
総合的エコロジーを説かれる教皇フランシスコにとって、神からもっとも愛されている存在の人間が、その尊厳を蔑ろにされ排除されている状態は、被造物の有り様としてもっとも受け入れることのできない課題となっています。
特に、難民となっている人々や様々な事由から移住を選択せざるを得ない人々が、生命の危機に瀕している状況は、教皇フランシスコにとってもっとも優先して取り組むべき課題の一つとなっています。そのことは、教皇就任直後の2013年4月に、アフリカからの難民が数多く到達していたイタリア領のランペドゥーザ島(チェニジアに限りなく近いヨーロッパの地)へ、司牧訪問をされたことによって、明確に示されました。
国際カリタスは、教皇フランシスコとともに、この9月27日から、難民の救済に取り組むための国際的なキャンペーンを開始します。(上の写真はキャンペーン呼びかけの国際カリタスポスター)キャンペーンの詳細は、追ってカリタスジャパンから正式に発表となりますので、ここでは触れませんが、そのキャンペーン開始に先だって、教皇様は来年2018年の難民移住者の日のためのメッセージを、この8月にすでに発表されました。
そのタイトルは、「移民と難民に、受け入れ、保護、支援、統合を」とされています。教皇様は「受け入れ、保護、支援、統合を」という四つの言葉を掲げ、具体的な行動を私たちに求めています。
教皇様はメッセージの冒頭で、レビ記19章34節の言葉を引用され、難民や移住者に対する私たちのあるべき態度を指摘します。
「あなたたちのもとに寄留する者をあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。なぜなら、あなたたちもエジプトの国においては寄留者であったからである。わたしはあなたたちの神、主である」
その上で、マタイ福音書25章の「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」の話を参照しながら、こう記します。
「あらゆる旅人がわたしたちの扉を叩くたびに、それはイエス・キリストとの出会いの機会になる」
もうこれだけで、私たちキリスト者がどういう態度でどういう行動をとるべきかは十分に言い尽くされているといえるでしょう。残念ながらこの数年、現実の世界では難民や移住者をできる限り受け入れまいとする方向に歩みが進められています。その行き着くところは、拒絶にとどまらずすでに隣人として暮らしている人たちへの排除であり、極端な場合にはヘイトクライムにまで行き着く恐れすらあります。すでにネット上では、異質な存在への様々なレベルでの攻撃が普通に見られるようになりました。
教皇様はメッセージの中で、 「受け入れ、保護、支援、統合を」という四つの行動を掲げ、それぞれに私たちと、また各国政府、そして国際社会に具体的な行動を求めていますが、その中には、例えば次のような呼びかけが含まれています。(ごく一部です)
- 人道上の査証発給や、家族呼び寄せの簡素化。
- 人間の尊厳と基本的人権を守ることのできない母国への送還の禁止。
- 人間の尊厳をまもるために、安易な身柄拘束の廃止。
- 法的保護の付与とふさわしい医療の提供。
- 就労の可能性の提供と、未成年者への特別な保護の提供。
- 避難国で誕生した子どもの無国籍化の防止。
- 宗教の自由の保障とそれそれの職能の尊重。
- 難民を多く受け入れている途上国への支援の強化。
- 難民や移住者との出会いの機会を増やすことで、文化の多様性をそれぞれの共同体に生かしていく。
詳しくは、追って公式な翻訳が整った段階で、あらためて紹介します。
さてこういった点を指摘した上で、教皇フランシスコは、二つのグローバルコンパクトの実現のために、あらゆる努力を払うようにと呼びかけています。
そもそも「難民」とは、まず1951年の難民の地位に関する条約とその後の1967年の難民の地位に関する議定書に基づいて、国際社会がその存在を認めているかたがたです。第二次世界大戦後の混乱の中で発生した、主に欧州での難民問題に、世界人権宣言の立場から取り組むために誕生した難民の地位に関する条約は、基本的に1951年前に発生した課題だけを対象としていました。その条約から、時間の制限を除いたのが1967年の議定書です。
その条約には、難民の定義がこう記されています。
「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」
そもそも「恐れがある・・・恐怖」という主観的な概念でその存在を定義するのですから、本来は、困難に直面している人を中心に据えた庇護の考え方であったといえます。もっとも、その後の世界では、例えば内戦状態によって、国境を越えない国内避難民が発生したり、経済的避難民が発生したりと、条約が想定していない状態が出現するのですが、それでもそういったそれぞれの状況に対処しながら、国際社会は何らかの庇護を与える努力を続けてきました。
教皇フランシスコは、そういった条約的な考えを超越して、徹底的に、一人一人の人間の尊厳を優先し、今必要な助けを提供することが、一時的には受け入れ共同体に困難をもたらしてしまうかもしれないが、しかし、その行動が共同体自身のひいては人類全体の善につながると考えている点でユニークであると思います。
2016年9月19日に、国連で開催された「難民と移民に関するサミット」において、「ニューヨーク宣言」が採択されました。(その仮訳をこのリンクで読むことができます)
ニューヨーク宣言には、難民と移民に関して、次のような対策をとることが約束されています。(国連の2016年9月22日プレスリリースより)
- その地位に関係なく、すべての難民と移民の人権を守る。その中には、女性と女児の権利や、解決策の模索に対するその全面的、平等かつ有意義な参加を促進することが含まれる。
- 難民と移民の子どもたちが全員、到着から2~3カ月以内に教育を受けられるようにする。
- 性的暴力とジェンダーに基づく暴力を予防するとともに、これに対処する。
- 大量の難民と移民を救出し、受け入れている国々を支援する。
- 移住の地位を判定する目的で、子どもの身柄を拘束するという慣行に終止符を打つよう努める。
- 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が再定住の必要性を認めた難民すべてにつき、新たな住居を確保するとともに、国境を越える労働移動や教育制度などを通じ、難民がさらに他国へ移住できる機会を拡大する。
- 国際移住機関(IOM)を国連システムに組み込むことにより、移住のグローバル・ガバナンスを強化する。
その上でニューヨーク宣言は、二つのグローバルコンパクトを2018年までに成立させることを目指すと公約し、次のように記しています。
「本決議の添付文書Ⅰは、包括的な難民対応枠組を含みそして 2018 年に難民に関す るグローバル・コンパクトの達成に向けた措置を示しており、同時に添付文書Ⅱは、2018 年に安全な、秩序あるそして規則的な移住のためのグローバル・コンパクトの達成に向けた措置を定めて いる。」(宣言の仮約7ページ目から)
グローバルコンパクトは、1999年のダボス会議で当時のコフィ・アナン事務総長が提唱した、企業や団体を包摂した世界レベルでの責任ある行動のための枠組みで、現在すでに、「人権」・「労働」・「環境」・「腐敗防止」の4分野・10原則が成立しています。これに、2018年には、難民や移民に関する二つのグローバルコンパクトが加えられるように、国際社会は動いているのです。
教皇様の呼びかけを、私たちの現実の中でどう実現していくことが可能なのか、考えてみたいと思います。また日本では残念ながらあまり報道されることのない、難民や移民に関する国際社会の動きに、関心を深めていきたいと思います。
9月27日から2年間の予定で始まる国際カリタスのキャンペーンは、日本においてはカリタスジャパンと日本カトリック難民移住移動者委員会の共催で行われます。このキャンペーンが、この課題に多くの方が目を向ける契機となることを願っています。
<9月2日追記>
教皇様のメッセージは、英文をこちらのリンクで読むことができます。正式な日本語訳は今後、カトリック中央協議会事務局で作成し、追って公開されることになります。