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2022年3月11日 (金)

2011年3月11日から、11年となりました

東日本を中心に大きな地震が発生し、東北の広い地域、特に太平洋沿岸の広大な地域を、巨大な津波が襲ったあの日から、今日で11年となります。

あらためて、亡くなられた多くの方々を思い起こしながら、永遠の安息を祈ります。

なお、日本の教会は仙台教区を中心にして、全国の教区を挙げての復興支援活動を10年間行い、現在も形を変えて支援活動が続いています。昨年7月に、その10年間の活動の外部評価をしていただき、結果を公表していますので、こちらのリンクからご覧いただければと思います。(リンク先のページの一番下に、PDFファイルへのリンクがあります)

以下、すでに東京大司教区のホームページに掲載してありますが、11年目をむかえてのメッセージです。

東日本大震災から11年目を迎えて

カトリック東京大司教区 大司教
菊地功

2011年3月11日に、東日本大震災が発生して11年となりました。今年もまたあの出来事を忘れることなく心に刻み、大震災によって亡くなられた方々、またその後の過酷な生活の中で亡くなられた方々の永遠の安息をお祈りいたしましょう。また今でも行方が分からない方や、さまざまな形での避難生活を続けられる方も多数おられ、一日も早く、東北の地に希望が回復するように、心からお祈りいたしましょう。

教会は、いのちを生きる希望を掲げて、大震災発生から10年間、東北の地に生きる存在として、その役割を果たそうと務め、復興支援活動に取り組んできました。昨年の3月末で、全国の教区一丸となっての活動は、一旦終了となりましたが、そもそも教会は地元に根付いてある存在であることを考えるならば、今も東北各地の教会共同体を通じて、普遍教会としての支援の歩みは続けられています。

2019年11月に日本を訪れた教皇フランシスコは、東京での被災者との集いで、次のように述べておられます。

「食料、衣服、安全な場所といった必需品がなければ、尊厳ある生活を送ることはできません。生活再建を果たすには最低限必要なものがあり、そのために地域コミュニティの支援と援助を受ける必要があるのです。一人で「復興」できる人はどこにもいません。だれも一人では再出発できません。町の復興を助ける人だけでなく、展望と希望を回復させてくれる友人や兄弟姉妹との出会いが不可欠です」

わたしたちは、互いに助け合うために、支え合っていのちを生かすために、展望と希望を生み出すために、いのちを生きていることを、教会の10年にわたる復興支援活動の歩みを通じて神はわたしたちに語りかけ続けています。

教会は今、シノドスの歩みをともにしています。「交わり、参加、そして宣教」をテーマに掲げて、教会のシノドス性の具体化を求めているこの道程は、わたしたちが「ともに歩む」事を求めています。

シノドスの準備文書は、「シノドス的教会は、福音を告げながら、『ともに旅をする』のです。この『ともに旅をする』ということは、今日、みなさんの教会の中で、どのような形で起こっているでしょうか。わたしたちが『ともに旅をする』中で成長するために、霊は、わたしたちがどのような段階を踏むよう招いているでしょうか」とわたしたちに問いかけています。東北の地での復興支援活動は、日本の教会にとってまさしく「ともに旅をする」体験でした。交わりを通じて、福音を具体的に明かしする旅路でした。多くの方が、自分のできる可能性の中で「参加」する旅路でした。わたしたちは、あの10年間の旅路から学びたいと思います。

仙台教区は、まもなく3月19日に、エドガル・ガクタン司教様を新しい牧者としていただきます。震災を乗り越え復興の道を導いた平賀司教様に感謝するとともに、新たな牧者であるガクタン司教様と一緒に、これからも展望と希望を回復する道を歩み続けてまいりましょう。

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