東日本大震災7年目の祈り

昨日3月11日午後1時半から、上智大学を会場に、東京教区のCTVC(カトリック東京ボランティアセンター)による祈りと「無念」上映の集いが開催されました。「無念」は、地震と津波の後、原発事故が発生したため、被災者の救援活動を中止して避難せざるを得なかった浪江の消防団の方の物語です。(写真は会場となった上智大学の新しい建物。表通り側は銀行の本店になっています)
残念ながら、わたしはその後の神学生の選任式などの予定があったため、途中で失礼させていただきましたので、映画を見ることはできませんでした。多くの方が、集まってくださいました。
上映会に先立って、お祈りをさせていただきました。以下、その時に唱えたお祈りです。
私たちにいのちを与え、そのいつくしみ深い手で私たちを包んでくださる、全能永遠の父よ。
7年前、私たちは自然の驚異的な力の前でなすすべもなく、頼りにしていた人間の知恵や技術がむなしく破壊される様に唖然としながら、ただあなたに助けを祈っていました。
私たちは、なぜそのような悲劇が起こるのか、その理由を知ることはできません。ただ、私たちは、すべてが神の御手の中にあり、人間の力が神の力の前でいかに小さなものであるのかだけを知ることができました。
いつくしみ深い御父よ。私たちはあの日から祈り続けています。大震災から7年を迎えた今日、あらためてあなたにだけ頼り、あなたの御手の中に私たちをゆだねて祈りをささげます。
どうか、災害の犠牲となってなくなられたすべての方々を顧み、永遠の安息をお与えください。すべての苦しみから解放され、あなたの光で安らぎを与えてください。あなたのいつくしみ深い御手で、彼らの魂を包み込んでくださいますように。
どうか、愛する人を失った悲しみのうちに、今も人生を歩み続けている多くの人たちに、あなたの愛を注いでください。いただいたいのちを希望を持って生きることができるよう、心を愛で満たしてくださいますように。
どうか、普通の生活を取り戻すために、毎日努力を続ける多くの方を顧みてください。時間のかかるあまりにもゆっくりとした歩みです。もう自分には関係のないことだと、忘れ去ろうとする人たちでさえ、周囲には存在します。地域の人たちとの交わりを回復し、互いに助け合いながら、人間らしい尊厳ある生活を取り戻すことができるように、心を希望の光で満たしてくださいますように。
どうか、避難生活を続ける人たち、特に福島の原子力発電所の事故の後、はっきりとした事実が判然としない中で、不安の中で人生の道を探っている多くの方を顧みてください。心の安らぎのうちに、安心した生活を送ることができるように、心をあなたのいつくしみで満たしてくださいますように。
どうか、復興支援活動に取り組む多くの人たちが、被災地の方々と歩みをともに続けることができるように、あなたの優しさで満たしてください。時間が経過するにつれ、心を配ることを忘れ、自分たちの生活を優先させようとしている人たちも少なからず存在します。あなたの優しさといつくしみのまなざしを私たちに向け、私たちの心を、あなたと同じ、いつくしみ深さで満たしてくださいますように。
私たちの母である聖母マリアが、幼子イエスをいつくしみを持って抱かれ護られたように、私たちをその御手の中に抱き、護ってくださいますように。
私たちの主、イエス・キリストによって。 アーメン。
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