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2021年6月30日 (水)

福者ペトロ岐部司祭と187殉教者

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7月1日は、福者ペトロ岐部と187殉教者の記念日です。迫害の時代、全国各地で多くの殉教がありましたが、その中から代表する形で188人が選ばれ、2008年11月24日に長崎で列福式が行われました。188福者の中で、一番人数が多いのは、1629年1月12日に山形県米沢で殉教した、ルイス甘粕右衛門を始めとした53名の殉教者で、その次に多いのは、1619年10月6日に京都で殉教した52名です。

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山形県の米沢市には、市役所に近い北山原(ほくさんばら)と言う殉教地が残されています。いまは住宅に囲まれていますが、昭和の初めに宣教師が場所を特定し、その地を買い求めてくださったおかげで、現在は小さな公園のような佇まいの殉教地に十字架が立ち、祭壇が設けられています。毎年7月の初めには殉教祭が行われています。今年はコロナ禍で参加者限定のようですが、新潟教区のホームページに案内があります。(上の写真は2013年の北山原での殉教祭です)

188名の殉教者全体を代表しているペトロ岐部は、1639年7月4日に江戸で殉教していることから、この日にもっとも近くて、典礼暦的に可能であった7月1日が、188殉教者の記念日とされました。

ペトロ岐部は大分県の出身で、司祭となることを目指しているなか、1614年にマカオに追放。その後、ローマを目指してインドへ船で渡り、インドから、なんと歩いてローマへ到達した人物です。その途上、日本人で初めて、聖地に足を踏み入れたとも言われます。1620年に司祭に叙階され、イエズス会士として帰国。最後は東北で捕らえられ、1639年に拷問の末殉教されています。

188殉教者には、もうひとり、江戸での殉教者がいます。ヨハネ原主水です。東京教区では、原主水が江戸の殉教者として知られていますが、それは彼が1623年12月4日に起こった「江戸の大殉教」の中心的人物であったためだと考えられます。

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「宣教師を含む信者50名は小伝馬町の牢から 江戸市中を引き回され、東海道沿いの札の辻(現在の田町駅付近)から 品川に至る小高い地で、火刑に処せられました」(高輪教会のホームページから)。高輪教会は、殉教地である札の辻に近いことから、殉教者の元后にささげられており、通常は毎年11月頃に殉教祭が行われます。(写真は2018年の殉教祭)

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全国各地の殉教者のそれぞれの殉教の日が異なるので、それぞれの記念の行事などの伝統があることだと思いますが、7月1日には、是非とも日本における信仰の礎となった188殉教者を思い起こし、その勇気と信仰に倣うことが出来るように、取り次ぎを祈りましょう。

中央協議会のホームページには、殉教者たちについていくつもの記事が掲載されています。是非ご一読ください。またそこには、殉教者を顕彰する今日的な意味を、こう記しています。

「『ペトロ岐部と187殉教者』は、それぞれ、現代に通じるメッセージをもっていますが、その根底に流れる共通点は、神と一致した生き方を貫いたこと。言い換えれば、神の価値観を公言し、福音的でない価値観を、勇気をもって拒否したことではないでしょうか。
現代人にとって福音のメッセージは、一見すると不合理で弱々しく、説得力に欠けるように感じられるかもしれません。それどころか、社会からは受け入れられず、反発を生むかもしれない、それでもなお、勇気をもってイエスの価値観に生き、それを証していくことこそ、いま私たちに求められる霊性ではないでしょうか」

日本の教会では、福者殉教者の列聖を求めて運動を展開しています。どうぞお祈りください。

 

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2021年6月28日 (月)

聖イグナチオ麹町教会で堅信式ミサ

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昨日、6月27日の日曜日午後3時半から、四ッ谷にある聖イグナチオ麹町教会大聖堂で、堅信式ミサを行いました。

麹町教会では毎年たくさんの方が堅信を受けられるのですが、このところの状況のため、通常の形で行事を行うことが出来ずにおりました。今年は、堅信式を三回に分け、昨日の第一回目をわたしが司式し、二回目と三回目は、わたしから主任司祭に委任して執行していただくことにしました。

昨日の第一回目で堅信を受けられたのは、95名の方々。この後、2回目に70名ほど、三回目に40名ほどが予定されているとうかがいました。堅信を受けられる皆さん、本当におめでとうございます。

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昨年はわたしが司式しての堅信式は行えなかったのですが、その前は2019年に141名、その前の2018年は137名の方が堅信を受けられました。新潟から東京に移ってきて初めて麹町教会で堅信式をしたときの驚きを、わたしはその日の司教の日記こう記しました。

「堅信を受けられたのは、なんと137名。137名ですよ、皆さん。と、ジャパネットの前社長なみの声で叫びたくなりますが、137名です。東京に来てから、あまりの違いに驚くばかりですが、先日の合同堅信式で200名を超えていたのも驚きましたが、今回は、単独の小教区で137名です」

今でも、地方の教区の現実と、東京の現実の違いに、堅信だけではなくてさまざまな側面から、驚き続けております。

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先日の清泉インターナショナルと同じように、今回も感染対策をとり、聖座の典礼秘跡省の感染対応の臨時の許可に従って、個別の按手を全体での一度の按手としたり、聖香油を綿棒で塗油するなどといたしました。またミサ後の祝賀会も行われませんでしたので、直接ご挨拶できなかった方々がたくさんおられたと思います。またミサの終わりには、花束や素敵な感謝のあいさつもいただきました。ありがとうございます。

麹町教会は、その地理上の位置にしても、背後に上智大学などで働かれるイエズス会員が控えていることからも、さまざまな意味で、重要な役割を持っている教会です。規模が大きいので、なかなか共同体意識を育てるのは至難の業だと思いますが、麹町教会としての共同体意識だけでなく、東京教区の全体と一緒に一つの体を形作っているという教区共同体の意識を、強く深く持っていただければと思います。(下の写真は主任の英師とミサ後に。)

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当日のミサの説教原稿はありませんが、以下のビデオから、お聞きいただくことが出来ますので、興味ある方はどうぞ。(19分11秒からスタートするリンクにしてあります)

 

 

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2021年6月26日 (土)

週刊大司教第三十二回:年間第13主日

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6月最後の主日となりました。年間第13主日です。週刊大司教は32回目です。

6月29日が聖ペトロ聖パウロの祝日ですので、毎年この直前の主日には、各小教区において、聖ペトロ使徒座への献金が行われます。以下その意義を解説する、中央協議会のホームページからの抜粋です。

「キリストの代理者、教会の最高牧者である教皇は、祈りと具体的な援助を通して全世界の人々にいつも寄り添っているのです。この教皇に心を合わせて、わたしたちも世界中の苦しんでいる人々のために祈りと献金をささげます。教皇のこうした活動のために充てられる聖ペトロ使徒座への献金は、8世紀ごろイギリスで始まった、大人も子どもも一番小さなお金である1ペニーを毎年教皇に献金する運動がもとになって世界中に広まったものです」

この困難な状況の中、世界各地において、教会はこれまでとは異なる方法で助けを必要としている人たちにアプローチしようとしています。教皇様ご自身も、援助を必要としている世界各地の人々への配慮を、さまざまな具体的形で示しておられます。教皇様の活動を支えるためにも、献金にご協力ください。

6月29日に近い月曜日には、毎年、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、東京教区で働く司祭の叙階金祝・銀祝などが行われてきました。また、土井枢機卿様、白柳枢機卿様、岡田大司教様と、1937年以来、歴代の教区司教の霊名がペトロだったこともあり、この月曜にお祝いのミサが捧げられてきました。今年は昨年と同様、感染症の状況下ですので、司祭叙階金祝・銀祝のお祝いは、年末の「テ・デウム」の際に行うことにしました。それでもこの月曜には、司祭団だけで、一般には非公開で、ペトロとパウロの祝日のミサを捧げる予定にしています。

どうぞこの月曜日、東京教区で働いてくださる司祭たちのためにお祈りください。また特に、ペトロとパウロの霊名をお持ちの神父様方のために、お祈りくださいますようにお願いいたします。

以下、本日午後6時公開の、週刊大司教第32回、年間第13主日のメッセージ原稿です。

年間第13主日B(ビデオ配信メッセージ)
週刊大司教第32回
2021年6月27日

「タリタ、クム。少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」

マルコ福音は、会堂長ヤイロの幼い娘が病気で伏せっていたときに、父親の頼みに応えてイエスが出かけた出来事を描写しています。福音は、到着したときにはすでに亡くなっていたヤイロの娘を、イエスが生き返らせたという奇跡物語を伝えています。

パウロはコリントの教会への手紙で、キリストから与えられた恵みと、教会における交わりによって豊かにされた者は、豊かに分かち合うものとならなければならないことを説いています。

知恵の書は、万物を造られた創造主が、それを滅びのためではなく「生かすためにこそ」創造されたのだと強調し、「世にある造られたものは価値がある」と記します。

イエスが行われた奇跡は、病によってうちひしがれ、人生の絶望の淵にある人たちが、イエスとの出会いによって生きる希望を取り戻した話でもあります。

教皇ベネディクト16世は回勅「希望による救い」に、「福音は、あることを伝達して、知らせるだけではありません。福音は、あることを引き起こし、生活を変えるような伝達行為なのです」と記しています。その上で教皇は、福音が伝えられることによって、「時間、すなわち未来の未知の扉が開かれます。希望を持つ人は、生き方が変わります。あたらしいいのちのたまものをあたえられるからです」(2)と記します。

教皇は回勅の中で、福音とはすなわちイエス・キリストとの個人的な出会いの体験であることを強調し、次のように続けています。

「このかたは自らこの道を歩き、死の国に降り、死に打ち勝って、戻ってきてくださいます。それは、この世でわたしたちとともに歩み、このかたとともにいれば、道を最後まで歩き通すことが出来ると確信させてくださるためです。死の時もわたしたちとともに歩んでくださる方。・・・この方が現実におられると知っていること。それが、信じるものの人生に生まれる、新しい『希望』です」(6)

豊かな希望に満たされたとき、人はその与えられた賜物を分かち合うために行動し、神が望まれたように、すべての被造物が滅びのためではなく「生かすためにこそ」創造されたことをあかししていきます。それが福音が伝わると言うことだと、教皇は強調しています。

神の似姿として、すべてのいのちはその尊厳を護られなくてはならないと、教会は常に主張しています。なぜならば、いのちはまさしく「生かすためにこそ」創造されているからです。人間の尊厳への理解が進んだ現代社会にあっても、いまだにさまざまな形でその尊厳がないがしろにされている存在があります。また現在の感染症による困難な状況の下、経済も悪化し、雇用環境も厳しさを増す中で、生活に困窮し、孤立のうちにいのちの危機に直面する人も少なくありません。異質な存在を排除しようとする差別的な言動によって、尊厳を否定されている人もおられます。さらに世界的なレベルでは、貧困や紛争が、多く人生を狂わせ、中には人間の尊厳を否定するような扱いを受けたり、物のように売買されたり、いのちを奪われたりする現実があることも否定できません。

福音は、希望をもたらす光であり、この社会を神が望むように働きかける力です。神の似姿であるすべての人の人間の尊厳が守られるように、福音を告げていきたいと思います。困難に直面する一人ひとりへ、立ち上がって希望を手にするようにと、今日主は「タリタ、クム」と呼びかけます。自らとの出会いへ招かれる主イエスの福音を、あかしする努力をいたしましょう。

 

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2021年6月22日 (火)

沖縄慰霊の日、6月23日

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6月23日は、沖縄慰霊の日です。太平洋戦争末期の沖縄戦で、陸軍の現地司令官だった牛島満中将が、昭和20年6月23日未明に、糸満の摩文仁で自決したとされており、沖縄県では1974年に「慰霊の日を定める条例」を制定し、戦没者の追悼と平和を祈る日とされています。(沖縄県公文書館のサイトによれば、1961年に6月22日を慰霊の日と定めて始まり、その後、1965年に史実を確認して翌23日に変更。さらに1972年に米国から日本に沖縄が返還されてからは、日本の「国民の祝日に関する法律」の適用外となったことから、1974年に県の条例で現在のように定めたと言うことです)

沖縄県の「慰霊の日を定める条例」の第一条には、「我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失つた冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため、慰霊の日を定める」とその目的が記されています。

この日には沖縄全戦没者追悼式が行われますが、カトリック教会も那覇教区が、毎年この日に慰霊のミサと祈りをささげる行事や、平和行進を行ってきました。残念ながら、感染症の状況下でもあり、今年は例年の諸行事が行われません。那覇教区のホームページによれば、今年は特別に、6月23日は午前11時から安里教会を主会場に各小教区でミサを捧げ、正午には全県民と心をあわせて黙祷をささげることとされています。23日には、沖縄のことを思い、恒久の平和を願い、また沖縄の地に神の平和が実現するように、祈りをささげましょう。

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例年は、那覇市の小禄教会で朝早くミサを捧げ、そこから糸満市にある魂魄の塔まで平和行進があります。わたしも戦後60年だった2005年に参加したことがありますが、そのときはすでに梅雨が明けていたので、なかなかの暑さの中での行進でした。(写真はそのときのものです)

昨年は戦後75年だったこともあり、また県外からの参加も出来なかったため、司教団ではこの慰霊の日に合わせて、戦後75年の平和メッセージ「すべてのいのちを守るためー平和は希望の道のり」を発表しました。こちらのリンクから、昨年のメッセージをご覧ください

メッセージにも記されているとおり、2019年の教皇訪日のテーマである「すべてのいのちを守るため」という教皇フランシスコの呼びかけは、ラウダート・シに記された「総合的エコロジー」の課題として、共通の家である地球を世話するようにと与えられたわたしたちの召命を生きることであり、将来の世代への責任であり、神から与えられたいのちという賜物を神の望まれるとおりに守り抜くことであり、ひいては神の秩序の実現、すなわち神の平和の確立を目指すことでもあります。メッセージにはこう記されています。

「あらゆる戦争を憎み、命を大切にしようとする沖縄県民の訴えに応え、今日、「魂魄の塔」に思いを馳せて、すべての戦争犠牲者のために祈りを捧げつつ、平和希求への決意を新たにし、行動を起こしましょう。

「人のいのちは何ものにも替えがたいとする沖縄の「ヌチドゥ宝」の心と、「すべてのいのちを守るため」という教皇フランシスコ訪日のテーマは重なっています。「いのちと美に満ちているこの世界は、何よりも、わたしたちに先立って存在される創造主からの、すばらしい贈り物」です。「『わたしたちが、自分たち自身のいのちを真に気遣い、自然とのかかわりをも真に気遣うことは、友愛、正義、他者への誠実と不可分の関係にある』(回勅『ラウダート・シ』70)のです」。それゆえ、戦争だけは、どんな理由があっても絶対に起こしてはなりません。わたしたちキリスト者は、こうした沖縄の人々の叫びと教皇フランシスコの言葉に共鳴し、戦争放棄と恒久平和を訴えます。「すべての人との平和」こそ、神の望みだからです」

歴史的にもそうですが、現在も沖縄は基地の課題など、限定された地域に大きな負担を負っています。そういった課題も含め、この地上に神の平和が確立されるように、祈り続け、また働きかけ続けていきたいと思います。また政治のリーダーたちに、聖霊の照らしと導きがあり、より良い道が見いだされるように、祈り続けたいと思います。

(追記)

那覇教区の教区報「南の光明」6月号に、ウェイン司教様の、慰霊の日にあたってのメッセージが掲載されています。こちらのリンクからご覧ください。

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2021年6月19日 (土)

週刊大司教第三十一回:年間第12主日

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6月20日は年間第12主日です。週刊大司教も31回目となりました。昨年、2020年11月8日の年間第32主日から、「週刊大司教」を始めました。ミサの公開が再開され、教会活動も徐々に再開されていた昨年秋、11月1日の諸聖人の祭日前晩のミサを持って、関口教会からのわたし司式の主日ミサ配信を一度終わりとしました。毎週土曜日の夕方6時に、イエスのカリタス会のシスター方に来ていただいて、聖歌もお願いしていましたが、関口教会の青年を始め多くの方から積極的なかかわりをいただき、心から感謝しております。

その配信ミサをひとまず休止としましたが、まだ感染症は終息せず、教会活動もさまざまな制約がありましたので、その次の日曜から、主日福音などに基づいたメッセージを、霊的聖体拝領の助けとして配信することにしました。これが「週刊大司教」です。その後も緊急事態宣言が再度発令されたりと、事態は流動的でしたので、「週刊大司教」を継続してきました。

今後を見通すことは難しいのですが、今の段階では、少なくとも五十回までは続けるつもりです。毎回のメッセージ原稿作成もそれなりに時間がかかります。しかしそれ以上に、事前の撮影と字幕入れなどを伴う映像編集には、教区本部の広報担当職員があたっていますが、その職員の通常業務に増し加わる負担も無視することは出来ません。したがって、状況を見極めるものの、今年の待降節の始まる前ころまでは、「週刊大司教」を継続の予定です。

三度目となる緊急事態宣言は、明日6月20日を限度として解除となりますが、翌日からはあらためて「まん延防止等重点措置」の対象地域として、東京都と千葉県が指定されます。7月11日までの予定です。

これにともなう東京教区の対応については、基本的に三度目の緊急事態宣言が発令される前に戻るのですが、公示文書を作成してありますので、各小教区には今日明日中にお伝えします。まだしばらくは、感染対策を緩めることは賢明ではないと思われますので、しばらくは、慎重に行動したいと思います。

オリンピック・パラリンピックが、すでに既定の事実として開催の方向に向かっているようですが、世界中からあれだけたくさんの人が、今の日本の、しかも首都圏で一時に集中することに、一抹の不安を抱かざるを得ません。実施するからには、不安を払拭できるように、できる限りの対策を打たれることを期待します。ワクチン接種については、わたしのところにも、本日土曜日、文京区から接種券が届きましたが、まだまだ全国的に広い範囲で二度の接種が終了するには時間がかかるでしょう。ですから、教会の活動はこれまで通り、当分は慎重な対応を続けていきたいと思います。

そのオリンピックですが、これまでどこの国でも(北京オリンピックでも)、選手村には宗教センターが設けられ、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、仏教という5つのグループが、開催期間中にチャプレンを派遣して、選手の精神的支えとなってきたと聞いています。この選手村に宗教センターを設けることは、必須の条件だという話も耳にしました。

今回の東京オリンピック・パラリンピックでも、当初は同様の計画があり、さまざまな宗教団体が協力して、宗教センターを運営したり、都内で宗教的行事を開催したりする予定で、数年前から話が進んでいました。東京教区でも、キリスト教諸団体のかたがたと協力して対応するために、オリンピック対応チームを任命して計画に参加してきました。残念ながら今回はこのような状況ですので、計画したとおりには進みません。これまでさまざまに話し合ってきた事は、行われません。一応、現時点では、リモートで、数カ国語のミサや聖書の話や、祈りなどを提供する予定で、そのためのビデオ作成に教区本部の広報担当が取り組んでいます。とはいえ、この時点になっても、本当にあるのか、あるならどのようにして行うのかなど、全く情報が伝わらないため、そもそも現実味が出てこないのですが、それでも、対応するためのそのような準備を進めています。当初企画していた、オリンピック・パラリンピック期間中の、カテドラルでの国際ミサなどは、やはり行わない方向です。

以下、本日午後6時配信の、週刊大司教第31回目のメッセージ原稿です。

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(なおメッセージ最後で触れている「人間の安全保障」については、こちらの2015年10月5日の司教の日記や、拙著「開発・発展・MDGsと日本」(サンパウロ、2012年)の冒頭の記事などもご覧いただければと思います)

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週刊大司教第31回
2021年6月20日

「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」

マルコ福音に記されているこの弟子たちの叫びは、現在のわたしたちの叫びでもあります。世界中の人が、新型コロナ感染症と、それに伴う社会経済活動の停滞の中で、いのちと生活の危機にさらされている現在、まさしくわたしたちは、荒波に翻弄される船の中に取り残されたような思いであります。

荒れ狂う波風を鎮められた主は、「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」と語りかけます。すなわち、この自然界をコントロールしているのは、人間ではなくて、創造主である神であることをイエスは明確にします。ヨブ記にも、世界を創造したのは神であって、それを支配しているのも神の権威であることが記されていました。

わたしたちは、科学や技術が発達しても、人間の知恵と知識には限界があることを、自然災害などを通じてたびたび思い知らされてきました。歴史に必ず刻まれるであろう今回の事態も、やはりわたしたちの知恵と知識には限界があることを明確にし、この世界を支配する神に祈り求め、叫び続けることの重要さを肌で感じさせています。

人間の限界を超えた出来事がなぜ起こるのかは、わかりません。しかしながら、わたしたちにはその理不尽さの中にあっても、神に祈り求めると同時に、出来ることを懸命に果たしていく務めがあります。弟子たちも、イエスを起こして声をかけるまで、ただあきらめて荒波に翻弄されていたわけではなく、なんとか船をコントロールしようと力を尽くしていたことでしょう。

パウロは、そういうわたしたちに対して、「キリストの愛がわたしたちを駆り立てています」と、コリントの教会への手紙に記し、キリストのために生きるようにと促します。キリストのために生きるわたしたちは、その愛に駆り立てられて、キリストのように行動する事を求められます。

キリストの愛に駆り立てられ、キリストのように生きようとするとき、神の似姿である人間の尊厳が、ないがしろにされるような事態が、この困難な状況の中で頻繁に起こることを見逃すことは出来ません。疑心暗鬼の中で不安に駆られる人の心は、どうしても安心を求めて利己的になってしまいます。自分のいのちの危機を感じ取るほど、他者への寛容さはたやすく忘れられてしまいます。そんな中で社会にあって異質な存在は、排除の対象となってしまいます。教皇フランシスコは、2018年の難民移住者の日のためのメッセージに、「あらゆる旅人がわたしたちの扉を叩くたびに、それはイエス・キリストとの出会いの機会になる」と記し、その上で、「受け入れ、保護、支援、統合」という四つの行動が重要だと呼びかけました。

わたしたちは、この困難のなかにあっても、助けを必要とする人たちに心を向け、「受け入れ」、「保護」し、「支援」しながら、社会全体へと「統合」しようとしているでしょうか。

かつて20世紀の終わりころ、国連が提唱する「人間の安全保障」の重要性を説いて、国際社会で高く評価されていたのは日本政府でした。武力による安全保障ではなく、一人ひとりの人間の尊厳を守ることで、世界の安全を確立しようと、政府は国際社会に呼びかけていました。残念ながら人間の尊厳が等しく守られる社会の実現への道は、まだまだ遠い道程だと感じさせられます。

不安な事態の中で恐れ悩んでいるわたしたちは、神のはからいに信頼して祈り求めながらも、同時にキリストの愛に駆られて、賜物であるいのちが守り抜かれるように、行動していきましょう。

 

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2021年6月12日 (土)

週刊大司教第三十回:年間第11主日

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6月は「みこころの月」と言われます。「みこころ」は、主イエスの心のことで、以前は「聖心」と書いて「みこころ」と読んでいましたが、近頃は「み心」と記されることが多いように思います。イエスのみこころは、わたしたちへのあふれんばかりの神の愛そのものです。十字架上で刺し貫かれたイエスの脇腹からは、血と水が流れ出たと記されています。血は、イエスのみこころからあふれでて、人類の罪をあがなう血です。また水が、いのちの泉であり新しい命を与える聖霊でもあります。キリストの聖体の主日後の金曜日に、毎年「イエスのみこころ」の祭日が設けられ、今年は6月11日でありました。

みこころの信心は、初金曜日の信心につながっています。それは17世紀後半の聖女マルガリータ・マリア・アラコクの出来事にもとづく伝統であります。聖体の前で祈る聖女に対して主イエスが出現され、自らの心臓を指し示して、その満ちあふれる愛をないがしろにする人々への悲しみを表明され、人々への回心を呼びかけた出来事があり、主はご自分の心に倣うようにと呼びかけられました。そしてみこころの信心を行うものには恵みが与えられると告げ、その一つが、9ヶ月の間、初金に聖体拝領を受ける人には特別なめぐみがあるとされています。イエスは聖女に、「罪の償いのために、9か月間続けて、毎月の最初の金曜日に、ミサにあずかり聖体拝領をすれば、罪の中に死ぬことはなく、イエスの聖心に受け入れられるであろう」と告げたと言われます。

1856年に教皇ピオ9世が「イエスのみこころ」の祭日を定め、さらにその100年後、教皇ピオ12世は、みこころの信心を深めるようにと、回勅をもって励ましを与えられました。さらにそれから50年後、教皇ベネディクト16世は、2006年5月15日付でイエズス会の総長に宛てて書簡を送り、イエスのみこころへの信心は決して過去のものではなく現代的な意味があると述べながら、次のように記します。

「内面的に神を受け入れた人は皆、神によって形づくられます。神の愛を経験した人は、その愛を「召命」として生きなければなりません。人はこの「召命」にこたえなければなりません。主は「わたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った」(マタイ8・17)かたです。この主に目を注ぐことによって、わたしたちは人の苦しみと必要にもっと気づくことができるようになります。
 槍で刺し貫かれたイエスの脇腹を礼拝しながら観想することにより、わたしたちは、人びとを救おうとする神のみ旨を感じることができるようになります。この観想によって、わたしたちは、救いをもたらす神の憐れみに自分をゆだねることができるようになります。それと同時に、この観想は、神の救いのわざにあずかり、神の道具となりたいというわたしたちの望みを強めます。」(全文は中央協議会のHPで

みこころの月にあたり、イエスを通じて具体的に表された神の愛の心に触れ、それを自らの心とし、倣って生きることが出来るように、努めたいと思います。

以下、本日午後6時配信の「週刊大司教」第30回目のメッセージ原稿です。

年間第11主日B(ビデオ配信メッセージ)
週刊大司教第30回
2021年6月13日

「神の国を何にたとえようか。・・・それは、からし種のようなものである」と語るイエスの言葉を、マルコ福音は伝えています。

取るに足らない小さな種から始まって、「葉の陰に空の鳥が巣を作れるほどの大きな枝を張る」までに育っていく過程を述べて、神の創造の業が人間の常識をはるかに超えた神秘のうちにあることを思い起こさせながら、イエスは神の国の実現への道を語ります。

エゼキエル書も同じように、レバノン杉の小さな梢を切り取り、山の上に移すことで、今度は大きな枝を張るレバノン杉が育っていくことを記し、それをつかさどる神の力の偉大さを伝えます。

パウロは、わたしたちの永遠の住みかは天にあるのだとしても、この地上での生活には重要な意味があることを指摘し、「体を住みかとしていても、体を離れているにしても、ひたすら主に喜ばれるものでありたい」と記します。

すなわち、わたしたちは、主とともに天上の神の国で永遠の喜びのうちに生きることを望んでいるとしても、同時に、今生きているこの世界の現実の中で、同じように神に喜ばれるものとして、主から与えられた使命に忠実に生きる務めがあることが、パウロの言葉から示唆されています。

わたしたちには、主イエスの福音を、ひとりでも多くの人に伝えるという使命が与えられています。その業は、派手なパフォーマンスによって達成されるのではなく、小さな努力の積み重ねの上に成り立つのだということを、からし種のたとえから学びたいと思います。一人ひとりの小さな働きは、まさしくわたしたちが播く小さなからし種であります。しかしその種は、神によって育まれる限り、人間の常識をはるかに超える実りをもたらします。救いの業は、神の業であって、わたしたち人間の業ではありません。

去る5月11日、教皇フランシスコは、自発教令「アンティクウム・ミニステリウム」を発表され、信徒の奉仕職としての「カテキスタ」を正式に制定されました。

カテキスタというこの奉仕職は、決して新しいものではなく、すでに新約聖書の中に、初代教会における務めとしてその役割を見いだすことが出来ます。教会は当初から、聖霊の働きに従順に従い、教会の働きのために生涯をささげた信徒によって果たされる、さまざまな奉仕職によって支えられてきました。

第二バチカン公会議以降、教会は福音化の働きにおける信徒の役割の重要性を強調してきました。第二バチカン公会議の教会憲章に、こう記されています。

「信徒に固有の召命は、現世的なことがらに従事し、それらを神に従って秩序づけながら神の国を探し求めることである。自分自身の務めを果たしながら、福音の精神に導かれて、世の聖化のために、あたかもパン種のように内部から働きかけるためである」(31)

カテキスタは、入信の秘跡の準備から、信徒の生涯養成にいたるまで、神の民に奉仕するための信徒の召命であり、社会におけるパン種として働きかける生き方でもあります。パン種のように、またからし種のように、小さな一人ひとりの忠実な奉仕が、聖霊の導きのうちに、神の国の実現のために大きな実りを生み出します。わたしたちは小さな事に忠実に生きるよう、呼ばれています。

新しく制定された信徒の奉仕職としてのカテキスタに限らず、キリスト者には、すべからく自分の召命に生きる務めがあります。神からの呼びかけに忠実なものでありましょう。

 

  

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2021年6月 7日 (月)

感染防止策と堅信式

キリストの聖体の主日にあたる6月6日、午前11時から、世田谷区にある清泉インターナショナル学園で、12名の方の堅信式ミサを行いました。

用賀にある清泉インターナショナル学園は、清泉女子大学などの母体である聖心侍女修道会を運営母体とし、もともとは戦後に進駐してきた米軍の要請で開設されたと、学校の歴史に記してありました。一歩敷地内に足を踏み入れると、そこは米国などの学校の雰囲気です。

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堅信式ミサは、学校の行事なのではなく、この学校の聖堂で、毎日曜日、シスターたちも交えて英語の主日ミサにあずかっている共同体の堅信式です。いろいろな司祭が日曜はミサのお手伝いを担当しておられると聞きましたが、この日は、イエズス会のキエサ神父様が共同司式に来られました。

12名の方は、さまざまな国や文化を背景に育っておられる、日本で言えば中学生から高校生くらいの男女。昨年も依頼されていましたが、ちょうど、公開ミサを中断にしていた時期と重なり、堅信式を行うことが出来ませんでした。堅信を受けられた皆さんおめでとうございます。

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さてこういう状況の中で、堅信式を行うのは容易ではありません。まずそれぞれの距離を広くとって、しかも十分な換気となると、学校の聖堂では狭すぎます。そこで今回は、学校側の配慮もあり、体育館を利用してのミサとなりました。広いですし、天井は高いですし、換気も十分。床を保護するために、関係者の方がシートを敷いてくださいました。ですから写真で見ると、本来は木の床がブルーになっています。

もちろん参加者は12名の受堅者と代父母、そして家族と一部の関係者に限定。聖歌は一切なく、その代わりに録音された音楽が流され、またミサの受け答えは、司会者がひとりで担当してくださいました。

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パンデミック下での堅信式については、昨年10月にバチカンの典礼秘跡省から、質問への回答という形で指針が発表されています。それによれば、このパンデミックの間にあっては、接触の機会を極力減らすため、塗油の時の直接の按手をしなくても秘跡は有効であり、また塗油にあたっては、例えば綿棒のようなものを介して塗油してもかまわないとのことです。昨日は、綿棒を使って聖香油を塗油させていただきました。

準備をしてくださった方々には、何度も教区本部と連絡を取り、十分な感染対策をとっていただいたことに感謝します。感染対策は十分でしたが、やはり一緒に唄ったり、語り合ったり、そしてミサ後の祝賀会など、行うことが出来ないことがたくさんあったのは残念でした。

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ミサ後に、一瞬マスクを外して、シスターたちと記念写真を。一番長老の99歳のシスターは、車椅子ですが、しかし頭脳明晰。お元気そうで何よりでした。次回は、安心して、一緒に聖歌を歌って、喜びを分かち合うことが出来るように、願っています。

付記:ちなみに、Facebookでこの件を書いたところ、ガーナの友人の司教から、「こちらは、感染対策をしながら、暑い中、135人も堅信で、大変だった」とコメントがありました。確かに、それは大変だと思います。またボツワナの司教さんからは、「先週こちらでは6人の堅信だったが、お祝いでした」とコメントが。地域によって、状況は大きく異なるようです。

 

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2021年6月 5日 (土)

週刊大司教第二十九回:キリストの聖体

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三位一体の主日の週の木曜日は、キリストの聖体の祝日です。ラテン語の呼び名で、しばしば「コルプス・クリスティ」と言われます。もっとも、多くの国では週日に集まることが難しいので、その次の日曜日にこの祝日を移動させることになっており、日本でもこの日曜日が、キリストの聖体の主日となります。

わたしが30年も前に働いていたアフリカのガーナの小教区でも、この祝日は日曜日に移動して祝われていましたが、ほかのキリスト教国と同様、ミサ後には聖体行列を行っていました。わたしが働いていたオソンソンと言う村は、カトリックを含めクリスチャンが多数でしたので、山間部にあり谷底に細長く広がる村を、主な部分だけでも、かなり歩いたことを記憶しています。村の中に4カ所ほど、椰子の木の葉などを組んだ仮の祭壇を設けて、行列の途中で祈りをささげ、御聖体で祝福をして回りました。

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この写真は、しばしば掲載していますが、その聖体行列に出かけるところです。左の後ろ上に見えているのが、オソンソン教会の聖堂入り口。聖堂正面を下っていくと小学校があり、左右へ分かれて村へつながる道です。御聖体は、聖体顕示台を、わたしの右横のおじいちゃんが担いでいる船のような台の中に安置してあります。この船のようなものは、この地域で部族のチーフが担がれて乗る台をイメージした縮小版です。カラフルな傘は、チーフに尊敬を込めてそうするように、御聖体を覆うものです。そのチーフを担いでいるのは、例えば下の写真です。

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そして、上述した、村の中に設けた仮の祭壇で聖体顕示台を一時安置し、祈りをささげ、祝福をして回りました。

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もちろん日本でも聖体行列が出来ればそれに越したことはありませんが、御聖体が見世物のように見なされる事態は避けなければなりません。御聖体はキリストの実存であり、ふさわしい敬意のうちに礼拝され、共にいてくださる主に感謝と祈りがささげられるのですから、持って回れば良いというものではありません。そういったふさわしい宗教的環境を整えていく必要も、常々感じています。

キリストの聖体の主日にあたり、こういった信仰の表現や行動が制限され、信教の自由が侵害されている国で、こころといのちの危機を肌で感じながら信仰を守っている多くの兄弟姉妹に、聖体のうちに現存される主が、常に共にいてくださることを、そして護り導いてくださることを、心から信じ、また祈ります。

さて以下、本日午後6時配信の、週刊大司教第29回目の、メッセージ原稿です。

キリストの聖体の主日B(ビデオ配信メッセージ)
週刊大司教第29回
2021年6月6日

主イエスは、最後の晩餐において聖体の秘跡を制定されました。それは、今も日々のミサにおいて繰り返され、わたしたちはミサに与り、聖体を拝領するごとに、あの晩、愛する弟子たちを交わりの宴へと招かれた主イエスの御心に、思いを馳せます。

主は、すべての思いを込めて、残していく弟子たちに、パンと葡萄酒のうちに自らが現存し続けること、すなわち、世の終わりまで共にいることを宣言なさいました。

「聖体は、信者の共同体に救いをもたらすキリストの現存であり、共同体の霊的な糧です」と、教皇ヨハネパウロ二世は「教会にいのちを与える聖体」に記しています。(9)

主イエス・キリストは、世の終わりまで、御聖体のうちに現存し、わたしたちとともに歩み続けておられます。

教皇ヨハネパウロ二世は、2004年の聖体の年にあたり発表された書簡「主よ、一緒にお泊まりください」に、こう記しています。

「信仰は、わたしたちがキリストご自身に近づくのだということを十分に意識して、聖体に近づくことを求めます。聖体の他の側面、つまり食事であること、過越の神秘であること、終末の先取りであることに、しるしに過ぎないものをはるかに凌駕した重要性を与えるのは、まさにキリストの現存なのです。聖体は、現存の神秘、世の終わりまでわたしたちとともにおられるというイエスの約束の完全な成就なのです。(16)」

御聖体のうちに主ご自身が現存されるからこそ、聖体のいけにえは「キリスト教的生活全体の源泉であり頂点」だと、教会憲章は指摘します。その上で、感謝の祭儀にあずかることで、キリスト者は「いけにえを神にささげ、そのいけにえとともに自分自身もささげる」と指摘します(11)。

すなわち、御聖体をいただくことは、神からお恵みをいただくという受動的な側面だけではなく、わたしたち自身が自分をいけにえとしてささげるという、能動的側面も伴っています。では、自らをいけにえとしてささげるとはどういう意味でしょうか。御聖体をいただくわたしたちには、どのような行動が求められるのでしょうか。

そもそも御聖体をいただくわたしたちには、主の死と復活を、世々に至るまで告げしらせる務めがあります。その上で、わたしたちには、その福音に生き、言葉と行いで、現存される主イエスそのものである神の愛をあかしする務めがあります。さらにわたしたちには、御聖体によってキリストの体と一致することで、一つの体としての教会共同体の一致を推し進める務めがあります。

教皇ヨハネパウロ二世は、「主よ、一緒にお泊まりください」で、こう指摘しています。

「たとえば、何億人もの人類を苦しめている飢餓の惨状や発展途上国を苦しめている病気、老人の孤独、失業者たちが直面している困難、移住者たちの苦労などをわたしは思い巡らしています。・・・わたしたちが真にキリストに従う者であると認められるのは、互いの愛と、とりわけ困窮している人たちへの配慮によるのです。これが、わたしたちのささげる感謝の祭儀が真正なものであるかどうかを判断するための基準となります。(28)」

御聖体の秘跡のうちに現存される主は、歴史の流れをわたしたちとともに歩みながら、自らの愛をわたしたちがあかしするように招いておられます。出向いていく教会であることを求めています。神のその愛に基づいた招きに、応える者でありましょう。

 

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2021年6月 1日 (火)

ブルネイのコルネリウス・シム枢機卿、逝く

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5月29日土曜日の昼頃、FABC(アジア司教協議会連盟)の香港にある事務局から、司教宛ての一斉メールがわたしのスマホに入ってきました。メールのタイトルは、単に「Cardinal Cornelius Sim」となっていました。そのタイトルにほかのことを想像したのですが、添付されていたのは、ブルネイのコルネリウス・シム枢機卿が帰天されたという知らせでした。(上の写真はFacebookから)

シム枢機卿は1951年9月生まれなので、まだ69歳です。しかもその訃報には、台湾の病院で亡くなられたと記されていました。

シム枢機卿とは、年齢は少し離れているものの、同じ時期に司教になったこと(彼が2005年1月、わたしが2004年9月司教叙階)、FABC関係の会議で何度か一緒になったこと、一度ファティマに出かけるグループで一緒になったことなどから、特に互いのFacebookでの繋がりでしばしばやりとりのあった友人でした。

ブルネイは、マレーシアに囲まれた比較的小さな国で、人口45万人ほどのうち7割強がイスラム教であり、カトリックは4%ほどの2万人弱と統計にあります。国全体が使徒座代理区で、働いている司祭は3人、小教区も3カ所と、統計には記されています。

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その教会で、シム枢機卿は98年から使徒座代理区長、そして2005年には司教に叙階され、教会を率いてきました。ご本人は、司祭になる前に欧米各地で学んだり働いた経験もあり、コミュニケーション能力に優れ、また聖霊刷新運動にも熱心であったと聞きますが、非常にダイナミックで、若者たちを引きつけるリーダーでありました。一度、韓国で行われたアジア青年大会に、教皇ミサに参加するために出かけたとき、わたしたちは白のスータンを着て壇上にいたのですが、シム枢機卿は、ポロシャツ姿で青年たちの輪の中に一緒に留まっておられたりと、ともに歩む牧者を体現された方でした。(上の写真は、2009年のFABC総会で、東ティモールのバジリオ・ド・ナシメント司教と話すシム司教)

Facebookなどを通じた発信も積極的で、ブルネイからのミサのネット中継や、さまざまな形での霊的指導にも取り組み、その熱心な霊的指導に魅せられ、指導を直接ネットを通じて(英語で)受けていた人は、日本にもおられます。

教皇様は、昨年11月28日の枢機卿会議で、シム司教をブルネイで初めての枢機卿に親任されました。シム枢機卿は、フィリピンのホセ・アドビンクラ大司教とともに、枢機卿会に出席するためにローマに行くことが出来ませんでした。新型コロナの状況のためです。ですから、土曜の朝にメールを受け取ったときは、てっきり、枢機卿さんたちが親任された後に、ご自分の名義教会(ローマ)に着座する慣例について、このたびはシム枢機卿に関してどうなるかのお知らせかと思ったのです。

昨年の8月、彼から受け取ったメッセージには、癌で闘病中であり、すでに手術を受けていたことも記されていました。確かにその半年前くらいから、彼のFacebookでの記事が内容的にも、投稿回数にしても、不安定になっていたことを感じていました。そしてそのメッセージでシム枢機卿は、東京の某病院名をあげ、そこでの治療を受ける可能性を探ってほしいとリクエストがありました。しかし時期はちょうど、新型コロナ感染症が拡大していた2020年夏です。そもそも移動と入国が簡単ではありません。

昨年10月25日に教皇様がシム司教を含む13名の新しい枢機卿の名前を発表されたとき、即座にお祝いのメッセージを送りました。すぐ回答があり、それには「教皇様は、病人を選んじゃったよ」と記してあり、地元のドクターたちと相談しながら、東京へ行く計画をまだ考慮していると記されていました。

最終的にシム枢機卿は、感染症の状況などから、同様の治療を受けることの出来る台湾の病院を選択されたものと思います。5月7日に台湾に出発する前日6日の、最後のブルネイでのミサのオンライン中継での説教が残されています(リンク先はyoutubeです)。長い闘病で、かなり力を使い果たしていたものと思います。力を振り絞って説教をする姿が残されています。ブルネイの教会のために、祈ります。

主よ永遠の安息を、シム枢機卿に与え、絶えざる光を彼の上に照らし給え。

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