神の母聖マリア@世界平和の日2026年
みなさま、新年明けましておめでとうございます。
2026年がみなさまにとって、神様の祝福に満たされた平和な一年となることをお祈りいたします。
1月1日は神の母聖マリアの祝日であり、世界平和の日でもあります。教皇様の世界平和の日のメッセージはこちらからご覧ください。
以下、本日午前10時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で捧げられた、新年最初のミサ、神の母聖マリアの祝日ミサの説教です。
神の母聖マリア
東京カテドラル聖マリア大聖堂
2026年1月1日新しい年、2026年の始まりにあたり、お喜びを申し上げます。
聖母マリアの人生は驚きの出来事によって彩られた人生です。天使ガブリエルによる救い主の母となるというお告げ自体が、ひとりの少女の人生にとっては大きな驚きですが、イエスの誕生に至る日々も様々な驚きの連続であったことが、福音に記された物語から感じ取ることが可能です。驚きだけではなく、その中でマリアは人生をかけた選択をし、神の計画に身を委ねる決意を固めていきます。
人類の救い主の母となることを告げられたそのときから、また神の御言葉を胎内に宿したそのときから、さらに神のひとり子の母となったそのときから、マリアの心は様々に乱れ、恐れや悩みも様々にあったことだと思います。しかしルカ福音は、マリアがそういった一連の出来事に振り回されることなく、神の計画に信頼しながら、すべてを心に納めて、それらの出来事によって神が望まれる道はどこにあるのかを思い巡らし続けていたと伝えます。
わたしたちが生きている現代社会は、様々な情報が人間の処理能力を超えて世界を駆け巡り、さらには誤った理解やねつ造された事実が飛び回るなど、一つ一つの出来事にわたしたちは取り込まれて振り回され、一喜一憂し、現実を直視して深く洞察することもできないままに反応してしまったりします。そのようなことが続く中で、落ち着いて考えれば他の選択肢もあるとは言え、両極端な言説や過激な行動が見受けられるようになりました。そんな時代に生きているからこそ、わたしたちは聖母マリアが、起こっている出来事を心に納め、神の意思と計画を思い巡らしていたその祈りの姿勢に習いたいと思います。
同時に聖母マリアは、単なる模範ではなく、わたしたち教会の母でもあり、歩みをともにしてくださる方でもあります。神は、人となられた神の御言葉、暗闇に輝く一筋の光として、わたしたちの希望の源ですが、聖母マリアは、その御言葉である御子イエスと歩みをともにされ、わたしたち教会と歩みをともにされる希望の母であります。
教皇フランシスコは「福音の喜び」の終わりに、聖母について詳しく触れていますが、そこにこう記されています。
「(マリアは)すべての者の母として、正義を生み出すまで産みの苦しみを味わうすべての民の希望のしるしです。マリアは、わたしたちの人生に同伴するために身近な存在になってくださる宣教者であり、母の愛を持って、わたしたちの心を信仰へと開きます。」
新しい年の初めにあたり、聖母が信仰のうちに神の計画を探し求め、忍耐の内にイエスと歩みをともにされたように、わたしたちも主の示される道、すなわち聖霊の導きを共に祈りのうちに識別し、主とともに歩み、いのちの希望を掲げながら巡礼者としての歩みを続ける決意を新たにしたいと思います。
さて教会は、新年の第一日目を「世界平和の日」と定めています。かつて1968年、ベトナム戦争の激化という時代を背景に、パウロ六世が定められた平和のための祈りの日であります。1974年、教皇パウロ6世は、「マリアーリス・クルトゥス」で、世界平和の日を、神の母聖マリアの祝日に合わせて設けた理由に触れ、「この聖なる母を通してこそ、わたしたちは生命の与え主を受けるにふさわしい者とされた」と記し、その上で「今一度天使たちによる喜ばしい知らせに耳を傾け、平和の女王を通じて、このうえない賜物である平和を神に祈り求める」日であると呼びかけられました。
今日、世界の平和を考える時、ある研究所の報告では現在56もの地域紛争が起こっており、これは第二次世界大戦以降最も多いと言われています。また国境を越えて紛争に関与している国は92カ国にも及んでいると言われます。ガザやウクライナでの状況は言うにおよばず、アフリカでも、そしてアジアでも、小規模な紛争は頻発し、それが将来的に大規模な紛争へと繋がっていく可能性を否定することはできません。武力の行使は真の平和の確立には繋がりません。暴力が暴力を呼び起こす、負の連鎖が始まるだけです。
世界平和の日にあたって、紛争に巻き込まれている各地に平和が訪れることを祈りたいと思います。暴力の波に巻き込まれていのちの危機に直面し、絶望の暗闇の中でいのちをつないでいる兄弟姉妹のために祈りたいと思います。
教皇レオ14世は世界平和の日にあたり、「あなたがたに平和があるように――「武器のない平和、武器を取り除く平和」に向けて」と題したメッセージを発表されています。
2025年5月8日夕刻。第267代の教皇に選出されたレオ14世は、集まっていた多くの人たちに、「あなたがたに平和があるように」と呼びかけられました。その上で教皇様は、「愛する兄弟姉妹の皆さん。これが、神の民のためにいのちを与えた、よき牧者である、復活したキリストの最初の挨拶です。わたしもこう望みます。この平和の挨拶が皆さんの心に入りますように。・・・これが復活したキリストの平和です。謙遜で、忍耐強い、武器のない平和、武器を取り除く平和です。この平和は神から来るものです」と、武器のない平和を呼びかけられました。
教皇のこの最初の呼びかけは、単なる挨拶の言葉としての「平和」ではありません。なぜなら、その最初の挨拶は、教皇選挙後の慌ただしさの中で即興で考えたスピーチではなく、その日の午前中に行われた二回の投票が終わり昼の休憩となったときに、すでに枢機卿たちの投票行動の推移からご自分が選出される可能性があることを感じたプレボスト枢機卿が、仮にそうなった場合に備えて準備されたスピーチだったからです。いわば教皇レオ14世にとっての、一番最初の施政方針演説でありました。この最初の呼びかけを通じて教皇レオ14世は、混迷を深める現代世界において、平和の確立こそが、教会の最優先課題であることを明確にされました。
今年のメッセージに、教皇レオ14世はその最初の言葉に触れて、次のように記しています。「『あなたがたに平和があるように』。わたしはローマ司教に選ばれた晩から、自分のあいさつの中に、この世界中でともに唱えられる告知を含めることを望みました。わたしたちは繰り返して述べたいと思います。これが復活したキリストの平和です。謙遜で、忍耐強い、武器のない平和、武器を取り除く平和です。この平和は神から来るものです。神はわたしたち皆を無条件で愛してくださいます」
その上で教皇様は、「平和は、目的である以前に、存在であり、歩みです。嵐に脅かされた小さな炎のように内外で反対を受けても、平和をあかしした人々の名前と歴史を忘れることなく、平和を保ってください」と呼びかけ、どんな困難に遭ってもくじけることなく、平和を証しすることをやめないようにとわたしたちを招いています。
混乱の中でもすべてを心に留め、取り乱すことなく神の御心を識別しようとした聖母に倣い、わたしたちも平和を求めて諦めることなく、神の御心を識別しながら、ともに歩んで参りましょう。いのちを護り、すべての人の尊厳を護る世界を実現していきましょう。
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