ビラバ村の産院は、95年にカリタスジャパンの援助で建設され96年に完成した。これは難民キャンプ設営と運営に協力してくれた村の共同体への感謝の意味もあったが、村の人たちはこの産院に、カリタスジャパンのチームの最初のリーダーだったシスター諏訪の名前をつけてくれた。すでに2002年には手狭になり、増築が始まっていた。