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2011年7月24日 (日)

グアダルーペの聖母の地へ

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旅行に出かけておりましたが、昨日に新潟へ戻りました。巡礼団の方々と一緒に、グアダルーペの聖母の地へ足を運んできました。メキシコシティーです。仙台教区でも働いており、私の故郷の宮古教会の現在の主任司祭もそうですが、メキシコから派遣された宣教師の会、グアダルペ宣教会の本部をメキシコシティーに訪ね、日本での宣教努力、特に現在、震災後の仙台教区で活躍されている宣教師の働きに感謝しながら、本部にいる会員司祭と一緒にミサを捧げる機会をいただきました。またその名前にもなっているグアダルーペの聖母の御出現の地を訪れ、大聖堂でミサを捧げる機会もいただきました。

グアダルーペの聖母とは、1531年12月9日に、この地において聖ホアン・ディエゴに姿を現され、聖堂を建てることを望まれたマリア様です。御出現の地は丘の上で、マリア様の望みの通り、その場所には聖堂が建てられています。上の写真はその出現の丘にある聖堂内部です。丘の麓には壮大な大聖堂が建立されていますが、地盤が弱く傾きが激しいため、隣に近代的な大聖堂が建設され、そこでは日中はほぼ一時間おきにミサが捧げられ、小聖堂(というには広すぎるが)では聖体礼拝も常に行われています。ヨハネ・パウロ2世も訪問され、聖堂前の広場でミサを捧げられたとのことで、福者教皇の巨大な銅像が旧聖堂と新聖堂の間に建立されています。福者教皇は全部で5回もメキシコを訪問されたそうですが、90年にホアン・ディエゴを福者に、また2002年7月31日にはこの大聖堂の前の広場で、彼を列聖されています。また1999年には、グアダルーペの聖母をアメリカ大陸の保護者と定められています。

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ホアン・ディエゴは先住民であったため、当時は出現の話をなかなか信じてもらえなかったと言います。そこでマリア様は、しるしとしてその季節にその場所に咲くはずのないバラを咲かせ、それをマントに包んで司教に持って行くようにと命じます。ディエゴが司教の前でマントを開くと、なんとバラの花だけではなく、マント自体にマリア様の絵が現れていたというのです。そのマントに現れたマリア様の絵が、現在でも大聖堂の正面に掲げられています。(上の写真は手前が旧聖堂。右が新聖堂)一番上の写真の絵はレプリカですが、丘の麓の新大聖堂の主祭壇後ろに、本物を見ることができます(下の写真)。私たち巡礼団は、新大聖堂の二階にある小聖堂でミサを捧げることができました。小聖堂と行っても、つまり大聖堂の二階ベランダ部分で、しかも真正面に主祭壇が見える場所でした。主祭壇でもスペイン語でミサが捧げられている間に、二階では日本語のミサでしたから、時に声が混じって不思議な感覚でした。

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今日は昼でアナログ放送が終了し、デジタルに完全に切り替わる日とのことで、ちょうど昼に事務室にいたので、アナログテレビを見つめていました。ところが昼を過ぎでもアナログテレビのはずなのにそのまま流れている。遅まきながらいろいろと調べたら、そのアナログの信号はケーブルテレビ会社から配信されているものでした。居室においてあるデジタルテレビはケーブルのセットアップボックスにつながっていますが、同時に分配してアナログはをほかのテレビでも見ることができます。そういったテレビが当分仕えるように、総務省の指示でケーブルテレビ会社はデジアナ変換とやらをしてくれるのだとか。なんと2015年までは、このまま見ることができるのだとか。知らなかった。早まって古いテレビを処分しなくて良かった。

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