« キリストの聖体の主日に@築地、そして麹町 | トップページ | 7月8月の主な予定 »

2019年7月 2日 (火)

聖ペトロ・パウロのお祝い@金銀祝とペトロの家

Goldenjb1901

今年は、聖ペトロ・パウロのお祝いを二回いたしました。一回目は6月24日午前11時に、東京カテドラルを会場にして、教区で働いてくださっている神父様方の司祭叙階ダイアモンド・金・銀のそれぞれのお祝いのミサを、聖ペトロ・パウロの祝日の典礼で捧げさせていただきました。

もともと、土井枢機卿にはじまり、白柳枢機卿、そして前任の岡田大司教と、東京の大司教はこの80年ほど霊名がペトロでありました。ですから聖ペトロ・パウロの祝日に当たる6月29日に一番近い月曜日に皆が集まり、お祝いのミサをしていたとのことです。その中で、その年に記念日を迎えられる司祭のお祝いも含めてきたと。ところが、ここに来て、大司教はペトロではなく、タルチシオです。祝日は8月です。どうするか思案しましたが、恒例のお祝い事ですからこれまで通り6月に行うことにしております。

Goldenjb1902

当日は多くの司祭に集まっていただき、記念日を迎える司祭の中からも、それぞれ数名の参加がありました。残念なことにこの日は荒れた梅雨の天気で大雨が降り、多くの司祭や信徒の方が参加を断念された模様です。節目の年を迎えられた神父様方に、心からお祝いも仕上げるとともに、これからもどうぞよろしくお願いします。神様のかわらぬ守りと導きを祈ります。以下一番下は、当日の説教の原稿です。

そして6月29日の午後2時半からは、東京教区の引退された司祭方の家「ペトロの家」の、後援会の方々とともに捧げるミサでした。ペトロの家は、高齢で現役を退かれた司祭や、病気療養中の司祭が暮らされる家で、高度なケアが必要となる前の段階で自立しておられる方々を中心に共同生活を営んでいる家です。修道会出身の私などには、なにか修道院共同体のようにもみえるところです。

Peterhouse1901

常日頃から、ボランティアや祈りや献金で、ペトロの家を支えてくださる方々をお招きして、感謝のミサを捧げ、その後は神父様方と懇談会をもよしました。70名を超える方がおいでくださり、聖堂に入りきれないほどでした。みなさまの日頃のご支援とお祈りに、感謝申し上げます。

司祭は引退するのではなく、そのいのちが尽きる日まで、司祭として生き続けます。役職を果たすことがなくなっても、それが司祭としての引退ではありません。ベットの上に寝たきりになろうが、車椅子であろうが、生きている限り、司祭は司祭としての務めをそれぞれにとって可能のかたちで果たし、その生き様を持って、福音をあかし続けています。その意味でも、ペトロの家のように、ともに支え合いながら、祈りの生活を持って共同体を作っている姿は、福音のあかしとして、重要だと思います。これからも、ペトロの家で生活される司祭のために、お祈りください。

以下、6月24日のカテドラルでのミサの説教の原稿です。

「それではあなた方は私を何者だというのか」
わたしたちはこの主からの問いかけに、自信をもって回答する言葉を持ち合わせているでしょうか。いくらでも学んだ知識を基にして、模範的な回答を並べることはできるかも知れません。でもそれは、結局のところ、誰かによって生み出され、わたしに与えられた知識でしかありません。

「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」と言うイエスの問いかけに対して、弟子たちは様々に回答をいたします。それらの回答は、皆どこかの誰かがそう言っていたという伝聞の知識であります。
しかし一通りどこからか聞いてきた情報の開示が終わるのを待ったイエスは、「それではあなた方は私を何者だというのか」と問いかけます。

イエスのこの言葉には、「そこら中で聞いてきたことを、そのまま繰り返すことは許さないぞ」と言う迫力があります。「どこからか聞いてきた知識は今出し尽くしただろう。もうそれに引きずられてはならない。自分の心の奥底にある本当の思いを言いなさい」と迫る、迫力があります。

Goldenjb1903

イエスに迫られて、わたしたち自身はいったいなにをどのように答えるのでしょうか。しどろもどろになりながら絞り出す回答は、本音であればあるほど、模範解答とはかけ離れた、自分自身の心の奥底に潜む信仰の叫びであるのかも知れません。

私たち信仰者の人生は、終わりの時まで、このイエスの迫力ある問いかけに、自分はどのように答えることができるのかを模索し続ける旅路でもあると思います。とりわけ聖職者にあっては、わたしたちが人生のすべてをかけて付き従おうとする主なのですから、その方が自分にとって何者なのか、人生のすべての時にその答えを追い求めて生きなくてはなりません。

2019年に、司祭叙階の銀祝や金祝、そしてダイアモンド祝などをお祝いされる神父様方に、心からお祝いを申し上げます。司祭叙階されてから25年、そしてさらなる25年、さらにはその先までと、司祭としての人生の長い道のりは、常にこのイエスからの問いかけに答えようとする模索の旅路ではなかったかと思います。その模索の積み重ねが、それぞれの神父様の霊性を深めて来られたのだろうと推測いたします。25年、また50年、さらにその先へと続く司祭としてのお働きに、心から感謝申し上げるとともに、これからさらに教会の牧者として、またイエスの弟子として、人生の終わりまで豊かな模索の旅路を続けられますように、神様の祝福と導きをお祈りいたします。(叙階銀祝の猪熊師とガクタン師) 

Goldenjb1904

司祭は叙階の秘跡によって、「最高永遠の祭司であるキリストにかたどられて、新約の真の祭司として、福音を宣教し信者を司牧し神の祭礼を執行するために聖別される」と、教会憲章に記されています(28)。もちろん小教区での司牧や典礼を執り行うことは重要であり、また司祭に固有の役割でもありますが、それとともに、いやそれ以上に重要な司祭の務めは、福音を証しして生きること、つまり福音宣教であろうと思います。

自らの日々の生活を通じて、自らの日々の言葉と行いを通じて、まさしく「それではあなた方は私を何者だというのか」と言う主イエスの問いかけへの答えを力強く宣言できるような、そういう生き方が司祭には求められているのではないかと思います。

いまの日本社会にあって福音を宣べ伝えようとする司祭には、使徒たちの時代のような、または日本の宣教初期のような、肉体的な迫害という苦しみはありません。しかしそこには、肉体的な迫害に勝るとも劣らない精神的な挑戦、すなわち徹底的な宗教への無関心と、それを生み出すすさまじい世俗化、超越者への畏敬の欠如、いのちへの尊厳の軽視、などという様々な挑戦が存在しています。とりわけ、その始まりから終わりまで、徹底的に守り抜かれなければならない賜物である私たちのいのちが、これほどまでに軽く扱われ、その価値をこの世の価値観によって決めつけられている現実には、大きな危機感を覚えます。

わたしたちは、社会の勝ち組、負け組などという言葉が飛び交い、互いに助け合うことや困窮する人に手を差し伸べることには意味がない、自己責任だなどとまで言うような社会で、互いに助け合う者としての福音を証ししようとしています。

自分たちの生活を守るためには、異質な存在を排除し、時に武力を行使することも致し方がないと考える社会の中で、神の平和の確立、神の秩序の実現を求めています。

Goldenjb1905

今年の復活の主日の、ウルビ・エト・オルビのメッセージで、教皇様は次のように言われました。
「現代の多くの苦しみに対して冷淡で無関心な者として、いのちの主がわたしたちのことをご覧になりませんように。わたしたちを、壁ではなく橋を築く者にしてください。・・・墓の入り口を開け放ち復活したキリストが、わたしたちの心を、困窮している人、無防備な人、貧しい人、失業した人、社会の片隅に追いやられた人、さらにはパンと逃れ場を求め、自分の尊厳が認められるよう望みながらわたしたちの扉をたたいている人に対して開いてくださいますように」

わたしたちは愚直に、そして誠実に、主イエスの「それではあなた方は私を何者だというのか」という問いかけに対する答えの模索に、全力を傾けて生きていきたいと思います。

この世の常識にとっては愚かしいことであっても、夢物語だといわれても、勇気を失うことなく、福音をあかし続けていきたいと思います。

その始めから終わりまで、一つの例外もなくいのちの尊厳が守り抜かれるように主張し続け、社会にあって生きる希望と喜びを生み出す存在でありたいと思います。

司祭の長年の働きが、希望と喜びの源となりますように、生ける神の子、主イエスに、これからも勇気を持って付き従ってまいりましょう。

|

« キリストの聖体の主日に@築地、そして麹町 | トップページ | 7月8月の主な予定 »

司教の日記」カテゴリの記事