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2019年11月11日 (月)

二人の大先輩司祭逝く@新潟教区

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既報の通り、新潟教区の二人の大先輩司祭が、相次いで亡くなられました。アシジのフランシスコ鎌田耕一郎師(91歳)は11月5日の午前中に、ロベルト三崎良次師(87歳)は翌日11月6日の未明に帰天されました。葬儀は11月8日金曜日の午前11時から、カトリック新潟教会で行われ、新潟教区の使徒座管理区長として司式してまいりました。

鎌田師は1928年秋田県生まれで、盛岡で学校に通っている当時に受洗されたとうかがったことがありました。1958年に司祭叙階、その後新潟県内の教会の主任を各地で務めるとともに、幼稚園の園長として活躍されました。また、私の前任である佐藤敬一司教様時代には、司教総代理を務めておられました。2016年に引退されて司教館の隣のビアンネ館に移られましたが、そのときまで新津教会の主任や幼稚園長を務められ、今年の8月くらいまでは、腰の痛みなどの持病はあったものの、お元気に過ごされておられました。

三崎師は1932年新潟県生まれで、1969年に司祭叙階。その後、県内各地の教会で主任を務め、やはり幼稚園の園長としても活躍されました。残念ながら体調不良に悩まされ、わたしが新潟に赴任した頃から、病気療養生活に入られ、その後回復されたものの、主任などの役職からは退かれ、新潟教会の協力司祭として長年勤めてくださいました。今年の7月には、司祭叙階金祝をお祝いしたばかりでした。

新潟教区は、今年すでに70歳の働き盛りの司祭を二人失っています。今回の大先輩お二人で4人です。教区司祭団は12名となってしまいました。

ぜひとも、新潟教区の司祭の召命のためにも、お祈りくださいますようにお願いします。

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以下、葬儀ミサの説教の原稿です。

「神のはからいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる」

新潟教区の数少ない教区司祭団の中から、今年はすでに二人の働き盛りの司祭を失っています。そしてまた、この数日の間に、相次いでさらに二人のベテラン司祭が、神様のもとに召されてしまいました。

「神の計らいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる」と歌う答唱句ではじまる典礼聖歌は、詩篇90編で、「あなたの目には千年も過ぎ去った一日のよう、夜回りのひとときに過ぎない。人の命は草のよう、あしたには花を開くが夕べにはしおれて枯れる」と歌います。

人知を遙かに超えた全能の神は、わたしたち人間の知恵を遙かに超えて、私たちのいのちを支配されている。だからわたしたちは、神の限りない愛による計らいに信頼し、それに身をゆだねていのちを全うしていこう。

そうわたしたちは信じて、神様にこの人生をゆだねようとしています。しかし、神様のお考えになることはわたしたちの理解を超えていて、この小さな教区から、一年のうちに司祭を4名も御許に召されるとは、神様はいったい何をお考えなのだろうかという思いがよぎります。

しかし、限りない計らいのうちに、神様は何かを計画されているに違いない。この日本海側の地にあって、神様はその福音が少しでも広まり、ご自分が創造されたすべてのいのちが救いに与るようにと配慮されているに違いない。「苦しみは、また、人間の人格の中で、愛を誘発するために存在している」と述べられたのは、教皇ヨハネパウロ2世でありました。

ですから、この大きな悲しみと喪失感の中にある新潟教区にも、何らかの計らいがあるに違いない。この悲しみと苦しみから、神は愛を生み出そうとしているに違いない。天に召された司祭たちの人生から、わたしたちが生きる道を学び、その働きを引き継いで、すべての人に神の愛の福音をのべ伝えるようにと、導いてくださるに違いない。そう信じています。

わたしたちにとって召命とは、司祭であれ信徒であれ、キリストに従うすべての者に与えられている神からの呼びかけですから、この出来事の中にも、わたしたち一人ひとりへの召命の道が示されているはずです。

その中でも司祭が忠実にその使命に生きる姿は、勇気を持って神からの呼びかけに応える姿として、すべてのキリスト者の模範であります。
司祭は叙階の秘跡によって、「最高永遠の祭司であるキリストにかたどられて、新約の真の祭司として、福音を宣教し信者を司牧し神の祭礼を執行するために聖別される」とカテキズムには記されています。

すなわち司祭には、三つの重要な役割があるとそこには記されています。一つ目は「福音を宣教すること」。二つ目が「信者を司牧すること」。そして三つ目が、「神の祭礼を執行する」ことです。

その三つの務めのすべては、すべてのキリスト者にとって生きる姿勢への模範を示すものでもあります。

鎌田神父様も、三崎神父様も、長い司祭としての人生の中で、小教区の主任司祭として多くの人と関わり、また幼稚園の園長として多くの幼子たちに関わり、福音を宣教し、教会共同体を作り上げ、宗教者として聖なる者であろうとしました。

晩年は、年齢と病気のため、お二人とも、ご自分たちが意図されたような活躍ができなかったかも知れません。しかし鎌田神父様にあっては、つい数年前まで小教区で主任として働き、幼稚園の園長を務められました。三崎神父様も、体調の制約がある中で、新潟教会の協力司祭として、懸命に尽くしてくださいました。

お二人の司祭としての長年の働きに敬意を表するとともに、わたしたちもその模範に倣って、それぞれに与えられた場で福音を宣教し、教会共同体を育て、聖なる者である努力を続けていきたいと思います。

イエスをキリストと信じる私たちは、イエスに結ばれることで、「イエスを信じ、その御体を食べ、御血を飲む人々を世の終わりに復活させてくださる」のだと確信し、永遠のいのちに生きる大きな希望を持ちながら、この人生を歩んでいます。

同時に、「私をお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人をひとりも失わないで、終わりの日に復活させることである」と言われたイエスの言葉への信頼のうちに、いつくしみ深い神が、その深い愛をもって、すべての人を永遠のいのちのうちに生きるよう招かれていることも信じています。

葬儀ミサで唱えられる叙唱には、「信じる者にとって、死は滅びではなく、新たないのちへの門であり、地上の生活を終わった後も、天に永遠のすみかが備えられています」と私たちの信仰における希望が記されています。

鎌田神父様と三崎神父様は、ともに、50年以上を司祭として、教会のために、すべての人のために、そして神のためにささげられました。今年の7月に三崎神父様の司祭叙階金祝を、鎌田神父様も交えてお祝いしたことを、つい昨日のように思い出します。

お二人は、ある意味での頑固さをもって、司祭として生きることにすべてをかけられた、司祭として生涯現役の人生を送られたと思います。
永遠のいのちへの希望は、「イエスを信じ、その御体を食べ、御血を飲む」ことにあるのですから、お二人とも毎日のミサを最後まで捧げることは、かくことのできない人生の一部であり続けたと思います。

ともに同じ屋根の下で隠退生活を送っておられたお二人が、ほぼ同じ日に旅立たれたことは、不思議で仕方がありません。そこにはわたしたちが理解できない、神の限りない計らいがあることでしょう。

お二人の大先輩の司祭の人生の模範に励まされながら、わたしたちも神の深い計らいの中で、その導きに信頼して、司祭の模範に倣いながら、福音を告げしらせ、教会共同体を育て、聖なる者としての道を歩み続けてまいりましょう。

 

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