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2019年7月29日 (月)

荻窪、高円寺、そして中国センター

Ogikubo1901

このところ多忙を極め、また移動していることが多く、司教の日記のエントリーが大変遅れており、申し訳ありません。

前回のポスト以降、7月14日には荻窪教会を訪問し、堅信式を行いました。荻窪教会に出かけるのは、実は東京の大司教になってから二回目です。一回目は、着座式の翌日の日曜日、当時の小教区管理者であった高木師に同行して、サプライズでミサをささげに出かけました。今回は堅信式ミサで、公式の訪問です。現在の小教区管理者は教区事務局長の浦野師です。10名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。ミサ後には、信徒会館で祝賀会も行われました。(写真上が荻窪教会)

Kouenji1903

そして次週の7月21日。まず午前中は高円寺教会へ。高円寺教会は、先般、朝ミサの間に司祭館が火災で焼失しました。漏電とみられています。ちょうどミサの間で、主任司祭の吉池師も信徒の方も聖堂におられ無事でしたが、火災はたまたま通りかかった方が通報してくださったそうです。残念ながら全焼で、現在は取り壊して更地になっています。このため主任の吉池師はカテドラル構内に仮住まい中。朝早く、荻窪に向かう浦野師の車に、私と吉池師が同乗して、高円寺教会へ向かいました。一日も早く、司祭館の再建工事がはじまるように準備が進められています。(写真上は高円寺教会。なお聖堂は火災の被害を受けていません)

Kouenji1901

この日のミサでは、14名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。ミサには私と吉池師と一緒に、近くに修道院のあるクラレチアン会の梅﨑神父様の、共同司式してくださいました。(写真上も高円寺教会)

そしてこの日は、午後から、上野教会へ向かい、この小教区にあるイエズス会の中国センターでの中国出身の共同体の方々のミサに共同司式で参加しました。中国本土出身の方々が主なメンバーです。ビジネスだったり留学だったり。定住している方も多くおられ、なんと言っても子どもたちが多い。(下の写真が上野教会)

Chinac1901

ここでは、上野教会の主に日本人の共同体と、主に中国人の共同体が、全く別々になることなく、互いに協力し合いながら、小教区が運営されています。

Chinac1902

私は中国語ができないので、この日のミサの司式は、イエズス会の山岡師。中国センターの創立者でもあるディーターズ師(上の写真右端)は、90を超えてもまだまだ元気に共同司式に参加。そして中国センターの責任者である井上神父様(上の写真左端)。

聖歌隊はとてもよく練習を積んできたのでしょう。素晴らしい歌でしたし、侍者の子どもたちも大勢でした。

Chinac1903

ミサ後には、上野教会の一階のホールで、歓迎の集まりを開いてくださいました。子どもたちだけではなく、大人の女性陣も歌とダンスを披露、そしてなんと男性陣のダンス披露では山岡師も参加。写真は、ちょっと公開できないです。(上の写真右が山岡師)

東京教区の共同体の一員としての意識を保ちながら、これからも活力ある共同体を育てていってくださいますように。

 

 

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2019年7月20日 (土)

教皇フランシスコ 6

Adlimmina15

多くの人の命が一瞬にして犠牲となった凄まじい放火事件が京都で発生しました。「京都アニメーション」のスタジオが放火され、34名もの方が亡くなられ、さらに多くの方がやけどなどで負傷されるという凄まじい事件内容の報道に、心が冷え込みました。亡くなられた方々の無念の思いに心を馳せながら、永遠の安息を心から祈るとともに、負傷された方々の一日も早い回復をお祈りいたします。

どのような理由があったにせよ、このようにして人の命を奪い去ることは許されてはなりませんし、加えてこのあまりにも暴力的な手段をとることは、与えられた命を生きているわたしたちにゆるされている選択肢ではありません。人間のいのちは、その始めから終わりまで、尊厳を守られ大切にされなければならないとあらためて主張します。

アニメの制作に必死に取り組んでこられた多くの方々の未来への希望が一瞬にして奪い去された理不尽さを思うとき、本当に心が冷え込んでしまいます。大きな悲しみを抱えられた被害者のご家族のみなさまが、神の愛しみといやしに包まれますように、心から祈ります。

さて教皇フランシスコの来日は、このところしばしば一般のメディアで報道されることが相次いでいますが、バチカンからの公式な発表はまだなく、残念ながら今の段階で、100%確実だとは断言できる状態ではありません。しかしかなりの程度で訪日は確実とみられますから、やはりわたしたちは、教皇フランシスコについての学びを継続して深めていきたいと思います。

教皇フランシスコの呼びかけの特徴のひとつは、難民や移住者への深い思いと同時に、貧しい人たちへの特別な配慮にあります。『福音の喜び』の中には、しばしば現代の経済システムへの批判が、格差と排除を生み出すシステムだと記されています。

加えて教皇は「貧しい人のため、教会は貧しくあってほしい(198)」とも言います。教皇は、具体的に行動する一つの象徴として、自らの側近を「教皇の慈善担当(Papal Almoner)」に任命し、さらに彼を枢機卿として親任して、さらにそれまで教皇の祝福証明などを配布する役割であったこの役職を、実際に外へ出て、困窮する人たちを具体的に手助けする役割に変えてしまわれました。Konrad Krajewski枢機卿です。

教皇は『福音の喜び』で、パウロ6世の「ガウデーテ・イン・ドミノ」を引用し、次のように記します。

「『技術文明社会は、快楽をもたらす機会を増やすことに成功しました。しかし喜びを生み出すことには困難を強いられている』からです。私が人生において見てきた、最も美しく自然な喜びは、固執するものをもたない貧しい人々のうちにあったということです」(7)

楽しいことや心地よいこと、すなわち快楽を現代社会の技術の発展は人類にもたらしたけれど、それらは本当の『喜び』ではないという指摘です。教皇フランシスコは、その本当の喜びを、貧しい人たちの中に見いだしたと言うのです。

私は、その本当の『喜び』とは、生きていくことへの希望であると思っています。楽しいとかうれしいとか、そういう感情的なことではなく、未来に向けて生きていくことへの希望を持っているかどうかであると思います。教皇の語られる『喜び』の本質は、『生きることへの希望』にあると思っています。

まさしく『技術文明社会』は、生きていくことへの希望を生み出しているのだろうか。残念ながら、自信を持って『はい』とはいえません。わたしたちは、いったい何に『固執』しているのでしょう。

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2019年7月13日 (土)

赤羽教会堅信式

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7月7日の日曜日は、赤羽教会で堅信式ミサでした。赤羽教会はコンベンツアル聖フランシスコ修道会が司牧を担当し、現在は同会員の永尾稔師が主任司祭です。

Akabane1903

ミサの中で、18名の方が堅信を受けられました。おめでとうございます。赤羽教会の聖堂は、古くからの祭壇が残され、荘厳な雰囲気でありました。同会の神学生二人を含む侍者の皆さんも熱心で、共同体全体に祈りと信仰の熱意がこもっているのを感じた日曜でした。

ミサ後には、信徒会館で祝賀会。教会学校の皆さんの歌の披露もあり、楽しいひとときを過ごすことができました。準備してくださった皆さん、ありがとうございます。

Akabane1902

1949年に正式に小教区となった赤羽教会について、東京教区のホームページには次のように記されています。

「赤羽教会の設立は、当初長崎を拠点として活動していたコンベンツアル聖フランシスコ修道会が終戦後、東京に新しい修道院や神学生養成のための神学校の必要性を強く感じ始めたことに起因します。ドナト・ゴスチンスキー神父とゼノ修道士が派遣され、赤羽にその地をみつけ、戦争中の空襲で焼けた工場跡のこの土地を、当時の管区長であったサムエル・ローゼンバイゲル神父がアメリカからの寄付金で購入しました」

以下、当日のミサの説教の録音を文字に起こしたものですが、意味不明なところは直してあります。

 

どうして司教が小教区を訪問するか、皆さんご存じですか?

今日は堅信式があるからと思っておいでかもしれませんが、堅信は、司教の委任で主任司祭が授けることができます。堅信を授けることだけが、司教が小教区にやってくる目的ではないのです。

今年11月に教皇様が日本に来られるという話がテレビや新聞で流れていますね。全て決まっているように思われていますが、実はまだなんにも決まっていません。

カトリック教会ではローマが発表しないとなにも決まらない。正式的にはなにも決まっていませんが、でも教皇様は日本に来られる予定です。

で、なぜ教皇様が日本にやってくるのかというと、それは司教が小教区にやってくる理由と同じ理由なんです。

物見遊山ではない。政治の交渉のためでもないし、もちろん洗礼を授ける為でも堅信を授けるためでもない。あるひとつの目的のために、教皇様はやってくるし、おなじように司教も訪ねてくるのです。

その目的は、教会共同体に励ましを与えることなんです。

では、そもそも教会はどこから始まったのか。

それは聖霊降臨の日、弟子達が聖母マリアと共に集まっているところに聖霊が降(くだって)きた。そこに初めて教会共同体が始まったといわれています。

聖霊降臨の日は教会の誕生の日といわれていますが、あの日から全てが始まっているんです。あの日から全てが始まり、この極東の外れの日本という国にも、その同じ教会共同体が存在しているのです。

Akabane1904

最初に始まった教会共同体にはリーダーがいました。もちろんマリア様もそこにおられていたけれども、リーダーはだれだったのか。

それはイエスご自身が、使徒たちのリーダーとして天国の鍵を授け託した弟子、ペトロです。ペテロを中心として教会共同体が存在していた。

それが徐々に世界に広がってゆくと、ペトロ一人ではやっていけませんから、リーダー役をどんどん分けていくわけですね。つまりそれが司教。

司教たちというのは、そのペトロと11人の使徒から始まり、使徒の後継者として世界中に存在しているのです。

ですから実は、今日こうしてみなさんと一緒にいるこの教会共同体は、あの聖霊降臨の日の、あのペテロを中心として一緒に集まっていた教会共同体と、繋がっているわけですよ。

そしてその教会共同体は、リーダーのペトロによって励ましを受けて福音宣教に遣わされている。

すなわち、司教や教皇様がやってくる一番大きな理由は、そこに存在している教会共同体に、あなた方はただ孤立し自分たちだけで存在している教会ではないのだと、あの聖霊降臨の日から連綿と続いている教会共同体の流れの中に一緒にいるんだと、伝えに来ているということです。

だから私たちはカトリック教会というんですよ。普遍教会、普遍に広がっている教会。

だから与えられている使命をしっかり果たしなさいと、励ましを与える為に教皇様は来られるし、励ましを与えるために私も、小教区の共同体を訪問しているのです。

何を励ましているのかというと、すでに申し上げた通り、福音を告げ知らせること。イエス・キリストの福音を証しすること。

今日の福音では、教会が12人のところから始まり、さらに72人をリーダーとして任命し派遣していくわけです。

その72人を外に向けて派遣していく時に、訪ねていったら何を言えとイエスは言ったか。

イエスはただ、「この家に平和があるように」と。

私がここであなた方に教えたことを教えなさいとか、そんなことをイエスは一言も言わなかった。私達は「平和があるように」という言葉を、伝えていかなければならないのです。

平和っていったいなんでしょう。

戦争しないことだとか、みんなが仲良くしていくこと、などと考えていくと、実はそれは平和の結果なのです。平和の結果として戦争がないのですし、平和の結果として皆さん等しく尊重されて仲よく生活をしていくのです。

平和っていったいなんなんだろう。

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創世記の一番最初に神は混沌としている中で世界を創られていったと記されている。神は思いつきで、世界を作っていったわけではなくて、神は自分が考えられた最善の秩序で世界を生み出していかれた。

最初に創られた世界には、神の秩序が存在していたのです。神が、これが一番最適だと思われる秩序に従って創造したのです。

あの時にこそ、神の完全な秩序が実現していたのです。それを神の平和と呼ぶのです。

つまり、神の平和というのは、神が望まれている世界の秩序が実現している状態です。神が望んでいる実現の象徴。

今どうなのかというと、もちろん実現していません。なぜならばアダムとエバの時、罪の誘惑によって人間が神の望みに背いたために、そこから神の秩序が崩れっぱなしなのです。ずーっと今に至るまで崩れっぱなしです。

だから、あそこでもここでも戦争が起こり、人の命が粗末にされ、そして皆が仲良く生きてゆけないという状況が生まれてくるのです。

神の平和が存在していない所に、我々が考えている平和な世界はないのですよ。

ですから、神が望まれている世界を生み出しましょう。神が望まれている世界を、改めて実現しましょう。神が一番最初に世界を創り、人を創った時の、望まれていた秩序を回復しようということを、実は宣べ伝えたいのです。

そしてイエスが教えておられるさまざまなこと、イエスが私たちに教えられたさまざまな言葉、行いはすべてそこに結ばれているのです。

愛することによって、敵を許すことによって、人の為に命を捧げることによってと、さまざまなことをイエスは教えていらっしゃいます。それはすべて究極的には、神の秩序を実現するところに繋がっているのです。つまり平和の実現に繋がっているのです。

私たちはこの世界にあって、神が望まれていることと違うことがたくさん起こってますよね。命が粗末にされている、人間の命が大切にされていない、戦争が起こる、貧富の格差ががある。様々な状況がある中で、神が望まれている世界を創ろうじゃないか。その為に、イエスが言われているこれを、あれを実行しようと、伝えていきたいのです。それは私たち一人一人が与えられている福音宣教の務めです。

福音宣教の務めは、あんた洗礼を受けなさいなどと言うことではない。勧誘することではないのです。私たちは勧誘する為に派遣されている勧誘員ではないのです。

そうではなくて、この神の秩序を実現する為にイエスが言っていることに耳を傾けようよと、それをなんとか実現していこうよと、神が一番最初に創られたそれを、私たちはこの社会の中に伝えていきたいのです。

しかしそうゆうことは、現実からかなりかけ離れているので、何を夢物語、何を理想を言っているのかと、どうしても言われがちなことですが、その中にあって気が心が萎えてしまっている時に司教がやってくる、教皇様がやってくる。

そして、一番最初の教会から今に至るまで、この萎えた気持ちを神が聖霊によって生かしてくださっているんだ、力付けてくださるんだということを、改めて伝えるのです。

それによって私たちはもう一回力を得て励ましを得て、改めてこの社会の、福音を生きていこうという思いを強めてゆきます。新たにしていきます。

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幸いなことに、堅信の秘跡は、それを目にみえる形で私たちに自覚をさせてくれますよね。祈りがあって油を塗ることによって、堅信を受けられる一人一人に聖霊が注がれるのだといわれています。

聖霊を受けたからといって、なにか急に力がみなぎってきて、エナジードリンクを飲んだように、スーパーマンのように、急にできるようになるわけではないです。

なんにも起こらないのだけども、この萎えた気持ちでも前向きに生きて行こう、萎えた気持ちがあるけれど、でも前向きにイエスの福音を伝えていこうとする思いを、聖霊が後ろから支えてくれるのです。

支えてくれるのが聖霊です。後ろから神がフーッと息を吹きかけて支えてくれるのです。倒れ込まないように支えてくれるのです。それが聖霊を受けること、聖霊の力です。

今日堅信を受けられる方々も、このミサに与っている方々も、聖霊を豊かに受けて萎えた気持ちを改めてふるい立たせ、この社会の中でイエスの言葉に耳を傾けましょう。

あらためて自分の言葉で語り、毎日の生活で証していく。それによって少しでも世界が神の望まれる世界に近付いていくように、努力を続けていきたいと思います。

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豊四季から市川へ、そして新潟から神学院、そして秋田へ

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タイトルは、6月30日から7月6日までの一週間のことであります。移動が続いたため、このところ「司教の日記」の更新が追いつきません。

6月30日の日曜日は、まず豊四季教会で堅信式ミサでした。豊四季教会は、教区の立花神父が主任司祭。20名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。

梅雨空の小雨模様の日曜日でしたが、ミサが終わる頃にはなんとか雨も上がり、全員で聖堂の外に出て、ドローンを飛ばして全体写真を撮影しました。ミサ後には、信徒会館で茶話会も。たくさんの方が積極的に教会の活動に参加し、互いに協力しておられる熱気を感じることができました。

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豊四季教会は、教区のホームページによれば;

 1971年5月、 国道16号線に沿った柏市東台に 「カトリック柏教会」 として最初の教会が献堂されました。 面積240坪あまりの土地に聖堂・ホールが所狭しと建てられ、駐車場も2台分しかありませんでした。  その後、信徒が増加したためにより広いものを求める声が大きくなり、移転が検討され、具体化していきました。土地等の交渉が難航し、想像を絶する努力の末、1991年9月この土地に建設され、白柳大司教により献堂式が行われました。移転に伴い教会名も「カトリック柏教会」から「カトリック豊四季教会」と改められ、主任司祭にスカボロ宣教会のハクシャー神父が赴任されました。 その後4代目の主任司祭だった岡田武夫大司教は東京教区長に任命され現在に至っています。 この教会は、聖母マリアのご保護を願って、 「平和の元后聖マリア」 に捧げられています。

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現在は広い敷地に駐車場も余裕があり、これからのさらなる発展が期待されています。

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さて豊四季教会のミサ後には、市川教会へ。ここでは午後から、松戸、市川、小岩、豊四季に集まるフィリピン出身の信徒の方々の集まりがあり、英語ミサを行いました。中心になっているのは市川教会の主任司祭であるフィリップ神父。コロンバン会員です。

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東京と千葉の全域で、4万人を超えるフィリピン人の方々が居住されていると、以前フィリピン大使館の方からうかがいました。ですから東京教区には、3万8千人以上のフィリピン出身の信徒がいることになります。

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自らの文化のアイデンティティを保ち、異国にあって助け合うためにも、こういった集まりが定期的にあることは大切だと思います。同時に、普遍教会にあっては、言語や文化によって共同体が林立したとしても、それらが全体として一致していることが重要です。東京教区にあっても、様々な言語や文化によって共同体が誕生していますが、それぞれが孤立することなく、同じ教区共同体を一緒に形作っているのだという意識を、常に持ち続けていただきたいと願っています。

Ichikawa1904

この日は、多くの方が聖堂一杯に集まり、フィリピン大使館からも代表の参加がありました。熱気に満ちたミサの後には、各教会のグループからダンスの披露があり、さらに信徒会館で食事会も行われました。

準備してくださった皆さん、ありがとうございます。

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そして7月3日は、新潟教区司祭の三崎良次師(86才)の、司祭叙階金祝を祝い、新潟近隣で働く司祭団が集まってお祝いのミサを捧げ、昼食会を新潟司教館で行いました。三崎神父様は、司教館で隠退生活を送っておられますが、まだまだお元気です。おめでとうございます。

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そして7月4日と5日の東京神学院での会議を経て、5日の夜から6日にかけて、秋田の聖体奉仕会へ。聖体奉仕会は責任者が新潟教区司教なので、教区管理者として、年に一度の会員総会に出席。長くてばたばたした一週間でした。

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2019年7月 2日 (火)

7月8月の主な予定

7月と8月の主な予定です。なお、大司教に御用の際は、教区本部事務局次長のディンド神父に、まずご相談ください。

  • 7月3日(水)新潟教区司祭の集まり (新潟教会)
  • 7月4日(木)常任司教委員会 (潮見)、神学院常任委員会(上石神井)
  • 7月5日(金)神学院常任委員会(上石神井)、聖体奉仕会 (秋田)
  • 7月6日(土)聖体奉仕会 (秋田)
  • 7月7日(日)赤羽教会堅信式 (9時)
  • 7月8日(月)~11日(木)司教総会 (潮見)
  • 7月14日(日)荻窪教会主日ミサ堅信式 (10時)
  • 7月17日(水)18日(木)東京教会管区会議 (仙台教区)
  • 7月19日(金)臨時常任司教委員会(潮見)、拡大青少年委員会 (真生会館)
  • 7月20日(土)船橋学習センターガリラヤ訪問
  • 7月21日(日)高円寺教会堅信式 (9時半)、中国センターミサ (14時半、上野)
  • 7月22日(月)ロゴス点字図書館会議 (午後、潮見)
  • 7月23日(火)神学院養成関連会議 (午後、潮見)
  • 7月24日(水)大分教区カトリック幼稚園連盟研修会 (宮崎)
  • 7月26日(金)名古屋教区カトリック幼児教育連盟研修会 (名古屋)
  • 7月27日(土)上智大学神学部講座 (13:00)
  • 7月28日(日)ベトナム共同体祈りの会とミサ (10時、マリアの御心会)

 

  • 8月2日(金)3日(土)日本カトリック医療団体協議会大会 (長崎)
  • 8月5日(月)6日(火)広島教区平和行事
  • 8月7日(水)新潟教区カトリック保育者研修会 (新潟)
  • 8月10日(土)11日(日)12日(月)東京教区平和旬間諸行事 (詳細は後日別途記載)
  • 8月13日(火)臨時常任司教委員会 (11時、潮見)
  • 8月15日(木)聖母被昇天祭ミサ (18時、東京カテドラル)
  • 8月18日(日)宮古教会主日ミサ (岩手県宮古市)
  • 8月23日(金)仙台サポート会議 (仙台)
  • 8月24日(土)日本カテキスタ会信仰養成講座 (9時から、若葉修道院)
  • 8月26日(月)27日(火)カリタスジャパン会議
  • 8月28日(水)ロゴス点字図書館会議 (午後、潮見)
  • 8月29日(木)~31日(土)東京教区神学生合宿

 

 

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聖ペトロ・パウロのお祝い@金銀祝とペトロの家

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今年は、聖ペトロ・パウロのお祝いを二回いたしました。一回目は6月24日午前11時に、東京カテドラルを会場にして、教区で働いてくださっている神父様方の司祭叙階ダイアモンド・金・銀のそれぞれのお祝いのミサを、聖ペトロ・パウロの祝日の典礼で捧げさせていただきました。

もともと、土井枢機卿にはじまり、白柳枢機卿、そして前任の岡田大司教と、東京の大司教はこの80年ほど霊名がペトロでありました。ですから聖ペトロ・パウロの祝日に当たる6月29日に一番近い月曜日に皆が集まり、お祝いのミサをしていたとのことです。その中で、その年に記念日を迎えられる司祭のお祝いも含めてきたと。ところが、ここに来て、大司教はペトロではなく、タルチシオです。祝日は8月です。どうするか思案しましたが、恒例のお祝い事ですからこれまで通り6月に行うことにしております。

Goldenjb1902

当日は多くの司祭に集まっていただき、記念日を迎える司祭の中からも、それぞれ数名の参加がありました。残念なことにこの日は荒れた梅雨の天気で大雨が降り、多くの司祭や信徒の方が参加を断念された模様です。節目の年を迎えられた神父様方に、心からお祝いも仕上げるとともに、これからもどうぞよろしくお願いします。神様のかわらぬ守りと導きを祈ります。以下一番下は、当日の説教の原稿です。

そして6月29日の午後2時半からは、東京教区の引退された司祭方の家「ペトロの家」の、後援会の方々とともに捧げるミサでした。ペトロの家は、高齢で現役を退かれた司祭や、病気療養中の司祭が暮らされる家で、高度なケアが必要となる前の段階で自立しておられる方々を中心に共同生活を営んでいる家です。修道会出身の私などには、なにか修道院共同体のようにもみえるところです。

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常日頃から、ボランティアや祈りや献金で、ペトロの家を支えてくださる方々をお招きして、感謝のミサを捧げ、その後は神父様方と懇談会をもよしました。70名を超える方がおいでくださり、聖堂に入りきれないほどでした。みなさまの日頃のご支援とお祈りに、感謝申し上げます。

司祭は引退するのではなく、そのいのちが尽きる日まで、司祭として生き続けます。役職を果たすことがなくなっても、それが司祭としての引退ではありません。ベットの上に寝たきりになろうが、車椅子であろうが、生きている限り、司祭は司祭としての務めをそれぞれにとって可能のかたちで果たし、その生き様を持って、福音をあかし続けています。その意味でも、ペトロの家のように、ともに支え合いながら、祈りの生活を持って共同体を作っている姿は、福音のあかしとして、重要だと思います。これからも、ペトロの家で生活される司祭のために、お祈りください。

以下、6月24日のカテドラルでのミサの説教の原稿です。

「それではあなた方は私を何者だというのか」
わたしたちはこの主からの問いかけに、自信をもって回答する言葉を持ち合わせているでしょうか。いくらでも学んだ知識を基にして、模範的な回答を並べることはできるかも知れません。でもそれは、結局のところ、誰かによって生み出され、わたしに与えられた知識でしかありません。

「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」と言うイエスの問いかけに対して、弟子たちは様々に回答をいたします。それらの回答は、皆どこかの誰かがそう言っていたという伝聞の知識であります。
しかし一通りどこからか聞いてきた情報の開示が終わるのを待ったイエスは、「それではあなた方は私を何者だというのか」と問いかけます。

イエスのこの言葉には、「そこら中で聞いてきたことを、そのまま繰り返すことは許さないぞ」と言う迫力があります。「どこからか聞いてきた知識は今出し尽くしただろう。もうそれに引きずられてはならない。自分の心の奥底にある本当の思いを言いなさい」と迫る、迫力があります。

Goldenjb1903

イエスに迫られて、わたしたち自身はいったいなにをどのように答えるのでしょうか。しどろもどろになりながら絞り出す回答は、本音であればあるほど、模範解答とはかけ離れた、自分自身の心の奥底に潜む信仰の叫びであるのかも知れません。

私たち信仰者の人生は、終わりの時まで、このイエスの迫力ある問いかけに、自分はどのように答えることができるのかを模索し続ける旅路でもあると思います。とりわけ聖職者にあっては、わたしたちが人生のすべてをかけて付き従おうとする主なのですから、その方が自分にとって何者なのか、人生のすべての時にその答えを追い求めて生きなくてはなりません。

2019年に、司祭叙階の銀祝や金祝、そしてダイアモンド祝などをお祝いされる神父様方に、心からお祝いを申し上げます。司祭叙階されてから25年、そしてさらなる25年、さらにはその先までと、司祭としての人生の長い道のりは、常にこのイエスからの問いかけに答えようとする模索の旅路ではなかったかと思います。その模索の積み重ねが、それぞれの神父様の霊性を深めて来られたのだろうと推測いたします。25年、また50年、さらにその先へと続く司祭としてのお働きに、心から感謝申し上げるとともに、これからさらに教会の牧者として、またイエスの弟子として、人生の終わりまで豊かな模索の旅路を続けられますように、神様の祝福と導きをお祈りいたします。(叙階銀祝の猪熊師とガクタン師) 

Goldenjb1904

司祭は叙階の秘跡によって、「最高永遠の祭司であるキリストにかたどられて、新約の真の祭司として、福音を宣教し信者を司牧し神の祭礼を執行するために聖別される」と、教会憲章に記されています(28)。もちろん小教区での司牧や典礼を執り行うことは重要であり、また司祭に固有の役割でもありますが、それとともに、いやそれ以上に重要な司祭の務めは、福音を証しして生きること、つまり福音宣教であろうと思います。

自らの日々の生活を通じて、自らの日々の言葉と行いを通じて、まさしく「それではあなた方は私を何者だというのか」と言う主イエスの問いかけへの答えを力強く宣言できるような、そういう生き方が司祭には求められているのではないかと思います。

いまの日本社会にあって福音を宣べ伝えようとする司祭には、使徒たちの時代のような、または日本の宣教初期のような、肉体的な迫害という苦しみはありません。しかしそこには、肉体的な迫害に勝るとも劣らない精神的な挑戦、すなわち徹底的な宗教への無関心と、それを生み出すすさまじい世俗化、超越者への畏敬の欠如、いのちへの尊厳の軽視、などという様々な挑戦が存在しています。とりわけ、その始まりから終わりまで、徹底的に守り抜かれなければならない賜物である私たちのいのちが、これほどまでに軽く扱われ、その価値をこの世の価値観によって決めつけられている現実には、大きな危機感を覚えます。

わたしたちは、社会の勝ち組、負け組などという言葉が飛び交い、互いに助け合うことや困窮する人に手を差し伸べることには意味がない、自己責任だなどとまで言うような社会で、互いに助け合う者としての福音を証ししようとしています。

自分たちの生活を守るためには、異質な存在を排除し、時に武力を行使することも致し方がないと考える社会の中で、神の平和の確立、神の秩序の実現を求めています。

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今年の復活の主日の、ウルビ・エト・オルビのメッセージで、教皇様は次のように言われました。
「現代の多くの苦しみに対して冷淡で無関心な者として、いのちの主がわたしたちのことをご覧になりませんように。わたしたちを、壁ではなく橋を築く者にしてください。・・・墓の入り口を開け放ち復活したキリストが、わたしたちの心を、困窮している人、無防備な人、貧しい人、失業した人、社会の片隅に追いやられた人、さらにはパンと逃れ場を求め、自分の尊厳が認められるよう望みながらわたしたちの扉をたたいている人に対して開いてくださいますように」

わたしたちは愚直に、そして誠実に、主イエスの「それではあなた方は私を何者だというのか」という問いかけに対する答えの模索に、全力を傾けて生きていきたいと思います。

この世の常識にとっては愚かしいことであっても、夢物語だといわれても、勇気を失うことなく、福音をあかし続けていきたいと思います。

その始めから終わりまで、一つの例外もなくいのちの尊厳が守り抜かれるように主張し続け、社会にあって生きる希望と喜びを生み出す存在でありたいと思います。

司祭の長年の働きが、希望と喜びの源となりますように、生ける神の子、主イエスに、これからも勇気を持って付き従ってまいりましょう。

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