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2025年5月31日 (土)

週刊大司教第210回:主の昇天の主日

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この一ヶ月ほどは、教皇フランシスコの帰天に始まり、続いて葬儀、教皇選挙、レオ14世の誕生、さらには以前から予定されていたメキシコでの国際カリタス理事会と、予定外のプログラムを含めて一ヶ月近く海外へ出ていることが続いたため撮影ができず、週刊大司教を一回お休みさせていただきました。申し訳ありません。今週からまた再開です。今週の週刊大司教が210回目となります。

なお2020年11月7日に第一回目を配信してはじまった「週刊大司教」ですが、過去のすべてのビデオは、こちらのリンクの東京大司教区のYoutubeアカウントからご覧頂けます。

主の昇天の主日となりました。

教皇フランシスコの回勅「ラウダート・シ」が発表されてから10年となりました。単なる環境問題への取り組みにとどまらず、わたしたち被造物のふさわしいあり方を問いかけ回心を促すこの回勅は、いままだ解決の糸口さえ見いだされていない地球の様々な問題を目の当たりにするとき、決して時間とともに色あせていくような内容ではありません。

この課題に真摯に取り組むために、司教協議会には啓発活動をするための、「ラウダート・シ」デスクが設けられています。こちらのホームページをご覧ください

またわたしが事務局長を務めているアジア司教協議会連盟(FABC)では、3月にバンコクで行われた中央委員会の際に、FABC司牧書簡を発表しています。この書簡のタイトルは、「アジアの地方教会へ――被造界のケアについて。エコロジカルな回心への呼びかけ」です。邦訳が中央協議会のサイトに掲載されていますので、どうぞご一読ください。

以下、本日午後6時配信、週刊大司教第210回、主の昇天の主日のメッセージです。

主の昇天の主日C(ビデオ配信メッセージ)
週刊大司教第210回
2025年6月1日

使徒言行録は、弟子たちに対して天使が、「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか」と語りかけたと記します。死を打ち破って復活された栄光の主が、自分たちから去って行く。残されたわたしたちはどうなるのだと、呆然として弟子たちはたたずんでいたのでしょう。

この天使の呼びかけは、諦めと失望のうちに呆然と立ち尽くすのではなく、イエスが再び来られることを確信しながら、その日まで、イエスから託された使命を果たして生きよという、弟子たちの行動を促す言葉であります。

イエスから託された使命とは何でしょうか。ルカ福音も使徒言行録もともに、「地の果てに至るまで、わたしの証人となる」というイエスの言葉を記します。語るのは自分の考えではありません。自分の才能を披露することでもありません。聖霊に導かれて、イエスが何を語ったのか、何を成し遂げたのか、その言葉と行いについて、世界中のすべての人に向かって語ります。それこそが証しの行動です。すなわち福音宣教であります。だから弟子たちは、イエスが天に上げられた後に、喜びに満たされて、「エルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた」と記されています。隠れているのではなく、多くの人に向かって証しを続けたのです。

そして、現代社会の中で生きている弟子というのは、福音を信じているわたしたちひとり一人のことであります。現代社会に存在するありとあらゆるコミュニケーションの手段を駆使して、ひとりでも多くの人に、イエスの証しを届けていく者でありたいと思います。

2015年5月24日に教皇フランシスコの回勅「ラウダート・シ」が発表されたことを受けて、毎年5月末には「ラウダート・シ週間」が設けられ、教皇フランシスコが呼びかけた総合的エコロジーの視点から、わたしたちの共通の家である地球を守るための道を模索し、行動を決断するように招かれています。

今年の「ラウダート・シ週間」は、ちょうど昨日まで、5月24日から31日までとされていました。今年は回勅が発表されてから10年という節目の年であり、同時に「希望の巡礼者」をテーマとした聖年の真っ最中です。そこで今年の「ラウダート・シ週間」もそのテーマを、「希望を掲げて」としていました。新しい教皇レオ14世も、教皇フランシスコの始められたともに歩む道を、同じようにともに歩み始めています。そのペトロの使徒職のはじめから、平和と対話の大切さを説き続けています。わたしたち神からいのちを賜物として受けたものが、共に生きる家を守り抜き、託された使命を果たし、ともに歩んでいくことができるように、ともに務めていきたいと思います。

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2025年5月29日 (木)

国際カリタス理事会@メキシコ

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ローマでの一連の行事が終わり、メキシコへ行って参りました。国際カリタスの理事会にあたる代表委員会のためです。

国際カリタスは世界を七つの地域に分けています。1:アフリカ、2:アジア、3:ヨーロッパ、4:ラテンアメリアとカリビアン、5:中東と北アフリカ、6:北アメリカ、7:オセアニア、となっていますが、その各地域から責任者(地域カリタス総裁)と地域代表が参加する年に二回開催される会議です。

通常は5月と11月にローマで三日間の会議を開催していますが、今年は聖年のためにローマでの会場確保が難しく、ラテンアメリカの地域の皆さんのお招きを受けて、メキシコシティでの開催となりました。

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国際カリタスは4年に一度開催される総会において、一定期間を定めた活動方針の枠組みや財務方針の枠組みを決定します。総会が最高決定機関です。その方針に基づいて、実際に運営するのが年に二回開催される代表委員会であり、さらに具体的な業務執行のために、総裁(わたし)と副総裁、総会計、聖座任命の二名の代表、代表委員会から選出された一名に、法務委員会委員長と事務局長を加えて、執行委員会を構成し、これが年に四回(そのうちに二回は代表会議に合わせ、二回はオンライン)。さらに総裁、副総裁、総会計、事務局長の四名で、毎月の打ち合わせをオンラインで行っています。このいわゆる役員の中でフルタイムで雇用されているのは、ローマに駐在する事務局長だけで(下の写真、右側がアリステル・ダットン事務局長)、後の役員はわたしも含め無報酬のボランティアです。現在の役員は、わたしも含めて2023年5月にローマで開催された総会で選出されており、現在4年の任期の半分まで来たところです。

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国際カリタスは、赤十字国際委員会(ICRC)に続く世界で二番目の規模を持つ民間災害救援NGOだと言われていますが、実際には世界で160を超える独立した地域カリタスの連盟組織体です。独立したというのは、連盟のメンバーになるためには、その地域を管轄する司教協議会などの認可が必要だからであり、それぞれの団体はその地域の司教たちの権威の下におかれています。国際カリタスの役割は、災害や緊急人道支援に当たってメンバーの活動や資金援助をコーディネートすることであったり、全体を代表して国連や諸国際会館の場で政策提言活動をしたり、世界的な規模でキャンペーン活動を行うことにあり、国際カリタス自体が巨額の資金を持ってプロジェクトを行っているわけではありません。

国際カリタスの憲章の冒頭にも、「国際カリタスに特に委ねられている務めは、ローマ教皇や司教たちの愛の司牧活動(慈善司牧活動)を支えることである」と記されていますが、特に教皇様の望まれる方針に従って、それを具体化する活動に全体として取り組むように調整をしています。

各地で活動するカリタス組織は、それぞれに歴史があり固有の名称があったりしますが、基本的にはそれぞれの国や地域のカリタスとしてのアイデンティティを明示し、国際カリタスの活動の一翼を担って活動を行っています。今現在も多くのメンバーが、ウクライナやガザで支援活動に取り組んでおり、またアフリカ各地でも様々な活動を行っています。さらには今年はの聖年に合わせて、「負債を希望に変えよう」というキャンペーンを行ったり、COP30に向けた啓発活動などを続けています。日本における活動は、カリタスジャパンが行っています。

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メキシコといえば、グアダルーペの聖母です。東京教区でもグアダルーペ宣教会の司祭が働いておられるので、その名前を耳にされたことはあろうかと思います。

メキシコシティには、そのグアダルーペの聖母の大聖堂があり、今回の代表委員会参加者全員でミサに与ることができました。ミサはメキシコシティの大司教カルロス・アグイアル・レテス枢機卿様が司式してくださり、カリタスからもわたしとオセアニアの責任者でトンガのマフィ枢機卿、中東北アフリカの責任者でジブチの引退司教であるベルティン司教、ラテンアメリカの責任者であるユカタン教区のロドリゲス大司教が共同司式しました。

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1531年12月9日にフアン・ディエゴに奇跡的に現れた聖母は、この地に聖母に捧げられた大聖堂を建設することを望まれ、地元の司教にそれを証明するために、フアン・ディエゴのまとっていたマントにその姿を映し出すという奇跡を行われました。そのマントは今でも大聖堂の祭壇の壁に掲げられており、祭壇裏手では間近に見ることもできます。ミサは平日の夕方に捧げられましたが、このときも大聖堂は大勢の巡礼者で一杯でした。

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ミサが終わり香部屋から退出すると、廊下で学生バンド((下)が待ち構えており、二曲を演奏し歌を披露してくださいました。聞くところでは、来年、演奏のために来日する予定があるとのことで、素晴らしい演奏でした。

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会議の会場は、メキシコシティの神学校の向かいにある、現地で創立された聖霊会という男子修道会の運営する黙想の家で行われました。広い庭のある会場でしたので、会議場での話し合いだけでなく、庭に出てのグループでの話し合いなども行われました。

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また黙想の家でのミサには、地元のシスターが中心になって結成しているグループが手伝いに来てくださり、ギターと様々な打楽器を駆使しながら、音楽を持って典礼を豊かにしてくださいました。特に、中央下あたりに写る男性が、様々な笛を駆使して、自然界の風の音などを再現しておられたのが強く印象に残っています。

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というわけで、ローマでの一連の行事が終わり、チケットの関係で一旦日本に戻り、東京のカテドラルで教皇レオ14世のためのミサを捧げ、そのままアエロメヒコの直行便で成田からメキシコへ飛びました。ローマの7時間の時差、メキシコの15時間の時差ですから、いま体の時間を元に戻すのに、一苦労しております。

 

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2025年5月17日 (土)

週刊大司教第209回:復活節第五主日C

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復活節も第五週となりました。

教皇レオ14世の公式写真が公開されています。バチカンメディアのサイトからダウンロード可能で、個人的に、または教会内で使うことができますが、営利目的、商用には許可が必要です。

教皇選挙後にも、新しい教皇様と枢機卿団のミサや集まりが開催されたこともあり、また帰りの便の席を確保する関係から(いつ終わるか不明で、帰りの便を事前に予約ができなかったので)、やっと水曜夜にローマを出る便の席が確保できましたので、帰国しました。ただ、教皇フランシスコの帰天から教皇選挙という一連の出来事が起こる前から、国際カリタスの行事と会議でメキシコなどへ出かけることが決まっており、その前半はキャンセルしましたが、後半の国際カリタス理事会は出席できますので、数日後にはまた一週間、不在となります。

そのため、残念ながら明日の主日の教皇様の就任ミサには参加できませんが、昨晩、5月16日の夜6時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、教皇大使にもおいでいただき、教皇レオ14世のためのミサを捧げました。400人を超える方に参加いただきました。ありがとうございます。なおこのミサのビデオは公開されていますので、一番下にリンクを張っておきます。

以下、本日午後6時配信、週刊大司教第209回、復活節第5主日のメッセージです。

復活節第五主日C(ビデオ配信メッセージ)
週刊大司教第209回
2025年5月18日

5月は、教会の伝統において聖母の月とされています。1917年5月13日に、ポルトガルのファティマで、聖母マリアが、ルチア、フランシスコ、ヤシンタと言う三人の子どもに出現され、自らを「ロザリオの元后」と名乗られた奇跡的御出現に基づき、5月13日はファティマの聖母の記念日です。そして、5月31日には聖母マリアの訪問の祝日も定められています。

教皇フランシスコは聖なる年、聖年を告知する大勅書「希望は欺かない」の終わりに、聖母について次のように記しています。

「神の母は、希望の最も偉大なあかし人です。この方を見ると、希望は中身のない楽観主義ではなく、生の現実の中の恵みの賜物であることが分かります。・・・無実のイエスが苦しみ死ぬのを見ている間、すさまじい苦しみにありながらも、主に対する希望と信頼を失うことなく、はいと言い続けたのです(24)」

その上で教皇様は、「海の星(ステラ・マリス)・・この称号は、人生の荒波に中にあるわたしたちを、神の母は助けに来てくださり、支えてくださり、信頼を持って希望し続けるように招いてくださるという、確かな希望を表しています」と記しています。

人生の道をともに歩むわたしたちに、十字架の主が常に共にいてくださり、荒波に飲み込まれ流されることのないようにしっかりと支えてくださっています。その人生の荒波にあって、希望の光を照らし続ける海の星、ステラ・マリスは、神の母マリアであります。聖母はわたしたちの希望の星です。この困難な時代にあって、神からの賜物であるいのちが、暴力から守られ、その尊厳が確立されますように、わたしたちのいのちの希望の道を照らす星、聖母の取り次ぎを祈りましょう

ヨハネ福音は、「互いに愛し合いなさい。わたしがあなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい」という、イエスが最後の晩餐の席で弟子たちに与えた「新しい掟」を記しています。 イエスの愛とは、永遠のいのちへの道を切り開いた、十字架の上での受難と死を通じて示された愛であります。徹底的な自己譲与の愛だからこそ、永遠のいのちへの希望を与えることができました。聖母マリアも十字架の傍らにたたずみ、イエスの苦しみをともにしながら、それでもすべてを捧げて、最初の日に天使ガブリエルに応えたように、「お言葉通りこの身になりますように」と徹底的に捧げ尽くした人生でした。

愛し合うためには、互いの存在を受け入れることが必要です。いのちの危機の中で、自己防衛の思いは、どうしても人間を利己的にしてしまいます。異質なものへの拒否感と排除の感情を強めます。今の時代だからこそ、「互いに愛し合いなさい」という言葉が必要です。

互いに心を開き、耳を傾けあい、支え合い、祈り合う信仰の絆こそがこの絶望的な状況から抜け出すための希望を生み出すのだと、シノドスの道はわたしたちに教えています。

なお次週の週間大司教は一回お休みさせていただきます。6月1日の主の昇天から再開します。

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2025年5月11日 (日)

教皇選挙を終えて

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多くの皆様のお祈りを頂いた教皇選挙が終わりました。前記事でも所感を記しましたが、これまで12年間にわたり導いてくださった教皇フランシスコに別れを告げ、その直後に今度は新しい牧者としてレオ14世を選出した枢機卿団の一員として関わらせて頂いたのは、多分、生涯に一度のことであろうと思います。このような場に立ち会うことを許してくださった、いのちの与え主である神様に、感謝しかありません。また教皇フランシスコの永遠の安息のため、そして新しい教皇の誕生のため、世界の多くの方が祈りを捧げてくださいました。教皇選挙に参加した133名の枢機卿は、皆、その祈りの力を感じながら、一連の行事に臨みました。皆様に感謝いたします。

さて、教皇選挙の具体的な内容については、書き記すことはできません。システィーナ聖堂(礼拝堂)に枢機卿団が選挙のために入堂する映像が、バチカン放送がそこまでは撮影しましたので、それがいろいろなメディアに上がっていますが、最初に、全員が、一人一人ラテン語で祈りを唱えて誓いを立てます。その中で、選挙に関連した内容や起こったことについて、一切口外しないという誓いを立てます。そのため、内容を具体的にお話しすることはできませんし、写真もありません。

映像によく出てくる、(例えばこのリンク先の日テレ)手を置いて一人一人が誓う部分は「わたしは、それらを約束し、誓います。いま手を置いている福音と神が助けてくださいますように」と言っているだけで、その前にある様々なことを誓う具体的な内容は、首席枢機卿(代理のパロリン枢機卿)が代表してラテン語で唱えています。映像に写っている部分はまだ秘密とされていない部分で、その後に、教皇儀典室長のラヴェリ大司教様が「エクストラ・オムネス」と宣言して、投票権者以外を聖堂から出して扉を閉めるところから、新しい教皇が、「投票結果を受諾します」と首席枢機卿に応えるまでが、教皇選挙の秘密部分です。ですから、この間はカメラも外へ出されますので、映像もありません。

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同時に、大勢の枢機卿がいますから、なんとなく雰囲気的な情報が様々なメディアに漏れ伝わるのでしょう。イタリアメディアを中心に、世界各国のメディアでは、様々な情報が飛び交っています。なかには正確に、誰が何票得たのに、それがそのあとで大きく変わったのは、これこれこういう裏事情があったのだと、かなり断定的に書いているメディアがありましたが、わたしもそれを見ましたけれど、わたしが目の当たりにした事実とはかけ離れた数字だったので、何らかのストーリーを作るための推測の結果なのだろうと思います。

事実は一つしかありません。システィーナ聖堂に集まった133名の枢機卿団は、祈りのうちに投票を繰り返し、主イエス御自身がすでに選ばれているに違いないペトロの後継者を見いだすために投票を続け、プレボスト枢機卿が3分の2以上の票を得て、教皇に選出された。それだけです。

枢機卿団は、教皇フランシスコが、第二バチカン公会議から始まって、歴代の教皇が進めてきた教会の改革を、さらに完遂しようとされた方向性を継続し、同時に明確な教えを持って教会の一致を確立する牧者を見いだすことに努めました。それは類い希な才能と霊性を持った教皇フランシスコを引き継ぐ第二のフランシスコの誕生ではなくて、それは不可能なので、主イエスが託された務めを忠実に果たす使徒ペトロの後継者を見いだすことに努めました。その結果です。

「教皇選挙」という映画があります。わたしも、3月にカリタスの所用でローマに来たときに、ANAの飛行機の中で見ました。ストーリーはちょっと荒唐無稽だなと思いますし、明らかに現実的ではないフィクションですし、実際にバチカンで撮影しているのでもないので、いろいろと実際とは異なるところがありますが、よくできた映像だと思います。映画の公開を通じて、日本でも、本当の教皇選挙に注目して頂けた部分も多くあろうと思います。

とはいえ、映画にあるように、あからさまな票のとりまとめとか、「これは戦争だ」と意気込んでみたり、いろいろと画策したり、皆の面前で、おまえはもうだめだみたいな指摘をしたりという、生臭い話は、残念ながらフィクションです。ああいったことは全く起こらず、食事の席では、互いに知らない人が多いので、自分の国の教会について互いに教え合ったり、非常に和気あいあいとしていました。この下の写真は、サンタマルタの廊下ですが、楽しくお話をして仲良しになった、バーク枢機卿(米国出身)の後ろ姿です。もちろんこの写真の撮影は、教皇選挙が終わって、スマホが警備から戻ってきてからのことです。

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サンタマルタに皆が到着したのは、選挙の前日です。そこで生活しているバチカンで働く聖職者はすでに他の施設に一時避難して、部屋をすべて教皇選挙投票者のために空けています。特設の入口には、空港と同じ保安検査の台が設置され、携帯やパソコンを始め、充電器など、すべての電子製品を没収され、特別な密封封筒に入れられます。皆、空港の検査以上だと驚いておいましたが、あれほど時間をかけて完全に検査されるとは思いませんでした。電子的な腕時計をしていた枢機卿も多く、すべて取り上げでしたので、部屋には時計がありませんから、多くの枢機卿から時間が分からないとの声が上がり、サンタマルタの職員の方が、慌てて電池式の目覚まし時計を大量にそろえたほどです。

部屋は、下の写真のように、窓ガラスには布が張られ、外のブラインドは開けないように、バチカン警察の封印がされていました。わたし達の泊まった部屋も、その前日までにバチカン警察のセキュリティー検査が行われ、わたしたちが入室する直前まで、扉が封印されていました。

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すでにスマホは持っていないし、パソコンもないのですが、サンタマルタの全館に特別な装置が設置してあって、携帯の電波は一切届かず、館内電話も外線に繋がりません。こうなると、やることがなくなります。厳格な黙想会にいるようなものです。本を読むか、祈りをするかしかありません。サンタマルタには一階に、教皇フランシスコが毎日ミサを捧げていた聖堂がありますが、今回はいつ足を運んでも、何名もの枢機卿さんたちが祈っている姿がありました。スマホやパソコン禁止も、もちろん外部からの情報で左右されないようにという独立性の理由もありますが、現代社会ではそれ以上に、祈る時間をしっかりと持つことにも繋がると実感しました。

バチカンニュースの映像や、日本では日テレのまとめ映像にもシスティーナ聖堂での選挙準備の様子が公開されていますが、各自の指定席の前に、名簿一覧などと併せて、緑色の結構分厚い本が全員の席に置かれています。一度映像をお探しください。この本は、教皇選挙の具体的なやり方や祈りの言葉や所作などをすべて記したもので、左側のページがイタリア語、右側のページがラテン語で、実際にはラテン語ですべて唱えますが、具体的な指示は、イタリア語を読んで行われていました。とにかくこの選挙は長い伝統の上に成り立つ儀式ですから、しっかりと定められたとおりにしないと無効になりますので、皆一生懸命、これを読み込みました。

またシスティーナ聖堂は、数年前に日本の企業のおかげで修復が進みきれいになっていますが、皆が投票する間は、ただひたすら待つだけですので、すべての素晴らしい芸術を、ゆっくりと眺める贅沢な時間を頂きました。

教皇選挙がよりよく行われるようにお祈りくださった多くの方には感謝ですが、それ以上に、投票権者の枢機卿団を外界から隔離して生活を維持させ、不測の事態に備えて待機し、食事を用意し、厳重な警備をし、また諸々の行事を行ってくださるために、枢機卿たちと同じように、バチカンに泊まり込みで働き支えてくださったバチカンの職員の方々には、感謝しかありません。選挙が二日で終わったとき、教会のみなさんもお喜びになられたことでしょうし、枢機卿たちも喜びましたが、一番喜ばれたのは、家庭に戻ることができる職員の方々であったと思います。職員の方々は、あの晩、投票を終えてサンタマルタに戻ってきた枢機卿たちを、玄関ホールに皆で列を作り、拍手で迎えてくださいました。わたしたちの方こそ、職員の方々に感謝しなくてはなりません。

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というわけで、お話しできる内容はこれくらいです。教皇レオ14世が、これからどのような言葉を語るのか、どのような行いをするのか、どのような方向へ歩もうとするのか、期待のうちに待ちたいと思います。教皇様のために祈り続けましょう。

 

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教皇レオ14世の誕生にあたり

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教皇レオ14世の誕生にあたって

5月8日夕刻、バチカンのシスティーナ聖堂に集まったわたしたち133名の枢機卿団は、前日7日の夕刻に始まった教皇選挙における第4回目の投票で、兄弟であるロバート・フランシス・プレヴォスト枢機卿を、第267代目の教皇に選出しました。

同枢機卿は枢機卿団の前で、首席枢機卿代理のピエトロ・パロリン枢機卿からの問いかけに答えて選挙の結果を受諾し、「レオ」と名乗ることを宣言されました。教皇レオ14世の誕生です。

レオ14世は、アウグスチノ修道会に属する修道者であり、また米国出身者として初めての教皇となられましたが、アウグスチノ修道会の総長を務めた経験や、ペルーにおける豊富な宣教師としての体験、さらにはペルーで教区司教として務めておられたこともあり、福音宣教の現場に精通しておられる教皇様です。また直近ではバチカンの司教省長官を務められ、司教の役割についても精通しておられます。その意味で、教会の司牧の現場と行政の現場の両方に深い知識と経験を持つ、力強い牧者の誕生であります。

教皇選挙の直前、フランシスコ教皇が帰天された翌日から教皇選挙の前日まで、日曜と5月1日を除いて毎日開催された枢機卿団の総会には、毎回、180名近い枢機卿が参加し、日本から参加したわたしや前田枢機卿様を含め、ほぼ全員が発言する機会を与えられました。その中で繰り返し強調されたのは、教皇フランシスコの類い希な深い霊性に基づく決断力と行動力への感謝の言葉であり、同時に教皇フランシスコが残された道を継続して歩み続けることの必要性でありました。しかしながら枢機卿団は、教皇フランシスコの後継者を探しているのではなくて、使徒ペトロの後継者を捜し求めているのだということを、皆が心に深く留めていました。枢機卿団が祈りのうちに求めたのは第二の教皇フランシスコの誕生ではなく、主ご自身から牧者となるように委ねられた教会を忠実に導く使徒ペトロの後継者でありました。多くの枢機卿が、多様性を尊重しつつも、信仰における明白性を持って、教会が一致することの重要性を強調されました。

これから教皇レオ14世がどのような司牧の道を進まれるのかは未知数です。教皇フランシスコとは異なる道を歩まれるかもしれません。引き継がれることも多くあるでしょう。そういった教会の現実の中で、ペトロの後継者に聖霊の豊かな祝福と、護りと、導きがあるように、教皇様のために日々お祈りいたしましょう。

サンピエトロ広場での第一声で、教皇レオ14世は、キリストの平和を確立することの重要性を説かれました。また対話と出会いの重要性を説かれました。共に道を歩むことの大切さも強調されました。現代の教会における社会教説の基礎となった回勅「レールム・ノヴァールム」を1891年に発表されたのは、レオ13世でした。レオの名前を継がれた教皇様には、社会に対する教会の働きかけについての強い思いがあるものと思います。

教皇様の声に耳を傾けながら、これからともに歩んで参りましょう。

また教皇を支え歩みを共にする枢機卿団のためにも、どうかお祈りくださいますようにお願いいたします。

2025年5月9日

カトリック東京大司教区 大司教
枢機卿 菊地功

(なお冒頭の写真は、2025年5月10日、午前10時からシノドスホールで開催された、教皇レオ14世と枢機卿団との最初の集まりで.。また下の写真は、同じ集まりで、バティスタ・レ首席枢機卿からのお祝いと励ましの言葉に耳を傾ける教皇レオ14世。レ枢機卿は壇の下におり、画面に映し出されています)

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2025年5月10日 (土)

週刊大司教第208回:復活節第四主日C

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復活節第四主日です。

教皇選挙については、できる範囲で別途記します。

以下、本日午後6時配信、週刊大司教第208回、復活節第四主日メッセージです。

復活節第四主日C(ビデオ配信メッセージ)
週刊大司教第208回
2025年5月11日

ヨハネ福音は、羊飼いと羊のたとえを記しています。「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける」と主は言われます。

復活の命への希望へと招いてくださる羊飼いである主イエスは、わたしたち羊をよく知っておられます。先頭に立って常に旅路をともに歩んでくださいます。そして常に呼びかけておられます。

問題は、先頭に立ってわたしたちを導いてくださる羊飼いとしての主の声を、果たしてわたしたちがしっかりと聞き分けているのかどうかでしょう。

現代社会はありとあらゆる情報に満ちあふれ、人生の成功の鍵という魅力的な誘惑で満ちあふれています。選択肢があればあれほど、決断が難しくなり、多くの人がその波間を漂いながら時を刻んでいます。その中で、希望の道へと招いてくださる牧者の声に耳を傾けることは、容易ではありません。それだからこそ、教皇様はいま進められているシノドスの歩みを最優先事項としているのであり、教会は2028年の予定されている教会総会に向けて、シノドスの道をともに歩みながら、互いに支え合い、耳を傾け合い、祈りのうちにその導きを識別しようと努めています。羊飼いの声を聴き分ける羊となろうとしています。

復活節第四主日は、世界召命祈願日と定められています。教皇パウロ六世によって、1964年に制定されました。元来は司祭・修道者の召命のために祈る日ですが、同時に、シノドス的な歩みを続ける教会にあっては、すべてのキリスト者の固有の召命についても黙想し祈る日でもあります。牧者の声を識別する役割は、すべてのキリスト者の務めであるというのが、シノドス的な教会の一つの特徴です。

今年の祈願日のメッセージで教皇フランシスコは、「召命とは、神が心に授けてくださる尊いたまものであり、愛と奉仕の道に踏み出すべく自分自身の殻から出るようにという呼びかけです。そして、信徒であれ、叙階された奉仕者であれ、奉献生活者であれ、教会におけるすべての召命は、神が、世に、そしてご自分の子ら一人ひとりに、糧として与えてくださる希望のしるしなのです」と記しておられます。

その上で教皇様は、世界がめまぐるしく変わる中で翻弄されて道を見失っている若者たちに特に呼びかけて、こう記しています。

「立ち止まる勇気を出して、自らの内面に聞き、神があなたに思い描くものを尋ねてください。祈りの沈黙は、自分自身の人生においての神からの呼びかけを「読み取る」ために、そして自由意志と自覚をもってこたえるために、不可欠なものです。」

第二バチカン公会議の教会憲章に、信徒の召命について、「信徒に固有の召命は、・・・自分自身の務めを果たしながら、福音の精神に導かれて、世の聖化のために、あたかもパン種のように内部から働きかけるためである(31)」と記されています。

牧者であるキリストの声は、わたしたちだけでなくすべての人に向けられています。それを正しく識別するために、キリスト者の働きが必要です。「自分自身の務めを」社会の中で果たしながら、「パン種のように内部から働きかける」召命を生きる人が必要です。「福音の精神に導かれて、世の聖化」のために召命を生きる人が必要です。

ビデオを添付すると欧州内ではFBにお知らせした場合に警告が出ることがありますので、youtubeのカトリック東京大司教区のアカウントをご覧ください。

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2025年5月 3日 (土)

週刊大司教第207回:復活節第三主日

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復活節第三主日になりました。

現在進行中の教皇選挙コンクラーベについては別途後刻にできる範囲で記します。秘密保持の宣誓をしますので、投票の内容についてお話しすることはできません。また事前に行われている枢機卿総会(投票権を持つ枢機卿と80歳を超えている枢機卿のすべてが参加)の内容も、一部マスコミに漏れていますが、秘密保持の宣誓をしていますので、詳らかにすることはできません。基本的には、教会の現状を見つめ直し、財政について報告を受け、次の教皇に必要な情報を分かち合う場になっています。

投票の開始は5月7日となりました。この日は、午前中に投票権を持った枢機卿団でミサを捧げ、夕方から全員が聖歌を歌いながらシスティナ礼拝堂に入堂し、一人ずつ宣誓を行った上で、最初の投票が行われます。投票権者の三分の二の得票が必要ですので、この一回目で決まることはないと言われています。その後、翌日からは、一日に四回の投票が行われます。現時点で、135名の有権枢機卿のうち、2名が病気のために欠席、そしてまだお二人の枢機卿がローマに到着していません。

どうか、教会の進むべき道を見いだすよりふさわしい牧者が選ばれますように、聖霊の導きをお祈りください。お願いいたします。

以下、本日午後6時配信、週刊大司教第207回、復活節第三主日のメッセージです。

復活節第三主日C(ビデオ配信メッセージ)
週刊大司教第207回
2025年5月4日

復活されたイエスは、自らの言葉と行いで、弟子たちの記憶を呼び覚まし、ご自分が復活の主であると証ししていきます。

漁に出たものの何もとれずに一晩を過ごした弟子たちに、網が破れんばかりの大漁という驚くべき出来事と、食事を一緒にしパンと魚を分け与えることを通じて、十字架の上での死を迎える前に、弟子たちが主イエスと共にいる中で体験した記憶を呼び覚まします。復活の主における永遠のいのちへの希望を確信した弟子たちは、勇気を持ってイエスと同じように、言葉と行いで、希望への道を証しする旅路を歩み始めました。

イエスが捕らえられたあと、三度にわたってイエスを知らないと否んだのはペトロでした。復活されたイエスは、同じく三度にわたって、「私を愛しているか」と尋ねたことをヨハネ福音は記します。ペトロは三度、「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と応えます。

イエスは、自分を捨てて、自分の十字架を背負って従うことを求めていました。いざというときに三度にわたって逃げようとしたペトロに対して、イエスは三度にわたって命を賭けてまで神を愛するのかと問いかけます。三度目の問いかけでペトロは始めてイエスのその切々たる思いを心に感じ、「主よあなたは何もかもご存じです」と応えています。このときペトロはイエスに身を委ねることで、初めてイエスに生かされて希望のいのちの中に生きることが可能となりました。

わたしたちはイエスに従うものでありたいと願っています。それは書かれた教えや規則に忠実であることだけでは到達できません。もちろん知識は重要です。約束事も重要です。しかしそれだけでは足りないのです。

生きるか死ぬかのいざというときに、知識はあまり役に立ちません。わたし自身も、ちょうど30年前のルワンダ難民キャンプで体験しました。武装集団が難民キャンプを襲撃した銃撃戦の中で、「友のために命を捨てる、それ以上の愛はない」と言うイエスの言葉を知識で知っていても、恐怖は積極的な行動を抑制しました。そのときに力を発揮するのは、何に身を委ねているのかであると、そのときにつくづく感じました。

ペトロがそうであったように、イエスご自身に完全に身を委ねることができたとき、つまりわたしたちが自分の弱さを認めたときに、初めて福音があかしされるのです。わたしがその道具となることができるのです。伝えるのは私の思いではありません。わたしたちが伝えるのは、希望のうちにわたしたちを生かしてくださる主の言葉と行いです。

ビデオリンクは後日記載しますが、Youtubeの、カトリック東京大司教区のアカウントをご覧ください。

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2025年5月 1日 (木)

この過ぎた一週間について

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教皇フランシスコが復活の月曜日早朝、4月21日に帰天されてから10日が過ぎました。あらためて、教皇フランシスコの果たされた普遍教会の牧者としての務めに感謝すると共に、その永遠の安息をお祈りいたします。

さて、教皇帰天の日の日本時間の夜、首席枢機卿からメールが来ました。首席枢機卿はジョバンニ・バチスタ・レ枢機卿で、御年91歳。お元気です。かつてヨハネパウロ二世の時代には国務次官、その後司教省長官を務めた方です。教皇様の葬儀の司式をされて、ビデオをご覧になった方はご存じでしょうが、とても力強い声で説教をされてました。

メールはすべての枢機卿に宛てられた通知で、翌火曜日の朝9時から枢機卿総会(General Congregation)を行うというものです。会場はバチカンのシノドスホール。もちろん行けるわけがありません。首席枢機卿事務局に問い合わせると、可能な限り早くローマに来てくださいとのこと。チケットの手配をするのですが、この時期、日本に来る方も多ければ逆の人も多い。しかも即座に東京での仕事を中断することもできない。というわけで、やっと手配できたのが、木曜日に関空から出るターキッシュ(トルコ航空)でした。その晩の関空発のターキッシュはほぼ満席。これでよく一席とれたものだと感心しながら機内に入ると、大阪万博に来られたトルコ政府をはじめとした関係者の方々で、機材も普段より大型化していました。おかげで一席取れたものだと思います。

出かける直前までいくつものメディアの方の取材が続き、ギリギリで、NHKの一時間ほどのラジオの収録もできました。お聞き頂いた方もおられることかと思います。「宗教の時間」という番組です。また、事前に約束していたオリエンス宗教研究所の講座向けの一時間のビデオ収録も済ませました。

さて、金曜日の午前中にローマに到着し、その日の夕方4時くらいに、国際カリタスの事務局長他スタッフと一緒に、教皇フランシスコのご遺体が安置されている聖ペトロ大聖堂まで向かい、お祈りをしてくることができました。

翌土曜日朝、バチカン周辺はすさまじい警戒で、道路はすべて封鎖。なんとか聖ペトロ大聖堂までたどり着いて、葬儀ミサに出席しました。枢機卿たちの着替えは大聖堂の三分の一を仕切って行われましたが、いつも以上に高いカーテンで仕切られていたのは、その向こうを各国の首脳が通られるからで、またトランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談も、その向こうの遙か彼方の片隅で行われたと後で伺いました。そのときは、全く気がつきませんでしたが。

広場で行われた葬儀ミサですが、祭壇を挟んで向かって右が各国首脳、左が枢機卿団です。わたしはたまたま一番前の列でしたが、祭壇向こうに、各国首脳が間近に見える場所でありました。

ミサ後に外へ出るにもかなりの時間を要しましたが、その間に教皇様の棺は各国訪問でも使われたパパモービルに乗せられ、埋葬場所と指定されたサンタマリアマジョーレ大聖堂に向かい、沿道に集まった多くの方々が、別れを惜しんで拍手で教皇様を送りました。

その日から9日間は喪に服すミサが行われることになっており、その二日目のミサは、本来はカルロ・アクティスの列聖式が予定されていた復活第二主日であり、列聖式は教皇様がいないとできませんから延期されましたが、多くの若者がイタリア中から集まり、パロリン枢機卿が司式して追悼ミサが捧げられました。現代の若者である聖人の誕生が少し先延ばしになりましたが、教皇様を偲んで、多くの若者たちが祈りを捧げました。


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翌月曜日から、わたしはやっと枢機卿総会に参加できることになりました。パウロ六世ホールの上にあるシノドスホールが会場で、イタリアの休日である5月1日と、日曜日の5月4日を除いて、毎日、5月5日まで、朝9時から午後1時まで、会議が行われます。月曜日には枢機卿団でバスに分乗し、サンタマリアマジョーレ大聖堂まで出かけ、教皇フランシスコの墓前で祈りを捧げました。

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遅れて到着した枢機卿たちは、まずラテン語で秘密保持の宣誓を行い、宣誓書に署名します。したがって、メディアに対してもそうですが、枢機卿総会で話されたことを口外することはできないはずなのですが、メディアでの報道を見ると、なぜか少しづつ漏れています。確かに毎日、会場入口付近には各国のメディアが待ち構えており、すさまじいまでの取材合戦になっています。

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また5月5日までは、連日夕方5時から追悼の九日間のミサが捧げられており、それに参加しますから、結局、どこかで昼食をとってこなくてはならず(会場で食事は出ませんので)、またミサには一時間前に集合なので、ほぼ丸一日かけて、様々な行事が進められています。

ご存じのように、わたしが最初に参加できた月曜日の総会で、教皇選挙は5月7日に開始と決まりました。それ以外の内容は、毎日、教皇庁の広報省からプレスリリースが出ています。これについては、中央協議会のホームページで特集が組まれ、記者発表も翻訳が随時掲載されていますので、ご覧ください。また同ページにも掲載されていますが、枢機卿団は二つの声明を採択し、公表していますので、ご覧頂ければと思います。

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火曜日の総会のはじめには、サン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ修道院長のドナート・オグリアリ師による講話があり、祈りの雰囲気のうちに会議は進んでいます。火曜日の段階で、投票権を持った枢機卿のうち124名がローマに到着しています。お二人が健康上の問題で参加できないと通知しています。あと数名の枢機卿の到着を待っているところです。

あらためて、どうか、教皇選挙のために、皆様のお祈りをお願いいたします。聖霊の導きによって、よりふさわしい牧者を、わたしたち枢機卿が選ぶことができるように、賢明な判断をする子ができるように、お祈りくださるようにお願いいたします。

 

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