豊四季から市川へ、そして新潟から神学院、そして秋田へ
タイトルは、6月30日から7月6日までの一週間のことであります。移動が続いたため、このところ「司教の日記」の更新が追いつきません。
6月30日の日曜日は、まず豊四季教会で堅信式ミサでした。豊四季教会は、教区の立花神父が主任司祭。20名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。
梅雨空の小雨模様の日曜日でしたが、ミサが終わる頃にはなんとか雨も上がり、全員で聖堂の外に出て、ドローンを飛ばして全体写真を撮影しました。ミサ後には、信徒会館で茶話会も。たくさんの方が積極的に教会の活動に参加し、互いに協力しておられる熱気を感じることができました。
豊四季教会は、教区のホームページによれば;
1971年5月、 国道16号線に沿った柏市東台に 「カトリック柏教会」 として最初の教会が献堂されました。 面積240坪あまりの土地に聖堂・ホールが所狭しと建てられ、駐車場も2台分しかありませんでした。 その後、信徒が増加したためにより広いものを求める声が大きくなり、移転が検討され、具体化していきました。土地等の交渉が難航し、想像を絶する努力の末、1991年9月この土地に建設され、白柳大司教により献堂式が行われました。移転に伴い教会名も「カトリック柏教会」から「カトリック豊四季教会」と改められ、主任司祭にスカボロ宣教会のハクシャー神父が赴任されました。 その後4代目の主任司祭だった岡田武夫大司教は東京教区長に任命され現在に至っています。 この教会は、聖母マリアのご保護を願って、 「平和の元后聖マリア」 に捧げられています。
現在は広い敷地に駐車場も余裕があり、これからのさらなる発展が期待されています。
さて豊四季教会のミサ後には、市川教会へ。ここでは午後から、松戸、市川、小岩、豊四季に集まるフィリピン出身の信徒の方々の集まりがあり、英語ミサを行いました。中心になっているのは市川教会の主任司祭であるフィリップ神父。コロンバン会員です。
東京と千葉の全域で、4万人を超えるフィリピン人の方々が居住されていると、以前フィリピン大使館の方からうかがいました。ですから東京教区には、3万8千人以上のフィリピン出身の信徒がいることになります。
自らの文化のアイデンティティを保ち、異国にあって助け合うためにも、こういった集まりが定期的にあることは大切だと思います。同時に、普遍教会にあっては、言語や文化によって共同体が林立したとしても、それらが全体として一致していることが重要です。東京教区にあっても、様々な言語や文化によって共同体が誕生していますが、それぞれが孤立することなく、同じ教区共同体を一緒に形作っているのだという意識を、常に持ち続けていただきたいと願っています。
この日は、多くの方が聖堂一杯に集まり、フィリピン大使館からも代表の参加がありました。熱気に満ちたミサの後には、各教会のグループからダンスの披露があり、さらに信徒会館で食事会も行われました。
準備してくださった皆さん、ありがとうございます。
そして7月3日は、新潟教区司祭の三崎良次師(86才)の、司祭叙階金祝を祝い、新潟近隣で働く司祭団が集まってお祝いのミサを捧げ、昼食会を新潟司教館で行いました。三崎神父様は、司教館で隠退生活を送っておられますが、まだまだお元気です。おめでとうございます。
そして7月4日と5日の東京神学院での会議を経て、5日の夜から6日にかけて、秋田の聖体奉仕会へ。聖体奉仕会は責任者が新潟教区司教なので、教区管理者として、年に一度の会員総会に出席。長くてばたばたした一週間でした。
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