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2019年9月12日 (木)

マザーテレサの祝日@足立教会。そして堅信式@徳田教会

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9月5日はコルカタの聖テレサの記念日です。コルカタの聖テレサというよりも、マザーテレサの方が聞きなじみある名前ですし、コルカタよりもカルカッタの方が、これまた聞きなじみがあります。マザーテレサが亡くなられて22年。列聖されて3年です。東京で働かれる神の愛の宣教者会のシスターたちと、9月7日の土曜日に、修道院の近くにある足立教会で感謝ミサを捧げました。


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すべての人の命の尊厳を守るために尽くされたマザーテレサの偉業は、あらためてここで語るまでもありません。また世界中の厳しい社会環境の場で、困難に直面する人たちのため、社会から排除された人たちのため、命の危機に直面している人たちのために、ありとあらゆる困難を乗り越えて尽くそうとする神の愛の宣教者会のシスター方の活躍についても、あらためてわたしが語るまでもありません。シスター方の活動に、心から敬意を表したいと思います。また男子のブラザーたちも、山谷で活動を続けておられます。


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すべての人が自分で、マザーテレサや神の愛の宣教者会のシスター方と同じことができるわけではありませんが、その生きる姿勢や関わりから、私たち自身の生き方への指針を見いだしたいといつも思います。

ミサ後には、足立教会の一階をお借りして、参加した皆で昼食会となりました。

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わたし自身はマザーテレサには直接お会いしたことはありません。列福された翌年、2004年の春に、カリタスジャパンの援助プログラムの視察でカルカッタに出かけた際、修道院を訪問して、修道院聖堂に葬られたマザーテレサの墓の前でお祈りを捧げる機会がありました。

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カリタスジャパンの援助プログラム視察で、アジアやアフリカの様々な国へ出かけましたが、どこに行ってもあのブルーのラインが入った白いサリーの修道服に出会いました。これからも主イエスのいつくしみの福音の証し人として、活躍を続けられますように。

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翌、9月8日は、東京都内中野の徳田教会で堅信式がありました。徳田教会は、主任司祭が教区司祭の大倉神父様。同じく教区司祭で、信徒カテキスタ養成を担当している猪熊神父様が協力司祭です。

徳田教会はベタニア修道女会の本部に隣接し、さらに隣はかつての慈生会病院(現在は総合東京病院)です。

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今回は、8名の方が堅信の秘跡を受けられました。そのうちお二人は高円寺教会の方でした。先日の高円寺での堅信式の際には、体調を崩されておられたため、今回合流となりました。堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。

9月8日は、今年は主日と重なったため主日の典礼が優先されますが、聖母の誕生の祝日です。そしてその一週間後の9月15日は、これもまた今年は主日と重なりますが、悲しみの聖母の記念日。聖母マリアが主イエスとともに歩んだ旅路は、常識を越えた苦しみに直面する人生でした。シメオンに告げられたように、イエスの人生も様々な反対に直面する困難の人生ですが、聖母もまたその心が剣で刺し貫かれるほどの苦しみの人生でした。それはイエスの十字架での受難のときまで続きます。つまり聖母は、受難によって罪と死に打ち勝ち、救いの計画を遂行した主イエスに常に寄り添って苦しみをともにされました。

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言うまでもなく、現実社会における様々な困難を、そのままで良いと放置することは、ふさわしいことではないと思います。私たちは神の秩序の実現を、今生きているこの世界でも追い求めたいと思います。同時に、福音を生きようとするとき、目前に示される選択肢には、困難を伴う道と妥協のうちに安楽な道とが含まれていることでしょう。そのようなとき、困難に直面することを厭わなかった主御自身の姿と、「我になれかし」とその苦しみに身をゆだねることを厭わなかった聖母の姿を思い浮かべたいと思います。

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堅信式ミサ後には、信徒会館で、祝賀会が催され、わたしも歌をひとつふたつ披露させていただきました。

 

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