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2024年5月28日 (火)

アドリミナを振り返って:その8

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アドリミナの振り返りの続き、八回めです。アドリミナの週、三日目の午前中の続きです。(上の写真。福音宣教省玄関にあるヨハネ23世胸像)

朝一番の典礼秘跡省に続いて、福音宣教省へ移動しました。教会的に日本の教会は宣教地ですので、日本の司教たちは、すべて司教省ではなくて福音宣教省の管轄下にあります。アジアで司教省が管轄している司教は、フィリピンの一部を除いた司教たちだけです。

アドリミナの説明をしていて一番難しいのは、聖座を訪問しているのは、教皇からある一定の地域の裁治権を与えられている個々の司教であって、司教団の訪問というのはありません。ですから、アドリミナの訪問は、司教協議会として同じ日程で一緒に来るように言われていますが、基本的にはそれぞれの司教の訪問であって、司教団のアドリミナではありません。それぞれの司教が任されている宣教または司牧の地域について、自らの責任で報告するのが、アドリミナです。もちろん、個別の課題について話し合うために、司教団が、またはその代表が、聖座を訪問することはありますが、そういった司教団の活動と、アドリミナは異なっています。それぞれの教区司教(とその補佐)の報告訪問であって、便宜上、日程が一緒になっているものです。100名を超える司教がいる国などでは、いくつものグループに分かれてアドリミナ訪問をしますが、そういったケースでは、司教団の訪問ではないことが明確にわかるかと思います。

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さて福音宣教省です。福音宣教省は現在、二か所に事務所を構えています。一か所はスペイン広場の近くに昔からある、いわゆるプロパガンダ・フィデと呼ばれる役所。ここは1622年の創設です。もう一か所は、以前は新福音化推進評議会と呼ばれていた部署。こちらは2010年の創設で、サンピエトロの近くにあります。これが数年前、2022年の省庁再編で一緒になり、現在の長官は教皇様ご自身です。古くからある部署を、初期宣教部門と呼び、責任者はタグレ枢機卿様。新しい部署を世界宣教部門と呼び、フィッジケラ大司教が責任者です。

この日訪問したのは、福音宣教省の初期宣教部門で、こちらは日本における司教の選任から教会活動の様々な点、そして日本の司教たちにとってはバチカンのコンタクト窓口になる部署です。

サンピエトロからスペイン広場まで、一方通行の複雑な経路を、タクシーに分乗して向かいました。

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残念ながら、タグレ枢機卿様は、所要のため海外に出かけており、ちょうどこの時間にローマにもどってくるところとのことで、この日はお会いできず、次官のフォルトゥナートゥス・ヌワチュク大司教様が対応してくださいました。(上の写真、中央)。ナイジェリア出身のヌワチュク大司教様は、教皇大使やジュネーブの国連代表部などに努めた外交官出身ですが、非常に落ち着いた穏やかな笑顔の方で、快く日本の司教たちを迎え、話に耳を傾けてくださいました。

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福音宣教省初期宣教部門では、まず日本の司教を代表して、私から主に以下の諸点について、現状報告をさせていただきました。

社会全体の少子高齢化は激しく進み、教会活動にも影響を及ぼし、特に召命の著しい減少の一つの大きな要因になっていること。日本の社会の現実が、いわば神不在の相対的な価値観に支配され、宗教は従来のままの在り方ではその存在意義を失ってしまうこと。その中で、大規模災害の被災地での長期的な復興支援活動は、愛の業の具体的な実践による福音の証しとして大きな意味を持っていること。大阪高松教区が創設されたが、この件を決め進められた福音宣教省の意図が、日本の教会に十分に伝わったとは言い難いこと。福岡と東京の二つの神学院を合併し、東京での一つの神学院としたこと。教会内の様々な新旧の運動体と、それにかかわるもろもろの課題について。

これに対して次官からは、様々な課題について、福音宣教省としては、地域教会の神の民の善益を最優先にして、補完性の原理を守りながら、対話のうちに物事進めていきたいという決意が語られました。さらに、2018年にアジアのための神学院を同省が東京に設立しようと試み、それに伴って内外で混乱を招いたことへの謝罪の言葉がのべられました。

また海外から日本に来られている多くの宣教師の働きに、感謝の言葉がのべられました。また同次官は、各教区からの報告書に目を通すと、日本に滞在する外国籍の方が増えている中で、教会も外国籍信徒の司牧に力を入れている様子がうかがわれ、そのことを高く評価したいと述べ、加えて、イエスご自身も聖家族とともに、エジプトで移民であったし、イスラエルの民もエジプトへ、またバビロンへと移り住んだ移民であったことを考えれば、移民や難民の方々のための司牧活動は、教会にとって重要だと力説されました。さらに教皇庁宣教事業への献金をはじめ、それぞれの教区がほかの国の教会を支援していることが報告書に記されているが、困難の中にあってもさらに困難を抱える兄弟姉妹に手を差し伸べてくださる日本の教会に、感謝したい。

このあと、それぞれの教区の現状などに基づいて、友好的な雰囲気で情報交換が行われ、昼過ぎには福音宣教省初期宣教部門への訪問は終わりました。

三日目の午前中は、これで終了です。なおタグレ枢機卿様は、金曜日の昼に司教たちの宿舎までおいでくださり、昼食をともにしながら、いろいろと情報交換をする機会を作ってくださいました。

(この項、続きます。「アドリミナを振り返って:その9」へ

 

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