95年4月11日深夜、襲撃が終了して、運び込まれた怪我人に応急手当を施す。夜間は湖沿いの道が滑り危険なため病院に運ぶのも容易ではないが、時間をかけて数名ずつ移送された。怪我人は150名を超えていた。電気もないため、怪我人は懐中電灯で照らし出されている。