
教皇様は、海外を司牧訪問される際、ローマに戻る機内で記者団と会見をしておられます。普段はこういう、記者が直接質問をする記者会見を教皇様がなさることはないので、教皇様の考えをうかがい知る機会ともなっています。(写真は、今年4月、バチカンでの会議での教皇様とタクソン枢機卿)
先日のエジプト訪問は、安全に対する不安もあったものの、教皇フランシスコの平和に対する毅然とした態度を象徴的に明示する機会となったと思います。それは平和を語るときに何者をも恐れない強い態度と、エジプトにおける少数派キリスト者の苦しみに寄り添おうとする『いつくしみ』の具体化です。
さてそのような歴史的な訪問の帰途、教皇様はいつものように記者団の質問に答えられました。その中に、珍しく、日本にも関係する応答があったので、一般紙でも内容が配信されていました。それはこの数日、必要以上に緊張感が高まっている、北朝鮮の核の問題です。
以下に詳述しますが、教皇様のポイントは「外交的交渉が重要だ」という点にあるのですけれど、ネット上ではその発言に対して批判的な意見も散見されました。それは例えば、「非現実的だ」とか、「現実を知らない」とか、「核による抑止力が必要だ」とか、結構の数の意見が見られました。
そもそも、教皇様は個人的な思いつきで発言されているわけではありません。この会見の中でも、他の質問に関連して「その問題について、国務長官からは何もまだ聞いてはいない」という発言があったことから明らかなように、教皇様の外交問題に関する発言は、基本的に国務省との綿密なやり取りの中で方向性が定まっているものです。
ちょうどこの数日後、5月2日からウィーンで開催されている「2020年核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議第1回準備委員会」で、参加した聖座代表は次のように述べて、聖座(バチカン)の立場を明らかにしています。
『この準備委員会への聖座の参加は、「核兵器から解放された世界をめざし、核不拡散条約の文字通りでその精神をくみ取った完全な履行によって、これらの兵器の完全な禁止という目標に向かって働く」その努力に、倫理的権威から協力しようとするものです』(私訳)
その上で、核抑止力についてこう述べています。
『核兵器は、間違った安全保障の感覚をもたらします。また、力のバランスによって、後ろ向きな平和(a negative peace)をもたらそうとします。国家は、自らの安全保障を保持する権利と義務がありますが、それは集団安全保障や、共通善や、平和と強く関係しています。この観点から、平和の前向きな理念が必要です。平和は、正義と、総合的人間開発と、基本的人権の尊重と、被造物の保護と、公共へのすべての人の参加と、人々の間の信頼と、平和構築に献身する諸機関の支援と、対話と連帯に基づいて構築されなければなりません』(私訳)
そして結論を述べる前に、少しですが、朝鮮半島の状況についてこう触れています。
『聖座は朝鮮半島における状況を懸念のうちに見ています。聖座は、非核化と平和のための交渉を再開しようとする国際社会の継続した努力を支持します』(私訳)
この会議には日本から岸田外務大臣が参加され、5月2日の夕刻に演説をされました。岸田外相の演説は、核のない世界を目指す日本政府の立場を明確にした、非常にバランスのとれた内容でした。その中で、日本政府は以下のように積極的な呼びかけをしています。
『現在,核兵器のない世界に向け,核兵器国の間,核兵器国と非核兵器国の間,更に非核兵器国の間 においても立場の対立が顕著なものとなっています。
私は,こうした現状に対し,核兵器国と非核兵器国 をつなげ,信頼関係を再構築していく方途として,特に以下の3点を訴えます。
第一に,透明性の向上を通じた信頼構築です。包括的核実験禁止条約(CTBT)の下での国際監視制 度(IMS)の能力向上を通じた核実験の確実な検知,核兵器国の核戦力の報告,核兵器につながり得る核分裂性物質の保有の公表等は,核兵器国と非核兵器国の信頼構築につながるものです。この会議に おいて,日本はCTBT,透明性に関するサイドイベントを開催しますが,それはそうした考えに基づくもの です。多くの皆様の参加を歓迎します。
第二に,安全保障環境を向上し,核兵器の保有の動機の削減につなげることです。北朝鮮問題に関し ても,朝鮮半島の非核化を実現するための外交努力を,日本は率先して続けていきます。
第三に,被爆の実相や拡散のリスクへの認識の向上です。核兵器国,非核兵器国を問わず,また,政 治指導者や若者を含む多くの人々が,被爆の実相に触れ,多様化する核リスクを正確に把握することが, 核兵器のない世界の共通の基盤を作ることにつながると私は確信しています』(外務省HPから)
日本政府が、国際社会に対して呼びかけたこの方針を、これからも堅持して、対話と連帯のうちに「安全保障環境を向上し」、世界における核廃絶のトップリーダーとして『平和国家』であり続けることを願っています。第二次大戦敗戦以降の国際社会の現実と力関係の中で、日本がリーダーシップを発揮する余地があるのは、この核廃絶を、武力によってではなく外交によって達成するという道であると思います。
なおエジプトからの帰りの機内での記者会見で、教皇様がロイター記者の質問に答えた部分は以下です。(私訳です)
「これまでの他の地域の首脳たちにそうしたように、外交を通じて解決を見いだすようにと、(その地域のリーダーたちに)呼びかけ続けます。世界にはたくさんの調整役がいます。手伝おうとする仲介者も。そういった国もあります。例えばノルウェー。誰もノルウェーを独裁国家と非難は出来ないでしょう。ノルウェーは常に助ける準備があります。これは一つの例ですが、他にもたくさんいると確信します。しかし、選ぶべき道は交渉です。外交的解決です。
わたしが二年ほど前に言うようになった「分散して戦われる世界大戦」は、『分散して』いるのですが、その一つ一つが大きくなりつつあり、もっと集中しつつあります。これらは、すでに『危険地帯』である地域に集中しており、この朝鮮半島におけるミサイル問題はもう一年も継続しているが、状況はさらに加熱しているようです。
すべての状況においてわたしは、問題を外交によって、交渉によって解決すると呼びかけます。なぜなら、人類の将来がかかっているのです。今日において、長期間の戦争は、破壊します。人類の半分までとはいいませんが、人類と文化の多くの部分を破壊します。すべて、すべて、です。とんでもないことです。人類はこれを続けることは出来ないと思います。
内戦で苦しんでいる国を見てみなさい。戦争の炎を見いだす地域です。例えば中東。それだけでなく、アフリカや、イエメン。わたしたちは止めなくてはなりません。見いだしましょう。外交的解決を見いだしましょう。この点に関して、国連は彼らのリーダーシップを取り戻す義務があります。なぜなら、それはある程度まで、骨抜きにされているからです」