神学校の院長であるピョートル師と。元々はモスクワで働いていたという彼はカトリックにも理解があり、ハバロフスクに赴任してから当時のカトリック教会主任司祭であったメリノール会の米国人司祭に積極的にアプローチしたのだそうです。彼ら二人の努力で、聖ヨハネ・クリゾストムの聖遺物寄贈ができたのですし、濱尾枢機卿とマルク大主教との面談も実現したのです。