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2021年3月19日 (金)

「多国籍の人々がつくる豊かな教会共同体を目指して(司牧指針)」公表

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東京大司教区では昨年末に、教区の宣教司牧の今後10年ほどの方向性を示す文書、「宣教司牧方針」を公表しました。

この宣教司牧方針は、①「宣教する共同体をめざして」、②「交わりの共同体をめざして」、③「すべてのいのちを大切にする共同体をめざして」の三つの大切な柱から成り立っています。

この宣教司牧方針を策定するにあたって、常に念頭にあったのは、教皇ベネディクト十六世の回勅「神は愛」の次のことばです。「教会の本質は三つの務めによって表されます。神のことばを告げ知らせること、秘跡を祝うこと、愛の奉仕をおこなうこと」(回勅『神は愛』25参照)。

これらの教会の本質的三つの務めは互いに関係しあい、また互いを前提としています。福音をより良くあかしし告げしらせる共同体であるために、わたしたちは、「宣教する共同体」、「交わりの共同体」、「すべてのいのちを大切にする共同体」を造りあげていかなければなりません。

この宣教司牧方針の二番目の柱である「交わりの共同体をめざして」に、次のように記しました。「東京大司教区内には多くの外国籍の信徒がいます。その子どもたちもいます。彼らの住む地域にある小教区共同体との交わりを豊かにするようにしましょう。」

これは、「しましょう」という言葉で終わっているので、教区全体、みなさんへの招きの言葉です。そこで、一緒になって外国籍の信徒への宣教司牧への取り組みをより具体的にしていくために、具体的な指針が必要です。

本日、聖ヨセフの祝日である3月19日付けで、「多国籍の人々がつくる豊かな教会共同体を目指して(司牧指針)」というタイトルの文書を公表しました。この文書は、先に発表した「宣教司牧方針」に付随する文書です。

全文はこちらのリンクでお読みいただけますし、さらにこちらのリンクでは、上記の「宣教司牧方針」や、その英訳、さらに今回の文書などをダウンロードできるページにつながります。

今回の文書の最後には、まとめを付けてありますので、その部分を以下に引用します。

「以上の分析と考察を踏まえて、外国籍の方々への司牧方針を次のようにまとめます。

● 東京大司教区は、人種、国籍、言語、文化の違いを乗り越えて一つの信仰の共同体を教区のレベルでも小教区共同体のレベルでも実現することを目指します。
●東京大司教区は、すべての信徒が、小教区共同体に所属し、共に責任を担いあって育て運営する信仰の共同体を目指します。
●東京大司教区は、人種、国籍、言語が異なるという多様性の中で、誰一人として孤立することのないように、信仰における固い決意と互いの尊敬のうちに支え合う信仰の共同体を目指します。
●東京大司教区は、それぞれの小教区共同体での違いを乗り越える取り組みを支援するために、CTICを核とした社会司牧の組織を創設し、支援体制を整えます。
●なお、この方針に記した内容や、それに基づいて行った取り組みについては三年後を目途にふり返りと評価を行い、必要に応じた修正をします。
●さらに、このふり返りと評価は、教区の宣教司牧評議会が中心となって実施しますが、可能な限り多くの方々の意見を伺うつもりですので、教区内の皆さまの協力をお願いします。」

すでに「宣教司牧方針」にも明記したことですが、名称は未定ですが、いわゆる「教区カリタス」を育て上げていきたいと思っています。いわゆる社会系の活動と呼ばれている使徒職を、一括するというよりも、ネットワーク化して互いに支え合いながらよりふさわしい活動を進め、さらに教区全体にその活動がフィードバックされるような組織を作り上げたいと考えています。

教皇様は、「ラウダート・シ」において、「総合的エコロジー」という言葉を使って、シングルイシューに特化するのではなく、複雑に絡み合った人類の課題という総体に一致して立ち向かうために、総合的な視点と立場が必要だと勧められています。もちろんそれぞれの課題に具体的に個別に取り組むことは必要ですが、同時に、全体を総合的に見る視点も不可欠です。東京教区でも、そういった総合的視点に立ったネットワークを確立したいと思います。

現在、東京教区のそういった活動の中で一番組織化されているのは、カトリック東京国際センター(CTIC)です。これを核にして、一年ほどをかけながら、新しいネットワークを形成していく計画です。これについては、今後、現在の社会系の委員会や活動を見直していく作業も含まれることになりますが、性急に事を進めることなく、関わっている方々とよりよく意見を交換しながら、ふさわしい道を模索したいと思います。

なおこの仮称「教区カリタス」創設の作業は、天本神父様が司教代理として担当されますが、具体的な作業のために教区職員を配置いたします。

ご存じのように、教皇様の呼びかけで、現在教会は「ヨセフ年」を過ごしています。3月19日の聖ヨセフの祝日を前にして、司教協議会会長である長崎の高見大司教様から、会長談話カテケージスが発表されています。リンクからご一読ください。

教皇様の使徒的書簡「父の心で」には、次のような指摘があります。長くなりますが引用します。

『ここ数か月にわたるパンデミックの間に、その思いが強くなりました。「わたしたちの生活(は)市井の人々―忘れられがちな人々―によって織りなされ、支えられてい(ます)……。そうした人々は、新聞や雑誌の見出しになったり、最新のランウェイに登場することはなくとも、まぎれもなく、この時代の決定的な出来事を今まさに書きつけているのです。医師、看護師、スーパーマーケットの従業員、清掃員、介護従事者、配達員、治安当局、ボランティア、司祭、修道者、そして他の多くの、自分の力だけで自分を救うことはできないと分かっている人々です。……どれほど多くの人が、毎日辛抱し、希望を奮い立たせ、パニックではなく共同責任の種を蒔くよう心掛けていることでしょう。どれほど多くの父親、母親、祖父、祖母、教師らが、習慣を変え、前向きになり、祈りを重ねるといった、何気ない日常の姿を通して、危機に向き合ってそれを乗り切る方法を子どもたちに示していることでしょう。どれほど多くの人が祈り、犠牲をささげ、すべての人のために執り成していることでしょう」。襲いかかる危機のただ中で、わたしたちはそれを実感したのです。だれもが聖ヨセフ―目立たない人、普通で、物静かで、地味な姿の人―に、困難なときの執り成し手、支え手、導き手を見いだすはずです。聖ヨセフは、一見すると地味な、あるいは「二番手」にいる人だれもに、救いの歴史の中で、比類なき主役になる資質があることを思い出させてくれます』

教皇様のこの言葉は、誰か特別な人やタレントがある人が主役なのではなく、すべての人が世界を支え、お互いを支え生かし合うための主役であることを思い起こさせます。それを教皇様は、聖書の中で目立つことのない存在である聖ヨセフになぞらえ、しかしその存在の内に「困難な時の執り成し手、支え手、導き手」を見いだすと指摘します。そして聖ヨセフは、一見すると地味な、あるいは「二番手」にいる人だれもに、救いの歴史の中で、比類なき主役になる資質があることを思い出させてくれます」と記しておられます。

まさしく、教区の宣教司牧方針を実現するためには、誰か特別なタレントがある人や才能がある人の活躍だけが必要なのではなく、共同体を構成するすべての人のポジティブな働きが必要です。これから数年間の教区全体の挑戦は、ファンファーレを鳴らして走り出すような興奮するイベントではありません。毎日の積み重ねの中で静かに静かに進んでいきます。目立たない一人ひとりの力が必要です。

皆様のご理解と、ご協力を、心からお願いいたします。(なお、司牧指針の他の言語訳は現在準備中です

 

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