大瀧浩一師司祭叙階銀祝ミサ@新潟

新潟教区本部事務局長を務めておられる大瀧浩一神父様は、今年で司祭叙階25周年となります。25年前は、ご出身の上越市高田教会で盛大に司祭叙階式が行われたと言うことです。大瀧師は高校生時代に洗礼を受け、その後新潟大学で哲学を学んでから神学校に入学したという人物で、その後ローマにも留学。現在も、新潟教区本部の仕事とともに、日本カトリック神学院東京キャンパスで、哲学の先生をしておられます。
今日のお祝いは、元々ご本人はこぢんまりと新潟教会の主日ミサの時にでも一緒に、とお考えのようでしたが、準備を進める段階で、これまで大瀧神父と関わった多くの方から参加の希望が出され、結局参加者は300名を超えることに。そこで、新潟市内のホテルに会場を移し、そこでミサと祝賀会を行うことにしました。会場は信濃川沿いにある新潟グランドホテル。

ミサには30名を超える司祭団が集まり、新潟教会からは復活のろうそくまで会場に運び込み、盛大に行われました。こういうときでも司式は司教のわたし。しかも今回は、大瀧師のご氏名で説教もわたしがいたしました。本日の説教はこちらのリンクに掲載してありますので、ご覧ください。
ミサの朗読は、特別な者を選択せず、今日の暦にある朗読でしたが、その中に、力強く、また恐れることなく福音を述べ伝えるパウロとバルナバは、様々な困難に直面しながらも、「喜びと聖霊に満たされていた」と記されていました。「聖霊によって喜びに満たされていた」のではなく、「喜びと聖霊に満たされていた」のです。聖霊は使徒たちに福音を語る智恵と勇気を与えました。それでは「喜び」はどこから来ているのか。それは喜びのうちに信仰に入った人々の存在、すなわち喜びに満ちあふれた教会共同体の存在が、使徒たちを喜びで満たしていたのです。
それと同じように、司祭にも聖霊の力が働いていますが、同時に喜びをもって福音を告げるための喜びはどこから来るのかと言えば、それは喜びに満たされた教会共同体からです。どうぞ、司祭のためにお祈りくださると共に、喜びに満ちた教会共同体、それは愛にといつくしみに満ちた癒やしの共同体でもありますが、それを生み出すように、司祭と共に歩み助けてくださいますように。みなさまの、日々のお祈りに感謝いたします。

祝賀会では、司祭叙階当時に高田教会主任司祭であったマリオ・カンドゥッチ神父(フランシスコ会)も東京からおいでくださり、当時の思い出を語ってくださいました。また青山教会のコーラスや新潟教会のコーラス、さらには新しい主任司祭の千原神父のギター伴奏で歌ってくれた新庄教会の皆さん。遠いところからも大勢来てくださり、感謝します。

司祭のお祝いがあったときには、みなさま、是非、その後継者が誕生するように、さらにお祈りをお願いいたします。新潟教区のわたしを含めて16名の司祭のうち、今回銀祝を祝った大瀧師の後には、3名の司祭しかおりません。神学生が誕生するように、皆様の続けてのお祈りをお願いいたします。
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