植民地時代、英国はお得意の分割統治を行い、南部と北部に明らかな差を生み出した。エジプトによる間接統治となった北部はアラブ化が進むと同時に、開発資金も集中した。しかしイギリスが直接治めた南部はキリスト教化が進んだものの、開発は後回し。加えて長年の内戦の間に南部は徹底的に破壊され、今現在は内戦からの復興が待たれている。未舗装の主要道路脇に散見される地雷危険地帯。一説では200万近い地雷が残されており、その存在が農業の復興に大きな障壁となっている。