南部スーダンが独立へ
アフリカのスーダンでは、1983年から国家を南北に分断した内戦(しかも1956年の独立後二回目の内戦)が、中央政府のイスラム原理主義が主導する救国革命政権と、それに反対する南部を中心とした諸派による国民民主同盟(NDA)との間で戦われ、南部各地は徹底的に破壊され多くの難民が発生しました。この内戦は2005年1月の包括和平協定(CPA)によって一応は終結し、その協定に従って先月には南部の分離独立の可能性を問う住民投票が実施されました。これまでも和平協定に従い、南部スーダンには反政府闘争NDAの主流派であったスーダン民族解放軍(SPLA)による南スーダン政府が樹立されており、中央政府とは異なるシステムの中で日常生活が営まれていましたので、住民投票では分離独立が選択されるものと見られていました。
そして一昨日、2月7日、とうとうその結果が発表され、南部スーダンは近く独立を遂げることになりました。AFPの報道によれば、投票者の98.83%が独立を支持したとのこと。バシル大統領もその選択を受け入れると表明したことから、今年半ばにはアフリカで54番目の国家が誕生することになりそうです。
南部スーダンには、2008年の夏にほんの数日でしたが出かける機会がありました。南部スーダン政府発行の入国許可証をナイロビで貰ったときには、ハルツーム政府の証明書でなくて大丈夫なのかと心配になったものです。ジュバの空港に到着すると、「私たちの平和、私たちの土地、私たちの石油、私たちの自由」と書いたホワイト・ナイル社の大きな看板が一番最初に目に飛び込んできました。南北の境には油田があります。現在はその収益を南北で折半しているはずですが、独立後にはどうなるか。南部スーダンはこれがなかったら国家が成り立たないでしょうから、なんとしてでも権益を確保するでしょう。すでに中国も数年前からスーダンに入っています。ホワイト・ナイル社はロンドンベースの石油開発会社です。独立に向けて、争いが激しくなるのかも知れません。(写真はジュバの市内にある教会)
南部スーダンはキリスト教地域ですが、たまたまこの発表があった翌日、2月8日は、聖ジョゼフィーナ・バキータの祝日でした。同じスーダンの西部、ダルフール生まれの聖人です。7歳の時に誘拐され、その後5回も奴隷として売買の対象となりました。最後にはイタリア人の外交官の手によってイタリアへ渡り、紆余曲折を経てその地で洗礼を受け、その後25歳頃にカノッサ修道会のシスターとなりました。修道院の受付を長く務めていたとのことで、その笑顔と優しさから、地域でも広く慕われていたとのことです。
残念ながらダルフールでの紛争はまだ続いており、今回の南部独立とダルフールは関連がありません。南北問題に決着がつきそうになっている今、次は西部ダルフールに平和が訪れることを願わずにはいられません。
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