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2019年11月22日 (金)

使徒ヨハネ田中康晴神父様葬儀・告別式

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東京教区司祭使徒ヨハネ田中康晴神父様は、11月16日朝に、入院先の病院で帰天されました。84歳でした。

田中神父様の葬儀・告別式は、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、11月20日午後に執り行われました。

田中神父様は、1935年4月3日生まれ、1966年4月17日に司祭叙階。叙階後は様々な病気に苦しまれましたが、その困難な状況の中でも、ご自分ができる限りの力を持って司祭職を全うされました。面倒見の良い方だったとうかがっています。いろいろなところに喜んで連れて行ってくれたという話を、多くの方から伺いました。わたし自身は、東京へ赴任した2年前に、田中神父様はすでに入院されていましたので、一緒に働いた体験がありません。

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東京教区は、先日の市川神父様に続いて、今年は二人の司祭を失いました。司祭は定年で引退したからと言って、または病気で引退したからと言って、それで司祭でなくなるわけではありません。叙階の秘跡は役職の有無に左右されないからです。病気にあっても、老齢にあっても、司祭は祈ることで司祭職は果たすことができます。その意味で、大切な働き手が、また一人、御父の元へ変えられました。田中康晴神父様の永遠の安息を、お祈りください。

以下、当日の説教の原稿です。

「神の計らいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる」

人知を遙かに超えた全能の神は、私たちのいのちを支配されている。だからわたしたちは、神の限りない愛による計らいに信頼し、それに身をゆだねていのちを全うしていこう。そう心に刻みながら、わたしたちは信仰の道を歩んでまいります。

本日わたしたちは、神の計らいに身をゆだね、生涯を司祭として神の救いの計画の実現のために捧げられた、東京教区の司祭使徒ヨハネ田中康晴神父様に、別れを告げ、その永遠の安息を祈るためにここに集まっています。

わたしは、東京教区へ赴任して2年ですが、そのとき田中神父様はすでに入院しておられましたので、残念ながら一緒に働いた体験がありません。ただ、田中神父様の司祭としての人生は、必ずしも順風満帆ではなかったとうかがっています。

教区ニュースの2012年5月号に、田中神父様の紹介記事が掲載されていました。
そこには、大学生の頃に不思議な出会いから洗礼を受けた体験や、お父さんの強い反対を押し切って神学校へ入学した経緯などが記されていました。

そして、司祭叙階後しばらくして病を得て、それから長い年月にわたって、病と闘いながら、ご自分にとって可能な限り、司祭として様々な分野での奉仕職に当たられてきたことが述べられています。

締めくくりには、次のような田中神父様の言葉が記されていました。
「神さまのはからいのままに、神さまの意に従って働くことが大事。病気を経験したことで、自分はもとより他者に注がれる神さまの愛、恵みをたくさんいただいていることに気づかせてもらう。たくさんの人を通していただくお恵み、その元をただせば、それは神さまです。出てくる言葉は「神に感謝!」

「神の計らいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる」。
この答唱句を持つ典礼聖歌は、詩篇90編で、「あなたの目には千年も過ぎ去った一日のよう、夜回りのひとときに過ぎない。人の命は草のよう、あしたには花を開くが夕べにはしおれて枯れる」と歌います。

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健康に生きることも、病と共に生きることも、人間の意図するところではなく、神の計らいの中にあることなのだ。そしてそれに生きることによって、新たな気づきがある。すべては与えられているのだから、与えてくださる神に感謝。そのように、田中神父様は述べておられました。

わたしたちが生きている現実には、ありとあらゆる困難が存在しており、様々な意味でわたしたちの人生に苦しみを生み出しています。そういった現実に直面するとき、わたしたちはどうしても、苦しみは何のために存在するのか、なぜわたしに苦しみが与えられるのか、という問いかけを発してしまいます。

教皇ヨハネパウロ2世は、1984年の贖い聖年にあたり、苦しみの意味を考察する書簡を発表されています。
教皇は、「神は御ひとり子を、人間が悪から解放されるために世に与えられた」と指摘し、その中に、「苦しみについての決定的、絶対的な見地が」示されていると述べています。

十字架の苦しみは、永遠のいのちへの門を開く、希望を生み出す苦しみです。十字架の苦しみは、あふれ出る神の愛を多くの人に与えるための、愛の源としての苦しみです。

田中神父様は、人生の様々な苦しみに直面しながらも、それを神の計らいのなせる業だと受け入れ、病気による人生の苦しみは、「自分はもとより他者に注がれる神さまの愛、恵みをたくさんいただいていることに気づかせて」くれたのだと言われ、その苦しみから神の愛が生み出されたのだとして、インタビューを「神に感謝」と締めくくられました。

そういった生きる姿勢は、司祭として忠実に召命に生きた姿でもありました。司祭が忠実にその使命に生きる姿は、勇気を持って神からの呼びかけに応える姿として、すべてのキリスト者の模範であります。

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司祭は叙階の秘跡によって、「最高永遠の祭司であるキリストにかたどられて、新約の真の祭司として、福音を宣教し信者を司牧し神の祭礼を執行するために聖別される」とカテキズムには記されています。

すなわち司祭には、三つの重要な役割があるとそこには記されています。一つ目は「福音を宣教すること」。二つ目が「信者を司牧すること」。そして三つ目が、「神の祭礼を執行する」ことです。

小教区を担当する司祭として、また様々な役職につく司祭として、その人生を全うすることも、司祭としての召命を生きる姿であります。しかし、病を得て、その病と闘いながら、苦しみのうちから神の愛を見いだしている姿も、司祭としての召命を生きる姿であります。

実際に体を充分に動かすことができなくなっても、司祭は祈ることができます。
苦しみとの戦いの中で神の計らいに身をゆだねている姿の模範で、司祭は福音を告げしらせることができます。
病床にあっても、出会う人々との絆の中で、司祭は信徒を司牧することができます。

「苦しみは、また、人間の人格の中で、愛を誘発するために存在している」と述べられたのは、教皇ヨハネパウロ2世でありました。
人生の苦しみのなかから、神は愛を生み出そうとしているに違いない。そう信じて、神の計画に身をゆだねて司祭職を生きた田中神父様は、それぞれの召命を生きているキリスト者にとって、一つの模範を示す存在です。 

天に召された兄弟である司祭の人生から、わたしたちが生きる道を学び、その働きを引き継いで、すべての人に神の愛の福音をのべ伝え、祈りを捧げ、互いに共同体にあって支えていくことができるよう、神様の計らいに身をゆだねたいと思います。

そしてわたしたちも、様々な困難に出会う中で、神に感謝とすべてを締めくくることができるように、人生の道程を歩んでいきたいと思います。

 

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