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2019年6月22日 (土)

吉祥寺教会で堅信式、そしてその後・・・

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16日の三位一体の主日は、吉祥寺教会で堅信式。吉祥寺教会と麹町教会は、毎年多数の受堅者がいるので、それぞれ独立した堅信式ミサが行われています。今年の吉祥寺は、主任司祭の松本勝男神父に言わせれば『少ない』のですが、それでも22名の方が秘跡を受けられました。おめでとうございます。

先日長崎教区には補佐司教が任命されましたが、東京は幸田司教が引退されて以来、補佐司教がおられません。やはりこうやって堅信式がいくつも続くと、補佐司教さんがいてくれると分担できるのに、などと思ってしまいます。とはいえ、緊急時には岡田名誉大司教が積極的にお手伝いくださいますし、森名誉司教にも幾度か代わりをお願いしました。できる限り、小教区の要望に応えていくように努力します。

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ミサは、現在吉祥寺教会におられる神言会会員の4名の司祭と、4月から私の秘書を務めてくださっているディンド神父、そして所用のため吉祥寺教会を訪問中の神言会日本管区長ジェブラ神父の6名と私の共同司式でした。司牧実習に来ている広島教区の神学生をはじめ、侍者はよく練習を重ね、荘厳なミサでした。吉祥寺教会は祭壇から見ると右後ろにパイプオルガンがあり、祭壇すぐ右手側に聖歌隊がおられます。よく練習された聖歌隊が、オルガンとともに前方からリードする歌ミサは、司式者にとっても歌いやすい配置かと思いますし、ミサにあずかる方々にとっても、祈りにぐいぐいと引き込まれる感じになろうかと思います。


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ちなみに聖歌隊を指揮してくださっているのは、私の中学高校時代の一級先輩です。神学校時代には、一緒に聖歌隊をしておりました。また訪問されていた神言会日本管区長のジェブラ神父も一緒に神学院で学び生活したなかで、私の司祭叙階式の時、彼とほかにレデンプトール会の神学生も含めて4名の助祭叙階式でした。『主は水辺に立った』の日本語訳を最初にしたのは、彼でした。

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今回は椅子に座って堅信を授けました。時に、座るか立つかどちらが良いのかと尋ねられることがあります。バクルス(牧杖)を左手にもって堅信を授ける場合、実は立っている方が授けやすいのです。杖が私の身長より長いので、座って左手に持つと、全体のかなり下を持つことになり、安定しないためです。いずれにしろ、その教会で事前に準備された方法に従って、立っても座っても、バクルスを持っても持たなくても、どちらでも授けることは可能です。

堅信式ミサ後には、信徒会館でお祝いの食事会も開催され、教会学校の皆さんの歌の披露もあり、楽しい時間を過ごさせて頂きました。あめてめて、堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。

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明けて翌月曜日。午前10時からは東京教会管区(東京、横浜、新潟、さいたま、仙台、札幌)の各教区事務局長が集まっての会議に同席。その後、夕方には中野サンプラザへ。日本カトリック老人施設協会の関東支部研修大会に参加。

過去の司教の日記を検索してみたら、わたしは新潟司教と札幌の管理者も4年ほど兼任していたので、その頃に何度もこの日本カトリック老人施設協会の様々なレベルの研修会でお話をさせて頂いていたことに、今になって気がつきました。

で、今回も講話とミサを依頼されていたので、翌火曜日の午前中、研修会参加者の皆さんと徳田教会に移動して、お話をさせて頂きましたが、後で気がついて、同じようなことを以前に話してはいないか、必死になって確認しました。たぶん似たような話でしたが、全く同じではなかったので安心。ミサは、主任司祭の大倉神父と一緒に。

そのまま、火曜日の夜9時過ぎに羽田空港へ。全日空深夜便で、日が変わり水曜深夜の羽田からバンコクへ。到着は水曜のバンコク時間朝4時半で、電車がまだ動いていないので、メータータクシーで市内のホテルへ。さすがにこの時間は道路も空いていて、記録的短時間で5時半前にはホテルに到着。

一眠りした後に、歩いて15分ほどにあるカリタスアジアの事務局へ。午前10時頃から会議でした。

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私はこれまで8年間、カリタスアジアの責任者を務めてきましたが、私をはじめとした5名の理事会の過去4年間の活動の外部評価を受け、その結果と、これまでの4年間の決定事項の一覧や財務諸表をもとに、新しく選出された責任者であるバングラデシュ出身のドクター・アロをはじめとした理事会に業務を引き継ぐための、一日半の会議。外部評価はプロのコンサルタントに依頼して、わたしも先日のローマの会議の際に聞き取り調査を受けましたが、50ページに及ぶ評価書が届きました。ヨーロッパにいるコンサルタントご自身とスカイプで結び、一時間にわたる解説を受けました。厳しい指摘も結構ありましたが、全般的には良い評価をいただき、自信を持って引き継ぐことができました。この四年間、一緒に理事会を務めた、パキスタン、ミャンマー、モンゴル、マカオの代表と、バンコクの事務局員に感謝です。会議には、先日総会で選出された、国際カリタスの新しい事務局長アロイシウス・ジョン氏も参加しました。

真夏の暑さのバンコクから、金曜の午後には羽田に戻りました。これで、8年間続いたバンコクとの頻繁な往復は、やっと終わりました。

なおこの間、新潟県と山形県の県境の海中を震源に大きな地震が発生しました。被害を受けられた方々に、お見舞い申し上げます。教会関係では、新潟教区本部からの連絡では、鶴岡教会聖堂で聖像が被害を受けたほか、大きな被害の報告はないとのことです。ご心配いただいた皆様に、感謝申し上げます。

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