2024年5月25日 (土)

週刊大司教第168回:三位一体の主日B

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聖霊降臨祭の次の主日は、三位一体の主日です。

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東京教区司祭使徒ヨハネ小宇佐敬二神父様が、長年の癌との闘いを経て、5月20日に桜町病院のホスピスで帰天されました。76歳でした。葬儀は5月23日午後、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われ、司祭叙階の同級である関町教会主任の稲川保明神父様が、追悼の説教をしてくださいました。

小宇佐神父様は、岡田大司教様からの依頼で、長年にわたって心のケアを重要な使徒職とされ、心に重荷を抱え社会から疎外された人、様々な理由で社会から疎外されている人への寄り添いに取り組んでこられました。また、東京カリタスの家常務理事として理事長であった岡田大司教様を支え、その発展に大きく貢献されました。

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わたしが東京に任命された6年前には、すでに食道癌との闘いのため、ペトロの家に居住されていましたが、手術や化学療法を経て、車いすから杖を使っての歩行へと回復されているようにお見受けしていました。体調の悪い時にも、車いすで、または杖をつかって、ペトロの家からカテドラルの反対側にある東京カリタスの家まで毎日出かけておいででした。

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写真は一年前、2023年3月の誕生日のものです。今年は誕生日の夕食会をペトロの家で行い、みなに故郷宮崎から取り寄せたステーキをふるまい、その翌日に桜町病院のホスピスに入院されました。

小宇佐神父様の永遠の安息のためにお祈りください。

わたしたちは、「父と子と聖霊の御名によって」洗礼を受けますから、わたしたちの信仰は三位一体の神秘の上に成り立ってます。その意味で重要な神秘であると同時に、様々な説明が試みられていますが、唯一の神の三つのペルソナは、それぞれの働きをするとともに等しく唯一の神であるということは、簡単には理解することのできない、それこそ神のいのちの神秘でもあります。

カテキズムには、「三位は一体です。三つの神々ではなく、三者として唯一の神、すなわち、実体として一つである三位の神を、わたしたちは信じています。・・・三つのペルソナのそれぞれが、神的実体、神的本質ないし本性という、同じ状態なのです」と記されています(253)。

以下、本日午後6時配信、週刊大司教第168回、三位一体の主日のメッセージです。

三位一体の主日B
週刊大司教第168回
2024年5月26日

三位一体の主日のミサのはじめに唱えられる集会祈願は、「聖なる父よ、あなたは、みことばと聖霊を世に遣わし、神のいのちの神秘を示してくださいました」と始まります。

すなわち、神のいのちの神秘は、父と子と聖霊の三位のいずれかのみにあるのではなく、父と子と聖霊に等しくあり、それぞれ等しく唯一の神であることが明らかに示されています。神のいのちの神秘は、三位一体の神秘のうちに現されます。だからこそわたしたちは、父と子と聖霊の御名によって、洗礼を授けられます。わたしたちキリスト者の信仰が、三位一体の神秘に基づいているからに他なりません。

「至聖なる三位一体の神秘は、キリスト者の信仰と生活の中心的な神秘です。・・・信仰の他のすべての神秘の源、それらを照らす光なのです」と教会のカテキズムには記されています。(234)

御父は、人間からかけ離れた遠い存在ではなく、また厳しく裁きを与え罰する存在ではないことを、パウロはローマの教会への手紙に、「人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、『アッバ、父よ』と呼ぶのです」と記して教えます。わたしたちは聖霊の導きによって、御子と同じように御父をこの上なく親しく感じる者とされ、その一部ではなくすべてを受け継ぐ者と見なされるのだと、「キリストと共同の相続人」という言葉を使ってパウロは強調しています。

マタイ福音は、三位一体の交わりのうちに生かされているわたしたちに、主は、「あなた方は行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼をさずけ」るようにと命じたと記します。すなわちわたしたちは、全世界の人を三位一体の神秘における交わりに招くように、遣わされています。わたしたちは自分の心の思いや自分の信仰理解を告知する者ではなくて、三位一体の神を告げる使者であります。

わたしたちは、日本だけ単独で生きているのではなく、世界の人々と共にあり、また特に近隣であるアジアの兄弟姉妹と共に生きています。

1998年に開催されたアジアシノドスを受けて発表された教皇ヨハネパウロ二世の使徒的勧告「アジアにおける教会」に、教会の派遣の使命について、次のような指摘があります。

「教会は、聖霊の促しに従うときだけ自らの使命を果たすことができることをよく知っています。教会は、アジアの複雑な現実において、聖霊の働きの純粋なしるしと道具となって、アジアのあらゆる異なった環境の中で、新しく効果的な方法を用いて救い主イエスをあかしするよう招く聖霊の促しを識別しなければなりません(18)」

その上で教皇ヨハネパウロ二世は、「アジアにおいては非常に異なった状況が複雑に絡み合っていることを深く意識し、『愛に根ざして真理を語り』つつ、教会は、聞き手への尊敬と敬愛を持って福音を告げしらせます。(20)」と記しています。

シノドスの道を歩んでいる教会において、一番大切なことは、互いの声に耳を傾けあい、互いの違いを認識しあい、互いに支え合って歩むことです。アジアの現実における福音宣教は、相手を屈服させ従わせることではなく、「尊敬と敬愛を持って」互いに耳を傾けるところにあります。言葉と行いによる証しを通じて、父と子と聖霊の神のいのちの神秘に、一人でも多くの人が招き入れられるように、耳を傾けあい、支え合いながら、歩んで参りましょう。

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2024年5月24日 (金)

アドリミナを振り返って:その6

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アドリミナの振り返りの続きです。まだ二日目のことです。

二日目、4月9日の午前中は、総合人間開発省を終えて、トラステヴェレ地区からジャニコロの丘を越えてバチカンまで戻り、12時半に教理省まで向かいました。教理省の建物は、サンピエトロに向かって左手、シノドスや一般謁見の行われるパウロ六世ホールの手前にあり、入るためには司教団みんな揃ってスイス衛兵立っているゲートを通過しなくてはなりません。海外から来た司教団は入構許可証を持っていないので、事前に登録していないと通してはくれません。

もちろん福音宣教省が手配をしてくださっているので、日本の司教団は訪問者リストに掲載されており、「全部で何人ですか」などと問われながら、ぞろぞろと左手の教理省に向かいました。

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さすがかつては異端審問などをした検邪聖省であったこともあり、歴史のある建物(通称サント・ウフィチオ)は、重々しい雰囲気でした。その重々しい雰囲気の建物の二階にある、さらに重々しい雰囲気の会議室に通されて、長官の登場を待つことに。長官は教皇様と同じアルゼンチン出身の神学者で、教皇様のいくつかの回勅などの原案作成者ともいわれているビクター・フェルナンデス枢機卿。

待つことしばしすると長官他が現れ、予定されていた通り、日本の司教団が用意したレポートを読み上げ始めると、もうレポートの内容は知っているから読まなくてもよいとの指示があり、それから、一時間近く、長官や次官からのお話をいただくことになりました。

長官からは、信仰の伝達についての要点のお話のあと、ヨーロッパとは文化的背景の異なる日本における信仰の伝達について、教理省は興味をもって見ているとの話があり、どのようにキリストを伝えているのかについて質問がありました。

司教団からは、日本の教会の現状を説明し、特にこの十数年は、東日本大震災後の復興支援への長期的な関わりの中で、具体的に目に見える形で信仰を証しする機会を得ていることを説明しました。またそういった活動を通じて、地域の共同体との交わりも深まっていることを説明しました。また社会福祉や教育を通じて、社会に深く浸透してきた背景についても説明しました。

さらに、司教団からは事前に死刑廃止への取り組みに関連して、袴田さんのケースについても報告していましたが、長官からは死刑廃止への取り組みの重要さが改めて強調され、そのためにも前日発表された人間の尊厳についての宣言をよく研究してほしいとの言葉がありました。

そして教理省が性虐待問題を担当していることもあり、それらについて手引書を作成している最中であるので、協力しながら、こういった問題に対処していきたいので、こまめに相談をしてほしいとの要請が、次官からありました。

2時近くになって宿舎へ戻り、昼食をとった後、今度は夕方5時に、シノドス事務局へ出かけました。シノドス事務局は、サンピエトロにつながるコンチリアツィオーネ通りに面していますので、宿舎から歩いてすぐです。

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シノドス事務局では、長官(事務局長)のマリオ・グレック枢機卿、次官のシスター・ナタリー・ベカード、同じくルイス・サンマルティン大司教他が迎えてくださいました。

日本からはわたしが、シノドスへの取り組みと、特に3月に開催された日本におけるシノドスの集いについてパワーポイントを使って説明し、特にコロナ禍の中、教会で集まったり、大きな大会をすることができない状況であったことや、矢継ぎ早に送られてくる大量の文書の翻訳には時間がかかることなどを説明し、同時にシノドスの中心的な手法である霊における会話を、これから長い時間をかけてでも、じっくりと全国に広めていく計画であり、そのために特別チームを創設したこと、また日本での集いを行ったことで、すべての司教がこれを体験し、その重要さに目覚めたことなどを報告しました。

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シノドス事務局からは、各教区での体験を聞きたいとのリクエストもあり、それぞれの司教様が、ご自分の教区での体験をやご自分がシノドスのプロセスに感じていることなどを分かち合いました。

事務局からは、これは一過性のイベントではなく長いプロセスであること、小教区の皆に参加してもらうことの大切さ、インターネットをもっと活用することの重要性についての指摘があり、また翻訳の困難さへの理解と、理論を学ぶことではなくて実践こそが重要であることなどが指摘されました。また長官からは、あらためてシノドスの道は民主主義ではなく、教会はあくまでも位階的組織であることを忘れてはならない。司教の権威なしにシノドスの道は存在しえないことが強調されました。また聖体祭儀において私たちは一致を体験するのだから、シノドスの道の中心にはエウカリスティアがあることを強調してほしいとの言葉があり、非常に和やかな雰囲気のうちに、訪問を終え、アドリミナの二日目は夜7時過ぎに終わりました。

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(この項、続きます)

 

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アドリミナを振り返って:その5

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アドリミナの振り返りの続きです。

アドリミナの二日目、4月9日の火曜日です。皆がイタリア語ができるわけではないので、朝7時の宿舎共同体のミサに参加するのではなく、別な時間に日本語でミサをしようと画策しました。前回までは、スケジュールに余裕があったので、日中にバチカンのどこかの聖堂などで、自分たちのミサを入れる余裕があったのですが、今回はスケジュールを福音宣教省が用意され、みっちりと詰まっていたため、残念ながら、別の時間にミサというわけにはいきませんでした。それでも、数名はイタリア語でミサを司式できる司教さんがいますので、この週は、お手伝いとして、宿舎共同体の朝7時のミサに参加して、日本の司教の誰かが司式させていただくことにしました。

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二日目の訪問は、朝9時からいのち・信徒・家庭省から。前回2015年のアドリミナ後、2016年に信徒評議会と家庭評議会を統合してできた省で、米国出身のケヴィン・ファレル枢機卿が長官です。すでに最初のころの記事で触れましたが、次官は男性信徒、その次の局長(Under Secretary)がお二人の女性信徒です。(上の写真)

ここでは、山野内司教様が、移住者が増加して教会のメンバーの大多数が外国籍信徒であるさいたま教区の事例を報告し、それにともなう結婚と家庭の抱えるさまざまな課題について報告されました。また中野司教様からは、特にプロライフなど生命を最優先にして守る活動についての日本における取組と課題の報告がありました。

これに対していのち・信徒・家庭省からは、様々な立場からこういった課題に取り組んでいる多種多様なグループが教会内にある現実を踏まえ、教会内の対立ではなく耳を傾けあってともに歩むことが重要であるとの指摘や、その前日に教理省から発表された人間の尊厳に関する宣言「Dignitas Infinita」についての言及がありました。この文書の作成には同省も関わり、5年の時間をかけて出来上がったもので、いのちに対する重要な指摘があるのでよく目を通してほしい旨のお話がありました。また結婚については、教会法上の問題や国内法上の問題に立ち入ることは同省としてはできないが、しかし、結婚は単なる契約ではなく、実際には神からの召命であることを結婚しようとしている二人に理解してもらうための十分な準備コースが必要だと考えているとの指摘がありました。

また2027年の韓国での世界青年大会への取り組みや、7月から日本では9月に移動した「祖父母と高齢者のための祈願日」への取り組みについても、同省から質問があり、それぞれの日本での取り組みやその可能性について意見を交換しました。

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その後、10時20分に、総合人間開発省へ移動しました。いのち・信徒・家庭省と総合人間開発省は、トラステヴェレ地区にあるバチカンの飛び地、聖カリスト宮殿にあります。ちなみにここには国際カリタスの本部事務局もある、巨大な建物です。(上の写真、聖カリスト宮殿の中庭駐車場で)

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総合人間開発省は、2017年に開発援助評議会(Cor Unum)、正義と平和評議会、難民移住移動者評議会、保健従事者評議会のすべての業務を引き継いで設立されました。現在の長官はマイケル・チェルニー枢機卿。カナダ出身の方です。次官はシスター・アレッサンドラ・スメリ、局長がモンセニョール・アントニー・エポ。シスター・アレッサンドラはサレジアンシスターで、モンセニョール・アントニーは国務省で長く働いてきたナイジェリア出身の方です。また特に難民問題担当の局長として、スカラブリーニ会のファビオ・バッジョ師も、長年こちらで働かれています。上の写真の向かって一番左がバッジョ師、一番右が、アントニー師。ちなみに国際カリタスは同省の管轄下にあるので、立場上、わたしはしばしばお会いしている方々です。

同省ではまず、チェルニー枢機卿から総合人間開発という用語はいったい何を含んで、何を意味しているのかのお話がありました。キリストがもたらした豊かな命にすべての人が与ることができるように、経済的な発展だけではなく、十字架に根差した自己奉献による人間の発展を目指している。環境破壊、失業、搾取、人道的危機、貧困、人権の阻害、暴力、戦争などなど、人間の発展を妨げる要素を取り除くためのそれぞれの教区での取り組みを、同省では支援していきたい、という旨のお話でした。

司教団からは、まずわたしが代表して概要以下のような報告をしました。

司教協議会は社会の中にあって時のしるしをもみ取り教会の預言者的役割を果たすため、社会司教委員会を設置している。そこには難民移住移動者委員会、カリタスジャパン、正義と平和協議会、部落差別人権委員会、こどもと女性の権利擁護デスク、HIV/AIDSデスク、「ラウダート・シ」デスクが設けられ、それぞれの課題に取り組んでいる。今般、聖座ではこういった委員会が一つになったが、個別の課題への取り組みはどういう風に考えられ、また地域教会の諸委員会との関係はどうなっているのか知りたい。

これに対して同省からは、日本の教会の様々な社会的課題への取り組みを評価する言葉と、同時にそれぞれの地域教会にはそれぞれユニークな社会的課題があるのだから、司教協議会の社会系諸委員会はバチカンの出先機関ではないので、バチカンのようにそれぞれの委員会を消滅させて同省のように一つにする必要はないこと、また以前と同じようにそれぞれの課題の担当者が同省にはおり、以前の諸評議会が取り組んできた課題には同省が全体として取り組んでいるので、問題があれば遠慮せずに同省に相談してほしい旨の回答がありました。

また加えて那覇教区のウェイン司教様からは、沖縄の基地問題を取り上げて、外国軍隊が恒久的な基地を設けてほかの国の中に存在し続けていることの倫理性についての問いかけがあり、同省としても今後の検討課題とすることを承知してくださいました。

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聖カリスト宮殿がどんなところか、二つ上の写真では分かりにくいので、同じ地点から反対側を撮影した写真が上です。アドリミナ期間中ではなく、先週の国際カリタスの会議の時の写真です。はっきりと映ってませんが某国の大統領夫人が、某省を訪問しに訪れた時の模様です。

(この項、続きます)

 

 

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2024年5月18日 (土)

週刊大司教第167回:聖霊降臨の主日B

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聖霊降臨の主日です。この日は、聖母マリアと共にいた弟子たちに聖霊が降り、様々な国のことばで福音がのべ伝えられるようになったと使徒言行録に記されていることから、教会の誕生日とも言われます。

東京教区では、午後からカテドラルで、合同堅信式が行われます。堅信の準備をされてきたみなさん、おめでとうございます。聖霊の豊かな照らしを受けて、成熟した大人の信徒として、共同体においてそれぞれの務めを果たして行かれますように。また主から与えられた、福音宣教の務めを、忠実に果たすものでありますように。

以下、本日午後6時配信、週刊大司教第167回め、聖霊降臨の主日のメッセージ原稿です。

聖霊降臨の主日B
週刊大司教第167回
2021年5月19日

使徒言行録に記されている聖霊降臨の出来事の特徴はいったいなんでしょうか。

まず、聖霊は、「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっている」ところで働いています。すなわち、聖霊は単独でひとり一人に他者と無関係に働くのではなく、共同体が一致しているところに働いています。そして、そのときには、「激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが集まっていた家中に響いた」と記されています。激しい音は周囲にも響き渡り、「この物音に大勢の人が集まってきた」とも記されています。すなわち、聖霊が働いているところには静寂が支配しているのではなく、騒々しさが支配しています。

第二バチカン公会議の教会憲章は、教会に聖霊が与えられたことによって、「聖霊は教会の中に、また信者たちの心の中に、あたかも神殿の中にいるかのように住み、・・・福音の力を持って教会を若返らせ、たえず新たにし、その花婿との完全な一致へと導く(4)」と記します。

重要なのは、聖霊によって生かされ常に刷新されている教会は、聖霊が働いているのですから、決して落ち着いた静かな教会ではあり得ません。騒々しい、落ち着かない教会です。一人でそんなところに取り残されたのなら、耐えきれない騒々しさかもしれません。だからこそ、聖霊は一致して集っている共同体に働くのです。互いに支え合い、助け合い、共に歩む兄弟姉妹がいるところに働くのです。聖霊は教会共同体に、多様性における一致をもたらします。

現代世界憲章は、「神の民は、世界を満たす主の霊によって自分が導かれていることを信じ、この信仰に基づいて、現代の人々と分かち合っている出来事、欲求、願望の中に、神の現存あるいは神の計画の真のしるしを見分けようとつとめる(11)」と記します。すなわち、教会は社会の現実から切り離された隠れ家となるのではなく、積極的に社会の現実を識別し、神の計画を見極めるために出向いていく存在であります。出向いていき、様々な困難な現実と対峙し、そこに神の秩序をもたらそうとするからこそ、常に落ち着かない騒々しさがあるのです。何もせず、平穏無事が支配する静的な共同体は、一見何も問題がなくて好ましく思われますが、もしかしたらそこには聖霊が働いていないがために静けさが支配しているのかもしれません。聖霊の働きと照らしを祈ることは大切です。

昨年10月に開かれたシノドスの第一会期の最終文書は、次のような文章で始まっています。

「一つの霊によって、わたしたちは、……皆一つのからだとなるために洗礼を受け(一コリント12・13)ました。これが、・・・わたしたちが味わった喜びと感謝に満ちた体験です。背景、言語、文化の多様性にもかかわらず、洗礼という共通の恵みによって、わたしたちは、心を一つにしてこの日々をともに過ごすことができました。・・・聖霊がわたしたちに与えてくれたのは、聖霊だけが生み出す方法を知る調和を体験することであり、それは引き裂かれ、分裂した世界におけるたまものであり、あかしです」

シノドスは、霊における会話を通じて互いに耳を傾けることで、妥協による一致ではなく、互いの違いを認識しての一致へと道を歩むよう求めます。教会に働く聖霊は、一部のカリスマのある人にだけ働いているのではなく、皆に違う形で働き、騒々しい常に動きのある共同体を生み出し、同時に共同体のすべての人を等しく一致へと導きます。わたしたちの教会共同体は、どのような共同体でしょうか。

 

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2024年5月17日 (金)

先週末から今日にかけて:カノッサ修道会、そして国際カリタス

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先週末の土曜日、11日の午後2時から、東京都世田谷区にあるカノッサ会の日本での本部修道院で、カノッサ会の創立者である聖マダレナ・カノッサの生誕250年を祝う感謝ミサを捧げました。カノッサ修道会のみなさん、おめでとうございます。

カノッサ会は東京ではこの本部修道院の隣接地で、マダレナ・カノッサ幼稚園を運営されていますが、国内で知られているのは福岡教区の大牟田市にある明光学園中学高校かと思います。日本での活動や修道会の歴史は修道会のホームページをご覧ください

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貧しい人のために尽くす人生に自らの使命を見いだした聖マダレナによって、1808年にイタリアで創立された修道女会です。スーダン出身で奴隷生活から脱してカノッサ修道女会の会員となった聖ジョゼッピーナ・バキタの存在もよく知られています。

わたしにとっては、司教になる以前に名古屋にいた当時、名古屋にカノッサ会の養成の家があり、しばしば青年たちの集まりなどで訪ねたことがありました。残念ながら、その後、この名古屋の養成の家は閉鎖となったそうです。

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当日は、本部修道院の聖堂に入りきれないほどの人が、東京だけでなく、全国から集まり、感謝ミサに参加してくださいました。近くにある赤堤教会の信徒の方もおいでになり、主任司祭のガブリ神父様が共同司式してくださいました。

カノッサ修道女会のみなさん、おめでとうございます。

そしてその晩の便で羽田を発ち、翌日曜日の午前中にローマにやってきました。国際カリタスのいくつかの会議に出席するためです。

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観光シーズンを迎えているローマでは、国際カリタスの本部があるトラステベレ地区あたりでホテルを見つけるのが至難の業になっており、今回は、参加者が30名ほどになることから、バチカンの裏手の丘を登っていったアウレリア通りにあるラサール会の総本部にある宿泊施設、Casa La Salleで、宿泊も会議も行うことになりました。

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今回の会議は、いわゆる年に二回ある理事会です。理事会は、代表委員会(Representative council)とよばれ、アジア、アフリカ、ヨーロッパなどなど、全部で七つある地域の代表者とそれぞれの地域のカリタスの総裁が集まります。国際カリタスの会議は、英語、スペイン語、フランス語の三つが公用語ですので、今回の会議にも同時通訳の設備が必要です。幸いこのラサール会の施設には会議室に同時通訳用のブースがあり、後はマイクなどの設備を国際カリタスの本部事務局から持ち込みました。この代表委員会には、アジアの代表の一人として、カリタスジャパンの秘書である瀬戸神父様も参加されています。年次の活動報告や予算、そして2023年の総会で決められた活動計画に沿った様々な活動についての報告などが議題です。この代表委員会は、水曜日一日と、本日木曜日の午前中です。

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本日木曜日の午前中は、シノドス事務局から次官のシスターナタリーにおいでいただき、シノドスについてのお話と、実際に参加者を5から6名のグループに分けて、霊における会話を実践しました。やはり実際にやってみなければわかりません。初めての人もいれば、すでに何回も実践した人もいます。

昨年10月にローマで行われた第一会期にも、様々な地域のカリタス関係者が見られました。第一会期の最終文書にも、貧しい人たちを主役として歩むシノドスの道の重要性が記されていますが、まさしくカリタスが世界各地の草の根で行っていることは、困難に直面する人たちに耳を傾けともに歩むことですから、カリタスはシノドスの歩みを実践してきたともいえます。

わたしはこの代表委員会に加えて、月曜、火曜、金曜と本日木曜の午後に行われた執行委員会(Executive Board)も出席です。というか総裁なので、その主宰です。事務局の全体を総括するのは事務局長で、彼は一年前の総会で、わたしと共に選挙で選ばれています。そして全体の会計も、選挙で選ばれました。選挙で選ばれた三名のうち、総裁と会計はこの委員会のメンバーです。この二人に、副総裁と法務委員会の委員長が加わり、さらに聖座が任命した二人と代表委員会が選出した一名で、執行委員会は構成されており、連盟全体を総括する役割(ガバナンス)を担っていて、事務局長は執行委員会に報告義務があります。その会議自体は、木曜日の午後でした。(下の写真は、理事会一日目の締めくくりにサンピエトロ大聖堂に移動し、向かって左側にある聖歌隊聖堂で捧げたミサ。司式する私の向かって左はトンガのマフィ枢機卿。右隣は引退されたばかりのジブチのベルティン司教。左端は瀬戸神父)

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月曜と火曜と金曜に何をしているかというと、国際カリタスの事務局に新しい三名を雇用するためのインタビューを行っています。事務局の総務を担当するCOOと、アドボカシーやプログラムを総括する総合的人間開発担当者、そして広報やキャンペーンの担当者。雇用を仲介する会社に入ってもらい、何百人もの候補者から、それぞれ3名まで絞ってもらいました。その途中では、わたし自身もこの会社からオンラインで聞き取りをされましたし、最後の三名に絞るための面談も、執行委員会の数名がオンラインで行いました。

その最終面談をこの一週間のうちに行い、来週には雇用する方を決定して、9月くらいから新しい体制で事務局を運営できるようにする計画です。

というわけで、土曜まで海外に出ていますので、書き始めたアドリミナの振り返りは、まだ一日目が終わっただけですが、続きは来週までお待ちください。

 

 

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2024年5月11日 (土)

週刊大司教第166回:主の昇天の主日B

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復活祭も終わりに近づき、まもなく聖霊降臨を迎える季節となりました。5月12日は、主の昇天の主日です。本来は木曜日ですが、日本を始め多くの国では主日に移されて祝われています。

イタリアでもいくつかの週日に設定されている教会の祭日や祝日が日曜日に移されることがありますが、バチカン市内では元通りに週日に行われます。そのため、すぐ隣接しているにもかかわらず、バチカン市国領域とローマ市内の教会で、祭日を祝う日が異なったりすることもあります。

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さて今年の4月1日から、東京にある、東京教会管区と大阪高松教会管区が運営してきた神学院と、福岡で産スルピス会に委託して長崎教会管区が運営してきた神学院の二つが、福音宣教省の認可を受けて、「あらためて」統合され、日本カトリック神学院として再出発することになりました。

以前も一度一緒になったことがありますが、そのときは、東京キャンパスと福岡キャンパスを設ける形で、神学生や養成者、そして教員も、東京と福岡を何度も移動することになり、関係者にとっての大きな負担となり、結局、元の二つに戻ってしまっていました。今回改めて、長崎教会管区(九州と沖縄)の司教様たちが話し合い、現実的な視点から神学院統合を決断されましたので、このたび一つになり、名称も、東京カトリック神学院から日本カトリック神学院へ変更しました。

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運営の母体は、日本のすべての司教ですので、今回、初めて、神学院に日本のすべての司教17名が集まり、開講感謝ミサをともに捧げ、一晩泊まって神学生と交流し、そして今朝は午前中、神学院の運営について話し合う神学院司教会議を開催しました。

昨日夕方に行われたミサは、前田枢機卿様が司式され、冒頭で私が司教協議会会長として、福音宣教省の統合の認可宣言を読み上げ、説教は神学院司教委員会の委員長である大塚司教様が担当されました。

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新しく全国からの神学生を迎えて出発する神学院です。そこには明るい一致の雰囲気がみなぎっていました。この霊的な明るさを証しとして、一人でも多くの神学生の召命につながることを祈っています。

以下、本日午後6時配信、週刊大司教第166回目、主の昇天のメッセージ原稿です。

主の昇天の主日B
週刊大司教第166回
2024年5月12日

頼りにしていたリーダーを突然暴力的に奪われ、絶望に支配されていた弟子たちにとって、復活された主との再会は、新たな希望を生み出しました。使徒言行録は、使徒たちに芽生えたその希望を、「イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」という問いかけで明らかにしています。

復活されたイエスは、弟子たちの、いわば現世的な望みに答えるのではなく、復活の命に生かされ希望に生きるものへ、新たな道を指し示します。

マルコ福音は、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」という、復活された主による宣教命令を記しています。同様に主の昇天の模様を詳しく伝える使徒言行録も、「地の果てに至るまで、わたしの証人となる」という主の弟子たちに対する言葉を記し、昇天された主が、宣教命令を残されたことを明示しています。

新たな命によって生かされる希望の道は、福音を世界の隅々にまで伝える道です。自らが想像された愛すべき命が、すべからく救いに与ることを望まれる御父は、主の復活に与るわたしたちがそのために働くことを望んでおられます。この世界にあって、キリスト者であるわたしたちには、福音を告げしらせ、命の希望の灯火をともしていく務めがあります。教会に与えられた、福音宣教の命令は、すなわちわたしたちひとり一人に与えられた使命です。

第二バチカン公会議の「教会の宣教活動に関する教令」は「教会の使命は、キリストの命令に従い、聖霊の恵みと愛に動かされて、すべての人と民族の前に完全に現存するものとなるとき、初めて遂行される」と記し、さらに「キリストが神の国の到来のしるしとして、あらゆる病気や患いをいやしながら町や村を残らず巡ったように、教会もまた、その子らを通して、どのような状況にあるとしても、人々とくに貧しい人や苦しんでいる人と結ばれ、彼らのために喜んで自分を差し出す」(12)と、福音をあかしすることの意味を教えています。

パウロは教会がキリストの一つの体において一致していることの重要性をエフェソの教会への手紙に記し、「わたしたちひとり一人に、キリストの賜物のはかりに従って、恵みが与えられています」と、その霊的な一致は賜物の多様性のうちにあることを明示しています。

教会憲章の第32項に、「聖なる教会は、神の制定によって、みごとな多様性をもって組織され統治されている。・・・教会の中では、すべての人が同じ道を進んでいるわけではないが、しかしすべての人が聖性に招かれ、神の義によって、信仰を同等に分け与えられているのである。・・・こうして、多様性の中にあって、すべての人がキリストのからだにおける優れた一致についてあかしを立てる」と記されています。

わたしが20年ほど前に、初めて新潟の司教の任命を教皇様からいただいたとき選んだ司教職のモットーは、ここからとられています。わたしは「多様性における一致」を、この20年間、司教職のモットーとしてきました。

いま教会はシノドスの道を歩んでいますが、まさしく今ほど「多様性における一致」が重要なときはありません。聖霊の導きに耳を塞いだままでいるのか、聖霊の導きに身を任せようとするのか、それぞれの決断が、福音の証し人となるために必要です。

 

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アドリミナを振り返って:その4

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アドリミナ訪問第一日目、国務省の訪問が予想外に長くなったので、宿舎に戻って遅い昼食をとり、そのまま今度は午後3時半に諸宗教対話省へ出かけました。(サンピエトロ広場前で、次への移動に備える司教たち)

諸宗教対話省は、バチカンのサンピエトロ広場につながる大通りに面しているバチカンの省庁などが入るビルの一角にあり、ミゲル・アユソ・ギクソット枢機卿様が長官です。諸宗教対話の活動は、日本の教会も長年関わっており、京都の司教は中でも深い関わりがあるため、大塚司教様も長年にわたってこの省(以前は評議会)の委員を務めておられます。

このたびは、所用のため枢機卿様は不在で、次官も海外に出張中ということで、NO.3のUnder Secretaryであるバタイルワ・クブヤ師が対応してくださいました。クブヤ師はコンゴ出身で、アジアで働いて経験をお持ちです。

ここでは担当の大塚司教様から、毎年新年の神道へのメッセージやお花祭りでの仏教へのメッセージ、さらには、毎年の比叡山宗教サミットへのメッセージなど同省の関わりについて謝辞を述べ、その後、日本の司教協議会の諸宗教部門の行う啓発活動や諸宗教との関わりなどについて報告しました。さらに旧統一教会について注目される中で、いわゆる「宗教2世」の問題がクローズアップされていることなど、日本の現状を報告しました。同省でも、ミリンゴ大司教の件などがあったこともあり、この課題を注視しているので、引き続き現状を報告してほしい旨のお話がありました。

また日本の司教たちからは、それぞれの教区での諸宗教との関わりについての現状が報告され、同省からは対話の重要性と、諸宗教者が、例えばアシジや比叡山のように、ともに集まって祈りを捧げることは素晴らしい証しになると、励ましがありました。また諸宗教の対話は、折衷主義を求めているのではなく、前の長官であった故トーラン枢機卿の言葉によれば、諸宗教対話は良い市民を生み出す源になる、なぜなら信教の自由という権利を促進するからだという趣旨の言葉もありました。また来年2025年は、第二バチカン公会議で「キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言(Nostra aetate)が1965年10月28日に発布されて60年の記念の年となるので、そこから学び直してさらに諸宗教対話を深めていってほしい、そのために同省は地域教会の司教たちに奉仕する用意があるとの言葉がありました。

この日はこのあと、午後5時から、キリスト教一致推進省も入り、そこには前田枢機卿様、アベイヤ司教様、アンドレア司教様がでかけられ、長官であるクルト・コッホ枢機卿様から、40分ほど、バチカンのエキュメニズムの活動についてお話をいただきました。

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これで一日目は終わりました。前回のアドリミナ(2015年)はスケジュールに余裕があったので、バチカン内の聖堂などをお借りして昼頃に日本語でミサを捧げることもできたのですが、今回はタイトなため、宿舎で捧げられている朝7時の定時ミサに参加することにして、ミサはバチカンで働くためにここに住んでいる共同体のミサですから、イタリア語で捧げられました。日本の司教団でもイタリア語でミサを捧げることのできる司教がいますので、その数名が滞在中のミサ司式を引き受けました。(上の写真は、省庁のあるビル内の象徴。長い階段。バチカンの建物は概ねどれも壮大で天井がかなり高いビルが多く、またその割に小さなエレベーターしかないため、省庁訪問は長い階段の上り降りが象徴です)

まずは、アドリミナ訪問の第一日目に何があったのかの概要です。(この項、続きます)

 

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2024年5月10日 (金)

アドリミナを振り返って:その3

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今の時期は円安ですし、そもそもヨーロッパのホテルはお安くはありませんし、バチカンの近くとなるとなおさらです。そこで、バチカンに近いところにある、かつてはバチカンで働く聖職者の宿舎として建てられた施設に、司教団全員で泊めてもらいました。サンタンジェロ城(上の写真)の近くにあるこの聖職者の宿舎は、ホテルとまでは言わないものの、現在では空いている部屋を利用して、巡礼者や、わたしたちのように会議や訪問でバチカンを訪れるグループを、市内のホテルより比較的に安く泊める施設として運営されています。

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もともとバチカンで働く聖職者のための宿舎ですから、立派な聖堂がありミサを捧げることができますし、事前にお願いすれば、もちろんそれぞれ有料ですが、朝食だけでなく昼食や夕食を取ることもできます。以前2015年のアドリミナでもこの施設に泊まったことがありますが、その当時に比べて、インターネットのつながりが格段に良くなっていたことだけは、大きな変化として気がつきましたし、昼食や夕食のお願いも部屋にあるQRコードを読み込んでスマホからできるようになっていました。(上の写真は宿舎の聖堂で朝ミサを司式する中野司教様)

さて、それでは省庁訪問ではどんな話がされたのでしょう。

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第一日目、月曜日の最初は、午前9時から、聖職者省へ出かけました。聖職者省の長官は、韓国出身のラザロ・ユ枢機卿様で、日本の司教の多くは、以前からの知り合いです。(上の写真、右がラザロ枢機卿様)

宣教地(日本のような)の司祭養成のための神学校は、いくつかの省庁の管轄下にあります。まず全体の設置や運営の許認可は福音宣教省です。そして、司祭の養成に関しては聖職者省が管轄します。さらに司祭の養成の知的側面に関しては文化教育省になります。全くもって、大変複雑です。

聖職者省では、神学院司教委員会の委員長である大塚司教様が、4月1日に始まった二つの神学院を統合した日本カトリック神学院について、説明をいたしました。その上で、それに伴う様々な規約の改正について、また、現在司教団が整備し、また実際に始めた、司祭の生涯養成のプログラムなどについても説明をしました。

聖職者省からは、特に司祭の生涯養成(神学院での初期養成からはじまり、叙階後の生涯にわたる養成まで)の重要さについて、お話があり、新しく開校した日本カトリック神学校の発展とさらなる召命の発掘についての期待が表明されました。

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続いて10時45分から、今度は文化教育省を訪れました。文化教育省の長官は、ホセ・メンドーサ枢機卿様。ポルトガルの出身です。(上の写真は司教たちと握手して回るメンドーサ枢機卿)

聖職者省に続いて、文化教育省でも神学院についての話題になりました。神学院は日本の法律上の学校ではありませんから、学位を取ることはできません。しかし神学院での初期養成の間に、日本で言えば学士にあたる教会上の資格を取得しておかないと、その先にどこかに留学することが難しくなります。また教会内のいくつかの役職のためには、教会上のそういった教育の資格を持っていることが必要になる場合もあります。そこで、世界中の神学院では、特に自らが大学ではない神学院では、教皇庁立の神学部と提携関係を結び、その神学部から教会上のいわゆる学士などの資格を与えてもらうようにしています。東京カトリック神学院では、これまでローマにあるウルバノ大学と提携していましたが、新しい日本カトリック神学院となることで、この提携関係をあらためる必要があります。そのための具体的な情報交換が行われました。

さらに学校教育委員会の委員長である前田枢機卿様から、日本におけるカトリック学校の実情についての説明があり、司祭や修道者の減少に伴って、学校の現場から司祭修道者が見えなくなっている現実の中で、カトリックとしてのアイデンティティをどのように保っていくのかについて、意見の交換をしました。もちろんこれは長期的課題ですし、日本だけの問題ではなく、すでにかつてキリスト教国であった国でも今やカトリックとしてのアイデンティティをどのように保つかは大きな課題となっているというような内容でした。

また文化教育省からは、大阪万博について日本ではどのような取り組みがなされているのかについての質問がありました。前田枢機卿様から、大阪で取り組んでいる内容について説明をしましたが、すでに文化教育省が承知して進めていることがいくつかあることも確認されました。なお大阪万博への対応についても、バチカンの複数の省庁が関係しており、窓口は一つではないことが、私個人的には複雑な感じがいたしました。

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第一日目のお昼12時から、今度は国務省へ向かいました。同じ時間に奉献使徒的生活省も入ってしまっていたため、そちらには山野内司教様やアベイヤ司教様など数名が回りました。(上の写真は、国務省の会議室で、ギャラガー大司教の到着を待つ司教たち)

国務省は、他の省庁と違って、教皇宮殿の中にあるので、そこまでたどり着くのが容易ではありません。スイス衛兵によるいくつかのチェックポイントを通過して、やっと国務省へつながるエレベーターまでたどり着きます。もちろん事前に通知してあるので、スイス衛兵の手元には、誰が何時にどこへ行くのかがすべて記した一覧があり、その一覧を見てのパスです。

パロリン枢機卿は海外出張中で不在のため、国務次官のギャラガー大司教とお会いすることになりました。そのギャラガー大司教も、報道されているとおり、ヴェトナムを公式に訪問されるため、ローマを出発する直前でしたが、じっくりと時間をとってくださいました。ギャラガー大司教は国務省のNO.3で、外務局長となっていますが、いわゆる他の政府で言えば外務大臣です。

ギャラガー大司教との面談では、まず私が司教協議会会長として、能登半島地震への国務長官を通じた教皇様のお見舞いへの御礼を伝え、2019年の教皇訪日の時に様々な尽力してくださった国務省の方々への御礼を伝え、さらに日本における移住者や難民の方々の現状と直面する困難についてお話しし、それに対する日本の教会の対応について説明し、さらに広島教区と長崎教区が中心となって進めている核兵器廃絶への運動について説明をしました。またそれぞれ関係する司教様方から、これらの話題について詳しく説明をいたしました。

ギャラガー大司教からは、特に核兵器禁止条約に国連の場で自ら署名し、バチカンが一番最初に批准した国の一つとなったことについてのお話があり、教皇様が核兵器の保有は倫理に反していると指摘されていることを繰り返され、司教団の核兵器廃絶への取り組みを進めるようにとの励ましがありました。

またギャラガー大司教からは、日本の憲法を巡る現在の政治と社会の情勢について、説明を求められました。

さらに、死刑廃止問題に関連して、特にえん罪によって死刑が執行されることへの懸念についての話となり、司教団からは袴田さんの再審についての状況を説明させていただきました。ギャラガー大司教からは、教皇様がカテキズムを書き直させて死刑廃止を強調されていることに触れて、一朝一夕で実現はできないだろうが、地道な運動が必要だという指摘がありました。

第一日目の午前中は、国務省のこの訪問で、おおよそ午後1時半頃に終了しました。この後午後に二つの訪問がありますが、それはまた後日。(この項、続きます)

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2024年5月 8日 (水)

アドリミナを振り返って:その2

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先般行われた日本の司教団によるアドリミナ訪問の振り返りの続きです。(上の写真は、最高裁判所玄関)

省庁訪問するときの使用言語の問題があります。通常、アジアの司教団は、どの国から来ても共通語グループは英語に分類されています。したがって、迎える省庁側も、訪問する日本の司教団も、事前に準備するレポートなどはすべて英語で準備します。

とはいえ、日本の司教全員が英語を得意とするわけでもありません。書かれた英語の文章を読むのが得意でも、それと、聞いたり話したりする能力は別です。

日本の司教協議会は、これまでローマに駐在する窓口として、カルメル会の和田神父様にお願いしてきました。和田神父様は、バチカン放送局などに長年勤められた方で、日本政府や皇室などの方々が教皇様を訪問するときにも、教皇庁側の通訳として立ち会うことがあるので、公式の写真などで教皇様の後ろに立っている和田神父様を見かけた方もおられることと思います。(下の写真。真ん中が通訳する和田神父様)

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和田神父様はすでに定年を過ぎて延長しておられるので、司教団の窓口としての職務は、今回のアドリミナが最後の仕事になるのではないかと思います。和田神父様の通訳は日本語・イタリア語です。バチカンの省庁の業務上の共通語もイタリア語です。

同時に、日本の司教団17名のうち、イタリア語が分かる方も少なくありませんが、英語と比較すると、英語の方が理解される度合いが高くなります。そこで、基本的に日本の司教団は日本語で話し、省庁側にはイタリア語で話していただいて、すべて和田神父様の通訳を間に挟むことを事前に申し合わせました。

ちなみに教皇様は、英語は、こちらの言うことをほとんど理解しておられますが、話すことがあまり得意ではありません。国際カリタスの業務でお会いするときも、国際カリタス職員のスペイン語話者を通訳として同行させています。

今回は、スケジュールの関係で和田神父様に同行いただけなかった未成年者保護委員会のときだけ、英語でやり取りをすることにして、私が臨時で通訳をしましたが、他は、ほぼイタリア語でのやり取りになりました。

さて、すでに記しましたが、以前のアドリミナでの省庁訪問は、教えられる場でありました。訪問しているこちら側の発言は、ほとんど省庁側からの質問への答えくらいで、あとはひたすら長官などの枢機卿たちの「講話」に耳を傾けたり、省庁の担当者の「教え」を拝聴することで時間が過ぎていました。具体的なことを書くのは憚られますが、省庁訪問の場で、突然に日本の教会のために決められたことを告げられることさえありました。もちろん事前の相談はありません。既述の通り、それも少しずつ変わりつつあります。

シノドス的な教会のあり方を目指した改革に加えてもう一つ大きな変化は、以前は省庁の担当者といえば、長官の枢機卿と次官の大司教、そしてその他の役職者もすべて司祭やモンセニョールで、裁判所のような雰囲気のところが大多数でしたが、今回は、様々な省庁で、信徒や特に女性の役職者が明らかに増え、それとともに、穏やかな雰囲気が強まっていたことです。

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例えば、総合人間開発省の次官は、シスターAlessandra Smerilli。(上の写真。総合人間開発省で。向かって左から二番目がシスターアレッサンドラ。三番目が長官のチェルニー枢機卿)

奉献使徒的生活省の次官は、シスターSimona Brambilla、いのち・信徒・家庭省の次官補(Under Secretary)は、Linda GhisoniさんとGabriella Gambinoさん。(下の写真はいのち・信徒・家庭省。向かって右端がギソーニさん。左から二番目がガンビーノさん。一人おいて長官のファレル枢機卿)

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シノドス事務局の次官補が、シスターNathalie Becquart。いまシノドスを進めるために重要な役割を果たしているシスターナタリーです。(下の写真。シノドス事務局で。向かって一番右がシスターナタリー。その隣が長官のグレッグ枢機卿)まだまだ少ないものの主な女性の役職者です。

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さらに広報省は長官が信徒の男性でPaolo Ruffiniさん。訪問で出かけたときに対応してくださるメンバーで、女性と信徒の割合が一番高かったのが広報省と未成年者保護委員会でした。(下の写真は広報省で。向かって右から三人目がRuffini長官)

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その他にも、今回は訪問の対象ではありませんでしたが、バチカン市国政庁の次官にシスターRaffaella Petriniもよく知られています。長いこと、福音宣教省でも働いておられたシスターです。

(この項、続きます)

 

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2024年5月 7日 (火)

アドリミナを振り返って:その1

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4月8日から13日まで行われた日本の司教団の聖座定期訪問(アドリミナ訪問)が終わり、その後、そのままパートナーシップ70周年でケルンを訪問して帰国してから、司教と補佐司教不在の間にたまっていた様々な事柄に対処しているうちに、連休も終わってしまいました。

遅くなりましたが、少しずつ、アドリミナについて振り返りたいと思います。

すでに以前にも触れたように、このアドリミナ訪問は、日本の司教たちが勝手に決めて出かけていくようなものではなく、教会法の399条の1項に、教区司教は五年ごとに、教皇様に対して、自分に任せられている教区の状況を報告しなくてはならないと定められているから行われます。ただし、教皇様にお会いする必要があるので、その日程については、教皇様の予定が最優先され、訪問する司教団に選択の余地はありません。

私にとって三回目となるアドリミナ訪問ですが、2007年は12月、2015年は3月でした。またアドリミナの方法についても、その内容はその時々で変更されます。日本の司教たちはすべて福音宣教省の管轄下にあり、司教省の管轄下にはありませんので、どのような形でアドリミナを行うのかは、福音宣教省の担当者が定めて、教皇庁大使館を通じて通知してきます。

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前回のアドリミナ訪問で大きく変更されたのは、教皇様との個別の謁見がなくなり、司教団は全員で一度だけ、教皇様と会う形になりました。今回も教皇謁見に関しては、それを踏襲して全員で一度になりました。

しかしながら、同時に行われるバチカンの省庁訪問については、以前は、司教団側で訪ねる省庁を定め、関係する司教だけが訪問するという形でありました。今回は福音宣教省の担当者が予定を定め、それに従って司教団全員で訪問するようにと変更となりました。ですから朝から、2時間ほどの刻みで、省庁訪問が入り、しかもバチカンの省庁は同じ場所にあるわけではなく、ローマ市内に点在している省庁もあり、移動に時間を費やします。特に現在は、来年の聖年に向けてローマ市内は工事だらけで、交通渋滞は以前異常に激しくなり、移動も楽ではありません。

前回までは、省庁訪問とは、それぞれの省庁の責任者が、宣教地の司教たちに教示する時間とされて、ほとんどが、長官である枢機卿の講話で占められていました。若干、例えば典礼秘跡省などで、典礼書の翻訳の問題で具体的なやりとりになることがありましたが、それでも、ほとんどの時間が、宣教地の司教たちが教えられる場でありました。参加した過去二回のアドリミナを思い出すと、各省庁で教えの講話を受け、厳しく指導された記憶が残っています。過去の歴史的背景もあり、普段は手紙でしかやりとりのない地方の教会の司教が、指示を守って働いているのか、実際に対面して聖座が確かめる場でも会ったかと思います。

教皇フランシスコになってから進められた省庁改革で、そのあたりが大きく変わりました。少なくともそのように実感させられました。

教皇フランシスコは2022年3月19日に使徒憲章「PRAEDICATE EVANGELIUM 」を公布し、バチカンの省庁の刷新を始められました。同憲章の冒頭の序文には、「教会の宣教的回心は、キリストの愛の使命を反映するように刷新することを目的とする」と記され、教皇は「聖座の刷新は、教会の宣教的本姓に照らして進める」と強調しています。

さらに教皇は、「交わり」へとすべての人を招くことが必要で、そのためにも「聖霊が教会に何を語っているかを知るために、すべての信徒、司教団、ローマの司教、そのすべてが互いに耳を傾けあい、すべてが真理の霊である聖霊に耳を傾けなくては成らない」と記しそれによってシノドス的な教会となることが重要だと指摘されています。

その上で教皇フランシスコは、ローマ聖座の省庁は、まず教皇の宣教の使命を支える存在であり、同時に「交わり」の重要性を認識しながら、それぞれの司教の自由と責任を尊重し、さらにはそれぞれの司教の宣教の使命を支える存在となるよう改革すると明記しています。同時にそれぞれの地方教会(各教区)と司教協議会を支援することも、ローマの省庁の大切な役割であると記します。

従って、今回のアドリミナ訪問で感じたのは、まさしくこの使徒憲章の精神に則って、各省庁がその立場を変えようと努力している姿勢でありました。バチカンの諸省庁は、宣教地の教会を教え導く立場から、シノドス的な教会として、互いに耳を傾けあう立場へと変わりつつあることでありました。

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教皇フランシスコが、昨年10月に開催されたシノドスの第一会期にあたり、その前に行われた三日間の黙想会から始まって、第一会期すべてにわたって、バチカンの各省庁の長官や次官にも、すべからく出席するように命じたのもそのためだったと思います。国務長官のパロリン枢機卿でさえ、ガザでの問題が深刻化したときに多少席を外された程度で、期間中、すべてに出席され、霊における会話にも参加されていました。今回のアドリミナ訪問で感じた一番の変化は、教皇様のイニシアティブで、聖座の各省庁は、シノドス的な教会を具体的に生きようとしている姿であります。

これまでの慣例に従って、各教区は、それぞれの教区の報告書を、昨年12月頃に教皇庁大使館を通じて提出しています。司教省と福音宣教省とで、それぞれこの報告書の項目が定められており、日本の教会は、福音宣教省の用意した項目に沿って報告書を用意しました。前回までは、とても細かい質問項目が並べられていたのですが、今回からは、項目は変わらないものの、内容は自由に書いて良いことになりました。統計的な数字に始まって、教区の組織や、委員会、小教区の活動などについての報告です。

これまでは、この報告書に基づいて、各省庁が、これが足りない、ここはこうすべきだと指導するのが省庁訪問でしたが、今回は、この報告書はさておいて、まずはそれぞれの省庁が担当する事柄に関しての日本の教会の現状を聞かせてほしいというやり方に変わっていました。一応、かなり直前でしたが、訪問に出かける一ヶ月ほど前に大使館から、それぞれの省庁の訪問先では、まず日本側から数分のプレゼンをするようにとの指示があり、かなり慌てて用意をしました。私が司教協議会会長ですので、わたしと、それから事務局担当の大塚司教とで、かなり手分けをして報告書を作り、これは当日、訪問先の省庁で、まず英語で読み上げました。

(この項、続きます)

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