カテゴリー「小教区活動」の6件の記事

2014年11月18日 (火)

オルガンコンサートのお知らせ@新潟教会

オルガンコンサートのお知らせです。11月24日(月)の午後2時から、カトリック新潟教会を会場にオルガンコンサートが開催されます。

このコンサートは「瑠璃の会」が主催し第6回目。新潟教会聖堂の歴史あるパイプオルガンを用いてのコンサートです。「瑠璃の会」は、新潟市民芸術文化会館「りゅーとぴあ」の専属オルガニストである山本真希さんを指導者に、日頃から新潟教会で練習を続けている信徒オルガニスタの集まりです。今回は5名のメンバーが、日頃鍛えた腕前を披露する予定です。

入場は無料。どうぞおいでください。

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2014年3月 8日 (土)

新潟地区信徒大会

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新潟教区の新潟地区では、本日の土曜日、地区信徒大会が行われました。新潟地区は、新潟市が合併する前の区割りに基づいて決められていますが、新潟教会、花園教会(鳥屋野教会)、佐渡教会、白根教会、青山教会、寺尾教会、亀田教会で構成されています。新津教会は合併後の新潟市内にありますが、現在も新発田地区の所属となっています。新潟地区の現在の地区長は亀田教会の山頭師。

この信徒の集まりはもともと、第二バチカン公会議後の伊藤司教様の時代に、地区信徒使徒職協議会として創設されたものです。当時の規約をみると様々な活動の部会制度をとっていたり、各教会から5名近い代表が選出されていたりと、大きな組織であったことが窺われます。しかし時代が進み、以前と比べると活動できる信徒の人数も減少気味です。今回の大会の最初は、信徒協の総会とされ、この大所帯の規約を現状に合わせて見直す作業が行われました。これまでの部会制度を廃し、各教会からの代表も一名とするなど、スリム化が図られました。

現在教区には信徒と司祭と修道者の代表が一堂に会して教区の司牧方針などを話し合う教区宣教司牧評議会が存在します。また司祭の会議体として司祭評議会が設けられています。そのような組織の中で、地区の方向性を決定する会議体をどうするのかは、実はまだ結論が出ていません。現状では、地区宣教司牧評議会は設置するところにいたっておらず、その代わりに、地区内の司祭もメンバーとしている地区信徒使徒職評議会がその役割を担って様々な活動を行ってきました。徐々に、各地区の全体を話し合う場をどのように設けていくのかの検討を、先に進めていきたいとは思います。

Niigatachiku1402 本日、新潟教会で開催された大会には、50名ほどの方の参加でした。信徒協の総会後、私が、10月の家庭に関するシノドスとその準備のための日本司教団の回答に基づいて一時間ほどお話をさせていただきました。テーマは、年頭司牧書簡のタイトル通り、「感謝の心をもって生きる」とさせていただきました。

10月の第三回臨時シノドスに向けて各国の司教団に宛てられた短い質問書(準備文書)には、38の質問が用意されていました。テーマは「福音宣教との関連から見た家庭の司牧的問題」です。今年の臨時シノドスでは各国の回答に基づいて、一体今何が問題とされている化、その所在を明らかにする試みが行われます。そして来年のシノドスで、それに対する司牧的回答を作成しようとする、二段階の試みです。

海外で報道されていましたが、日本の司教団は回答を日本語と英語で公表しています。これはどうもドイツの司教団に続いて二番目だったようで、しかもその内容が、必ずしも明るいものではなく、以下に日本の現実が福音宣教の前に大きな壁として立ちはだかっているかを正直にしるしたものであったために、かなりの反響を呼びました。ドイツ司教団の回答もかなり厳しいものだったようです。数日前には教理省長官のミュラー枢機卿が、「いくら現実が困難だからと言って、それに合わせて教理を変更することはない」と釘を刺しておられました。

もちろん私も、現実に合わせて教会の教えを変更する必要はないと考えます。今回の日本の司教団の回答を読んで思いますが、このシノドスの議論の前提は二つあろうと思います。

一つは、現状を分析した上で、誰かを裁いたり断罪するものではないことを明確にする必要があります。日本の教会はすでに、1988年に「ともに喜びをもっていきよう」のなかで、「裁く共同体ではなく、特に弱い立場におかれている人々を暖かく受け入れる共同体に成長したい」と強調していました。

もう一つはすでに触れたように、必ずしも教会の教えを変更するのではなく、この具体的な現実の中に生きている多くの方の叫びに、教会はどのように応じていくのかを考えることの大切さでしょう。

以上のシノドスの質問書とそれに対する回答は、カトリック中央協議会の、このリンクのページからPDFファイルをダウンロードして読むことができます。ご一読を。(クリックして行き着いた中央協のページの紋章のすぐ下に、「国務省」から始まる青いタブが並んでいます。その一番右の「シノドス」という青いタブをクリックしてください)

さて新潟地区大会は、私の講演後に会場をカトリックセンターに階に移し、一緒に皆でお弁当を頂いたあと、再び聖堂に戻ってミサで終了しました。参加してくださった皆さんありがとうございます。

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2013年10月 6日 (日)

第25回新発田地区信徒大会@三条教会

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今日の日曜日、新潟県の三条教会を会場に、新発田地区の信徒大会が開催され、90名近い方が参加されました。25回目となる今年のテーマは、「私の信仰年。みんなでつながり、希望を持とう」とされていました。

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新発田地区は、新潟県の一番北にある村上教会(集会所)から始まって、新発田、新津、村松(巡回)、加茂、栃尾、見附、三条の8共同体で構成され、4名の司祭が担当しています。司祭が常駐しているのは、現時点では新発田、新津、三条、見附の各教会です。市町村合併で、実際には新津教会は新潟市内に、また栃尾教会は長岡市内にあるのですが、以前、神言会員が担当していた地区がそのまま新発田地区として存続しています。現在担当している4名の司祭は、全員が新潟教区司祭です。

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今回は幼稚園や聖堂の新築工事が数年続いていたため、久しぶりの三条での開催となりました。11時から新しい聖堂でミサをささげ、私が司式し、三条の主任司祭である石黒師が説教をされました。石黒師の説教は終わったかなと思いきや、「三条に来てから、三にちなんで説教は三部構成になりました。さて次は第二部」という壮大なものでありましたが、ご自分の幼少の頃からの信仰体験を話してくださり、午後のグループに分かれての分かち合いにつながるすばらしい導入でした。

昼食をはさんで、幼稚園のホールに集まり、地区の中でも小さい二つの共同体、村上と村松の代表が教会の紹介をしました。村上は自前の聖堂もなく、信徒の家で集まりを続けている教会です。その後7グループに分かれて分かち合い。活発に話し合いが行われました。最後に私の短い講評を含めた閉会式で、三時半の記念撮影で終了。皆さんご苦労様でした。来年は見附教会の担当です。

ところで先日の長岡でのフランシスコのお祝いでの記事中、金祝を迎えられた町田師の挨拶について触れましたが、それを読んだご本人から、自分はもっとまともなことを言ったはずだと訂正の要望がありましたので、以下その引用。

町田師が言われたのは、「金祝の集いで、足りないとことが沢山あった。この次このような事がないようにしたいと思う。そのため、ダイヤモンドまで生きたい。是が今の目標である」と言うことであったそうです。

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2013年7月15日 (月)

米沢殉教祭ミサ@北山原その2

14日の日曜日午前11時から開催された米沢市北山原での、福者ルイス甘粕右衛門と52殉教者の記念ミサの模様です。参加した新潟教会の高橋さんが撮影してくださったので、その中から数枚を。

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米沢は前日から雨模様でしたが、この日は今にも雨が降り出しそうな曇り空。しかしミサが始まる頃には写真でもわかるように日が差し始めました。そして説教中には、汗がほとばしるような日差しに。

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侍者をしてくださったのは、新庄教会の信徒。三名ともフィリピン出身。写真の司祭は、向かって左が新潟教会助任のナジ神父(神言会)。私の左が山形教会と新庄教会の主任、米沢教会小教区管理者の本間神父(イエズスマリアの御心会)、右端が鶴岡教会と酒田教会の主任スリ・ワルヨ神父(同会)。

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2013年7月14日 (日)

米沢殉教祭ミサ@北山原

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7月1日は福者ペトロ岐部と187殉教者のお祝い日ですが、そのうちの53人の福者殉教者がいる米沢では、本日14日の日曜日に、米沢市の北山原(ほくさんばら)にある殉教地で、記念のミサを捧げました。この地では1629年1月12日、福者ルイス甘粕右衛門をはじめとした53名が、殉教しております。(写真上が、殉教地。住宅街の真ん中になってしまっております)

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この数日の間、新潟や東北では雨が降り続いており、特に山形の日本海側や秋田では激しい大雨となっています。そのため今日のミサも天候が大変心配でありました。しかし、これを奇跡というのかどうかわかりませんが、今日の日曜日の米沢は、朝方までの雨も上がり、9時過ぎには少し青空まで出現。ミサは11時に始まりましたが、それなりの曇り空で、暑すぎずに祈りの時を過ごすことができました。また私の説教中にはなんと激しく太陽が照りつけるなど、本当に良い天気に恵まれて助かりました。もちろん会場となった殉教地にはテントを張り、祭壇の上にもテントを張っておりましたが、やはり雨が降るのと降らないとでは大きな違いがあります。

今日のミサは山形地区のすべての教会から参加があり、加えて新潟市内の教会からも参加者がありました。山形教会と新潟地区からはそれぞれ大型観光バスでの参加でした。新潟地区は、青山教会、新潟教会、花園教会、亀田教会からの参加。共同司式は本間、川又、ワルヨ、ナジの各神父。殉教地に集まったのは、150名ほどではなかったでしょうか。

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ミサ後はその場でブルーシートを敷き、皆でお弁当を。その間に鶴岡教会からは琵琶の演奏が。新潟地区からは歌の披露があり、午後1時過ぎに和やかな雰囲気のうちに殉教祭を終わりました。

なお本日の説教はこちらのリンクの先に掲載しました。ただし、現場ではかなり変更して話しましたので、それは掲載原稿に反映されていません。また列福感謝ミサの説教のリクエストがありましたので、それはこちらのリンクです。

新潟へ戻るため小国街道を走り始めた頃、3時頃には雨が降り出しました。

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2013年6月 2日 (日)

長岡地区大会@十日町

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新潟県の中越から上越地域に広がる長岡地区(地区長は高田・直江津のフーベルト神父)の第37回信徒大会が、本日開催されました。会場となったのは十日町教会。十日町教会は1961年の5月21日にはじめてミサが捧げられたことから始まった教会で、2011年が50周年でした。しかし、その頃は司祭が常駐せず長岡からの巡回であったため、お祝いが行われていませんでした。そこで今年の地区信徒大会に合わせて、50年のお祝いも行うことになり、小さいながらフルカラーの記念誌も発行されました。現在では地域に多く居住するフィリピン出身の信徒の方々が共同体の大多数を占めています。今日も、そのうちの二人が、集まった地区の信徒たちに、自らのこれまでの日本での経験を分かち合いました。二人とも困難な状況に遭遇しながらも、必ず神様が良くしてくださると信じて生きてきたと力強く話してくれました。

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地区信徒大会は信仰年をテーマにすえ、私が午前中10時から一時間ほど、信仰年について講話をいたしました。そのあと、地区信徒使徒職協議会の総会。昼食。長年主任司祭を務めたブルーノ神父(フランシスコ会・糸魚川教会主任)による思い出話。そのあとに参加した司祭団で共同司式ミサを行いました。もともと長岡地区はフランシスコ会に委託された地区でしたが、現在はその会員も司祭は4名ブラザー1名に減少し、教区司祭3名(新潟2名と東京)と神言会司祭2名が一緒になって地区で働いています。

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なお長岡地区の青年中高生会は、20名近くが参加して、前晩から長岡で合宿を行い、信仰についての学びと、御言葉の分かち合いを行いました。今日の大会でもその成果を参加者全員で披露してくれました。

またミサの最後には、それほど時間をとれませんでしたが、聖体を前にして黙想するひとときも設けられました。

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