江戸の殉教者記念ミサ@高輪教会

11月18日の午前中10時から、高輪教会を会場に、江戸の殉教者記念ミサが捧げられました。高輪教会の記念ミサは今回が59回目。59年にわたって、毎年記念ミサが続けられてきました。
高輪教会のホームページには、次のような記載があります。
「1623年(元和9年)12月4日、宣教師を含む信者50名は小伝馬町の牢から 江戸市中を引き回され、東海道沿いの札の辻(現在の田町駅付近)から 品川に至る小高い地で、火刑に処せられました。中でも、下総(千葉)六万石の臼井城々主の長男、原主水がキリシタンの 中心的人物であったと記録されています。」
50名の中から、原主水は188殉教者の一人として列福されています。また205福者殉教者の中には3名の江戸の殉教者が含まれています。

ミサの前には子どもたちによって、殉教の様子を再現した朗読劇もあり、小教区管理者である古郡神父も一緒に熱演しておられました。
ミサ後には、歩いて20分ほどの距離にある江戸の殉教者が処刑された地、札の辻まででかけ、祈りを捧げました。祈念碑がちょうどその地に建った高層オフィスビルの公開空き地になり、立ち入ってお祈りをすることができます。また東京都の史跡にも指定されているようです。

ここでは、同じ宣教協力体の目黒、麻布からも司祭と信徒が参加。マルコ師(目黒)、稲川師(麻布)、古郡師(高輪)と一緒に祈りを捧げました。

殉教者たちがいのちをかけて生き抜いた信仰。その勇気あるあかしの生き方に、現代に生きる私たちも倣いたいと思います。
確かに今の時代、私たちは当時と同じような肉体的な意味での迫害は受けていませんし、信仰のために「公」からいのちを奪われることはないのかもしれません。
しかし現実を見ると、神からの賜物であるいのちがその尊厳を奪われ、あたかも人間がその価値を決定できるかのような錯覚に満ちあふれた言動が後を絶ちません。
そういった現実の中で、いのちを最優先にし守り抜こうとすると、その行動自体が蔑視されてみたり、ときに命の危機にすら直面することもあります。
それはたとえば、障害のある人たちには生きる価値がないと切り捨てるような言動だったり、心優しい人たちが軟弱だとして追い詰められ、時にはいじめに遭い、命の危機にまで追い込まれたりする現実です。
ですから今の時代に合っても、すべての根本である私たちのいのち、神からの愛に満ちた賜物であるいのちを守り抜こうとする言動は、それこそ命がけです。わたしたちは命を守ろうとするから、愛の奉仕を行い、平和について語り行動します。信仰に生きることは、あの殉教者たちにのあかしの生き方にあるように、まさしくいまでも命がけであります。
信仰の先達である殉教者の取り次ぎによって、私たちも信仰を生き抜く勇気を頂くことができるように祈りましょう。
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