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2020年12月12日 (土)

先輩宣教師の帰天

Bruno

昨日、12月11日金曜日午後8時9分、フランシスコ会の司祭ブルーノ・ファブリ師が、同会修道院で帰天されたとの報告を受けました。享年77才でした。(上の写真は、2009年10月の聖フランシスコのお祝いで、新潟教区の佐藤師と一緒にケーキを切るブルーノ師。後方左にマリオ・カンドゥッチ師、後方右にフーベルト・ネルスカンプ師。なお後方左の山頭師と川崎師も、帰天されています)

ブルーノ・ファブリ師は、1943年4月16日にイタリア・リミニで生まれ、1966年5月19日にフランシスコ会で荘厳誓願、その後1968年3月31日に司祭に叙階され、1969年9月8日に来日されました。数年前に引退されるまで、新潟教区の長岡地区で長年に渡って、小教区司牧、幼稚園教育、そしてボーイスカウト活動に献身された、新潟教区を支える存在でありました。ブルーノ・ファブリ師の永遠の安息を祈ります。

長年に渡って新潟教区の宣教司牧活動に貢献し、特に新潟県の長岡地区を支えてくださったフランシスコ会の宣教師が、今年は皆、帰天されました。マリオ・カンドゥッチ神父様、レオ・バッシ神父様、ブルーノ・ファブリ神父様。すでに昨年までに帰天されたそのほかのフランシスコ会員と共に、私が2004年から2017年まで新潟教区で働いていたとき、さまざまな側面から宣教司牧を支えてくださった偉大な宣教師たちが、みな御父のもとへと旅立たれました。

現場での宣教司牧を離れられてからも、例えばドイツで帰天されたフーベルト・ネルスカンプ師のように、故郷で活躍された方もおおられますし、マリオ・カンドゥッチ師のように、殉教者の列聖調査を始めるために尽くされた方もおられますし、帰天まで現役で幼稚園長を続けてきた90歳を遙かに超えるバッシ師のような方もおられます。ブルーノ師も、司牧から引退されることには体調を崩し、歩行に困難を抱えていましたが、それでも教会のミサを手伝うために、歩行器を使ってゆっくりと道を歩まれていた姿が記憶に残っています。

それぞれの宣教師の方々は、それぞれに与えられた豊かな才能を発揮して、任命された場で大きな働きをされ、大きな賞賛を受けてきました。しかし同時に彼らは徹底的に修道者でありました。奉献生活に生きる人たちでした。大きな働きをした人間が、齢を重ねたとき、遙かに年齢が下の上長に従って謙遜に生きることには、大きな努力が必要です.しかし修道者はその生き方を生涯の生き方として選択しました。すべてを捨てて、清貧、貞潔、従順の誓願に生きることを、若い日に誓ったのです。

これらの偉大な宣教師たちも、生涯の最後まで、修道者としての奉献生活に徹底的に生きられた方々であったと思います。謙遜に神の御旨に従う姿を持って、わたしたちにキリストに従って生きる模範を残されたと思います。残されたわたしたちは、誓願における一人ひとりの選択と決意を尊重し、その生き方に学びながら、彼らの働きと貢献に感謝し、永遠の安息を祈りたいと思います。

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