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2009年9月30日 (水)

ふるさとへ

Miyako09 先日、6年ぶりで生まれ故郷である岩手県の宮古教会を訪問する機会に恵まれました。1958年、私が生まれた当時、両親の仕事の関係で宮古教会に住み込んでおりましたので、私はここで生まれ、ここで洗礼を受け、人生最初の5年ほどを過ごしました。

前回訪問させていただいたのは6年前。宮古教会が献堂50周年をお祝いしたときでした。その後、新潟の司教となってからはなかなか時間がとれず、また約束をしておきながら何度か変更をしたりして、やっと訪問することができました。信仰の基礎をいただいた宮古の教会共同体に感謝しながら、ミサを一緒に捧げさせて頂きました。

私が生まれた当時の宮古教会は、スイスから派遣されてきたベトレヘム外国宣教会の宣教師が担当していました。ベトレヘム外国宣教会は岩手県の司牧を長く担当していましたが、高齢化と後継者の不足から、いまでは数名が残っているだけだとうかがいました。現在の主任司祭はグァダルペ外国宣教会のフェリペ神父様で、メキシコ出身です。東京で神学校養成を受けたこともあり、日本語は堪能で、集まった信者さんたちを相手に、主任司祭を中心として朗らかな会話が弾んでおりました。宮古も少子高齢化の影響を確実に受けていて、長寿の方々が沢山おられましたが、同時のその中に30代40代の信徒や、少ないながら子どもさんもおり、希望の光も見えておりました。お祈りをして下さった方々、また今後も私や新潟教区のためにお祈りを約束して下さった方々、心から感謝いたします。

岩手県の県庁所在地盛岡市から太平洋に向かって90キロほど走ったところに、港町の宮古があります。盛岡から宮古に向かう山岳区間は区界峠など急勾配の難所が多く、確か国鉄時代の山田線には区界あたりにスイッチバックがあったような記憶があるのですが。今も山田線は走っていますが、どちらかというと盛岡・宮古の間の交通は国道106号線のバスに取って代わられている模様です。今回私は、盛岡まで新幹線で行き、そこでレンタカーを借りて宮古へ参りました。三陸海岸の風光明媚なところでもあり、港町として海産物の豊富でおいしいところでもあります。一度は宮古へ、どうぞおいで下さい。

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2009年9月27日 (日)

秋田行きからもう一つ

Nishimura50 先週の火曜日22日、新潟教区司祭の西村光世神父様の司祭叙階金祝のお祝いが、秋田の聖体奉仕会聖堂で行われました。西村神父様は聖体奉仕会で毎日のミサを捧げる奉仕を、長年にわたって続けてくださっています。今年80歳になる神父様は、ご自分がスポットライトを浴びるのを好まれず、今回の叙階50周年のお祝いも、目立たない形でとご希望でした。当日は新潟から、一緒に神学校時代を過ごした町田神父様や高藪神父様、大瀧神父様、ラウル神父様。また神言会からは前の秋田主任であった七種神父様、伴神父様、桃田神父様が参加してくださいました。説教は町田神父様が、西村神父様のこれまでの活動を振りかえるお話をしてくださいました。西村神父様は神学生時代から写真を趣味としておられ、ご自分で撮影されてきた歴史資料的価値を持つ厖大な量の写真をお持ちです。昔から撮影だけではなく現像もご自分でこなしてきたとか。神父様を訪問すると、いつも何かの写真を用意してまっておられ、歴史の1ページを解説してくださいます。

西村神父様おめでとうございます。どうぞこれからもお元気で、司祭職に取り組まれますように、神様の祝福をお祈りいたします。

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2009年9月25日 (金)

訃報:深堀敏司教様

前高松教区司教、ヨセフ深堀敏司教様が、昨日9月24日に亡くなられたとの連絡がありました。司教様は高松教区長を2004年に引退されたあとも、お元気で隠退生活を送っていたとうかがっておりましたので、病気とは存じ上げませんでした。腎臓癌のためホスピスで亡くなられたとのことです。84歳でした。

通夜は明日土曜日の午後6時から、葬儀は日曜日の午後1時から、高松教区司教座聖堂で執り行われます。お祈りください。R.I.P.

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2009年9月24日 (木)

秋田教会創立125周年

Akita125 秋田カトリック教会は、今年で創立125周年を迎えました。1884年1月6日に、パリ外国宣教会の宣教師が第1号の洗礼を授けたのが始まりです。その後1907年からは神言会が宣教司牧の担当となり、現在に至っています。現在の永山主任司祭が34代目の主任司祭です。

神言会の管区長とパリ外国宣教会の副管区長を迎え、21日の午後2時から秋田教会において感謝ミサと記念式典が執り行われました。秋田地区の神言会員に加え、以前秋田で働いていた神言会員も多く駆けつけ、さらには新潟教区司祭や山形のイエズスマリアのみこころ会の司祭も参加して、20名を超える司祭の共同司式ミサとなりました。緊張のためか福音の箇所を朗読司祭が間違えるというハプニングはありましたが、朗読も、聖歌隊も、共同祈願もしっかりとして、全体的に永山師によってよく準備された典礼となりました。当日の説教は後ほど公開します。お天気にも恵まれ、一体何名ほどの方に集まって頂いたでしょう、聖堂会衆席はほぼ満席でした。

ミサ後には会場をすぐ向かいのキャッスルホテルに移し、祝賀会となりました。祝賀会ではいろいろな年齢層による歌の披露や、尺八と民謡のしらべ、シスターたちの歌などと続き、最後には参加した司祭全員がステージに呼ばれ、「何か一曲歌を」と相成りました。修道会も入り乱れ教区司祭もおり、出身神学校も働く教区も違うので、何も見ないで歌える歌となるとなかなかありません。そこで全員が暗記していて間違いなく歌えると言うことで、ラテン語でSalve Reginaを歌うことになりました。

これまでの秋田教会の歴史を築き上げてきた宣教師の方々、そして共に歩んでこられた信徒の方々。私たちの信仰の先達の努力に心から敬意を表し感謝するとともに、このお祝いを契機として、今を生きる私たちが、この時代にあって福音宣教に取り組んでいく決意を新たにしたいと思います。

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2009年9月23日 (水)

土崎教会訪問

Tsuchizaki0909 20日の日曜日、今度は秋田市内の土崎教会を訪問しました。主任司祭は飯野神父様(神言会)。ちょうど敬老の日も近いことから、この日のミサ中に、75歳以上の長寿の皆さんの祝福をいたしました。(写真はミサ後に、この日祝福を受けた長寿のみなさんと一緒に記念撮影。侍者服姿は神言会のインドネシアからの神学生)

飯野神父様もちょっと心配されてましたが、聖堂の中に子どもの声がなくなって久しいとか。以前は、はしゃぐ子どもの声がちょっと耳障りにも感じたここともあったが、今では元気な子どもの声が懐かしいと。秋田の現実を感じました。

ミサ後には信徒会館で敬老会をかねて、歓迎して頂きました。テーブルには秋田名物「きりたんぽ鍋」。いつものように「なんちゃってシスターズ」の歌の披露もあり、楽しい一時を過ごしました。長寿の皆様も、とてもお元気です。これからも教会のために一緒に励んで参りましょう。

日本海側には結構石油がでるところが多く、今でも石油を産出したり、また天然ガスを産出しているところも多くあります。秋田でもかつて石油を産出したところが方々にあり、その一つでしょうか、土崎教会から聖体奉仕会へ向かう途中、現在も稼働中の油田がありましたので一枚(下の写真)。

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秋田ツアーの終了

Akitamac 先週の木曜日から本日水曜日まで、秋田におりました。先週木曜日の夕方から金曜日の昼にかけて、全国のカトリック短期大学理事長・学長研修会が、秋田聖霊短大を会場に開催され、講演とミサを依頼されました。全国から10のカトリック短大が参加しておりました。与えられたテーマは「カトリック短大に期待するもの」。少子高齢化に伴う入学定員確保の課題や修道会の後継者不足、そしてその中でいかにカトリック的であり得るかなどの問題は、あらためて私が指摘するまでもなく、すでに何度も話し合われていることですから、あえて指摘するような愚は犯すまいと努力をしたつもりです。新潟教区の現実から、短大をはじめとした教育機関やそのほかの施設に期待するのは、やはり宣教の第一義的ツールになって欲しいということです。とはいえ、教員にも信徒がそれほど多くないなかで、福音を伝える道具となることは困難であろうと思います。できる限りの範囲で、特にこういった宣教の難しい地方の教区では、取り組んで頂きたい課題です。

ところで金曜日に研修会を昼食で失礼させて頂き、先日火災のため全焼してしまった秋田マックを訪ねてきました。遠目には建物全体がそのまま残っているように見えました。でもそれは、外壁材が燃えずに残っているだけで、屋根を始め建物の中はまったくといっていいほど焼け落ちていました。あまりの熱に玄関のとびらもひしゃげておりました。怪我人や近隣への類焼がなかったことを感謝しなければならないほど、すさまじい火事だったと実感しました。しかしこれではこの建物を再建することは不可能です。消防や警察による火災原因の調査はまだ続いており、今のところ特定には至っていないとのことです。この土地建物の残務処理を始め、マックの活動のための新たな場所の確保と、土崎教会の飯野神父様や信徒の方々を中心に、さまざまに複雑な交渉を行っているところだとうかがいました。できる限り再建のために応援していきたいと思います。(写真は焼け落ちた秋田マックの施設)

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2009年9月17日 (木)

輔仁大学のエコ

Corunumeco 先日のCor Unum主催の黙想会は、すでに記したようにカトリック校である輔仁大学を主会場として開催されました。初日はそれぞれの宿舎4カ所の聖堂で行われたミサではじまりました。宿舎に到着すると、こういった催しでは恒例の、特製バッグを渡されました。なかにはプログラムや、典礼の手引き、そのほか関連する文書類を始め、台湾の案内書など盛りだくさんの中味でした。輔仁大学からも、大学のキーホルダーやロゴ入りのフラッシュメモリーなどが記念品としてはいっておりました。さらにもう少し興味深いものが、写真にも写っていますが、スプーンとフォーク、そして箸。写真には写っていませんが、タッパーのようなコップもはいってました。これは一体何にするのだろう。

翌日、輔仁大学へ到着して朝の祈りの後の、最初のガイダンス。登壇した企画委員会の神父によると、これは輔仁大学のエコへの取り組みの象徴とのこと。黙想会中のコーヒーブレークでは、紙コップなどはいっさいなく、このタッパーのようなコップを持参してコーヒーなどを入れてもらうように。大学体育館で一斉にとる食事でも、箸やスプーンとフォークを持参してほしい。なかなかのアイディアであると思いました。400人以上が全員このセットを手に入れたわけです、この後、特に箸がどう使われていくのか。マイ箸が広がるとおもしろいですけれど。

カトリック短大の理事長学長研修会で、秋田へ来ております。明日の午前中に聖霊短大で講演とミサ。その後は一日おいて日曜日に土崎教会の訪問。そして月曜日に秋田教会の125周年です。新潟へは来週の水曜日に戻る予定です。

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2009年9月15日 (火)

鶴岡で顧問会

Tsuruoka0909152 新潟教区の顧問会は、通常は新潟で開催していますが、一年に一度、教区内の各地区を訪れて開催してきております。今年は山形地区での開催の年でしたので、昨日の午後3時から本日のお昼頃まで、鶴岡で開催いたしました。教区の顧問会は、教区で働く司祭から司教が任命しています。この会議は、司教が教区の方針や課題について、さまざまなことを判断するためにアドバイスをし意見を述べる場です。現在の顧問会議には教区司祭だけではなく、秋田・山形・長岡の各地区からも一人ずつ、修道会司祭にも参加して頂いております。

顧問会が終了したあとには、できるだけ近くにある小教区を訪れ、ミサを捧げさせて頂いてきました。そこで本日も午前11時から鶴岡教会で顧問と、また集まって下さった20数名の信徒の方々と、ミサを捧げました。一緒に祈りを捧げて下さった方々、ありがとうございました。(写真は鶴岡教会聖堂の窓絵。これはステンドグラスではなく、薄い紙に書かれた絵をガラスで挟んだもので、19世紀にヨーロッパで流行したそうです。貴重な文化財でもあります)

ミサ後、教区の懸案事項かつ優先事項となっている新庄教会設立準備に関連して、候補地としてあげられているいくつかの土地を視察するために、地区長や事務局長と一緒に新庄まで出かけてきました。いくつか有望な候補を見出すことができましたが、今後、新庄の方々の意見の集約をまって、もう少し具体的に進めていきたいと思います。

明日は一日東京でカリタスの会議。明後日から数日間は秋田に滞在です。

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2009年9月13日 (日)

台湾から帰国しました

Corunum02  9月6日夕方から9月11日まで、台北にある輔仁大学を会場に開催された、Cor Unum(教皇庁開発援助促進評議会)主催の黙想会に参加して、昨日帰国しました。黙想会は、マタイ福音25章40節「You did it to me(あなたが私にしてくれたことだ)」をテーマにして、中東を含むアジア全域から400人を超える参加者がありました。この参加者の中には60名を超える司教と、主催者のCordes枢機卿(Cor Unum議長)を始め、香港前教区長のZen枢機卿、マニラのRosales枢機卿、インドのToppo枢機卿、高雄前教区長のShan Kuo-hsi枢機卿と5名の枢機卿の参加もありました。台北教区長であるJohn Hung大司教も、洪水関連のさまざまな取り組みの合間を縫って参加されました。

参加した国と地域は26にも及び、イラクやレバノンからの参加もありました。最大の参加者を送り込んだのは60名を超えたインドで、そのあとにフィリピン、ベトナムが続きました。また地元台湾からの参加者も多くありました。日本からは私を始め3名が参加しました。今回の参加者の多くが、それぞれの国のカリタスや教区のカリタスで働いている人たちです。それぞれの活動の中で、キリストにおける愛の霊性を深めることが今回の目的であり、また教皇ベネディクト16世の最初の回勅「神は愛」の草案執筆者でもあるCordes枢機卿による、同回勅の精神を深める場でもありました。

黙想会は台湾のカトリック大学である輔仁大学医学部の校舎で行われましたが、さすがに輔仁大学にも400名以上を収容できる宿舎はなく、参加者は台北市内外に点在する4カ所の宿舎に分散しました。私たち日本組は、ベトナム、イラク、韓国、インドネシア、CRSとともに、新店市にある崇光中学の上にある女子修道会経営の宿舎に泊まり、毎朝、大型バスで1時間ほどかけて輔仁大学へ通いました。

黙想会では、朝の祈りを一緒に唱えた後、まず毎朝第一番講話として、神の愛の宣教者兄弟会の前の総長Br.Yesudasによって、マザーテレサの霊性についての講話が行われました。当初はマザーテレサの後継者である神の愛の宣教者会二代目総長のSr.Nirmalaによる講話が予定されていましたが、体調不良のため、急遽、三代目総長のSr.Premaの推薦で、Br.Yesudasの講話となりました。なおSr.Premaも会場に来ておられました。

講話のあとロザリオや十字架の道行きとミサ。体育館での昼食。午後3時からはさまざまな愛徳を実践した信仰の先達についての講話と聖体礼拝。そして宿舎に戻って夕食後8時半から晩の祈りを一緒に唱えて一日は終了。結構中身の濃い黙想会でした。

枢機卿、司教、司祭、修道者、信徒が一緒になって、こういった黙想会の一時を共有することは滅多にありませんから、参加者たちの中からも、是非こういったカリタス関係者や教会の社会福祉活動に携わる人向けの黙想会を継続して開催して欲しいという声が多く聞かれました。

最終日の閉会ミサ。聖体拝領後には馬英九中華民国総統が会場に現れ、すばらしい英語でスピーチをされていきました。台湾における社会福祉や災害救援に関するカトリック教会の貢献への感謝の言葉や、また台湾が受けるだけではなく積極的に貧しい国を支援していきたいという決意表明、カトリック教会のこれからの台湾の発展への積極的関与の期待、そしてご自身のカトリック者としての信仰の話など、すばらしいスピーチでした。もちろんバチカンは台湾と国交を結んでいる数少ない国家ですから、その意味でも、バチカンの1部門が主催するこのような会合が台湾で行われることには、大きな意味合いがあったことと思います。

あれだけの人数を迎えてくれた輔仁大学のスタッフ、そして学生の皆さんは、とてもすばらしい活躍でした。感謝します。(写真上は、グェン・ヴァン・トゥアン枢機卿の生涯について語るベトナムのグループ。下はスピーチする馬英九総統。そして会場の輔仁大学。)

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2009年9月 5日 (土)

頭はもう四旬節に

3日連続の会議が終わりました。四つの異なる会議でしたので、頭の切り替えが必要です。一昨日の常任司教委員会後に開催された社会司教委員会では、先日の仙台での人権セミナーをふり返り、次回の名古屋でのセミナーについて打ち合わせを行いました。名古屋でのセミナーでは、高見大司教、平賀司教、幸田司教の三名がプレゼンテーションをして、私が司会の予定となっています。南山教会のマリア館で11月28日の午後に開催予定です。もっとも私も高見大司教も、列福の感謝の巡礼で直前までローマ巡礼中で、帰りの飛行機が予定通りに飛ぶことを祈るばかりであります。教皇様との謁見ブッキングの関連で、巡礼があとで決まったために、過密スケジュールとなりました。

昨日は、来年の四旬節の小冊子の編集会議でした。四旬節にあたり、現実の体験の中に神の働きを感じ取り、そこから自分の信仰生活のあり方をふり返ってみるために、多少のきっかけを提供でればと、10年以上前から製作が続けられている小冊子です。カリタスジャパンが特別に編集委員会を編成して作業にあたっています。これはカリタスジャパンの独自事業ではなく、司教団からの要請を受けてカリタスが作業にあたってきているため、例えばカリタスジャパンの募金のための広報冊子のような独自の編集はできません。毎年、さまざまな方面からお願いした編集委員の方々が、実際にインタビューに出かけて書いた記事を、編集会議の皆で何度も読み合わせて手を入れて統一を図っていく手法がとられます。

私が責任司教になってから、タイトルが『つなぐ』に替わりました。これは祈りと黙想という側面を重視して、四旬節の毎日曜日に一つずつを読んで頂き、さらにその主日の福音にあわせて振りかえリができるような手引きになればと考え、各記事の終わりに、その「ふり返りの手引き」を配した構成となっています。来年の小冊子は、司祭年ということもあり、司祭の働きや、司祭の現実の中での苦しみ悩みにも触れようと努力しています。加えて信仰における『希望』の側面にスポットを当てた記事も用意されています。昨日の会議は全6本をすべて読み通して、意見交換の場でした。

司教館のすぐ隣の中学では運動会の真っ最中。運動会と言えば競技中に威勢のよい音楽やマーチと思っていたのですが、近頃はBGM的に変化していることに気がつかさせられております。たった今なんか、マイケル・ジャクソンがなっております。明日の朝からCor Unum(教皇庁開発援助促進評議会)の黙想会に参加するために、来週の土曜日(12日)まで台湾に出かけております。次の日記の更新は帰国後になると思います。

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2009年9月 1日 (火)

夏も終わりに近づき

夏も終わりに近づき、9月に入りました。今年の8月は、あまり夏らしくない時間の連続でした。さて月が変わったので、今月の主な予定を、いつものように記しておきます。

  • 9月2日から4日 カリタスジャパン、常任司教など四つの会議
  • 9月6日から12日 教皇庁開発援助促進評議会主催の黙想・研修会 (会場は台湾・台北の輔仁大学)
  • 9月14・15日 教区顧問会
  • 9月16日 カリタスジャパン会議
  • 9月17・18日 日本カトリック短期大学連盟「理事長・学長研修会」・秋田市内
  • 9月20日 土崎教会の司牧訪問(秋田)
  • 9月21日 秋田教会の125周年感謝ミサ(秋田)
  • 9月27日 岩手県の宮古教会(予定)

血圧などを診てもらうために定期的に訪れる新潟市内の某医院に、薬がちょうどきれたので、今日の午後に出かけてきました。インフルエンザについてドクターに尋ねたところ、この医院でもすでに新型に罹患した患者さんが来られたとのこと。「教会は定期的に大勢が集まるところですから、手洗いやうがいを心掛けて下さいよ」と念を押されました。とにもかくにも、まずには手洗いとうがいを徹底したいと思います。

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