四旬節のはじめにあたり
明日2月17日は灰の水曜日です。四旬節が始まります。
今年はコロナ禍に対応して、灰の式の実施方法について、バチカンの典礼秘跡省から指示が出されています。すでに各小教区の主任司祭には伝えましたが、その指示の中でも特に次の点にご留意ください。通常であれば、灰を配る時、通常は聖体拝領のように列に並んでいただき、司祭はお一人お一人の額に、定められた二種類の言葉の内の一つを唱えながら、灰を指で塗布します。
しかしながら今年は、典礼秘跡省の指示で、司祭は定められた言葉を、一度だけ、全員に向けて唱え、そのあとで灰を直接ではなく、頭の上から振りかける形で塗布をおこないます。いつものように、額に十字のしるしが残りませんが、ご理解ください。
四旬節のはじめにあたり、1分ほどの短いビデオメッセージを作成し、教区ホームページにて公開しています。
またそれとは別に、「四旬節のはじめにあたり」という呼びかけ文を書きましたので、以下に掲載します。教区ホームページにも掲載されています。また教区ホームページには、英語版も掲載されています。(English version of my message at the beginning of Lent)
カトリック東京大司教区の皆様
四旬節のはじめにあたり
一年前、わたしたちは先行きの見えない状況の中で四旬節を迎えました。その日からわたしたちは、いのちを守るため、とりわけ隣人のいのちを危険に直面させることのないようにと、さまざまな制約の下で教会活動を続けてきました。
暗闇の中を不安のうちにさまようわたしたちは、お互いを思いやり支え合うことの大切さを痛感させられています。
一年が経過し、再び灰の水曜日を迎えました。四旬節が始まります。
四旬節を始めるにあたり預言者ヨエルは、「あなたたちの神、主に立ち帰れ」と呼びかけます。四旬節は、まさしく、わたしたちの信仰の原点を見つめ直すときです。信仰生活に諸々の困難を感じるいまですが、信仰の原点への立ち返りを忘れてはなりません。
わたしたちが立ち帰るのは、「憐れみ深く、忍耐強く、慈しみに富」んでいる主であると、ヨエルは記しています。信仰に生きているわたしたちは、主に倣って、憐れみ深いものでありたいと思います。忍耐強い者でありたいと思います。慈しみに富んだ者でありたいと思います。
わたしたちの信仰は、いま、危機に直面しています。集まることが難しい中、これまで当然であった教会生活は様変わりしました。その中で、一人ひとりがどのようにして信仰を守り、実践し、育んでいくのかが問われています。
もちろん典礼や活動に制限があるからといって、教会共同体が崩壊してしまったわけではありません。わたしたちは信仰によって互いに結ばれている共同体なのだという意識を、この危機に直面する中で、あらためて心に留めていただければと思います。祈りの内に結ばれて、キリストの体をともに作り上げる兄弟姉妹として信仰の内に連帯しながら、この暗闇の中で、いのちの源であるキリストの光を輝かせましょう。弟子たちを派遣する主が約束されたように、主は世の終わりまで、いつも共にいてくださいます。(マタイ28章20節)
教会の伝統は私たちに、四旬節において「祈りと節制と愛の業」という三点をもって、信仰を見つめ直すように求めています。四旬節の献金は、通常のミサ献金とは異なり、節制の実りとして献げる犠牲であり、教会の愛の業への参加に他なりません。この四十日の間、犠牲の心をもって献金にご協力ください。
また聖書にあるとおり「正しい人の祈りは、大きな力があり、効果をもたら」すと、わたしたちは信じています(ヤコブの手紙5章16節)。わたしたちは祈りを止めることはありません。感染に対応する様々な手段を講じる中には、わたしたちの霊的な戦いをも含めていなければ、この世界にわたしたちが教会として存在する意味がありません。ですから、祈り続けましょう。特に今年の四旬節にあたっては、長年支え合ってきたミャンマーの教会の友人たちを思い起こし、ミャンマーの平和と安定のために、祈りを献げるようお願いいたします。
また四旬節は洗礼志願者と歩みをともにするときでもあります。共に信仰の原点を見つめ直しながら、困難のなかにも互いを励まし、信仰の道を力強く歩み続けましょう。
2021年2月17日 灰の水曜日
カトリック東京大司教区 大司教
菊地功
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