ローマ巡礼から・その2
さて今回の中心的行事は、なんといっても水曜日の一連のプログラムでしょう。水曜日は朝8時に全員でホテルを出発。出発時には事前に用意された日の丸とバチカンの小旗が手渡されました。本日の謁見は広場ではなく、聖ペトロ大聖堂脇のパウロ6世謁見ホールで行われるとのこと。ゲート前にはすでに多くの巡礼団が集まっていました。一応、日本巡礼団は一番前の場所を指定されているとはいえ、それもセクションのことであって早く到着しないと一番前の列を確保できるとは限らない。手荷物検査を抜けると、皆さん走り出す。かなり早く、謁見開始の2時間前に会場入りしたものの、残念ながら一番前とは行かず、教皇様に向かって右側最前列セクションの3列目くらいからが、日本の巡礼団となりました。
謁見開始前から続々と集まり始めた各国の巡礼団。と突然。後方からブラスバンドの音が。横断幕と着衣からオーストリアかドイツ南部のグループのようです。するとそれに続いて歌い出すグループも出現。テレビの撮影も始まり、前方のスクリーンにグループが順に映し出されると、興奮はいや増して大歓声が。日本の巡礼団も小旗を振って大歓声を上げました。その後、歌も唄ったものの大会場ではあまり響かずに残念。すると突然、いつもこういった場で取り仕切っている執事長のような人物が日本司教団に近づいてきて、巡礼団の中から信徒2名を代表として前に出すようにとのこと。急なことでしたが、それはありがたいことでした。
そして10時半に教皇様が登場。各国語の祈りに続いて講話がありました。この講話はすでに翻訳されて、中央協のホームページに掲載されています。講話の後に、これまた各国語で巡礼団の紹介。日本は英語圏のグループのトップとして紹介されました。
そしてラテン語で主の祈りを祈り、教皇様の祝福をいただいた後に、壇上の司教が教皇様に挨拶に行くことになりました。日本司教団は岡田大司教が聖遺物の収められた顕示台を手に、ボッターリ・デ・カステッロ教皇大使とともに前に進み出て、顕示台を教皇様に無事渡すことができました。
午後には聖ペトロ大聖堂の左手から裏に抜けて、バチカン市国政庁の聖堂でミサ。これには長官であるジョバンニ・ラホロ枢機卿様も参加され、ミサ後には皆さんと仲良く皆さんと写真に収まっておられました。その後システィナ礼拝堂で夕の祈り。さらに夜8時半からは、郊外のホテルで福音宣教省長官やバチカン図書館館長といった枢機卿たちを招いて、全員参加で夕食会が行われました。夕食会では、巡礼団の信徒の方によるマンドリン演奏の披露もありました。
なおこの一連の行事には、ガーナで教皇大使を務めるカレンガ大司教(以前日本で参事官でした)も参加して下さいました。それにしてもハードの一日で、立ったままで待たされることも長くあり、巡礼団には厳しい一日であったと思いますが、それ以上に感謝の一日でした。
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