カテゴリー「司教の日記」の1940件の記事

2018年10月14日 (日)

受刑者のためのミサ@イグナチオ

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13日の土曜日午後2時から、イグナチオ教会を会場に、受刑者のためのミサが捧げられました。

主催したのは、受刑者との交流や出所者の支援を続ける特定非営利活動法人マザーハウス。200名近い方々が聖堂に集まり、祈りをともにしました。

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ミサの司式は私と、ちょうどこの日が75歳の誕生日となった教皇大使のジョゼフ・チェノットゥ大司教。そして大使館の参事官をはじめ、教誨師などとしてこの活動に関わる司祭5名加わってくださいました。ミサの終わりに、大使には誕生祝いの花束が贈られました。

マザーハウスの活動については、こちらのホームページを参照ください。

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ミサの後にはヨゼフホールで茶話会があり、その中で、弁護士の海渡先生と私で、ちょっとした質疑応答の時間もありました。

以前からこの活動を立ち上げたマザーハウス理事長の五十嵐氏から、このような機会を設けてほしいとリクエストを受けていました。教皇フランシスコも、いつくしみの特別聖年の間に、受刑者のためのミサを捧げられましたし。ご自身が毎年聖週間に刑務所を訪問され、洗足式を行ったり、受刑者への励ましを与え、人権を擁護するように、呼びかけています。

もちろん犯罪を犯した人がその罪を償うことは大切ですし、同時にそういった犯罪被害に遭われた方々のうけた大きな心身の傷にも十分な手当があり、思いをはせ祈ることは重要です。

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しかし教会は、罪を償うにあたっても、神が与えられたいのちの尊厳が護られるようにと呼びかけます。誰一人として本来は犯罪の被害に遭うといういのちの尊厳を脅かされるような状態に出会うことのないように努めなければならないように、罪を償う人のいのちの尊厳も軽視されてよいということもありません。その意味で、刑務所などにおける人間の尊厳を脅かすような事態は改善されるべきだと、教会は長年にわたって呼びかけてきました。

また出所した後にも、なかなか社会に受け入れられず、生活の困難を抱えている人や、また、犯罪の加害者にあっても被害者にあっても、そのご家族の方々が直面する困難にも思いをはせる必要があります。課題は山積しています。

教会は、神が愛する人間が、一人として排除されてよいわけがないと主張します。その意味で、教会共同体としても、愛といつくしみのうちに、マザーハウスをはじめ、各地でのこういった支援活動に協力していく姿勢を失わないように努めたいと思います。

人を裁くのであれば、自分自身も同じ秤で量り返されることを、心にとめたいと思います。

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2018年10月11日 (木)

中野司教叙階式@鹿児島

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教区司教の定年は75歳です。もちろん司教は叙階ですから、司教そのものからの引退という意味ではなく、教区長職からの引退です。前任の郡山健次郎司教の定年引退に伴い、新たに鹿児島教区司教として任命されたフランシスコザビエル中野裕明師の司教叙階式が、10月8日午後1時から、鹿児島市の宝山ホールで行われました。

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会場の宝山ホールは1500名収容です。ほぼ一杯でしたから、鹿児島教区をはじめ各地から、千人を超える方々が参加してくださったことになります。日本の司教団も、シノドスに参加している勝谷司教と海外出張中のアベイヤ司教を除いて、ほぼ全員が参加。沖縄の押川名誉司教や、鹿児島と協力関係にある韓国の仁川教区の司教様も参加されました。

司式は引退される郡山司教。その両隣には前田枢機卿と高見大司教が(司教叙階には通常主司式に二人の司教が付きそう3名が最低でも必要と言われます)。

中野司教様は1951年生まれで、司祭叙階は1978年。ローマに留学経験もあり、この数年間は神学生養成に関わり、神学院院長も務めておられ、東京にお住まいだったことから、東京教区の各地でも司牧のお手伝いなどをしていただいておりました。

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また中野司教様も長崎南山の卒業生。結構な人数の日本の司教たちは、実は長崎と名古屋の二つの南山高校の、どちらかの卒業生です。

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叙階式終了後、会場をサンロイヤルホテルに移し、祝賀会が開催されました。前回、郡山司教様が叙階されたときも、同じ会場で祝賀会でありました。前回の日記はこちらです。そして前回と同様、今回も、結婚式のような新旧司教の入場がありました。歌あり踊りありの、本当によろこびにあふれた祝賀会でありました。

なお、中野司教様のモットーは、マタイ福音6章33節の「まず、神の国とその義を求めよ」からとられた言葉で、「QUAERITE PRIMUM REGNUM DEI(まず、神の国を求めよ)」とされています。

叙階式の模様を撮影したビデオが、このリンクの鹿児島教区ホームページで公開されていますので、どうぞご覧ください。

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2018年10月 7日 (日)

ケベック外国宣教会、日本で70年@赤堤教会

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東京教区では世田谷の赤堤教会や山谷で働き、また仙台教区の、現在は八戸や会津で会員が働いている、カナダからの宣教師の会、ケベック外国背教会が、来日70周年を祝っています。

本日の日曜日は、その70周年の感謝ミサが、赤堤教会で捧げられ、日本で働く会員10名が集まりました。まずは、これまでの70年間のお働きに感謝します。特に東北の困難の現実の中で、福音宣教に取り組まれている会員の皆様に、心から感謝いたします。

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70年前に来日して、世田谷のこの地に、まず日本語を学ぶための共同体が設置され、その後、幼稚園が設立され、小教区になっていきました。その後、「寒くて雪の多いカナダから来たのだから」という理由で、青森県で働くことになったのだとか。

本日は日本で働く会員が10名集まりましたが、そのすべてが司祭というわけではありません。司祭は5名、それ以外は終身助祭が一人、そして残り4名は信徒宣教者の会員です。

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この宣教会の会員である信徒宣教者という存在は、日本の教会の現状からは何か特別な人たちに見えます。日本で信徒宣教者といえば、信徒宣教者会(JLMM)がすぐに思い起こされ、海外に出かけていくイメージですが、私は、日本国内でも、これからは信徒の宣教者が必要だと感じています。

以前、私に洗礼を授けてくれたスイスから来ていた宣教師の会、ベトレヘム外国宣教会の本部に出かけたときも、いまやその総顧問会など本部機能の半分は、信徒宣教者の会員によって担われていました。ケベック外国宣教者会も、そういった信徒の宣教者の会員が増えているとのこと。信徒宣教者が外国宣教会の会員であるという姿が、これからの日本の教会のとっても重要で必要なことだと感じます。これから、日本国内の教会で働こうとする信徒の宣教者の方々が現れることを期待していますし、そういった宣教会を日本の教会で持つことができればとも思います。

是非、信徒宣教者の存在に、興味を持っていただければと思います。

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今日はミサのはじめに、子どもたちから三つの質問がありました。私の霊名であるタルチシオについて、杖の意味、そしてミトラなどの意味を質問頂きました。ミサの始まる前に、こういった質問に答えることで、子どもたちも興味を持って本日のミサに参加されたのではないでしょうか。元気に歌も歌ってくれました。(上の写真は、子ども代表から質問を受け、応える私)

ミサ後には、教会内外を利用して懇親会。思いの外、岩手県や新潟県出身の方がおられました。

それにしても、赤堤教会の周辺地域の道路の狭く入り組んでいること。ナビの言うとおりに車を走らせましたが、このまま車が挟まれてしまうのではないかと心配になるくらいの道の狭さ。ええええ、こんなところで左折するの?と思い悩んでいるうちにその前を通り過ぎ、ナビが何度、新しいルートを検索してくれたかわかりません。東京って、なかなか道が複雑な場所が多いですよね。広い道路でも、右左折が複雑に絡んでいたり、高低差があって十字路交差ではなく高架橋での交差だったり、やにわに道の一部分だけが地下トンネルになったり、首都高に入れば、右に左に枝分かれが続いたり。今のところ自分で運転しているので、日々チャレンジの連続です。

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2018年10月 6日 (土)

真生会館感謝の集い

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信濃町にある真生会館が、新しい建物になってから二年。本日10月6日の土曜日の11時から、二周年を記念して感謝ミサが捧げられました。

新しいビルの四階には聖堂がありますが、感謝ミサに集まったすべての人を収容するには小さすぎます。そこでミサは、三階のネランホールで行われ、私が司式し、森司教と福島一基師が共同司式してくださいました。

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真生会館には長い歴史があります。ホームページに掲載された理事長の森司教の言葉には、次のように記されています。

「真生会館が、産声を上げたとき。それは、今から80数年前の1934年。日本全体が軍国主義一色に覆われて行った日本社会に、キリスト教的な価値観に根ざした若い人々の育成の必要性を確信した岩下壮一神父によって、財団法人聖フィリッポ寮として誕生しました」

1952年からは、学生寮を廃止して、信仰養成の学びの場として真生会館となり、さらに新たな生涯学習の場として、現在の建物での活動は2年前から始まっています。定期的に様々な講座が開かれており、東京教区のみならず関東一円の、信仰養成と学びの場として、重要な役割を果たしてくださっています。

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神のみ言葉は教会内外の至る所に種まかれていますが、その種がふさわしく健全に育っていくためには、教会共同体の積極的な関与が不可欠です。その意味で、真生会館にかぎらず、信仰の継続養成は不可欠です。それは、一人個人の信仰を深めることに留まるのではなく、教会共同体全体の一致と、その一致がもたらすあかしの働きを深め、社会の中で福音を生きるあかしの共同体を実現するために、欠かすことができません。これからの真生会館の活動と、福音宣教への貢献に期待しています。

ミサ後、懇親会を挟んで、午後1時半から講演をさせて頂きました。わたし自身のアフリカでの宣教師の体験と、それに続く新潟での体験などから、現代における福音宣教の可能性についてお話しさせて頂きました。(下の写真、歌っているわけではなく、話しているのです)

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祈りあい、分かちあい、学びあい、支えあう教会共同体は、必ずや福音を宣教する共同体へと育っていきます。一つの体の部分として、それぞれが与えられた使命に気がつき、自らの役割を忠実に果たしながら、信仰における一致のうちに、福音を告げ知らせる共同体をそだてていきたいと思います。

さて報道されているように、バチカンではシノドス(世界代表司教会議)が始まっています。今回は「若者、信仰そして召命の識別」をテーマとして、代表の司教たちが青年たちの声に耳を傾けるところから会議が進められているようです。日本の教会からは、札幌教区の勝谷司教が代表として参加しています。会議は10月28日まで開催されます。また、先日、司教任命に関する暫定合意が署名されたと報じられている中国からも、2名の司教が参加しています。(なお暫定合意については、具体的な内容がまだわかりませんので、今の段階では情報は提供できません)

バチカンニュースによれば、開会のミサ説教で、教皇様は次のように述べられたと言うことです。

「若者たちは、彼らの尊厳ある人生の発展を妨げるすべてのものに対する戦い、創造性・知的な大胆さ・情熱・希望に満ちた献身を、わたしたちに望んでいると述べた教皇は、若者たちの人生を脅かし、そのビジョンを曇らせる死の商人たちの手に、彼らを委ねたままにすることはできない、と話された」

様々な意味で危機に直面している教会は、これまでの歩みを真摯に振り返り、将来の世代を担う若者たちの声に耳を傾けながら、よりよい道を選び取って行こうとしています。東京教区でも、同じようにできるだけ多くの若者たちの、国籍を超えた若者たちの声に、教区全体が積極的に耳を傾けることができればと思います。

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2018年9月30日 (日)

第20回新潟教区信徒大会@秋田

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第20回目となる新潟教区の信徒大会が、9月29日と30日、秋田県の大潟村で開催され、新潟教区各地から170名以上の方々が参加してくださいました。

大潟村というのは、八郎潟の干拓地で、広々とした干拓地の一角にあるホテルサンルーラル大潟が、今回の信徒大会の会場となりました。

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新潟教区は、秋田県、山形県、新潟県の三県からなる教区で、南北に非常に長く、南の端の糸魚川から北の端の大館までは、距離にして560kmにもなります。これをすべて自動車で移動すると、8時間強。鉄道の便も非常に悪い。

そんな南北に長い教区ですから、なかなか教区全体の行事というのが企画しにくいのです。そこで、3年に一度に絞り、各地区持ち回りで、教区全体の信徒大会を開催しています。今回はその20回目。秋田県が担当でした。

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教区全体では、統計上は七千人は信徒がおられるので、今回参加した170名は、本当にその一部でしかありませんが、しかし今回は、一番南の端の糸魚川からも、信徒の方々がバスに乗って駆けつけてきてくださいました。全部で30ほどある小教区のうち、21の小教区から代表が参加。

信徒大会は、昨日午後の基調講演で始まりました。今回のテーマは「愛のよろこび」。もちろん教皇フランシスコの使徒的勧告の表題です。基調講演は、私が務めました。

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その後、小グループに分かれて分かち合い(写真上)。夕食は懇親会で、各県からの歌や踊りの披露となりました。

日曜の本日は、まずそれぞれの地区から、都合4名の方が、自らの信仰体験について分かち合ってくださいました。そして最後は派遣ミサ。

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台風も近づいていたこともあり、山形や新潟方面にバスや車で戻る方も多数おられたので、大会は11時半で終了。帰途につきました。

私は、東京まで飛行機で帰る予定でしたが、結局台風のため欠航に。急遽、秋田新幹線で戻りました。

3年に一度であり、また全員が参加できるわけではないのですが、こういった教区全体の代表が集まって分かち合い、交流を深める大会は、とても大切だと思います。これに参加した個々人が、自分だけのよい思い出として心にしまい込むのではなく、ご自分の小教区に戻ってから、大会で心に残ったことを分かち合ってくださることを期待します。共同体の中での信仰体験の分かちあいから、わたしたちの福音宣教始まります。

準備してくださった、秋田地区の皆さん、ありがとうございました。東京教区でも、こういった信徒の交わりの集いを、実行してみたいと切に思います。東京教区の皆さん、いかがですか?

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2018年9月25日 (火)

さいたま教区司教叙階式@浦和

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9月24日の午前11時から、さいたま市の浦和明の星学園を会場に、マリオ山野内倫昭師の司教叙階式が執り行われました。

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さいたま教区は、2013年に前任の谷司教が引退され、それ以来5年にわたって空位が続いていました。その間は、岡田大司教が教区管理者を務め、岡田大司教は東京大司教引退後も、そのまま管理者を継続されていました。ですので、これで本当に引退です。

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さいたま教区は、東京教会管区に属していますので、叙階式の司式は、私がさせて頂きました。全国のすべての現役司教と、山野内司教と同じサレジオ会員から、東チモールとパプアニューギニアの二人の司教が参加してくださいました。

共同司式してくださった司祭は100名を超えていたと思いますが、正確な数はわかりません。一番下に、当日のビデオをシグニスジャパンが公開していますので、リンクを張っておきますから、是非ご覧ください。なお、説教は岡田大司教です。

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特にさいたま教区の皆さんには、何年も待ち望んでいた司教の誕生です。心からの喜びにあふれている気持ちが、祭壇まで響いてきました。

山野内司教のモットーは「Unum Corpus In Christo(キリストのうちにあって一つのからだ、一つの心となりますように)」です。この日の閉祭の歌は、これに基づいて作曲された、さいたま教区の塩田泉神父オリジナルでした。

司教叙階式は、全国レベルで見れば結構行われていますが、一つの教区単位で見ると、そう滅多にある儀式ミサではありません。ですから、司教叙階式に精通している人はそれほどおらず、かならず式の最中には、何かのハプニングがあるものです。ビデオをよく見ると、結構ハプニングが写っていますが、しかしよく準備された式でした。

また構内の案内など、多くの信徒や修道者の方が協力しながらまとまっている様は、これからのさいたま教区の希望の姿のようにも感じられました。

山野内司教様、おめでとうございます。さいたま教区の皆さん、おめでとうございます。

なお、これで教区管理者の務めから解放された岡田大司教ですが、昨日付で、東京教区の本郷教会に居住し、本郷教会の協力司祭とすることを公示しております。

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国際ミサと堅信式@松戸教会

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9月23日の日曜日は、午前10時半から、千葉県の松戸教会で国際ミサが行われ、出かけて参りました。また、このミサの中で、3名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。

松戸教会のある地域は、千葉県と言っても東京都の隣接地で、私も自分で運転していきましたが、江戸川を挟んでいるものの、東京から千葉へと、街並みは連続しています。ちょっと南へ下ると、江戸川にはあの矢切の渡しがある、そういう地理的場所です。

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現在の主任司祭は、コロンバン会のボニファチオ・フィリップ神父。海外から来られた信徒、特にフィリピン出身の方々の司牧に力を注いでおられます。

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松戸教会は1950年創立で、統計によれば1600人ほどの信徒の方がおられます。教会は大天使聖ミカエルを保護の聖人に頂いているので、この日のミサは、聖ミカエルを記念するミサでもありました。そのためこの日は、祭壇に向かって右に、聖ミカエルの像が置かれました。そしてミサの前に、聖堂の外にあるマリア様のところに、教会学校の子どもたちと一緒に集まり、祈りを捧げた後、一緒に聖堂まで、アーメンハレルヤを歌いながら行列いたしました。教会学校の子どもたちからは、ミサ後に、私の写真をコラージュしたみんなの写真を、プレゼントして頂きました。ありがとうございます。

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ミサは基本的に日本語であったものの、朗読や共同祈願、そして聖歌は、様々な言語が使われ、本当に様々な国の出身の方が、座りきれないほど参加してくださいました。

ミサ後には、一階のホールで交流会。私にとっては新潟教区時代から懐かしい顔の方もおられ、彼のギターでの歌の披露までありました。準備してくださった皆さん、ありがとうございます。

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2018年9月19日 (水)

パリウム授与ミサ@東京カテドラル

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6月29日の聖ペトロ聖パウロの祝日に、サンピエトロ広場で行われた教皇様司式のミサで祝福されたパリウムの授与ミサが、9月17日の午後1時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われ、教皇大使からパリウムを授与していただきました。

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パリウムは、管区大司教(メトロポリタン)の教皇様との一致のしるしとして授けられるものです。中央協議会のホームページには、次のような解説が掲載されています。

「パリウムとは白い羊毛(1月21日、聖アグネスおとめ殉教者の祝日にローマの聖アグネス教会で祝別された羊の毛)で編んだ丸いバンド風のもの(右図参照)で、頭からかぶって肩に掛けるようになっています。前後に同じ布地の垂れがついていて、黒い十字架が刺しゅうしてあります。教会の牧者のかたどり、ローマ司教(教皇)の権威の象徴です。
福音書の中に、よい牧者は見失った1匹の羊を「見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、……」(ルカ15・5-6)とありますが、全世界の信徒を牧する教会の最高指導者としての権威と使命を表すのです。現在は、教会管区大司教にも授けられます。」

この一年間に管区大司教として任命を受けた大司教は世界に30名で、そのうちの28名が、教皇ミサに参加して、箱に入れられたパリウムをいただいて帰国しました。そしてパリウムは、それぞれのカテドラルで、教皇大使から授与されることに、現在の教皇様が定められました。以前は、直接に教皇様から授与されていましたが、管区共同体の一致と協力の証しとして、このようになっています。

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残念ながら、すでに様々な予定がそれぞれの教区では組まれている連休中でしたので、東京教会管区のほかの司教たちには参加していただけませんでしたが、それでも管区司教団を代表して、さいたまの山野内被選司教が参加してくださいました。信徒の方も休日にもかかわらず大勢参加してくださり、特に千葉県の銚子教会からは、50名ほどの方々がバスで駆けつけ、祈りをともにしてくださいました。感謝です。

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以下、パリウムミサの説教の原稿です。

パリウム授与ミサ説教
2018年9月17日
東京カテドラル聖マリア大聖堂

去る6月29日、サンピエトロ広場で捧げられたミサの中で、教皇様はこの一年間に管区大司教として任命された30名の大司教に与えるパリウムを祝福され、ミサの終わりに、当日共同司式に参加した28名の大司教に、パリウムを渡されました。わたしも当日、その28名のひとりとして教皇様のミサで共同司式をし、箱に入ったパリウムをいただいてまいりました。

その日はペトロパウロの祝日でしたが、ミサの説教で、「ペトロの生涯と信仰告白を観想することは、使徒の人生につきまとう誘惑について学ぶことでもあるのです」と話され、「ペトロのように、教会もまた、宣教のつまずきとなる悪のささやきに、常にさらされている」と注意を促されました。

また当日の説教で教皇様は、「メシアであるキリストの業に参与することは、キリストの栄光、すなわち十字架に参与すること」と強調され、イエス・キリストにおいて「栄光と十字架は常に共にあり、それらは切り離すことができません」と説かれました。神の栄光は常に苦しみとともにあり、苦しみを避けて、安易な道をたどって栄光に達することはあり得ないと説かれました。

この世において聖なる存在、善なる存在であるはずの教会は、残念ながら時にその道からはずれ、悪のささやきに身をゆだねてしまうことすらあります。

ちょうど今、米国での聖職者による性的虐待問題の報告書など、教会が聖なる道から離れ、善なる存在とは全く異なる過ちを犯した問題が各国で明らかになっています。教会において、聖性の模範であるはずの聖職者が、全く反対の行動をとって多くの人の心と体を傷つけ恐怖を与えてきたことを、特に私たち聖職者は真摯に反省し、許しをこいねがわなければならないと思います。

教会が今直面する危機的状況は、単に偶発的に発生している問題ではなく、結局は、これまでの歴史の積み重ねであり、悪のささやきに身を任せて積み重なった諸々のつまずきが、あらわになっているのだろうと思います。教皇様を頂点とする教会は、結局のところ、この世における巨大組織体ともなっています。組織が巨大になればなるほど、その随所で権力の乱用と腐敗が生じるのは世の常であります。この世の組織としての教会のあり方をも、私たちは今、真摯に反省し、組織を自己実現のためではなく、神の国の実現のために資する共同体へと育てていかなければならない。そういう「とき」に、生きているのだと感じています。

そして、虐待の被害に遭われた多くの方が心に抱いている傷の深さに思いを馳せ、許しを願いながら、その傷にいやしがもたらされるように、できる限りの努力を積み重ねる決意を新たにしたいと思います。また同時に、各地で露見しているこれらの問題の責任を一身に受け、解決のために尽力されている教皇様のためにも祈りたいと思います。

教会は、「キリストの光をもってすべての人を照らそうと切に望む」存在であるはずです。確かに現代社会の様々な現実を客観的に見るならば、私たちは輝く光の中と言うよりも、暗闇の中にさまよっている存在であると感じることがあります。それは特に、神が賜物として与えられた人間のいのち、神の似姿として尊厳を与えられた人間のいのちが、社会の様々な現実の中で危機にさらされていること。その始めから終わりまで、例外なく大切にされ護られなくてはならないいのちが、危機にさらされている様々な現実を目の当たりにするとき、まさしくわたしたちは暗闇の中に生きていると感じさせられます。

その暗闇の中で、教会は、キリストの光を輝かせる存在でなくてはならない。果たしてその役割を真摯に果たしているのだろうか。もし仮に私たちがその光を輝かせていないのであれば、私たちは真摯に自らを省みなくてはなりません。いったい何を恐れて光を輝かせていないのか。どのような困難が、私たちを光り輝く存在から遠いものにしてしまっているか。

教会は、「神との親密な交わりと全人類一致のしるし、道具であり」ます。確かに現代社会の様々な現実を客観的に見るならば、私たちは一致と言うよりも分裂の中に生きていると感じることがあります。教皇様がしばしば指摘されるように、現代社会には排除の論理が横行し、異質な存在を排斥し、時に無視し、自分を中心とした身内だけの一致を護ろうとする傾向が見受けられます。教皇様は、「廃棄の文化」と言う言葉さえ使われます。弱い立場にある人、助けを必要としている人に手を差し伸べるのではなく、そんな人たちは存在しないものとして、社会の枠から追い出されてしまう、捨てられてしまう。

そんな現実の中で、教会は神との交わりのうちにおける一致を、その存在を通じて明確に示しているでしょうか。残念ながら、教会の中にでさえ、不和があり、押しつけがあり、横暴があり、排除があり、一致を明確に示しているとは言いがたい現実があることは否定できません。小教区の中における一致も重要ですし、とりわけ、聖職者の間での不一致は、大きなつまずきとなっています。一致を妨げているものはいったいなんでしょうか。自らの欲望を優先させる利己的な思いは、その要因の一つであると感じることがあります。

教会憲章は、全世界の司教と教皇との交わりを、「一致と愛と平和の絆」における交わりであると指摘します。

教会が一致を明確に示す存在であるように、その牧者である司教団も、教皇様を頭として、まさしく「愛と平和と一致」の証し人とならなければ、存在する意味がありません。

パリウムを教皇様からいただくことで、わたしは、ローマの司教との一致をよりいっそう自覚させられます。教皇様の牧者としての導きに信頼しながら、わたし自身の言葉と行いが、一致と愛と平和の絆の証しとなるように、心がけなくてはならないと思っています。

教皇様のためにお祈りいたしましょう。そして教皇様と一致しながら使徒団を構成する司教のためにも、どうぞお祈りください。さらには、聖性のうちにキリスト者の模範となるべく努力を続ける司祭・聖職者のためにも、どうぞお祈りください。

そして私たち一人ひとりの存在が作り上げている教会のために、ともに祈りましょう。教会が、この社会にあって聖なる存在であるように、この社会に善なる道しるべであるように、そしてこの社会に対して一致の証しとなるように、聖霊が力強く導いてくださるように、ともに祈りを捧げたいと思います。
 
 

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2018年9月16日 (日)

秋田の聖母の日@聖体奉仕会

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今年で5回目となりましたから、恒例の行事と言っても差し支えないでしょう。秋田の聖母の日が、秋田市郊外の聖体奉仕会を会場に、9月14日と15日に開催され、400名近い方が参加し、祈りをともにしました。

今回は、新潟教区内だけではなく、全国各地、そして台湾などからも多くの方がおいでくださいました。私は30名以上の巡礼団の皆さんと一緒に、秋田の聖母の日に先立って二日間、久慈教会、宮古教会、盛岡の四谷教会を巡礼し、東北の震災の被災者の方々のために祈りを捧げる機会がありました。忘れることなく訪問し、祈り続けたいと思います。

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もちろん聖体奉仕会の聖堂には、30年ほど前に101回の涙を流すという奇跡的な出来事のあったマリア像があります。その出来事に伴って、聖体奉仕会の会員が、マリア様からのメッセージを受けると言うこともありました。これら一連の出来事については、当時の教区司教である伊藤司教様が書簡を発表され、奇跡出来事であったことを認め、またメッセージについては信仰に反することは記されていない旨を記し、個人的な巡礼を禁じないと宣言されています。新潟教区は、現在も、この伊藤司教様の書簡に記されていることをそのままで継承しており、教区100周年の記念誌には、この書簡も含め、伊藤司教、佐藤司教の様々な書簡をすべて再収録して記録として残してあります。

秋田の聖母の日は、もちろんこういった一連の出来事に関係してはいますが、直接には、日々、聖母への祈りが捧げられる礼拝所において、改めて聖母の信仰における意味を見つめ直し、その取り次ぎのうちに、祈りを捧げる機会です。素晴らしい聖体奉仕会の祈りの雰囲気の中で、聖母とともに歩みながら、神を賛美するひとときであり、奇跡の聖母像を「あがめる」ような類いの行事ではありません。

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14日の午後はロザリオの祈りと聖体礼拝で始まり、わたしの講話もありました。その後、外に出て庭園での十字架の道行き。そしてミサで一日を締めくくりました。

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15日は、私の帰京の時間の関係から、朝9時からミサを捧げ、その後ロザリオと続いて、昼前に終了。参加してくださった皆さんに感謝します。

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以下、14日のミサの説教の原稿です。

                                  十字架称賛
                                2018年9月14日
                                秋田聖体奉仕会

東京という大都会に身を置くようになって、10ヶ月が過ぎました。もちろん新潟市は日本海側唯一の政令指定都市で、その意味では都会ですが、東京とは比較にならないほど、人口密度が違います。新潟ではしばしば夜の町中のアーケード街を散歩して回ったことがありますが、ボッとして歩いていても、誰かにぶつかることはほとんど無い。それが、東京でそんなことをしたら、あっと言う間に、誰かにぶつかってボッとしてるんじゃないと怒鳴られてしまいます。それほど人が多い。

そんな人混みの中を歩いているときに、いつも気になることが一つあります。今更ながらなのですが、そしてそれはもう何年も気にかかっていることでもありますが、とにかく、十字架をどこかにつけている人が結構おられます。年齢や性別にかかわらず。もちろんその多くがアクセサリーでしょう。ペンダントであったり、耳飾りであったり、なかには、なんとロザリオを首からかけている男の子まで見かけることがあります。そのたびにそういった人を一人一人捕まえて、「いったいあなたは何を身につけているのか知っているのか」と問いただしたくなります。もちろんそんなことはできません。でもいつも、問いかけてみたいという欲望に駆られ、人混みに出るたびに、できるできないの葛藤に苦しめられています。

そしてふと思いました。そういえば、キリスト者である自分自身は、どこにも十字架を身につけていない。海外に出かけるときには、かならず司教用の大きな十字架を持参します。そして現地に着くといつも、司教であることをアピールするためのつもりはないのですが、その十字架を身につけています。でも日本にいるときには、わたしを含め、多くの司教が司教十字架を身につけない。

外へ出るときはたいてい、ローマンカラーをつけているので、聖職者であることは隠していないのですが、十字架をつけていない。たしかに神父様たちの中には、スーツの襟などに十字架を常に着用している方もおられます。

わたしたちにとって、十字架の意味は何だろう。もちろんそれは、単なるすてきなアクセサリーではない。恥ずべき物だろうか。そんなはずがありません。

パウロはコリント人への手紙に、こう書いていました。
「キリストがわたしが遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかもキリストの十字架がむなしいものとなってしまわずように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためなだからです。十字架の言葉は.滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」

もちろん洗礼は救いのために必要です。しかし同時に、洗礼を授けるわざにはさらに重要なわざが伴わなくては意味が無いというのです。そのさらなるわざとは、福音を告げ知らせることです。

加えて、福音を告げ知らせるわざは、何か難しい学問を教えることでもないのだと、パウロは強調します。もちろん教会にとって、教会の教えや聖書の教えを伝承していくことは重要です.しかしそこに留まっていては、キリストの十字架がむなしくなるとパウロは強調します。

十字架は、神の愛のわざの目に見えるあかしです。自らいのちを与えられて人間を愛するがあまり、神はその滅びを許されなかった。滅びへの道を歩む人類の罪をあがなうため、自らを十字架の上でいけにえとしてささげられた。これ以上の愛のわざはあり得ません。わたしたちにとって十字架は、悲しい死刑の象徴ではなく、敗北の印ではなく、弱さの象徴でもありません。わたしたちのとって十字架は、希望の印であり、勝利の印であり、強さの象徴であります。そしてなによりも、神の愛のわざの目に見えるあかしのわざであります。

十字架は、キリスト者の生きる姿の象徴であります。他者の喜びのために、自らのいのちを投げ出す。いのちを賭してまでも、他者のために尽くそうとする生き方。キリストご自身の生き方そのものです。わたしたちキリスト者は、優しい人間だから、善人だから、困っている人を助けたり、愛のわざを行うのではありません。そんな、個人の性格に頼った、生やさしい信仰ではありません。

わたしたちは、わたしたちが信じ、ついて行こうと決断した主ご自身が、自らのいのちをかけて他者の救いのために人生を捧げ尽くしたからです。主ご自身の、その崇高な姿を目の当たりにし、その主について行こうと決意をしたからこそ、それにならって他者への愛の奉仕のわざに励むのです。わたしたちが愛の奉仕に努めるのは、主に従う限り、そうぜざるを得ないと信仰のうちに得心しているからであります。

十字架による究極の愛のあかしの傍らには、それが全うされるまで、聖母マリアは寄り添われました。わたしたちが十字架を称賛するとき、その方わらに立ち尽くす聖母マリアの姿を見過ごすことはできません。なぜならば、聖母マリアは、イエスの愛のあかしのわざに伴われ、ご自分の人生そのものを、すべてを神の計画のために与え尽くす人生であったからです。

十字架が神の愛のあかしであるならば、聖母はそのあかしを真っ先に生きた、わたしたちの模範となる方です。悲しみのうちにも、神からのお告げを信じ、神ご自身の生きる姿に倣い、その人生を捧げ尽くしたのです。わたしたちの生きる道しるべは、聖母マリアの人生にあります。

聖母マリアに倣い、わたしたちも、この社会の中で、自信を持って十字架を掲げ、十字架による愛の証しに倣って、言葉と行いを持って、福音を告げ知らせて参りましょう。

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2018年9月 7日 (金)

コルカタの聖テレサの記念日

北海道で発生した地震の被害に遭われた皆様に、心からお見舞い申し上げます。またこの数日、台風による大きな被害に遭われた方も多く、災害の中で亡くなられた方々もおられます。被災され亡くなられた方々の永遠の安息を祈るとともに、一日も早い復興をお祈りします。札幌教区をはじめ被災された地の教区と連絡を取り合いながら、教会としてできる長期的支援を考えております。

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さて、9月5日はコルカタの聖テレサの記念日でした。コルカタの聖テレサというよりは、カルカッタの聖テレサ、そしてそれよりもマザーテレサの方がよく知られた名前です。(カルカッタは現在、コルカタと呼ばれています)。列聖されてから2年となります。

記念日のミサを捧げるように神の愛の宣教者会のシスター方に招かれたので、足立区西新井にあるシスター方の修道院へ出かけてまいりました。

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住宅街にある質素な修道院の聖堂には、近隣の教会の信徒の方々をはじめ、シスター方の支援者、そして男子のブラザーたちも加わり、入りきれない人が建物の外からもミサに与られました。

この日は、ちょうど訪日中の男子のブラザーの会の総会長も参加されていました。

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キリスト者は個人の性格として優しいから善い業を行うわけではなく、主であるイエス自身の生き方に倣い、いのちの与え主である神に従うからこそ、信仰の上で納得して愛の業を行います。人間の性格を変えることは容易ではありませんが、なぜそうしなくてはならないかを納得させることは不可能ではありません。使徒ヨハネも、その手紙の中で、何度も何度も、なぜ愛さなければならないかを繰り返しといています。その理由を、繰り返しといています。納得させようと、説いています。

そして、愛の業が不可欠であることを納得してもらうのに、一番力があるのは、目に見えるあかしの業とあかしの言葉です。その意味で、神の愛の宣教者会の方々が、マザーテレサの模範に倣って、目に見える形で、耳に聞こえるかたちで、愛の奉仕を証ししてくださるのは、力強い福音宣教の業であると思います。

これからも、神の愛の宣教者会の日本での活動が、豊かな実りを生み出すように、お祈りしています。

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