アルベルト・ボッターリ大司教様帰天
2005年から2011年まで、駐日教皇大使を務められたアルベルト・ボッターリ・デ・カステッロ大司教様が、引退先の故郷、イタリアのトレヴィゾ(Treviso)で、去る7月13日に帰天されたとの知らせを受けました。83歳でした。
ボッターリ大司教様は、1966年に司祭に叙階された後、教皇庁の外交官養成所で養成を受け、各地の大使館で参事官などとして勤めた後、1987年に一旦この職務から離れ、カメルーンで宣教師として働かれました。カメルーンにおられた間には、小神学校の院長も務めておられ、アフリカを愛しておられました。
その後、1999年にガンビア、リベリア、シエラレオネ、ギニアの教皇大使に任命され、大司教の叙階を受けられました。
そして2005年に日本の教皇大使として任命され来日。その後、東北の大震災をともに経験し、教皇特使のサラ枢機卿様と被災地を一緒に訪問された直後、2011年6月にハンガリーの教皇大使に任命され、2017年に引退されてからは、故郷のトレヴィゾで過ごされておられました。
葬儀はトレヴィゾのミケレ・トマシ司教様が司式され、7月17日に行われたとのことです。
駐日教皇大使の間、精力的に日本各地の教会を訪問されました。当時わたしは新潟教区司教でしたが、2007年10月には秋田に来られ、秋田教会と土崎教会でミサを捧げ、一緒に男鹿半島の寒風山まで出かけたのをよく憶えています。上の写真は、そのときのものですが、一緒に写っていた参事官のカレンガ師(後に教皇大使として大司教)は、2019年に62歳で帰天されています。
また、ペトロ岐部と187殉教者には、山形県の米沢で殉教されたルイス甘粕右衛門始め53名の殉教者が含まれていますが、その列福感謝ミサで、米沢の北山原殉教地で、一緒にミサを捧げてくださったのも懐かしく思い出します。
最後にお会いしたのは2018年6月、わたしが東京大司教としてパリウムを教皇様からいただいたミサの前日に枢機卿会があり、そこで前田大司教様が枢機卿に親任されましたが、そのときにバチカンまでお祝いに駆けつけてくださいました。
世界の教会のために、特に日本の教会のために尽くしてくださったお働きに感謝し、大司教様の永遠の安息をお祈りいたします。
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