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2021年1月 6日 (水)

新しい年の初めに@東京教区ニュース

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政府が緊急事態宣言の発出に向けて検討中と報じられています。再度の緊急事態宣言となった場合、東京教区の管轄する東京都と千葉県はその対象地域となるようですので、教会としてどのように対応するかは、宣言発出後に教区のホームページなどで公示いたします。

東京教区ニュース、2021年1月1日発行の379号は、冒頭にわたしのメッセージを掲載してあります。各小教区で配布していますし、教区ホームページでも教区ニュースを読むことが出来ます。こちらのリンクです

以下、教区ニュースに掲載したわたしのメッセージを、こちらにも再掲します。

東京教区の皆様、主の降誕と新年のお祝いを申し上げます。

新しい年がはじまりましたが、今年はなんとなく、いつもとは様子が異なるクリスマスと年末年始になりました。昨年初めから今に至るまで続いている新型コロナ感染症は、未だにその実体についてさまざまな意見が表明されており、教会としても対応に苦慮しています。アジアの国々は欧米とは状況が異なっているのは事実ですが、その理由は判明しておらず、実際に世界では多くの方が生命の危機に直面しています。ですから、慎重な道を選択せざるを得ません。

昨年一年は、教会においての活動の自粛や、4ヶ月にわたるミサの公開停止など、特に霊的生活において、忍耐を必要とする年でした。皆様それぞれの、信仰における積み重ねがあり、ご理解いただくことが難しい制約も多々あったことを、大変申し訳なく思っています。同時に、この試練の時にあって、互いへの思いやりの心をもってご協力いただいた多くの方々の寛容と忍耐に、心から感謝申し上げます。いま、わたしたちの信仰が試されています。

新しい年の初めという新鮮な気持ちとなる時期であるにもかかわらず、はっきりしたことが分からないために、闇の中を彷徨い続けているような気持ちがいたします。いま、暗闇に輝く光が必要です。誕生した幼子のように、闇に佇む民に救いへの希望の道を示す、光が必要です。

教会は、人となられた「神の言」が暗闇に光として輝くように、その光を暗闇の中であかしする存在でありたいと思います。この光は、生命の希望をもたらす光です。互いに連帯を強め、主イエスのいつくしみの心に倣い、互いを思いやり助け合う具体的な言葉と行いが、生命を守っていきます。誕生した幼子が、一人孤立するのではなく聖家族によって守られ育まれたように、社会にあって孤独のうちに孤立し、危機に直面する生命を、わたしたちは家族として守り育まなくてはなりません。いのちを守る福音を、これまで以上にあかししていきたいと思います。

東京教区の大司教として着座して以来、昨年末12月16日で、3年が経過しました。9月には新潟教区に成井大介司教が誕生し、わたしは使徒座管理者の務めを終えました。

この3年の間、教区の多くの方々からお寄せいただいた意見をもとに検討を重ね、宣教司牧方針を定める作業を続けてきました。この作業は、一昨年の教皇訪日と、昨年のコロナ禍で、予定されていたタイムフレームより大幅に遅れてしまったのですが、このたびなんとか形にすることが出来ました。間もなく、小冊子やホームページ上で公開することになりました。ご協力いただいた多くの皆様と、作業チームの皆様に感謝いたします。

想定されていたものよりも、短く簡単なものと思われるやも知れません。皆様からいただいたご多数のご意見からも、東京教区の幅広い多様性を認識させられました。当初の段階で70通を超えるご意見をいただいています。これらについては、今回だけでなく、今後も長期にわたって、具体的な行動計画を検討するために参考にさせていただきたいと思います。

すべてのご意見を反映して事細かな指針を定めるよりも、教区全体の宣教司牧方針は大枠だけを提示して、それに基づいてそれぞれのユニークさを抱える現場で具体的な適応を話し合っていただくことがふさわしいと考えました。多くの皆様から、それぞれの信仰体験に基づくさまざまな提案があり、時に詳細かつ具体的な提案もありました。それらがすべて含まれていないのは、さまざまな可能性を排除することなく、豊かに発展させることが出来るようにするためです。大枠に基づいて今後、それぞれの小教区などの現場で皆様の話し合いが継続し、具体的な行動に繋がっていくことを期待しております。

宣教司牧方針には、次の三つの大きな柱を定めました。

①宣教する共同体
②交わりの共同体
③すべてのいのちを大切にする共同体

「わたしはいつもあなたがたと共にいる」(『マタイによる福音書』28章20節)。弟子たちを派遣なさった主イエス・キリストのこのことばに信頼をおきたいと思います。これは、主の約束のことばであり、波高く漕ぎ悩むわたしたちの教会を力づけるいのちのことばでもあります。東京大司教区の宣教司牧方針の三つの柱は、変動するこの世にあって、わたしたちがこころを合わせて向かっていく方向を示しています。そして、互いに関連しあっています。「宣教する共同体」は「義人アベルから最後に選ばれた人に至るまで」ご自分のもとへと集めようとなさる天の御父の救いの想いを反映しています(『教会憲章』 2参照)。「交わりの共同体」は神と人、人と人の和解のために十字架へとつけられた御子の生きる姿を写し出します。「すべてのいのちを大切する共同体」は「主であり、いのちの与え主」(『ニケア・コンスタンチノープル信条』参照)である聖霊の働きによって成立します。ですから、この宣教司牧方針は三位一体の神のお姿をこの世にあらわしていくものなのです。

皆さん、歩みを共にしながら、「宣教する共同体」、「交わりの共同体」、「すべてのいのちを大切にする共同体」をつくり育んでまいりましょう。

教皇様は先日発表された三つ目となる回勅「Fratelli tutti」において、「個人の日常的関係、社会、政治、公共制度において、より正しく兄弟的な世界を築きたい人にとって、大きな理想であると共に具体的に実行可能な道とは何か」という問いに回答を見いだそうとしておられます(バチカンニュースより)。その中で、教皇は今回のコロナ禍に触れて、「わたしがこの文書を準備している最中に、思いがけない形で飛び込んできた」と記し、これによってもたらされたいのちの危機は、「誰も一人で自分を救えない」こと、そして、「わたしたち皆が兄弟」として「ただ一つの人類として夢見る」べき時がついにやって来たことを示した、と記されています(7-8)。

今求められているのは、兄弟姉妹としての愛のうちに互いに尊重し合い支え合う家族を生み出そうと努力することです。東京教区の教会共同体が、存在を持ってそのあかしとなることを願っています。

昨年10月のホルヘ神父様の叙階に続いて、今春も司祭叙階が見込まれています。また新たに神学院に入学する方もおられます。主のぶどう畑の働き手である司祭の召命のために、お祈りください。また教区にあって、福音を徹底的に生きる姿の模範を示し、霊的な土台を築いてくださる奉献生活者(男女修道者)の召命のためにも、お祈りをお願いいたします。

感染症の状況次第では、今年も教区関連の行事に大きな変更の可能性があります。黙想会、研修会、会議といった多数が集まる機会を制約せざるを得ないかも知れません。集まることが難しいなかにあっても、一つのキリストの体に結ばれている兄弟姉妹の共同体であることにあらためて思いを馳せ、同じ信仰において祈りをともにする中で、霊的な絆を再確認したいと思います。どのような状況にあっても、主は世の終わりまで、いつもわたしたちと共にいてくださいます。

新しい年のはじめにあたり、東京教区の皆様の上に、いつくしみ深い神の豊かな祝福があるように祈ります。

 

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