手側に聖歌隊がおられます。よく練習された聖歌隊が、オルガンとともに前方からリードする歌ミサは、司式者にとっても歌いやすい配置かと思いますし、ミサにあずかる方々にとっても、祈りにぐいぐいと引き込まれる感じになろうかと思います。


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ちなみに聖歌隊を指揮してくださっているのは、私の中学高校時代の一級先輩です。神学校時代には、一緒に聖歌隊をしておりました。また訪問されていた神言会日本管区長のジェブラ神父も一緒に神学院で学び生活したなかで、私の司祭叙階式の時、彼とほかにレデンプトール会の神学生も含めて4名の助祭叙階式でした。『主は水辺に立った』の日本語訳を最初にしたのは、彼でした。

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今回は椅子に座って堅信を授けました。時に、座るか立つかどちらが良いのかと尋ねられることがあります。バクルス(牧杖)を左手にもって堅信を授ける場合、実は立っている方が授けやすいのです。杖が私の身長より長いので、座って左手に持つと、全体のかなり下を持つことになり、安定しないためです。いずれにしろ、その教会で事前に準備された方法に従って、立っても座っても、バクルスを持っても持たなくても、どちらでも授けることは可能です。

堅信式ミサ後には、信徒会館でお祝いの食事会も開催され、教会学校の皆さんの歌の披露もあり、楽しい時間を過ごさせて頂きました。あめてめて、堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。

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明けて翌月曜日。午前10時からは東京教会管区(東京、横浜、新潟、さいたま、仙台、札幌)の各教区事務局長が集まっての会議に同席。その後、夕方には中野サンプラザへ。日本カトリック老人施設協会の関東支部研修大会に参加。

過去の司教の日記を検索してみたら、わたしは新潟司教と札幌の管理者も4年ほど兼任していたので、その頃に何度もこの日本カトリック老人施設協会の様々なレベルの研修会でお話をさせて頂いていたことに、今になって気がつきました。

で、今回も講話とミサを依頼されていたので、翌火曜日の午前中、研修会参加者の皆さんと徳田教会に移動して、お話をさせて頂きましたが、後で気がついて、同じようなことを以前に話してはいないか、必死になって確認しました。たぶん似たような話でしたが、全く同じではなかったので安心。ミサは、主任司祭の大倉神父と一緒に。

そのまま、火曜日の夜9時過ぎに羽田空港へ。全日空深夜便で、日が変わり水曜深夜の羽田からバンコクへ。到着は水曜のバンコク時間朝4時半で、電車がまだ動いていないので、メータータクシーで市内のホテルへ。さすがにこの時間は道路も空いていて、記録的短時間で5時半前にはホテルに到着。

一眠りした後に、歩いて15分ほどにあるカリタスアジアの事務局へ。午前10時頃から会議でした。

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私はこれまで8年間、カリタスアジアの責任者を務めてきましたが、私をはじめとした5名の理事会の過去4年間の活動の外部評価を受け、その結果と、これまでの4年間の決定事項の一覧や財務諸表をもとに、新しく選出された責任者であるバングラデシュ出身のドクター・アロをはじめとした理事会に業務を引き継ぐための、一日半の会議。外部評価はプロのコンサルタントに依頼して、わたしも先日のローマの会議の際に聞き取り調査を受けましたが、50ページに及ぶ評価書が届きました。ヨーロッパにいるコンサルタントご自身とスカイプで結び、一時間にわたる解説を受けました。厳しい指摘も結構ありましたが、全般的には良い評価をいただき、自信を持って引き継ぐことができました。この四年間、一緒に理事会を務めた、パキスタン、ミャンマー、モンゴル、マカオの代表と、バンコクの事務局員に感謝です。会議には、先日総会で選出された、国際カリタスの新しい事務局長アロイシウス・ジョン氏も参加しました。

真夏の暑さのバンコクから、金曜の午後には羽田に戻りました。これで、8年間続いたバンコクとの頻繁な往復は、やっと終わりました。

なおこの間、新潟県と山形県の県境の海中を震源に大きな地震が発生しました。被害を受けられた方々に、お見舞い申し上げます。教会関係では、新潟教区本部からの連絡では、鶴岡教会聖堂で聖像が被害を受けたほか、大きな被害の報告はないとのことです。ご心配いただいた皆様に、感謝申し上げます。

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2019年6月15日 (土)

訃報:新潟教区ペトロ川崎久雄神父。駐アルゼンチン教皇大使カレンガ大司教

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新潟教区司祭ペトロ川崎久雄神父が、6月11日午前11時半、病気のため、入院先の佐渡総合病院で帰天いたしました。まだ70才でした。

川崎神父は、佐渡教会の主任司祭を務めておられましたが、この一年半ほどは癌が進行し、入退院を繰り返しておられました。先日5月11日の佐渡巡礼の際に、大瀧神父と一緒に佐渡総合病院に川崎神父を見舞いましたが、意識も混濁し、非常に厳しい状態であることがわかりました。

川崎神父は佐渡の出身で、ご兄妹をはじめ、佐渡教会の方々によって支えられ、司祭としての人生を全うすることができました。みなさまに感謝いたします。

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6月13日に大瀧神父の司式で、佐渡教会での密葬が行われ、その後6月14日の金曜日の午後から、新潟教会で、私が司式して葬儀を行いました。葬儀ミサには170名を超える方が参列し祈りをともにしてくださいました。感謝します。新潟教区とは長年のおつきあいのあるお隣のさいたま教区や、神学校で同じ頃に学ばれた東京教区の司祭も参列してくださいました。お祈りくださったみなさまに感謝します。新潟教区は、たった二ヶ月の間に、現役の、しかも同じ70才の主任司祭を二人も、御父のもとへとお返ししました。実働の教区司祭が10名ほどしかいない教区ですから、ここで司祭としてはまだ「若い」二人を失ったことは、大きな痛手です。召命のために、どうぞお祈りください。

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川崎神父様は、寡黙な方でした。何を考えているのかわからないことがしばしばでした。2004年の7月に新潟県の三条地域で集中豪雨の被害があった際に、川崎神父様の性格の一端を知るような出来事がありました。(当時のカリタスジャパンニュースに掲載した原稿は、こちらです。)

私は当時、まだ司教叙階前で名古屋にいたため、新幹線を乗り継いで、燕三条の駅に到着。すると当時教区事務局長であった川崎神父と三条の主任であった佐藤允広神父が待ち構えておりました。そのまま三条教会で、佐藤神父が準備していた長靴を履き、自転車に乗って、三人で被災地を見て回り、被害を受けられた方々に声をかけて回りました。7月で結構暑かったことと、坂道が多くて、自転車で走り回るのが大変だったことを記憶しています。特に川崎神父は、当時すでに結構恰幅がよくなっていたので、自転車で回るのは厳しかったと思います。大汗をかいて息が切れていました。それでも文句一ついうでもなく、本当に寡黙に自転車をこぎ、被災地を回られていました。

その日の夜、すべての視察が終わって佐藤神父と別れ、私は川崎神父の車で新潟へ向かいました。車が走り始めてしばらくして、それまで何も言わなかった川崎神父がぽつりと一言。「まさか自転車が用意されているとは思わなかったですねえ」。

かなりきつかったのだと思います。でも川崎神父は、どんなことでもそうでしたが、やらなければならないと理解したときには、それにどんなに不平があったとしても、じっと耐えながらするべきことを果たされる方でした。寡黙さは、単なる口の重さだけではなく、司祭として果たすべき務めを真摯に生きる姿勢の表れでもあったと思います。なかには、まず文句を言わなければ体が動かない人もおります。務めを果たす間中に不平を述べ続ける人もいる中で、川崎神父は、司祭としての務めをしっかりと理解し、それを好きだからとか嫌いだからとかという、自分の考えに左右されずに、果たすべき務めを忠実に果たされる方であったと思います。

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そんな川崎神父は、私が司教に叙階した直後の2004年10月から、東京へ移ることになる2017年12月まで、13年間にわたって、私の司教総代理を務めてくださいました。13年間の新潟司教生活にあって、川崎神父の、静かながらも確実な支えに、どれほど助けられたのかわかりません。感謝します。

川崎神父は、幼稚園教育にも力を注がれました。長年各地の幼稚園に園長として関わり、新潟県内17園で構成する聖母学園の理事長も務めてくださいました。最後の仕事は、佐渡教会に隣接する海星幼稚園を閉園することでありました。始めることも力のいる仕事ですが、事業を辞めることも大変な力を必要とする仕事です。カトリック幼稚園教育への川崎神父の貢献に、心から感謝します。

写真をいろいろと探したのですが、どれもこれも川崎神父らしく、明後日の方向を向いているか、ムスッとしているかで、これだという写真がまだ見つからないのですが、上の写真は、2004年9月の新潟教区司教叙階式の日の、私の右横に立つ、川崎神父です。

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もう一つの訃報です。私の2004年の新潟の司教叙階式には、教皇庁大使館参事官として参加してくださったレオン・カレンガ大司教が、亡くなられました。カレンガ大司教は日本で参事官を務めた後、2008年に教皇大使になりガーナへ赴任。さらにエルサルバドルの教皇大使を務めた後、2018年3月にアルゼンチンの教皇大使に任命されていました。詳細は不明ですが、ちょうど今世界中の教皇大使が集められて教皇様と会議をしていますが、そのローマの病院で6月12日に帰天され、葬儀はローマ時間の今朝7時半に、聖ペトロ大聖堂で教皇様司式で行われました。まだ62才でした。永遠の安息を祈ります。写真は、2010年にガーナの首都アクラの教皇大使館で一緒に撮ったものです。

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2019年6月11日 (火)

聖霊降臨の主日、合同堅信式@東京カテドラル

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聖霊降臨の主日の午後2時半、東京カテドラル聖マリア大聖堂において、東京教区の合同堅信式が行われました。

毎年、それぞれの小教区で堅信式を定期的に行う大きな共同体もいくつかありますし、または司教訪問の際に堅信式をする小教区もありますが、それではすべてを年内にカバーできないので、こういった合同堅信式も大切です。

とりわけ、教区はその司教とともに歩みをともにする一つの共同体なのですが、その「ひとつであること」を感じる機会はそれほど多くはありません。どうしても、一人ひとりが所属する小教区共同体を基準に教会を考えますし、それは当然です。しかし同時に、教区としての共同体の意識は重要ですし、その意識はひいては教皇様を牧者とする普遍教会の共同体の意識を持つためにも、重要です。わたしたちは一緒になって、時の流れの中を旅し続ける、神の民だからです。

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今年は、22の小教区から168名の方が、合同堅信式に参加してくださいました。昨年は、わたしひとりですべての堅信を授けた結果、ミサの終了が夕方5時を遙かに過ぎることになってしまいました。遠方から来られる方も少なくありませんので、今年は、私と一緒に、堅信を授ける権能を委任した、関口教会と韓人教会の両主任司祭に、一緒に手伝っていただくことにいたしました。2時半に始まったミサは、4時半には終えることができました。

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多くの神父様が共同司式に参加してくださり、今年からの式典係(小池、江部、高田神父様方)に従い、堅信前の按手の祈りでは、共同司式司祭が一列に並び、手を差し伸べて聖霊の助力を祈りました。なかなかの壮観ではなかったかと思います。

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堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。それぞれの心の内に秘めた思いはわかりませんが、それに関わらず、聖霊の力をもってわたしたちをご自分の考えのように使われるのは、主ご自身であることを忘れずにいましょう。

以下、ミサ説教の原稿ですが、ミサ中には少し変更してお話ししています。 

この世界で、与えられたいのちをより良く生きていくために必要なことは、いったいなんでしょうか。

人ぞれぞれに思うところもあるでしょうし、それぞれの置かれた事情も異なりますから、そこには様々な答えがあることでしょう。わたしは、与えられたいのちをより良く生きていくために必要なことの一つは、未来への希望であると思っています。

何年も前に訪問したアフリカの難民キャンプで、キャンプのリーダーに、「何が必要か」と尋ねたとき、彼は「俺たちは世界中から忘れられた。まだここにいることを、皆に知らせてくれ」と訴えました。食べるものも住むところも不足し、着るものさえも不足している。ないないづくしの困難の中で彼が真っ先に訴えたのは、皆から忘れ去られることへの絶望でした。

このとき、人が生きていくためには、もちろん衣食住がそろっていることが不可欠だけれど、それ以上に、人とのつながりの中で、将来への希望を見いだすことが大切なのだと知りました。

希望のない世界で、いのちを豊かに生きることには、大きな困難がつきまといます。いのちの大切さを訴えるわたしたち教会は、生きていくための希望を失っている人たちに、なんとかその希望をもたらしていきたい。希望を生み出す社会を生み出していきたい。そもそもわたしたち教会の共同体が、生きる希望を見いだす場でありたい。そう思います。

復活祭のスリランカでの事件や、先日のカリタス小学校での事件のように、大切な人間のいのちが、暴力的に奪われる事件が相次ぎました。亡くなられた方々の永遠の安息を祈るとともに、残された方々の上に神様の慈しみ深いいやしの手が差し伸べられるように、心から祈りたいと思います。

その上で、あらためて、神から与えられたいのちの尊厳が守られ、賜物である命が始めから終わりまで守られるようにと、わたしたち教会は主張します。同時に、暴力的な犯罪に手を染めてしまったを犯人も含めて、すべての人に生きる希望が生み出されるように、希望に満ちあふれた社会を生み出していくことができるように、務めていきたいとも思います。

さて、五旬祭の日に、弟子たちは一つになって集まっていたと、第一朗読に記されていました。そこには共同体として一致している弟子たちの姿が描かれています。人々を恐れて隠れてしまうというほどに消極的だった弟子たちは、聖霊を受けることによって、「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」と記されています。
この弟子たちの様子を目撃した人々の言葉にこうあります。「彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」。
すなわち弟子たちは聖霊に満たされることによって、神の業を語り始めたのだけれど、それは人々が理解できる言葉であったということです。

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堅信の秘跡を受ける信仰者は、大人の信徒としての道を歩み始めます。大人の信仰には、与えられた賜物に応えていく責任が伴います。その責任とは、主イエス御自身が弟子たちを通じて私たちに与えられている、福音宣教の命令です。大人の信徒の責任は、派遣されて出た社会の現実の中で、人々が理解できる言葉で福音を語ることであります。いや、言葉以上に、わたしたちの生きる姿勢で、福音を目に見えるものとしているかであります。

わたしたちは、自分の生きる姿を通じて、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。わたしたちはイエスのいつくしみを表すような生き方をしているでしょうか。いのちを大切にするような生き方をしているでしょうか。いのちを生きる希望に満たされているでしょうか。

わたしたちは、ほかの方々との関わりの中で、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。忘れ去られる人のいないように、手を差し伸べようとしているでしょうか。人間関係の中で、希望を生み出しているでしょうか。

わたしたちは、愛の奉仕の業を行うことで、福音をあかしいたします。それがわたしたちの福音宣教です。わたしたちは、困難に直面する人たちの存在に気がついているでしょうか。必要な助け手をなり得ているでしょうか。愛において希望を生み出しているでしょうか。

本日の第二の朗読、ローマの教会への手紙でパウロは、霊の望むところと、肉の望むところは相反しているのだ。私たちは霊の導きに従って神の子となり生かされるのだ、と教えます。

肉の望むところ、すなわちわたしたちが実際に生きているこの世界が大切だ、大事なのだと教えるところにしたがっていくることです。残念ながら、わたしたちが生きているこの世界は、完全なところではありません。悲しみや恐れを生じさせ、いのちを奪うことさえ許してしまうような世界です。

それに対してパウロは、霊にしたがって生きる、すなわち神の霊によって導かれ、神の望まれるような生き方をするときに、わたしたちは神の子となり、イエスと同じ相続人となるのだと教えます。

イエスご自身の人生は、他者のために自らを犠牲にする人生でありました。わたしたちはそのイエスと同じ相続人となろうとするのですから、イエスとおなじように、他者への犠牲のうちに生きようとするのです。

わたしたちは相続人ですから、イエスとおなじようにいのちを生きる希望を告げしらせるのです。

わたしたちは相続人ですから、悲しむ人へ慰めをもたらし、すべての人が神に愛される大切な存在であることを、言葉と行いで示すのです。

一人ひとりの能力には限界があります。私たちはひとりでは完璧にはなることができません。でも私たちには互いを支え合う信仰の共同体があります。そしてなによりも、私たちを支え導く聖霊の照らしがあります。「上知、聡明、賢慮、勇気、知識、孝愛、主への畏敬の七つの賜物が、聖霊によって与えられます。聖霊の導きに信頼しながら、そして共同体の支えに力づけられながら、勇気を持って、自らの言葉と行いで、希望を掲げてまいりましょう。

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教皇フランシスコの来日は、その可能性の報道や噂が先行し積み重なり、すでに確定したように語られていますし、教皇様自身も、先日国際カリタスの総会参加者謁見(写真上)の終わりに、謁見室から退場する際、歩みを止められて最前列にいた私のところへ近づいてこられ、「次は東京で会いましょう」と言われたほどですから、かなりの程度で確定に近づいているのでしょう。しかしながら、今の段階では、聖座から公式な決定の発表はなく、実は、完全に確定しているわけではありません。実現するように祈り続けたいと思います。

さてそんなわけで、中断していますが、「福音の喜び」から、教皇フランシスコの考えているところを学び続けたいと思います。

「宣教を中心にした司牧では、『いつもこうしてきた』という安易な司牧基準を捨てなければなりません。皆さんぜひ、自分の共同体の目標や構造、宣教の様式や方法を見直すというこの課題に対して、大胆かつ創造的であってください。目標を掲げても、達成のための適切な手段の探求を共同体が行わなければ、単なる夢に終わってしまうでしょう」(福音の喜び33)

ちょうどこの聖霊降臨祭を締め切りにして、東京教区の宣教司牧方針への提言をお願いしていました。メールだけでも60通の回答をいただきました。ありがとうございます。

教皇フランシスコは昨年開催された青年のためのシノドス最終日の10月28日、お告げの祈りに集まった人々に、シノドスのプロセスを振り返って、こう述べています。

「しかしこのシノドスの第一の実りは、これから見習うべき、準備段階から取り入れられた手法にあると思います。それは、書面の文書を作成することを第一の目的としない『シノドス様式』です。書面の文書も貴重で有益なものですが、それ以上に、現状に即した司牧的選択をするために、老若男女が集まり、協力しながら傾聴と識別を行う方法を推進することが重要です」

東京教区全体から代表者を集めて、実際に会議を開いて方針を話し合うことは、それに必要な準備も考えれば、あまり現実的な選択ではありませんでした。そこで会議を開かずに、できるだけ多くの人が互いの話に耳を傾け、祈りのうちにともに識別を進める方法を模索しました。それが今回の、祈りのうちに行われる話し合いであり、その実りの集約であります。少しばかり大げさですが、今現在東京教区の宣教司牧方針を識別するために、わたしたちはシノドス的な道を歩んでいると考えています。

これからの道のりについては、後日教区ニュースで詳しく解説いたしますが、いずれにしろ目標を掲げて、その具体化を目指していくことになります。目標を掲げるプロセスで、また具体化する実行で、教皇様の『福音の喜び』の言葉を思い出したいと思います。

「大胆かつ創造的」に、『いつもこうしてきた』という判断基準を捨てて、東京教区のこれからのために、一緒になって道を見いだしていきたいと思います。

 

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2019年6月 8日 (土)

成城教会で堅信式、そして新潟司祭大会

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6月2日の日曜日午後、都内の成城教会を訪問し、堅信式ミサを行いました。このミサの中で、36名の方が堅信の秘跡を受けられ、お一人が初聖体を受けられました。おめでとうございます。

主任司祭の山本量太郎神父様によれば、司教の訪問が4年ぶりと言うことで、堅信を待たれていた方も大勢おられたようです。いつもの堅信式のように中高生もたくさんおられましたが、それ以上に大人の受堅者の多さが目立ちました。わたしの記憶違いでなければ、90才を超える人生の大先輩もおられたような。

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1953年に創立されたという成城教会は、閑静な住宅街の中にあり、2,500人を超える信徒数の教会です。その信徒数の多さの割に聖堂はそれほど大きくなく、今回の堅信式でも、会衆席の半分くらいまでは、受堅者と代父母で埋め尽くされました。主日は土曜の晩に一度と日曜日に二度のミサが行われますが、聖堂はいつも一杯とのこと。堅信式のような特別な機会も、主日の普通のミサで一緒にすることが難しいため、今回のように午後に特別な時間を設けて行われるとのことでした。

ミサ後には、信徒会館で祝賀会が行われ、教会学校の皆さんの歌の披露もありました。わたしの作曲した歌まで歌っていただいて、感謝します。

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堅信の秘跡を通じて、「上知、聡明、賢慮、勇気、知識、孝愛、主への畏敬」の聖霊の七つの賜物に満たされて、より良い実りを人生の中で生み出すことができるように、信仰の歩みを続けられますように。

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6月3日から5日までは、新潟教区の司祭の集い(司祭大会)でありました。新潟県、山形県、秋田県で働く司祭のほぼ全員に当たる24名ほどが参加。毎年なるべく全員が集まり、寝食を共にして、祈り、学び、分かち合う、新潟教区にとって大切な場です。集まるのは教区司祭だけではなく、修道会司祭も含めた全員が対象です。

会場は新潟県の胎内市。毎年持ち回りで三県を回りますが、今年は新潟。いつも利用させていただいている胎内市のホテルです。平成の大合併前に、この地域の村おこしのために村長さんが中心になって立ち上げた大自然のリゾートの中核施設です。

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今回のテーマは、「教会の中の性虐待・性暴力を防止する。わたしたち一人ひとりの問題として」とされ、講師としてカウンセラーの竹之下雅代氏をお願いいたしました。教会にとって今最も大事な問題ですし、他人事で済まされることではありません。これからのより良い教会共同体のあり方を確立していくためにも、また牧者である司祭がよりふさわしく忠実に責務を果たすために、大切な研修会となりました。

一日目の講話の後、二日目はグループに分かれて話し合い。三日目がわたしの話で、昼の派遣ミサで解散。新潟教区は、ただでさえ少ない教区司祭団です。名簿上は15名。そのうち4名が引退され、1名が病気療養中ですから、実働は10名。しかもつい先日、70歳と、司祭としては働き盛りの山頭神父を病気のために失ったばかりです。他の教区(東京、高松)からの応援司祭と、神言会、フランシスコ会、イエズスマリアのみこころ会の三つの修道会司祭の協力で、秋田、山形、新潟の37の教会(分教会、巡回、集会所を含む)を担当しています。新潟教区における司祭の召命のために、どうかお祈りください。

またわたしが離れた後の、後任の新潟司教もまだ決まっていません。わたしが現在も教区管理者を務めています。つい先日には、宮原司教が引退されたことで福岡教区も空位となりましたが、この二つの教区に新しい司教が一日も早く任命されますように、これもまたお祈りをお願いいたします。

 

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2019年6月 1日 (土)

海外にいる間に

国際カリタスの総会のためローマにいる間に、日本では生命に関わる悲しい事件が発生していました。

28日の朝、登校するためにスクールバスを待っていた川崎市のカリタス小学校の子どもたちが刃物を持った大人に襲われ、6年生の女の子おひとりと、保護者の男性おひとりが生命を奪われ、17名が傷を負われたと聞きました。

大切な存在を突然暴力的に奪われた方々。その心の悲しみに対しては、どんな言葉も足りないのだと思います。心からお悔やみ申し上げるとともに、わたしも言葉にならないくらいに悲しいことだけをお伝えします。亡くなられた方々の永遠の安息をお祈りするとともに、傷を負われた子どもたちの一日も早い回復をお祈りします。

カリタス小学校に通われている多くの子どもたち、その家族、そして教職員。多くの方が心におわれた悲しみ、恐れ、怒りなどを思うとき、犯行に及んだ人物の凄まじい暴力の負の力に、わたし自身の心をつぶされそうに感じます。どんな理由があっても、神が与えられ愛される人間のいのちを、暴力的に奪い取ることは許されません。ましてや、人から生きるための希望を暴力的に奪うような暴虐も、許されてはなりません。

これからしばらくの間は、犯行に及んだ人物の背景などが報道されることでしょう。確かに背後には社会的な要因も指摘されることでしょうし、そういった社会的要因の解消に取り組むことも避けてはならないでしょう。しかし、何にもまして、わたしは、この社会にあって、人間の生命を大切にすることは人間の務めであるという価値観が、普遍的な価値観でなければならないことを、主張し続けたいと思います。生命における希望を奪い取ることは許されないのだと言うことを、主張し続けたいと思います。

カリタス小学校の皆さんに、そして関係する多くの方々に、生命の創造主である神様のいつくしみと力に満ちた守りがあるように、心から祈ります。ただただ、悲しいです。

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第21回国際カリタス総会@ローマ

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国際カリタスは160以上の国と地域にある、それぞれの司教協議会などに認められたカリタス組織による連盟ですが、同時に教会の愛の活動の組織として、教会法上の法人格も与えられており、その本部はバチカンに置かれています。

全体の活動方針を定めたり、総裁や事務局長、また理事会に当たる地域代表会議のメンバー選出などのため、4年に一度、総会が開催されています。

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去る5月23日から28日まで、ローマ市内のコンファレンスセンターを会場に、21回目の総会が開催され、450名以上が世界中から参集しました。日本からは、国際カリタスの連盟のメンバーであるカリタスジャパンから委員会の秘書と事務長の3名が参加しました。(写真上)

国際カリタスは世界を7の地域に分けており、わたしはその一つであるカリタスアジアの総裁の立場で、カリタスアジア事務局長とともに参加してきました。(会場外に設けられた各地域のブース。下の写真はカリタスアジアのブース)

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国際カリタスの役職は4年が一期で、2期8年までとされています。わたしは2011年の総会でアジアの総裁に選ばれ、2015年に再選されていたので、今回が8年目で最後の総会となりました。1999年の総会以来、様々な立場で国際カリタスの総会に参加してきましたので、今回が5回目の総会参加となりました。なお今回の総会の間にアジア地域の会議が行われ、その場で、新しい総裁に選ばれたバングラデシュのベネディクト・アロ氏にバタンタッチをいたしました。またカリタスアジアの理事会である地域会議へは、東アジアから韓国、東南アジアからフィリピン、南アジアからネパール、そして中央アジアからモンゴルが選出され、そのうちのフィリピンと韓国が国際化リタスの地域代表会議に参加することになりました。

国際カリタスの総裁は、マニラのタグレ枢機卿が4年の一期目を終わったところでしたから、ほかに対立候補もおらず、あと4年間の再選となりました。またわたしと同じく8年の任期を終えたミシェル・ロワ事務局長の後任には、彼と同じくカリタスフランス出身で、これまで国際カリタス事務局で働いていたアロイシウス・ジョン氏が選出されました。アロイジウス氏は、もともとインド出身で、アジアのカリタス組織とも長年の連携がある人物です。

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また総会開始に先立って、23日の午後には、聖ペトロ大聖堂で教皇様司式の開会ミサが行われ、さらには、27日の月曜日午前中に、会議参加者全員との特別謁見も行われました。この謁見で教皇様は、なんと450人以上の参加者全員と握手をされました。謁見が終わって退出される際には、一番前の席に座っていたわたしの方に近づいてこられ、「次は東京で会いましょう」と声をかけていただきました。(写真上。教皇様に挨拶するカリタスジャパンの田所事務長)

今回の総会のテーマは「One Human Family, One Common Home」とされていました。「One Human Family」は、このところの国際カリタスの継続したテーマで、「わたしたちは一つの人類家族」というような意味。「One Common Home」は、教皇様のラウダート・シによっていて、「共通の一つの家」というような意味です。

総会の中では、これまで国際カリタスが4年間取り組んできた活動計画を、さらに充実させて4年間継続するような内容の、活動の全体枠が採択されたり、それに掲げられた優先事項への具体的な取り組みについての、小グループでの話し合いも行われました。

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ビジネスだけではなくて、会場のホテルには聖堂も設けられ、毎日朝7時からテゼ共同体のブラザーによる朝の祈りではじまり、会議前の朝8時半からは、タグレ枢機卿による30分の霊的講話。夕方6時半からはミサ。さらに夜9時からは、再びテゼ共同体のブラザーによる晩の祈りも行われ、カトリック教会の援助支援団体としての性格を明確にしました。(写真上は、ホテルの仮聖堂ではもちろんなく、閉会ミサが行われたローマ市内の教会で、司式はタグレ枢機卿)

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なお今回の総会で、アジアのカリタスから推薦していた、キルギスのカリタスと、シンガポールの二つ目のカリタスであるCharisの二つが、メンバーとして認められました。シンガポールは、国内の事情で、国内の活動に取り組むカリタスシンガポールと、海外の活動に取り組むCharisの二つがあり、これまではカリタスシンガポールだけが国際カリタスのメンバーでした。ただし一つの国に複数のメンバーがいても、投票の権利は一つの国、または地域で、一票だけとなっています。(写真上。向かって左が新しい事務局長に選ばれたアロイシウス・ジョン氏)

会議初日には、国連のグティエレス事務総長からのビデオメッセージがあったり、国連食糧農業機関(FAO) 事務局長ジョゼ・グラチアノ・ダ・シルバ氏の講演があったりと、国際社会からのカリタスへの期待を感じさせるものがありました。

また教皇様は、ミサの説教でも謁見でも、完璧なプログラムではなくて人が大切であることを強調され、「耳を傾ける謙遜」、「様々なカリスマの集まり」、「捨てることの勇気」の3つをもった主にしたがって歩む教会で会ってほしいと述べられました。また、聖座の総合的人間開発促進の部署(タクソン枢機卿担当)が国際カリタスを担当するが、それは国際カリタスのが役所の下にあるのではなくて、ともに歩んでいくためだとも強調され、教会の愛の奉仕の業の手段としてふさわしく機能してほしいと期待を述べられました。

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なおわたしは、カリタスアジアとそれに伴う国際カリタスの役職は終わりましたが、カリタスジャパンの責任者は継続していますので、まだしばらくは、カリタスのことに関わり続けます。(写真上。カリタスアジアの総裁を、ベネディクト・アロ氏に引き継ぎ)

 

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