97年に淳心会のマタタ師と一緒にキガリを訪れた。虐殺現場の一つであった首都キガリ郊外のNtramaカトリック教会を訪問。入り口には「±5,000人の虐殺現場」とあった。右端にいる黄色いセーターの青年がたった二人残された虐殺の生き残りの一人で、当時の模様を説明してくれた。聖堂内には亡くなった人たちの衣服がそのまま散乱して残され、遺骨は隣のバラックの中にまとめておいてあった。