カテゴリー「カトリック教会」の37件の記事

2017年9月 1日 (金)

「移民と難民に、受け入れ、保護、支援、統合を」@教皇フランシスコ

Sharethejourney
総合的エコロジーを説かれる教皇フランシスコにとって、神からもっとも愛されている存在の人間が、その尊厳を蔑ろにされ排除されている状態は、被造物の有り様としてもっとも受け入れることのできない課題となっています。

特に、難民となっている人々や様々な事由から移住を選択せざるを得ない人々が、生命の危機に瀕している状況は、教皇フランシスコにとってもっとも優先して取り組むべき課題の一つとなっています。そのことは、教皇就任直後の2013年4月に、アフリカからの難民が数多く到達していたイタリア領のランペドゥーザ島(チェニジアに限りなく近いヨーロッパの地)へ、司牧訪問をされたことによって、明確に示されました。

国際カリタスは、教皇フランシスコとともに、この9月27日から、難民の救済に取り組むための国際的なキャンペーンを開始します。(上の写真はキャンペーン呼びかけの国際カリタスポスター)キャンペーンの詳細は、追ってカリタスジャパンから正式に発表となりますので、ここでは触れませんが、そのキャンペーン開始に先だって、教皇様は来年2018年の難民移住者の日のためのメッセージを、この8月にすでに発表されました。

そのタイトルは、「移民と難民に、受け入れ、保護、支援、統合を」とされています。教皇様は「受け入れ、保護、支援、統合を」という四つの言葉を掲げ、具体的な行動を私たちに求めています。

教皇様はメッセージの冒頭で、レビ記19章34節の言葉を引用され、難民や移住者に対する私たちのあるべき態度を指摘します。

「あなたたちのもとに寄留する者をあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。なぜなら、あなたたちもエジプトの国においては寄留者であったからである。わたしはあなたたちの神、主である」

その上で、マタイ福音書25章の「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」の話を参照しながら、こう記します。

「あらゆる旅人がわたしたちの扉を叩くたびに、それはイエス・キリストとの出会いの機会になる」

もうこれだけで、私たちキリスト者がどういう態度でどういう行動をとるべきかは十分に言い尽くされているといえるでしょう。残念ながらこの数年、現実の世界では難民や移住者をできる限り受け入れまいとする方向に歩みが進められています。その行き着くところは、拒絶にとどまらずすでに隣人として暮らしている人たちへの排除であり、極端な場合にはヘイトクライムにまで行き着く恐れすらあります。すでにネット上では、異質な存在への様々なレベルでの攻撃が普通に見られるようになりました。

教皇様はメッセージの中で、 「受け入れ、保護、支援、統合を」という四つの行動を掲げ、それぞれに私たちと、また各国政府、そして国際社会に具体的な行動を求めていますが、その中には、例えば次のような呼びかけが含まれています。(ごく一部です)

    • 人道上の査証発給や、家族呼び寄せの簡素化。
    • 人間の尊厳と基本的人権を守ることのできない母国への送還の禁止。
    • 人間の尊厳をまもるために、安易な身柄拘束の廃止。
    • 法的保護の付与とふさわしい医療の提供。
    • 就労の可能性の提供と、未成年者への特別な保護の提供。
    • 避難国で誕生した子どもの無国籍化の防止。
    • 宗教の自由の保障とそれそれの職能の尊重。
    • 難民を多く受け入れている途上国への支援の強化。
    • 難民や移住者との出会いの機会を増やすことで、文化の多様性をそれぞれの共同体に生かしていく。

詳しくは、追って公式な翻訳が整った段階で、あらためて紹介します。

さてこういった点を指摘した上で、教皇フランシスコは、二つのグローバルコンパクトの実現のために、あらゆる努力を払うようにと呼びかけています。

そもそも「難民」とは、まず1951年の難民の地位に関する条約とその後の1967年の難民の地位に関する議定書に基づいて、国際社会がその存在を認めているかたがたです。第二次世界大戦後の混乱の中で発生した、主に欧州での難民問題に、世界人権宣言の立場から取り組むために誕生した難民の地位に関する条約は、基本的に1951年前に発生した課題だけを対象としていました。その条約から、時間の制限を除いたのが1967年の議定書です。

その条約には、難民の定義がこう記されています。

「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」

そもそも「恐れがある・・・恐怖」という主観的な概念でその存在を定義するのですから、本来は、困難に直面している人を中心に据えた庇護の考え方であったといえます。もっとも、その後の世界では、例えば内戦状態によって、国境を越えない国内避難民が発生したり、経済的避難民が発生したりと、条約が想定していない状態が出現するのですが、それでもそういったそれぞれの状況に対処しながら、国際社会は何らかの庇護を与える努力を続けてきました。

教皇フランシスコは、そういった条約的な考えを超越して、徹底的に、一人一人の人間の尊厳を優先し、今必要な助けを提供することが、一時的には受け入れ共同体に困難をもたらしてしまうかもしれないが、しかし、その行動が共同体自身のひいては人類全体の善につながると考えている点でユニークであると思います。

2016年9月19日に、国連で開催された「難民と移民に関するサミット」において、「ニューヨーク宣言」が採択されました。(その仮訳をこのリンクで読むことができます

ニューヨーク宣言には、難民と移民に関して、次のような対策をとることが約束されています。(国連の2016年9月22日プレスリリースより)

  • その地位に関係なく、すべての難民と移民の人権を守る。その中には、女性と女児の権利や、解決策の模索に対するその全面的、平等かつ有意義な参加を促進することが含まれる。
  • 難民と移民の子どもたちが全員、到着から2~3カ月以内に教育を受けられるようにする。
  • 性的暴力とジェンダーに基づく暴力を予防するとともに、これに対処する。
  • 大量の難民と移民を救出し、受け入れている国々を支援する。
  • 移住の地位を判定する目的で、子どもの身柄を拘束するという慣行に終止符を打つよう努める。
  • 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が再定住の必要性を認めた難民すべてにつき、新たな住居を確保するとともに、国境を越える労働移動や教育制度などを通じ、難民がさらに他国へ移住できる機会を拡大する。
  • 国際移住機関(IOM)を国連システムに組み込むことにより、移住のグローバル・ガバナンスを強化する。

その上でニューヨーク宣言は、二つのグローバルコンパクトを2018年までに成立させることを目指すと公約し、次のように記しています。

「本決議の添付文書Ⅰは、包括的な難民対応枠組を含みそして 2018 年に難民に関す るグローバル・コンパクトの達成に向けた措置を示しており、同時に添付文書Ⅱは、2018 年に安全な、秩序あるそして規則的な移住のためのグローバル・コンパクトの達成に向けた措置を定めて いる。」(宣言の仮約7ページ目から)

グローバルコンパクトは、1999年のダボス会議で当時のコフィ・アナン事務総長が提唱した、企業や団体を包摂した世界レベルでの責任ある行動のための枠組みで、現在すでに、「人権」・「労働」・「環境」・「腐敗防止」の4分野・10原則が成立しています。これに、2018年には、難民や移民に関する二つのグローバルコンパクトが加えられるように、国際社会は動いているのです。

教皇様の呼びかけを、私たちの現実の中でどう実現していくことが可能なのか、考えてみたいと思います。また日本では残念ながらあまり報道されることのない、難民や移民に関する国際社会の動きに、関心を深めていきたいと思います。

9月27日から2年間の予定で始まる国際カリタスのキャンペーンは、日本においてはカリタスジャパンと日本カトリック難民移住移動者委員会の共催で行われます。このキャンペーンが、この課題に多くの方が目を向ける契機となることを願っています。

<9月2日追記>

教皇様のメッセージは、英文をこちらのリンクで読むことができます。正式な日本語訳は今後、カトリック中央協議会事務局で作成し、追って公開されることになります。

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2015年4月27日 (月)

ネパールの大地震救援募金開始@カリタスジャパン

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先日発生したネパールの大地震は、時間がたつにつれ、被害の大きさが世界中に伝わり始めています。前掲記事にも記したとおり、国際カリタスの調整のもと、カリタスインドや米国カリタス(CRS)など、インドに拠点を持つカリタスメンバーから、ネパールに向けての救援活動が開始されています。(写真はカリタスネパールの責任者、パイウス神父が指示をしている様子。右端がパイウス神父)

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カリタスジャパンでは、こういった国際カリタスを中心として行われる救援活動を支援するために、本日より募金の受付を始めました。詳しくは、こちらのリンクのカリタスジャパンホームページをご参照ください。(写真は、カトリック教会の被昇天カテドラルの前に設置された避難用のテントの前で、カリタスネパールのパイウス神父)

募金の宛先は以下の通りです。

郵便振替番号:00170-5-95979

加入者名:カリタスジャパン

通信欄に、「ネパール地震」とご明記ください。

なおカリタスジャパンの受け付ける募金は、被災者に直接分配する義援金ではありません。緊急の被災者救援活動や、その後の復興支援事業といった活動のための募金です。活動は国際カリタスが調整しながら、地元のカリタスネパールを支える形で、各国のカリタスがあたります。また活動だけではなく、緊急の物資の購入にも充てられます。皆様の募金は、カリタスの活動と物資の配給を通じて、被災者の方々に渡っていくことになります。

多くの方の協力をお願いいたします。

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2015年3月29日 (日)

松浦司教、名古屋司教に任命

教皇様は先ほど、3月29日のローマ時間お昼に、名古屋教区のアウグスチノ野村純一司教の引退願いを受理し、後任の司教として、大阪教区補佐を務めるミカエル松浦悟郎司教を任命されました。

松浦司教様は、1952年に名古屋で生まれ、1981年大阪教区司祭に叙階。1999年に大阪の補佐司教に叙階されています。

松浦司教様、おめでとうございます。なお着座式の日程は未定です。

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2015年3月26日 (木)

アドリミナの写真から、その2(3/29写真差し替え)

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アドリミナの写真から、続きを少し。アドリミナの大事な目的の1つ。聖パウロ大聖堂でのミサは、火曜日の午後でした。

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司式は高見大司教。ローマ在住のシスターがたも参加して下さいましたが、なんといっても広い大聖堂ですから。

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聖パウロ大聖堂には歴代教皇の肖像画があり、教皇フランシスコの肖像画も出来上がっていました。

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日本の教会は福音宣教省の管轄です。昨日、水曜の午後にウルバノ大学構内で、フィローニ枢機卿以下関係者と司教団の会合がありました。雨が降り風の強い寒い夕方でした。

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2015年3月24日 (火)

アドリミナの写真から(3/29、少し加筆訂正と写真変更)

アドリミナはまだ続いておりますが、その写真を数枚。

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教皇様に謁見にあたり、東日本大震災の復興支援にあたる教会やカリタスの活動を納めた仙台教区サポートセンター制作のDVDと、秋田のマリアさまの祈りのカードをお渡ししました。聖体奉仕会の冊子もローマへ持参していましたが、こちらは典礼秘跡省と福音宣教省の長官に献上。なお教皇様の司教団へのメッセージは、中央協HPで公開されています。

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聖ペトロの墓前で日曜日の朝、ミサを捧げました。聖ペトロ大聖堂の地下で、祭壇後ろ正面が聖ペトロの墓。アドリミナの重要な行事の一つです。司式は司教協議会会長の岡田大司教。当日の説教は、中央協HPで公開されています。

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国務長官パロリン枢機卿と国務省で面談。教皇様のメッセージ作成や、各国訪問の日程は、この国務省で取り扱うため、ここでの話し合いも重要です。

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国際カリタス本部を幸田司教、平賀司教、私の三人で訪問し、反貧困キャンペーングッズを事務局長のロワ氏に差し上げ、平賀司教さまからは仙台の被災地へのカリタスの援助への感謝の言葉がのべられました。後ろは、国際カリタスの教会関連アドバイザーをつとめるチバンボ神父。

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2015年3月22日 (日)

国務長官との面談@バチカン

アドリミナの二日目は国務長官との会談でした。午前10時から全司教16人でバチカン内の教皇宮殿の下にある国務省へ出掛けました。大きな会議テーブルのある部屋に通され、ここで国務長官のパロリン枢機卿を待つことに。この上にある教皇宮殿もそうですがどこでも通される部屋は博物館の中の様相で、壁にかけられた絵もさることながら、建物内の装飾自体が歴史を感じさせる素晴らしい美術品です。 国務長官パロリン枢機卿はもともとバチカンの外交官で、教皇フランシスコが直々に任命したかたです。前回の韓国訪問の際にも教皇様と一緒に来ておられましたが、そのときは言葉を交わす機会がありませんでした。 教皇様の謁見と同じくテーブルを囲んで自由な意見交換が行われ、枢機卿からは日本の政治状況や教会と政府の関係などについての質問がありました。また戦後70年にあたり日本の教会がどういった対応をしているかの質問もあり、すでに送付していましたが改めて司教団の70年に当たっての平和メッセージ英文を差し上げ、内容について司教団の考え方を説明する機会をいただきました。また東アジアにおける政治的状況へのバチカンの考え方についても、詳しく解説していただきました。 またこの機会に、国務長官にも是非日本を訪問していただきたい旨を申し上げたところ、すぐには不可能だが是非訪問したいとの言葉をいただきました。

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2015年3月21日 (土)

日本の司教団アドリミナ訪問のため、ローマ滞在中

日本の司教団は七年ぶりに聖座定期訪問アドリミナのために、19日から一週間ほどの日程でローマに滞在中です。アドリミナはもちろん教皇様に謁見して報告をすることも重要ですが、同時に各省庁を訪問して情報交換したり、さらには教会の礎を築いた二人の偉大な使徒、聖ペトロと聖パウロの墓前でミサを捧げることも重要です。 初日の20日は早速午前10時から、教皇宮殿の執務室で、教皇様との謁見がありました。これまでは個別に教皇様と謁見して、それぞれ15分ほどの時間を与えられ教区の報告をしてきましたが、教皇フランシスコはこれを改め、グループでの一括の謁見に変更されています。日本の司教団は16名と少ない方ですから、今回は教皇様を中心に丸く座って、一時間以上にわたり、様々なテーマで意見交換の分かち合いの時が与えられました。 教皇様からはまず、日本の教会の宣教の課題について話すように求められ、司教たちが自由に発言しました。さらに教皇様からいくつかのテーマについて発言するように求められ、これも司教たちは自由に話をさせていただきました。教皇様は、時に大きくうなずきながら、ご自分の考えを語られましたが、基本的には私達の話にしっかりと耳を傾けてくださいました。 教皇様から示されたテーマは、詳しくはかくことができませんが、例えばシノドスのテーマである家庭や結婚の抱える課題、環境問題、教育による宣教、召命の促進、社会における教会の活動、海外からこられた信徒の方々への司牧の重要性など多岐にわたりました。そのなかで注目するべきは、やはり補完性の原理に乗っとり、各司教が自分の教区のことを決断することと、司教協議会がその地域の事柄について判断することへの信頼を表明されたことであったとおもいます。教皇が命じたからとかバチカンが命じたから実行するのではなく、地域の実情と司牧的必要を一番よく知っている地元の司教や司教協議会が自信をもって判断するようにとのお話でした。 教皇様は司教団へのメッセージのなかで、隠れキリシタンの歴史から、困難な状況にあっても信徒がよく養成されていれば信仰を伝えていくことができる点に触れ、現代の教会がそこから学ぶようにと勧めています。また広範な教会の社会的責任を通じた福音のあかしを評価し、今後も続けていくようにとの励ましをいただきました。じっくりと分かち合いの時間をくださった教皇様に感謝します。

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2015年3月 6日 (金)

カトリック教会と死刑

しばしば話題に上がることであり、また教会内部にも、特に日本の教会の中では正反対の意見があることをよく承知しておりますが、刑罰としての死刑の問題です。

カテキズムの要約をみても、確かに教会の伝統的な教えは第五戒の流れの中で「正当防衛」を認めており、その続きとして死刑を含む刑罰について語っています。カテキズムの要約の469には次のように書いてあります。

「科される刑罰は犯罪の重大性と均衡がとれたものでなければなりません。今日では、国家は犯罪を抑止する種々の手段を用いて、犯罪者を無害化することが可能となっているので、死刑の絶対的な必要性の事例は『実質的に全くなくなったわけではないが、ごくまれなことになっています』。血を流さない手段で十分であるなら、権威はそれらの手段に限定すべきです・・・。」

教会は長い歴史を背負って現在がありますし、世界中の様々な国家体制の現実の中で存在していますから、政治の権威が関与する事柄に対しては、公的な「教え」として断定的なことは避けています。ですからこのカテキズムの文章も、幅を持って解釈できる文章であり、『だから死刑は廃止だ』と考える人たちと、『だから死刑は必要だ』と考える人たちの両者を否定しないものとなっています。このスタンスは変わることがないでしょう。

しかし時々に教会は、様々なレベルでの発言を通じて、その幅のある「教え」を、具体的にどのように解釈するべきかを示してきました。

死刑については、教皇ヨハネパウロ2世に始まっていまに至るまで、かなりの程度で死刑の抑制から否定に向かった流れを明確にしていますが、3月4日、国連の人権理事会第28回会議において、バチカンのジュネーブにおける国連代表であるシルバノ・トマシ大司教が、この数十年の教会の立場を説明した後で、次のように述べて、現在の教会の考え方を国際社会に明確に示しました。

「さらに教皇フランシスコは、国家の立法府と司法府は「人間の生命優先と人間の尊厳」に、常に従っていなければならないと強調します。教皇はまた、法的過誤の可能性と、全体主義や独裁政権による政敵抹殺や宗教や文化的少数者への迫害のための法律の利用についても言及しました。

従って、すべての人の尊厳への敬意と共通善への敬意は、聖座の立場のよりどころである二つの柱です。これらの原則は、国際的人権法や法学の同様の発展と重なり合っています。加えて、死刑が抑止的であるという明確な積極的効果は見られないと言うことを考慮すべきであり、この刑罰の不可逆性は誤判の場合にそれを是正することが出来ないという点も考慮すべきです。

議長、我が代表団は無血の方法で共通善を護り正義を保つことが可能であると強調し、諸国がより人道的な刑罰をを支持する姿勢を明確にするように刑罰制度をあらためるように呼びかけます。この方法を廃止するにはまだ準備が出来ていないと主張する国に対しては、我が代表団はそれが可能となるように努力するよう勧めます。

結論として、議長、聖座代表団は死刑を廃止する努力を全面的に支持します。この望むべき目的に到達するために、次の段階を踏むべきです。1)社会が死刑の廃止を実行できるように社会改革を進める。2)刑務所の状況を改善し、それによって自由を奪われている人々の人間の尊厳への敬意を保つ」

以上のように述べて、現時点で聖座は、死刑廃止を積極的に支持する姿勢を明確にしました。そこには当然EUとの政治的関係への配慮もあるでしょう。それを無視することは出来ません。しかし、同時に、教会がいまこの課題に対してどういう答えをもっているのかを、心に留めておくことも大切かと思います。

トマシ大司教は、国際カリタスの会議で何度もお会いしたことがありますが、シャイで寡黙な人物ですが、とても国際政治のセンスがある外交官で、頭脳明晰な人物です。

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2015年2月 6日 (金)

ユスト高山右近帰天400年記念ミサ@神戸

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神のしもべユスト高山右近が、その信仰を守ったがために徳川家康によって国外追放になり、1615年に追放の地マニラでその生涯を閉じてから今年で400年。現在列福に向けたバチカンでの手続きも最終段階に入っていると伝えられ、あらためて信仰者としてのその生涯が注目されている高山右近の、帰天400年記念ミサが、日本の司教団の主催で、2月3日午後、神戸文化ホールで行われました。

高山右近は織田信長や豊臣秀吉に仕えていましたが、秀吉のバテレン追放令以降も信仰を守り抜くために、領地や財産などをすべて放棄し、金沢で前田家の庇護の元に暮らしていました。しかし1614年、家康によって国外追放となりマニラへ。大変な旅であったのでしょう。到着後に病を得て、ほんの40日ほどのマニラ滞在でしたが、1615年2月3日に帰天されました。その当時からすでにマニラにおいて列福運動が起こっていたのだそうですが、その後紆余曲折を経て現在に至っています。

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数年前に聖座の『殉教者』についての定義が見直され、必ずしも迫害の上に殺害されることだけではなく、信仰を守るために人生のすべてを失った人物も殉教者と認定することになっておりました。そのため、高山右近も、かつては殉教者から証聖者に変更され、さらに殉教者へと変更されるという道をたどりました。

実際には手続きの過程はもっと複雑ですが、簡単に言えば、証聖者の場合は列福のために奇跡が一つ、列聖のためにはさらに奇跡が二つ必要とされています。殉教者の場合は、殉教という出来事が認定されれば列福に奇跡は必要がなく、列聖のためには一つの規制が必要とされているようです。

列聖列福特別委員会の大塚司教によれば、手続きはかなり進んでおり、今年の半ば頃には、列福のために最終的に必要な教皇様の裁可が得られる見通しだとか。そうなると、来年にも列福式を行うことになります。

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今回はそういう気運が盛り上がりつつある中で、帰天400年を記念して行われました。会場の神戸文化ホールにはほぼ満席の二千人以上が詰めかけ、多くの司祭団、また日本の全司教が共同司式をして、ミサを捧げました。またマニラで最後を迎えたこともあり、さらにはマニラ教区が最初の列福申請を行った縁もあり、マニラ大司教のアントニオ・タグレ枢機卿が出席。教皇大使のほか、引退されている池長大司教、地主司教、溝部司教も参加。溝部司教は、長年この列福調査に携わってこられたこともあり、その現代的意義について説教をしてくださいました。溝部司教は、当時のキリシタンがイエズス会宣教師の『霊操』の影響の元に、いかに聖書を読み、黙想し、祈ることを大切にしていたか。そして高山右近のような信徒のリーダーたちがそのことをいかに大切にして、信徒の共同体をはぐくんでいったのかを語り、その上で、現代社会にあっても、聖書を読み黙想し祈り、それを行動につなげていくことの重要さを説かれました。

神戸のミサは、大阪教区の多くの方々の協力で、すばらしい行事となりました。大阪教区の皆さんありがとうございます。今回のブログのミサ中の写真は、大阪教区の田中さんの提供です。感謝。会場では、右近のゆるキャラである「うーこんどの」も大活躍しておりました。

高山右近の人生は、もちろん当時の戦国時代の枠組みの中でのことであり、現代の私たちの価値観や信仰の倫理観から判断すれば肯定できない事柄もあったことでしょう。しかしそういう時代の制約の中で、右近がどういう社会を目指していたのか、また信仰を守り抜くために妥協することなく、周囲からのいさめる声にも耳を貸さずに、どれほど必死になって信仰に生きたのか。そういった姿勢そのものを、現代社会の枠組みの中で見つめ直したいと思います。ともすれば現実の要求の前で簡単に妥協を重ねている現代の信仰者にとって、右近の生き方は大きな道しるべとなるものだと思います。

月曜日は夜に新潟の司祭団にお話をしていたので、前日には出発できず、当日朝に新潟空港から伊丹へ移動。余裕を持ってでかけたのですが、なんとANA便が1時間半以上の遅れ。同じ頃伊丹に飛ぶJAL便に至っては欠航。焦りました。伊丹からバスに乗って、神戸の三宮に到着したのは、すでに13時過ぎ。いただいていた予定表では式の開始は13時半。これは間に合わないかと、タクシーに乗って神戸文化ホールに着いたのが13時20分頃。ぎりぎりセーフかと待合室に滑り込むと、司教様がたはまだまだ歓談中。なんとミサの開始は14時半頃でした。それまでは歌やDVDの上映。まあ、間に合って良かったです。

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その晩はタグレ枢機卿を囲んで夕食会。翌朝は東京へ移動して、二日間会議でありました。なお今回タグレ枢機卿は仙台、東京で、フィリピン出身信徒のためにミサを捧げ、大阪でも会合を持ちました。どこも大勢のフィリピン出身信徒でいっぱいだったそうです。人気者です。神戸のミサの翌朝には、大きなスーツケースをもって、ローマへ出かけていきました。このままいくつかの会議に出て、その後新しい枢機卿の親任式がある枢機卿会に出席とのことでした。

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2015年2月 1日 (日)

「世界反人身売買、祈りと黙想と行動の日」

いわゆる『イスラム国』と称する過激派集団による日本人人質事件は、悲しいほどに残酷な結末を迎えてしまいました。理不尽にも殺害されてしまった二人の永遠の安息を祈るとともに、深い悲しみのうちにあるご家族と友人の方々に、慰めのあることを心からお祈りいたします。また未だ消息が明らかにならないヨルダン人パイロットの無事のために、祈り続けたいと思います。

すでに触れましたが、過激派集団は『イスラム』という宗教の名称を名乗っているものの、その実態は生命の与え主である神を恐れ、その神の前に謙遜に生かされていると自覚する宗教者の行動とは全くかけ離れたものです。宗教の名の下に、また神の名の下に、神が与えられた生命をないがしろにする行動を、認めることは出来ません。

今年の新年の教皇様の世界平和の日のメッセージは、「もはや奴隷としてではなく、兄弟姉妹として」というタイトルで、世界で横行する人身売買を批判する内容でした。人身売買というと、いまの日本には関係のない事柄と感じるのかもしれませんが、その意味合いはかなり幅の広い出来事を含んでおり、今回の人質事件を含めて、日本人が無関係というわけではありません。教皇様はこの世界平和の日のメッセージで、次のように触れています。

「わたしは、さまざまな分野で正規または非正規の労働を強いられている未成年を含む多くの労働者のことを考えます。・・・わたしは、多くの移住者の生活状況にも思いを寄せます。・・・わたしは、その中でもとりわけ、恐怖と不安のうちに過酷な旅をして目的地にたどりついたのに、収容され、しばしば非人道的な扱いを受けている人々のことを考えます。また、さまざまな社会的、政治的、経済的理由から、人目を避けた生活を強いられている移住者に思いを寄せます。また、法に準ずるために、屈辱的な生活条件や労働条件を受け入れている移住者のことも考えます。とりわけ問題なのは、国の法律によって移住労働者が雇用者に構造的に依存する状況が生み出されたり、それが許されたりしている場合です。たとえば、法的な在住許可が労働契約に左右される場合です。そうです。わたしは「奴隷労働」について考えているのです。

 わたしは、売春を強いられる人々、性奴隷とされる男女のことも考えます。・・・ わたしは、臓器売買のため、兵士にするため、物乞いをさせるため、麻薬製造取引のような違法行為のため、偽装された国際養子縁組のために取引や密売の対象にされている子どもや大人など、すべての人々のことも考えずにはいられません。 

 最後にわたしは、テロ組織によって拉致・監禁された人々、戦闘員として服従させられている人々、とりわけ性的な奴隷として酷使されている少女や女性のことを考えます。彼らの多くは行方不明になったり、何度も売り買いされたり、拷問されたり、からだを切断されたり、殺されたりしています」

暴力的過激派集団によって人質となる人たちも、国家権力によって自由を奪われ他国で強制的に生活させられている人たちも、この『人身売買』という言葉は含んでいます。日本語の訳には『売買』が当てられているので商売的なイメージがつきまといますが、英語の単語は「Human Trafficking」ですので、人身取引とか人間の密輸とか言う意味合いです。

教皇様はご自分の世界平和の日のメッセージに基づき、奉献生活の年である今年の行事の一つとして、来る2月8日の日曜日を、『世界反人身売買、祈りと黙想と行動の日」とされることを呼びかけられています。この日はちょうど、スーダン出身の聖ジョゼッピーナ・バキタの祝日です。彼女はスーダンのダルフールで生まれ、奴隷として売買され、後に自由となってカノッサ会の修道女になった方です。1947年に亡くなった彼女は、2000年に列聖されています。

いま世界において、人間的な尊厳を奪われ、理不尽さのうちに囚われの身にあるすべての人のために、今回の日本人を巻き込んだ残虐な事件も心に留めながら、2月8日の主日のミサの中で、お祈りくださるように、お願いいたします。

2月の主な予定

  • 2月2日 月曜会ミサ、教区司祭団静修
  • 2月3日 高山右近殉教400年記念ミサ (神戸)
  • 2月4日 カリタスジャパン委員会 (東京)
  • 2月5日 常任司教委員会・神学院委員会 (東京)
  • 2月7日 HIV/AIDSデスク研修会 (東京)
  • 2月9日 聖母学園理事会・園長会 (新潟)
  • 2月11日 カリタスアジア地域委員会 (バンコク)
  • 2月18日 灰の水曜日
  • 2月21日 カリタスジャパン四旬節黙想会 (大阪)
  • 2月22日 新潟地区洗礼志願式 (新潟)
  • 2月23日~27日 司教総会 (東京)
  • 2月27日 (社福)新潟カリタス会理事会 (新潟)

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