東京国際カトリック青年の集い@関口教会

東京教区の国際センター(CTIC)と主に海外出身の青年心とのグループが一緒に、東京国際青年の集い(TICYG: Tokyo International Catholic Youth Gathering)を東京カテドラルのケルンホールで11月18日の日曜日に開催し、15カ国出身の青年信徒が160名以上参加してくれました。

午前中から集まった青年たちは、自分たちのコアグループの作成したプログラムに従い、7つのステージをクリアするグループゲームや、互いの分かち合い、それぞれの文化からの歌やダンスの披露などの交わりの時間を過ごし、最後に午後5時から、ケルンホールでミサを捧げ、一日の活動を締めくくりました。ミサは私が司式し、国際センター所長の高木神父、関口教会の西川神父、真境名神父が共同司式。

今の日本には様々な国からやってきた人たちや、様々な国を背景に日本で生まれ育った方々が多くおられ、その中には信徒の青年たちも少なくありません。文化の違いや言葉の違いもあり、なかなか一緒になって一つのキリストの体を作っているのだという意識を持ちきれていないと感じます。お客さん的な扱いも、時に見受けられます。

そんな中で、同じキリストにおける兄弟姉妹としてともに歩んでいくためには、互いを知り合うことが重要です。それぞれが抱えているそれぞれの人生の物語を、互いに分かち合うところから、互いの理解が始まり、支え合うことにつながることでしょう。
その意味で、今回の集まりは、海外をベースに持つ青年たちだけではなく、日本人の青年も多く参加したことには、大きな意味があると思います。プログラムの企画も、日本人を含むさまざまな文化的背景を持った人が集まって行いました。

そして、私にとって一番重要だと感じたのは、その地の言葉で、つまり日本語でのミサが締めくくりのミサで会ったことです。プログラム中のアナウンスや語りは、すべて英語と日本語で行われました。ミサの私の説教も、日本語と英語でしたが、ミサ自体は日本語。生活の基盤のある国の言葉でのミサで一致することには、一緒になって一つの体を作り上げる道にとって大切なことです。

もちろん司牧的な配慮として、それぞれの言葉でのミサや霊的生活は否定しませんし、必要であると思います。しかしそこだけに留まっていては、一つの体はできません。やはりそこを前提にした上で、基盤のあるその地の言葉での交わりと祈りは、重要です。
これからも、さらにこの輪を広げて、大きなキリストの体を育て上げていってください。
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