『戦友』の死

先日新潟を訪ねてくれた、神言会のマーティン・デュマス神父から、今朝方、残念な通知がありました。先日来体調を崩して入院していたデュマス神父のお父さんが、日本時間の昨晩、ガーナで亡くなられたと言うことです。どうぞお祈りください。

デュマス神父のお父さん、ジョゼフ・クウェシ・デュマス氏(Joseph Kwesi Dumas)は、変な言い方ですが、私の大切な『戦友』でした。私がガーナのオソンソン(Osonson)教会で働いていた1987年から1994年の間、デュマス氏は教会のカテキストをつとめていました。もちろん当時のオソンソン教会には40人近いカテキストが在籍し、そのうちのひとりが教区に雇用されているフルタイムの職員でしたが、それ以外は皆ボランティア。お父さんのデュマス氏もボランティアのひとりでしたが、たぶん私は彼といろいろなことを、たぶん一番よく一緒におこないまた出かけたと思います。(上の写真右が2006年のお父さん)
カテキストというのは、教会で洗礼志願者や子供たちに教会の教えを教える先生のことですが、もちろんガーナではそれにとどまらず、教会のありとあらゆることを担当してくれる方々です。というのも、オソンソン教会には20を超える巡回教会があり、それを神父は私ひとりだけで担当していました。20の教会の中には、日曜のミサ参加者が500名を超える大きな教会が二つ。それ以外でも、年間に200名近い洗礼志願者がいる大きな教会でした。
そこで40名のボランティアのカテキストは、そういった巡回教会を担当し、日曜の『御言葉の祭儀』を司式したり、洗礼の準備をしたり、病人訪問をしたり、時には埋葬を行ったり、本当によく尽力してくれました。特に洗礼の準備には、さすがに20カ所を定期的にまわって200名以上に要理を教える力は私にはなく、最終試験以外はほとんどカテキストに頼りっぱなしでした。
加えて、当時、彼らの言葉であるコロボ語の聖書はなく、ミサや礼拝のたびに、英語の聖書から翻訳をしなくてはならなかったのです。そして肝心の私がコロボ語ではなく英語で説教するので(ミサ自体はコロボ語)、その通訳もしてもらいました。残念ながら、半年間の言葉の勉強では、日常会話以上には上達せず、電気もない村で、月曜から金曜まで巡回を続け各地でミサと説教をして回る毎日では、事前の翻訳をして準備をする時間をとることも不可能でした。ですからカテキストの存在は欠かせません。

そのような中で、デュマス氏の特筆するべき才能は、その美しい手書き文字と、徹底的な病人訪問の熱意でした。私がオソンソンにいた当時の洗礼台帳は、ほとんどがデュマス氏の手書きであろうと思います。見事に美しい字でした。そして病人訪問は、本当に徹底的でした。おかげで私はいろいろな人のところへ連れて行かれましたが、上の写真もそのひとり。向かって左が1993年頃のデュマス氏。右がしばしば病院へ連れて行ったダニエルさん。朝から晩までかかる病院通いに、いやな顔一つせず、デュマス氏はつきあってくれました。
いま彼の息子、マーティン・デュマスが神言会の司祭となって、この日本で働いてくことを本当に不思議に思います。デュマス神父のお父さんのために、お祈りください。
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