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2014年6月26日 (木)

東日本大震災復興支援教区担当者全国会議終了しました

火曜日に始まった第四回目の東日本大震災復興支援全国担当者会議は、本日の郡山教会における全体会議とミサで終了しました。

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二日目の昨日、私が参加した第三のグループは、さいたま教区のサポートステーションもみの木から、楢葉町の行政の方に案内を頂き、福島第二原発を越えて冨岡まで行きました。そこから先は通行証がないと、事故のあった第一原発方面へは入れないところまで。私はここに来るのは三回目だと思いますが、冨岡の駅前は、何度も触れるように、津波の後がそのままそのままです。冨岡の町は居住制限区域と帰還困難区域、避難指示解除準備区域が混在するため、帰還の準備をしているところと、道路の片方にバリケードがあってそこから先には入れないところなど、一体この先どうなるのかとしか心に浮かばない現実をあらためて目の当たりにしました。(上の写真:線量計の説明をして下さった楢葉町役場の方)

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昨日の午後には、大熊町にあった福島第一原発に一番近い教会、福島第一バプテスト教会が現在いわきに移設されていることから、その新しい教会を訪問し、佐藤牧師から、原発事故直後からいわき市に至るまでの、教会員の旅路のお話を伺いました。大変感銘するお話でした。その後第一、第二、第三のグループと全員が郡山教会で合流。郡山教会の方のお話を伺った後、交流会。(写真上:富岡駅。写真下:冨岡の街中。道路正面と、道路右側のガードレール内は立ち入りができない)

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そして本日、午前9時から郡山教会で全体会でした。福島県内各地で活動している方々八名にそれぞれの思っているところをお話し頂き、その後、これからの教会の支援に期待するところを分かち合って頂きました。昼食後は分科会。それぞれの分科会での思いは書き出して頂き、最後のミサで奉納して頂きました。

会議終了のミサは平賀司教司式。説教は幸田司教でした。参加下さった皆様、感謝します。本日うかがった様々な声を参考にしながら、司教団の復興支援の今後の活動方針を見直していきたいと思います。

ミサ後4時頃に郡山を車で出発、東北道から岩手県の北上で秋田道へ入り、夜9時前に秋田の聖体奉仕会に到着しました。

今回の全国会議で、あらためて福島の複雑な現状を肌で感じました。もちろん司教団は原発を廃止し、日本の全体の生活スタイルを見直し、私たちの生きる姿勢も見直して生きることを提唱しています。もちろん司教団は信仰箇条以外のことを教会全体に強制することはできませんから、教会内にも様々な意見があることは承知しています。原発周辺の地域に住むことや、福島県自体に住むことを危険視する声も耳にしています。様々な意見があることを承知の上で、しかしながら、原発があったことで、いま、この地に生活をしてきたすべての方々の「通常」が、様々な形で、様々な方向で、破壊されてしまった現実に、黙ってしまうわけにはいきません。いくつもの課題が重層的に絡み合っているので、感情に流されずに客観的に全体を話すことが大変難しくなっているとも感じます。

でもやはり、一番の問題は、この地に生活を営んでいたすべての人が、何らかの形でそれを奪われてしまったことであり、それを取り戻すことがはなはだ困難であることであり、そしてそのことに、この地に住む方々には全く責任がないにもかかわらず、今生きていくために、苦渋の決断と過重の責任を負わされていることが放置されてはならないという点であろうと思います。まして私たちは行政の区割りに従って「福島」の問題といいますが、人為的な県境は災害を食い止める防壁ではないのですから、あたかも問題が「福島県」の県堺の内側の問題であるように考えることは正しくありません。これは日本全体の問題です。この地に生きている人たちを日本全体から切り離すようなことがあってはなりません。私たち全体で、一緒に歩んでいかなければならないことだと、今回感じました。あまりの理不尽さに怒りすら覚えます。

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2014年6月25日 (水)

東日本大震災復興支援教区担当者全国会議

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第四回目となる東日本大震災復興支援教区担当者全国会議が、昨日から明日にかけて、三日間の日程で開催されています。今回も全員が木曜日に出会う会場は郡山教会。それに先駆けて七〇名近い参加者は三つのグループに分かれて、被災地の視察に出かけました。

今年も第一のグループは岩手県の宮古市から始まって、三陸海岸沿いを一気に南下するグループ。途中の一泊は米川ベースです。第二のグループは福島県北部を中心に回り、宿泊は原町ベース。そして第三のグループは福島県南部を中心に回り、宿泊はいわき市内。私は前回に続いて第三のグループに参加しました。

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第三のグループは初日の午前10時、第二グループと一緒に郡山教会で、會津地方に県内自主避難している方がの困難な状況をまずお聞きしました。その後、白河市へ向かい白川教会で仮設の傾聴活動を続けている「白河みみずく」のメンバーから仮設に暮らしている方々の状況をお聞きしました。その後、いわき市へ移動。いわき市の沿岸部で津波被害に遭われた方々が暮らしている「見なし仮設」で自治会長さんからお話をうかがいました。震災前からあった雇用促進住宅に仮に入居し、津波で壊滅状態となったそれぞれの集落毎に建設されている、震災復興住宅への入居を待っているとのこと。工事は遅れ気味ながら進んでおり、数棟はすでに完成し入居も始まったとのことです。

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その後場所をかえて、津波の被害にあった沿岸部を訪れ、建設中の堤防を見せて頂きました。その後いわき教会へ向かい、いわき沿岸の漁業者のおかれた困難な状況を、漁協関係者にうかがいました。その後、いわき教会の方と夕食会。長い一日が終わりました。

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2014年6月23日 (月)

ロシア旅行へのお誘い

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今年の9月20日は、私が司教の叙階を受けてからちょうど10年目となります。新潟の司教となって10年になる節目に、ロシア旅行を企画いたしました。ご一緒にいかがでしょう。

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昨年もロシア旅行を行いました。教区が友好関係を結んでいるハバロフスクとは全く反対側の、サンクトペテルブルグとモスクワに参りました。昨年の旅行に参加された方から、是非、世界遺産にあふれ美術館も多くあるサンクトペテルブルグをゆっくり見てみたいというリクエストがあり、今回はとにかくゆっくりとサンクトペテルブルグを回る旅といたしました。

旅行は9月5日(金)から9月13日(土)まで。初日は成田からフィンランドのヘルシンキに飛び、9月6日と7日をヘルシンキやエストニアで過ごします。9月8日から12日まではゆっくりとサンクトペテルブルグ。もちろん、毎日ミサも行います。できる限り現地のカトリック教会でミサを捧げさせて頂くように手配します。帰国は成田に到着が9月13日の午前中。

ゆっくりする分高くなってしまうのですが、旅行代金は458,000円(それに燃油サーチャージが加わります)。旅行の企画と実施は日本旅行で、取り扱いは横浜にある「パラダイス」さん。信徒の方の会社です。お問い合わせは「パラダイス」までお願いいたします。

連絡先は:電話:045-580-0023  ファックスは:045-580-0024  営業時間は月曜から金曜まで午前9時半から午後6時まで。担当は村上さんです。旅行には信徒の添乗員が同行します。是非ご一緒下さい。7月半ばまで受け付けております。

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2014年6月22日 (日)

寺尾教会訪問

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キリストの聖体の主日にあたる本日、新潟市内にある寺尾教会を司牧訪問いたしました。新潟市の郊外、新潟大学のキャンパスに近い住宅街に位置する寺尾教会は、近くに清心女子高校があり、また教会の隣にはノートルダム幼稚園があります。主任司祭は新潟教区のカリタス担当者でもある町田正師。

ほぼ2年に一度の小教区の司牧訪問(公式訪問と呼ばれています)では、堅信式を行うことが多いのですが、残念ながら今年の寺尾教会訪問では堅信はありませんでした。堅信式は教区によっては地区全体などで一括して行われることもあるようですが、新潟教区には30ほどの小教区しかありませんので、司牧訪問をする際に堅信式もそれぞれの小教区で行うことにしています。

今日のミサには寺尾教会の信徒の方に加えて、幼稚園の職員も参加してくださり、聖堂には50名ほどの方々が。前回に比べて聖堂内が広くなりました。というのもこれまであった箱形のパイプオルガンが撤去されたため。本当は今日の司牧訪問で新しい電子オルガンの祝別があるはずでしたが、業者の都合で納品が遅れ、残念ながら祝別は先送りに。

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ミサ後には司教を囲んでの集いを一時間ほど。いくつかの質問を頂きましたので、お答えしました。そのあと、会場を聖堂の隣のホールに移して昼食会。朝早く出てこられた女性グループが、おいしい豚汁を用意してくださってました。また昼食会ではそれぞれの自己紹介も頂きました。昼食後には残った有志でさらに質疑応答。午後3時頃に終了となりました。

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新潟教会では本日、カトリック東京ボランティアセンター(CTVC)の漆原氏と、福島やさい畑の柳沼氏による講演会と、福島の野菜販売が行われました(写真上中央が漆原氏。その右の後ろ姿が柳沼氏)。私が新潟教会に戻った時にはすでに終了し、残念ながら漆原氏や柳沼氏とは会うことができませんでしたが、残っていた信徒の方によれば盛況であったそうです。福島にどのようにこれからも関わっていくことができるのか、考える一助になればと思います。(下2枚の写真は新潟教会の野村さん提供)

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今週は火曜日から木曜日に郡山を主会場にして全国の教区の復興支援担当者が集まる年に一度の会議が行われます。その後金曜から日曜は秋田の聖体奉仕会で会員の集いです。

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2014年6月21日 (土)

そして司教総会

バンコクから戻るところで日記が止まりましたが、金曜日の夜には無事に帰国。さすがに羽田空港夜9時過ぎでは、東京駅の新潟行き最終新幹線9時40分には間に合わず、そのまま新橋あたりのホテルに宿泊。例の虎ノ門ヒルズにいたる新しい道沿いに出来た新しいビジネスホテルでした。そして土曜日の午前中に新潟へ戻り、慌てて洗濯やら荷物の入れ替えをして、月曜には再び東京へ。

6月16日月曜日から20日金曜日まで、定例の司教総会が東京で開催され、全国のすべての現役司教が参集しました。申し訳ないが、その写真はありません。2月の司教総会では集合写真を撮影しますが、6月はそれもなし。

次号のカトリック新聞で詳しく掲載されるのでしょうが、今回の司教総会はおもに、日韓青年交流会についての報告、聖体授与の臨時の奉仕者の手引き作成の報告、そして典礼の議題や司牧の手引きに関する話し合い、さらには2013年度の決算報告承認などが行われました。また列聖列福特別委員会を、これまでの特別委員会から常設の委員会とし、その名称を列聖推進委員会とすることも決まりました。

典礼の議題とは、この数年間続いている典礼書の翻訳の議題です。典礼書はラテン語第三版に基づいて世界中の司教団がそれぞれの言語での翻訳に取り組んでいるところです。すでに英語圏のための典礼書の翻訳は終わり、英語のミサの式文が変更になっているのはご存じの通りです。日本語も翻訳は膨大な量になるため、典礼委員会がセクションごとに翻訳を進めてくださり、司教総会で承認したものから順に、典礼秘跡省に承認を受けるために提出されています。すでに何年も前から少しずつ提出されてきたのですが、先日梅村司教のインタビューがカトリック新聞に掲載されたように、今年になってそれぞれの承認が少し早く進みそうだという希望的観測が流れています。

ミサの式文の翻訳の変更は、教会の祈りを含むそれ以外のすべてのところに大きく影響するので、ミサ典礼書の全体の承認がなされるまでは、それ以外の部分の改訂が終了できません。それは例えば、現在の『主は皆さんと共に・また司祭とともに』が仮に変更となると、それがすべての他の祈りや典礼に及ぶというのが一つあるあたりから、ご理解いただけると思います。一日も早く、ミサ典礼書全体の翻訳が承認されるように願っています。

明日の日曜日、22日は、新潟市内の寺尾教会の公式訪問ミサです。主任司祭は町田正神父。新潟大学の近くにある教会です。

その後、午後1時半からは、新潟教会において、福島で復興支援に取り組んでいる東京教区ボランティアセンター(CTVC)の漆原氏による講演会と、福島のやさい販売が予定されています。どうぞおいでください。

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2014年6月13日 (金)

バンコクから東京へ

カリタスアジアの一連の会議は昨夕で終了。今日は久しぶりに、バンコクを日中に出る羽田行きで日本へ戻るばかりです。いつもは会議が終わると、即座に夜行便で戻るのですが、昨日は会議後にいろいろとあったので今日の昼便に。バンコクは多少雨がぱらついたものの、天気は崩れず、外はいつものように真夏。そして会議場内は上着が必要になるくらいのエアコンの効きぶりでした。

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今回の一連の会議の最初は教会の社会教説のワークショップ。すでに先日記したように、マニラのタグレ枢機卿を基調講演者に迎え、そのほかにも教皇庁開発援助促進評議会(Cor Unum)のダル・トーソ次官、国際カリタス聖座顧問のチバンボ師などに基本的な講演を頂き、さらには現地、タイのカリタスによる活動の紹介などがあり、活発な意見交換もあって、一日半の日程はあっという間に終了。

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二日目の昼食後からはさらに一日半の日程で、地域フォーラムを開催。これはかつて、欧米のカリタスがそれぞれの地域で連携することなく支援活動を行って混乱を生じたことへの反省から、一年に一度、地域のカリタスと欧米のパートナーカリタスが一堂に会して情報交換をする場として設けられています。今回はアイルランド、ドイツ、イタリア、スペイン、米国、オーストラリア、フランスなどのアジア担当者が参加。カリタスアジアが行っているいくつかのテーマ別のプログラムについて、それぞれの立場からの発表と意見交換を行いました。とりわけ時間を割いたのは災害対応で、今回は特にカリタスフィリピンが先般のレイテ島などを襲った台風ハイエン(ヨランダ)への対応について報告。くわえて中国本土からの参加者も招聘していたことから、本土における災害対応についての報告もありました。

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そして最終日は一日かけてカリタスアジアの年次総会。国際カリタス事務局長のミシェル・ロワ氏から国際カリタスの全体的の報告に続いて、アジアの昨年度の会計報告と今年の予算、来年開催される国際カリタスの総会への対応や、準備が進められてきたカリタスアジアの規則などの承認が行われました。また昨年来国際カリタスから派遣されたコンサルタントによって行われてきたカリタスアジア事務局の活動についての評価への対応も話し合いました。私を含め四名の委員会で運営し、バンコクの事務局がこれまた四名で対応していますが、国際カリタスの一部としてアジアのような地域の運営にも同様の基準が運営適用されるので、なかなか厳しい意見を頂きました。それでもすべての議事は予定通りに終了。

私の役目は、毎日、報告や講演をしてくれた方にお礼を述べて花束やお土産を渡す係。何回渡したか覚えてません。そして最後の日の総会の議長でありました。最終日以外は、午前と午後に分けて、様々なアジアのメンバーが入れ替わりで司会進行を務めました。とても上手な進行役が、アジアには何名か存在してます。機転を利かせて英語で進行し、質疑応答では黙り込むアジアの皆を鼓舞して口を開かせるすばらしいテクニックを持った方が数名おられます。なお毎日のスケジュールは、朝8時のミサで始まり、12時半の昼食を挟んで午後は2時から6時まで。水曜日はちょうど、国際カリタス事務局長の誕生日であったことから、夕食後にサプライズの誕生ケーキが登場し、しばしミニ誕生パーティーとなりました。

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2014年6月10日 (火)

秋田、そしてバンコク

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聖霊降臨の主日は、秋田地区の信徒大会の日でした。今年の秋田地区信徒大会は、聖体奉仕会を会場に開催され、200人近い方が集まったのではないでしょうか。幸い雨も降らず、充実した一日を皆で過ごしました。

秋田地区信徒大会の今年のテーマは「家庭における信仰」。まず午前中に私が、来る10月に開催される第三回臨時シノドスの準備書に基づいて、一体教会はいま家庭に関する様々な事柄の何を問題と感じているのか、教皇フランシスコはそれについてどのような方向性で解答を見いだそうとしているのかをお話しさせて頂きました。今回のシノドスはまず問題の所在を明らかにし、来年の通常シノドスで司牧指針を明確にすることが考えられています。また二つのことが前提となっていると思いますが、ひとつは何か犯人捜しをして断罪することは考えていないこと、次に教会の基本的教えを変更するものではなく、教会が直面する諸問題に具体的に対応する道を探ろうとしていることでしょう。

私の話の後には用意されたお弁当を皆で頂き、その後秋田ダルクのメンバーによるダルクエンジェルスの歌の披露。そしてミサを共に捧げて終了となりました。会場を提供し、食事を始め様々な用意をして下さった聖体奉仕会に感謝します。

秋田地区信徒大会が終了後、夕方の飛行機で秋田から羽田空港へ移動。そのまま深夜のタイ航空で、バンコクへやってきました。

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バンコクでは月曜日から木曜日まで、カリタスアジア主催の三つの会議が予定されています。月曜日と火曜の昼間では、カトリック教会の社会教説に関するワークショップ。火曜の昼から水曜はアジアとそれ以外のパートナーとのフォーラム。そして木曜日がカリタスアジアの年次総会です。

月曜のワークショップは朝8時のミサで始まりました。司式は今回のワークショップで基調講演をして下さったマニラのタグレ枢機卿。ミサの説教も、そしてその後に行われた「貧しい人のための貧しい教会」というテーマの講演も、すばらしいものでした。タグレ枢機卿は、人を引きつける魅力的な話のできる人物です。会議には40人ほどが参加。国際カリタス事務局と教皇庁開発援助促進評議会からも代表が参加しております。

クーデター後のバンコクは、落ち着いております。空港も通常です。

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2014年6月 7日 (土)

安倍首相の教皇謁見についての司教協議会会長談話

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欧州訪問中の安倍首相は昨日、6月6日の午前中に、教皇宮殿で教皇フランシスコと謁見され、その中で教皇の訪日招請をされたと報じられております。このニュースをうけて、すでに司教団としても訪日招請をしていることから、司教協議会会長の岡田大司教様が、以下のような談話を発表され、教皇訪日の意味についてあらためて解説されています。

なお教皇フランシスコは、明日の聖霊降臨の主日にコンスタンチノープル総大司教バルトロマイ1世と祈りを共にされますが、それにあわせて世界の教会が聖地の平和のために祈るようにと願われておりますので、ここにお知らせいたします。

安倍首相のフランシスコ教皇訪日要請の報道を受けて

6月6日にバチカンにて安倍晋三首相とフランシスコ教皇との会談が行われ、安倍首相が教皇の訪日を要請された、との報道がありました。ローマ教皇は、バチカン市国の国家元首であると同時に、全世界のカトリック教会の頭としてカトリック信者を導き、世界の平和のために働くキリストの僕です。そして、日本国はバチカン市国との外交関係を長年大切にしており、教皇の訪日要請はその一環としてなされたと受けとめております。
ところで、日本カトリック司教協議会は既に昨年10月に教皇の訪日をお願いする書簡を教皇に送りましたが、まだ承諾の返事はいただいておりません。
本日はこの機会に、日本カトリック司教協議会として、フランシスコ教皇の訪日を切望するカトリック教会の願いを、教会内外のかたがたに幅広くご理解いただきたく、ここに短い、会長コメントを用意しました。

1. 教皇にはこの機会に東日本大震災の被災地を訪れ、人々とともに祈っていただきたいと願っています。また、大震災を契機として起こった福島第一原発の事故の被害者の声に耳を傾け、これから何十年にわたる事故収束への働きの上に神のご加護を願っていただきたい、と願います。人間の傲慢さにより原発事故が起こったのだとわたしたちは考え、日本カトリック司教協議会は原発廃止の運動を進めております。わたしたちのこの働きをフランシスコ教皇が祝福し、この趣旨を世界に伝えてくださることを期待しております。

2. 日本は第二次世界大戦へ至る歩みを深く反省し、戦争を放棄する平和憲法を制定し、戦争をしない国として歩み、世界への平和貢献をしてきました。そのことをフランシスコ教皇はよく理解してくださいます。ご承知のように、ノーベル平和賞候補に憲法9条を保持する日本国民がノミネートされております。フランシスコ教皇には、そのような素晴らしい憲法を持ち、戦争放棄をこれからも世界に発信し続ける日本国民を力づけ、励ましていただきたい、とわたしたちは願っています。
また、33年前に広島と長崎を訪れた聖ヨハネ・パウロ2世教皇が行ったように、フランシスコ教皇にも、戦争の悲劇を繰り返さないことを訴えるメッセージを全世界に発信していただきたい、と願っています。

3. カトリック教会としてはまた、キリシタン大名の高山右近の「列福」の実現を近い将来に期待しております。かなうならば、高山右近を「福者」と宣言する列福式をフランシスコ教皇が日本で司式してくださるならば、それは大きな喜びであります。また、来年3月17日に当時の長崎大浦天主堂にて迫害の最中にも信仰を守ってきた信徒が発見され150周年を迎えます。教皇がこの機会に、わたしたち日本のカトリック教会が、さらに信仰を深めその信仰を広く伝えていくよう、励ましてくださることを願っています。
そして、教皇の訪日が日本における諸宗教対話をより進展する機会となることを願っています。

さて、フランシスコ教皇は今年の8月に韓国を訪問され、来年フィリピンとスリランカを訪問されます。そしてさらに、教皇の訪日が実現されれば、それは、平和を願い求める多くの日本の人々を励まし、また貧しい人々、悲しんでいる人々、苦しみにある人々が神の愛を身近に感じるための特別な機会となると信じます。わたしたち日本のカトリック教会の司教たちは、フランシスコ教皇の訪日を願って、これからも教皇訪日実現のために祈り、努力してゆくつもりでおります。どうかご理解くださるようお願いいたします。

2014年6月7日
日本カトリック司教協議会
会長 岡田武夫(カトリック東京大司教)

 

 

 

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2014年6月 5日 (木)

新潟教区の司祭の集い開催@鳥海山

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新潟教区のこの時期毎年恒例の司祭の集いが、6月2日から4日まで、鳥海山の麓の秋田県で開催されました。司祭の集いは教区司祭だけではなく、新潟教区で働く教区と修道会のすべての司祭が、一年に一度、一緒に集まり語り合い、学びあう機会です。新潟教区には秋田県、山形県、新潟県の三つの県がありますので、順番に会場を担当して頂いています。普段、新潟教区の諸行事は新潟市を中心に行われていますので、新潟や長岡地区の司祭にとっては、秋田の司祭たちが新潟での行事に参加するためにどれほどの移動の苦労をしているかを、身をもって感じるときでもあります。特に今回は、会場となったフォレスタ鳥海に到達する道が昨年来、大規模地滑りで通行止めとなっているため、普段より30分以上の遠回りとなり、なお一層、移動が身体に応えました。

さて今回の集いは、司祭の召命について考えてみるときとしました。新潟教区は現在も神学生がゼロですが、なかなか司祭になろうという若者が現れない。教会に若者が少ないという現実もありますが、それにしても危機的状況です。そこで、まずは司祭自身がモデルとして魅力ある生き方をしていなければ始まらないと言うことで、司祭とは一体何者かをあらためて認識しなおし、宣教への熱意をあらためて燃え立たせることを考えました。教区全体から現役の司祭を中心に三十名ほどの司祭が集まり、講師には真生会館の理事長である森司教様にお願いいたしました。

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森司教様の二度にわたる講話に続いて、司祭団は四つのグループに分かれ、自らのあり方について様々な意見を交わしました。

ところで、糸魚川教会のブルーノ神父様が長岡地区の信徒大会の前日に体調を崩し現在入院中です。神父様の一日も早い現場復帰のため、お祈り下さい。

6月はまたまた会議の月です。この後の主な予定としては、8日(日)が秋田地区の信徒大会、9日(月)から12日(木)までがバンコクでカリタスアジア会議、16日(月)から20日(金)までが定例司教総会、22日(日)が寺尾教会でミサ、24日(火)から26日(木)が東日本大震災復興支援全国会議、27日(金)から29日(日)が聖体奉仕会の会員の集いの予定です。

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2014年6月 1日 (日)

長岡地区信徒大会@妙高教会

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新潟県の南半分を管轄する長岡地区は、本日が信徒大会。今年で第38回目となる長岡地区信徒大会は、高田教会の巡回となっている妙高教会で開催され、100名を超える地区の信徒の方と、すべての司祭が参加しました。また今年は妙高教会が50周年を迎える節目の年でもあることから、それも含めてのお祝い的大会となりました。

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毎年、信徒大会の日は小教区での主日ミサの代わりに、地区大会のミサに参加することになっています。その代わりプログラムは、午前10時の講演に始まって、昼食をはさんで午後のミサで3時過ぎに終了という、密度の濃い内容が毎年用意されています。今年の講演は私。先般発表され、まもなく6月の半ばには日本語訳も出版される教皇フランシスコの使徒的勧告『福音の喜び』について。使徒的勧告に詰められているのは、教皇フランシスコがこれまで教皇職にあって語り続けてきた様々なテーマです。中央協から『教皇フランシスコ講話集」という文庫本が出版されています。これは主なミサの説教や謁見での説教をまとめたものですが、これを通して読むと、だいたい同じようなテーマで使徒的勧告が記されていることがわかります。それほど教皇フランシスコは伝えたいことがはっきりとしているのです。

教皇フランシスコにとっては、いつくしみ、ゆるし、癒し、福音に生きる喜びというあたりが中央を貫く柱です。教会共同体は福音を証しする存在でなくてはならないが、そのためには、まず教会共同体自体がいつくしみに満ちあふれ、裁くことなく癒しを与えゆるしを与える場でなければならない。それだからこそ教会共同体は福音に生きる喜びに満たされて、その喜びをあかししていけるのだ。弱い人、貧しい人、周辺に追いやられている人を排除してはならない。排除する経済システムは人を殺す、とまで言われています。一体私たちが造り上げている教会共同体は、いつくしみ、ゆるし、いやし、喜びに満ちあふれた存在となっているでしょうか。司祭も信徒も共にふり返ってみなければなりません。改革を恐れて、今のあり方に安住してはならないと、教皇フランシスコは呼びかけています。

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さて、講話のあとには信徒協の総会が行われ、そのまま昼食。すばらしい晴天に恵まれました。聖堂に隣接する赤倉山荘の中は言うに及ばず、外の木陰でも、皆でお弁当を分かち合う姿が見られました。妙高教会の方々が、タケノコを採ってこられ、おいしいタケノコ汁を振る舞ってくださいました。

午後は、外でミサをする予定が、夏のようなあまりの日差しの強さに急遽聖堂に変更。この聖堂は、私が司教になって初めて献堂式を行った聖堂です。2005年5月のことでした。

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聖堂では、まず松口妙高教会信徒会長が、50年の歴史を概説。そのなかで、現在の聖堂を建設するにあたって大きな力となった前高田教会主任司祭のマリオ・カンドゥッチ神父に感謝状が贈られました。妙高は聖堂もログハウス風ですばらしいのですが、隣接する赤倉山荘では掛け流しの温泉もあり、教会関係者(教区内外の)グループ活動などに積極的なご利用をお待ちしています。お問い合わせは妙高教会か高田教会まで。

その後、中高生と青年たちが、昨晩から合宿して行った分かち合いの成果を披露。青年たちは教も朝から、聖堂の前で、新庄教会支援のためのチャリティーTシャツ販売に取り組んでくださいました。そして満員の聖堂でミサをささげ、記念撮影で本日の行事は終わり。皆さんご苦労様でした。妙高教会のみなさん、本当にお疲れ様でした。

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