2023年東京教区聖香油ミサ@東京カテドラル
東京教区の聖香油ミサが、本日、聖木曜日の午前10時半から、教皇大使の同席のもとに執り行われました。東京で働く教区と修道会、宣教会の司祭の多くが共同司式に参加し、秘跡の執行のために必要な聖なる油を祝福し、司祭は叙階の時の約束を更新しました。またミサ中に、東京教区の田町神学生とサレジオ会の深川神学生が、叙階に向けての一段階でもある朗読奉仕者の選任を受けました。
秘跡の執行に必要な聖なる油は、病者の油、洗礼志願者の油、そして聖香油があり、すべて純粋なオリーブオイルを用いています。また聖香油には、香料が混ぜられます。信徒の方の普段の生活の中で一番関わることが多いのは病者の塗油の秘跡に使われる油と、堅信式に使われる聖香油でしょう。また聖香油は、司祭や司教の叙階式にも必要な油です。
東京では聖木曜日に行っていますが、他の教区ではほとんどが昨日の水曜日に執り行っているかと思います。これは聖木曜日が主の晩餐を記念する日であり、御聖体が制定されミサが定められた日ですので、司祭のための日とされているからで、この日に教区で働く司祭は教区の司教と共に集い目に見える形で教区司祭団の一致を祈りのうちに再確認します。またこのミサで祝福された聖なる油を、復活徹夜祭などの洗礼や堅信のために持ち帰ります。ですから、できる限りすべての司祭が参加できるような日程の背邸が不可欠で、わたしが以前いた新潟教区もそうですが、聖香油ミサを聖木曜日に設定すると、多くの司祭がミサ後に自分の小教区に戻ることができなくなってしまいます(例えば新潟から秋田までは、車で5時間以上かかります)。そこで、多くの教区では遠隔地の司祭も参加できるように水曜に聖香油ミサを設定しています。
昨日行われた聖香油ミサについてもすでにいくつかの教区でネットにあげられていますが、新潟教区の成井司教様の説教が、とても心に響くものでした。こちらのリンクから、新潟のカテドラルでの写真と共に読むことができます。
以下、本日午前10時半から行われた、東京教区の聖香油ミサの説教原稿です。なおビデオは、ミサのはじめの部分でわたしのワイヤレスマイクが故障し、音声が途切れています。途中から回復しています。
聖香油ミサ
東京カテドラル聖マリア大聖堂
2023年4月6日いのちの危機を肌で感じ、集まることの困難さの中で直接に他者と出会うことを制限せざるを得なかったこの3年間の状況は、特別な体験のときでありました。まだ基本的な感染対策は必要と思われるものの、いわゆる普通の生活が戻ってきつつあります。
感染症対策のため、厳しい制限を教会が求めていた間、その結果として引き起こされるであろう将来を悲観して、様々なことが言われていました。このまま、自宅でお祈りすることで充分だという人が増え、教会に信徒が戻ってこないのではないか。共同体が消えてしまうのではないか。
以前でさえ、様々な事由によって教会から足が遠のいてしまう人が多数おられました。ですから、実際に教会に集まることが難しい状況が続き、様々なイベントが失われてしまって、その傾向に拍車をかけてしまったのかも知れません。いわゆる「普通」の状況が戻りつつあるいま、それぞれの教会共同体の現実はどうでしょうか。
教会共同体は、常に聖霊によって導かれ、常に刷新されながら時の道を歩んでいます。教会は、常に古い存在であるけれど、同時に常に新しい存在でもあります。
弟子たちを招かれたイエスの呼びかけのことばに始まり、最後の晩餐での聖体の秘跡の制定と、十字架上での受難と死と復活。五旬祭の日、隠れて集まっていた弟子たちに聖霊が降り、福音が世界各地へと告知され始めた日。教会は、これらの出来事に根ざしています。その意味で、教会は常に古い存在です。しかし同時に、聖霊降臨のその日から、教会は常に聖霊の導きによって先へ先へと、時の流れの中で新たにされながら、前進を続けてきました。その意味で、教会は常に新しい存在です。
感染症の厳しい状況を経て、「普通」の教会になることは、決して3年前の状況を取り戻すことではないと思います。帰るのは過去ではありません。なぜならば、わたしたちは、常に古いけれども常に新しい、前進を続ける神の民だからであります。
前進を続ける神の民は、シノドスの歩みを共にしています。昨年夏には各国での段階、今年の三月末には大陸での段階が、ちょうど終了したところです。といっても、これでわたしたちのシノドスの歩みが終わったわけではありません。
常に聖霊によって新しくされている教会は、その聖霊の導きの方向性を、識別し続ける必要があります。現代世界憲章には、「神の民は、世界を満たす主の霊によって導かれていることを信じ、この信仰に基づいて、現代の人々と分かち合っている出来事、欲求、展望の中に、神の現存あるいは神の計画の真のしるしを見分けようと努める(11)」と記されています。
時のしるしを読み取ることは、教会の変わることのない務めであります。シノドスの歩みは、まさしく、教会共同体が、聖霊の導きを識別し、常に時のしるしを読み取る中で、現代社会に福音を告げしらせ、「教会は人間についてどのように考えているのか。現代社会の建設のために提示すべき者は何か。世界における人間活動の究極的意義は何か(現代世界憲章11)」という問いへの回答を示す存在であり続けることを、当たり前の姿にしようとする道を模索するものに他なりません。
教皇様はこのシノドスの歩みに関連して、2022年8月から今年の2月まで、14回にわたって一般謁見で、「識別」についての講話をなさいました。翻訳されて中央協議会のホームページに掲載されています。
その中で、識別に必要な助けとして、「神のことばと教会の教義を基にした判断」と、「聖霊のたまもの」をあげておられます。その上で、共同体における交わりの重要性をこう指摘します。
「アフリカの思慮深いことわざがあります。・・・「早く到着したいのならば、一人で行きなさい。安全に到着したいのならば、他者とともに行きなさい」・・・。人と一緒に、あなたの部族の人たちと一緒に行きなさいというのです。これは大切なことです。霊的生活において、わたしたちのことを知っていて、手助けしてくれる誰かに同伴してもらうことの方が、一人よりも良いからです。これが霊的同伴です」
感染症の困難さをなんとかくぐり抜け、新たに出発しようとしている教会は、いまだからこそ、共同体であることの大切さを見つめ直し、霊的な支えあいのうちにともに歩むことの重要性を理解し、小西神父様が教区ニュースに書かれていましたが、「お互いに相手に対して小さくなる信仰の共同体」を実現していきたいと思います。
共にシノドスの道を歩み続ける教会共同体にとって、牧者である司祭の存在は重要です。ですから、今日のこのミサで、教区で働く司祭団が見守る中で、朗読奉仕者選任式が行われることには、福音宣教の後継者の誕生につながるという大切な意味があります。
司祭への道は、決して共同体の中で序列が上がり段々と偉くなっていくのではなく、反対に、出会う多くの人にいのちを生きる希望を見いだす道を示し、互いの絆を生み出し深めていくために、ともに歩む姿勢を学んでいく道です。司祭養成の道を歩むことは、力強いものとなっていく道ではなく、自分の弱さ、足りなさの自覚を深める道です。自分の弱さを自覚するからこそ、神の力が自分のうちで働くのです。力不足を自覚するからこそ、支えてくださる多くの方々の祈りの力を感じることができるのです。どうか、常に謙遜な奉仕者であってください。
同時に、司祭の養成には、信仰共同体の愛に満ちた関わりも不可欠です。司祭の養成は、教区や神学院の養成担当者だけの責任ではなく、教会共同体の皆が責任を分かち合い、祈りを通じて、養成を受ける神学生と霊的に歩みをともにすることが必要です。また神学生にあっては、養成の歩みを進める中で、しばしば困難に直面し、人生の岐路に立たされます。そのようなとき、ふさわしい選択をするためには、多くの人の祈りによる支えが大切です。わたしたちの召命も、信仰における連帯によって生かされます。どうぞ、神学生のために、そして新たな召命のために、お祈りを続けてくださるようにお願いいたします。
さて聖香油ミサは、日頃は目に見える形で共に働いているわけではない東京教区の司祭団が、司教と共に祭壇を囲み、信徒を代表する皆さんと一緒になってミサを捧げることによって、教会の共同体性と一致を再確認する機会です。司祭のみなさんの、毎日のお働きに心から感謝申しあげます。神父様方の献身的なお働きによって、教区は前に進む力を得ています。
また司祭の役務を果たす中で秘跡の執行には深い意義がありますが、それに必要な聖なる油を、司祭団は司教と共にこのミサの中で祝福いたします。
加えて、この説教のあとで司祭団は、それぞれが司祭に叙階された日の決意を思い起こし、初心に立ち返ってその決意を新たにいたします。一年に一度、司祭はこのようにして共に集い、自らの叙階の日、すなわち司祭としての第一日目を思い起こしながら、主イエスから与えられた使命の根本を再確認し、あらためてその使命に熱く生きることを誓います。
お集まりの皆さん、どうか、私たち司祭が、主キリストから与えられた使命に忠実に生き、日々の生活の中でそれを見失うことなく、生涯を通じて使命に生き抜くことが出来るように、祈りを持って支えてくださるように、歩みを共にしてくださるように、お願いいたします。
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