02年にキガリにて戦災孤児を与って育てている家庭を訪問。すでに虐殺や内戦からは時間がたっており、また帰還難民も一段落していたが、この頃からHIV/AIDSに関連して両親を失った子どもたちが増加していた。親を失った子どもたちを育ててきた彼女も、この時点で一人の子をHIV/AIDSのために失っていた。