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2024年5月24日 (金)

アドリミナを振り返って:その6

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アドリミナの振り返りの続きです。まだ二日目のことです。

二日目、4月9日の午前中は、総合人間開発省を終えて、トラステヴェレ地区からジャニコロの丘を越えてバチカンまで戻り、12時半に教理省まで向かいました。教理省の建物は、サンピエトロに向かって左手、シノドスや一般謁見の行われるパウロ六世ホールの手前にあり、入るためには司教団みんな揃ってスイス衛兵立っているゲートを通過しなくてはなりません。海外から来た司教団は入構許可証を持っていないので、事前に登録していないと通してはくれません。

もちろん福音宣教省が手配をしてくださっているので、日本の司教団は訪問者リストに掲載されており、「全部で何人ですか」などと問われながら、ぞろぞろと左手の教理省に向かいました。

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さすがかつては異端審問などをした検邪聖省であったこともあり、歴史のある建物(通称サント・ウフィチオ)は、重々しい雰囲気でした。その重々しい雰囲気の建物の二階にある、さらに重々しい雰囲気の会議室に通されて、長官の登場を待つことに。長官は教皇様と同じアルゼンチン出身の神学者で、教皇様のいくつかの回勅などの原案作成者ともいわれているビクター・フェルナンデス枢機卿。

待つことしばしすると長官他が現れ、予定されていた通り、日本の司教団が用意したレポートを読み上げ始めると、もうレポートの内容は知っているから読まなくてもよいとの指示があり、それから、一時間近く、長官や次官からのお話をいただくことになりました。

長官からは、信仰の伝達についての要点のお話のあと、ヨーロッパとは文化的背景の異なる日本における信仰の伝達について、教理省は興味をもって見ているとの話があり、どのようにキリストを伝えているのかについて質問がありました。

司教団からは、日本の教会の現状を説明し、特にこの十数年は、東日本大震災後の復興支援への長期的な関わりの中で、具体的に目に見える形で信仰を証しする機会を得ていることを説明しました。またそういった活動を通じて、地域の共同体との交わりも深まっていることを説明しました。また社会福祉や教育を通じて、社会に深く浸透してきた背景についても説明しました。

さらに、司教団からは事前に死刑廃止への取り組みに関連して、袴田さんのケースについても報告していましたが、長官からは死刑廃止への取り組みの重要さが改めて強調され、そのためにも前日発表された人間の尊厳についての宣言をよく研究してほしいとの言葉がありました。

そして教理省が性虐待問題を担当していることもあり、それらについて手引書を作成している最中であるので、協力しながら、こういった問題に対処していきたいので、こまめに相談をしてほしいとの要請が、次官からありました。

2時近くになって宿舎へ戻り、昼食をとった後、今度は夕方5時に、シノドス事務局へ出かけました。シノドス事務局は、サンピエトロにつながるコンチリアツィオーネ通りに面していますので、宿舎から歩いてすぐです。

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シノドス事務局では、長官(事務局長)のマリオ・グレック枢機卿、次官のシスター・ナタリー・ベカード、同じくルイス・サンマルティン大司教他が迎えてくださいました。

日本からはわたしが、シノドスへの取り組みと、特に3月に開催された日本におけるシノドスの集いについてパワーポイントを使って説明し、特にコロナ禍の中、教会で集まったり、大きな大会をすることができない状況であったことや、矢継ぎ早に送られてくる大量の文書の翻訳には時間がかかることなどを説明し、同時にシノドスの中心的な手法である霊における会話を、これから長い時間をかけてでも、じっくりと全国に広めていく計画であり、そのために特別チームを創設したこと、また日本での集いを行ったことで、すべての司教がこれを体験し、その重要さに目覚めたことなどを報告しました。

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シノドス事務局からは、各教区での体験を聞きたいとのリクエストもあり、それぞれの司教様が、ご自分の教区での体験をやご自分がシノドスのプロセスに感じていることなどを分かち合いました。

事務局からは、これは一過性のイベントではなく長いプロセスであること、小教区の皆に参加してもらうことの大切さ、インターネットをもっと活用することの重要性についての指摘があり、また翻訳の困難さへの理解と、理論を学ぶことではなくて実践こそが重要であることなどが指摘されました。また長官からは、あらためてシノドスの道は民主主義ではなく、教会はあくまでも位階的組織であることを忘れてはならない。司教の権威なしにシノドスの道は存在しえないことが強調されました。また聖体祭儀において私たちは一致を体験するのだから、シノドスの道の中心にはエウカリスティアがあることを強調してほしいとの言葉があり、非常に和やかな雰囲気のうちに、訪問を終え、アドリミナの二日目は夜7時過ぎに終わりました。

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(この項、続きます。「アドリミナを振り返って:その7」へ

 

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