カテゴリー「説教原稿」の33件の記事

2024年7月 8日 (月)

年間第14主日B:関口教会ミサ

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7月7日の年間第14主日、関口教会の10時のミサの司式をいたしました。

ちょうど今週の火曜と水曜に広島で開催される、人工知能(AI)と倫理に関する国際的なイベントのために来日中の、教皇庁生命アカデミー会長であるヴィンチェンツォ・パリア大司教様と、その他関係者の司祭たちが、ミサの共同司式に参加してくださいました。

「平和のためのAI倫理:ローマからの呼びかけにコミットする世界の宗教」と題されたそのイベントは、教皇庁生命アカデミーと世界宗教者平和会議(WCRP)の共催で広島で行われ、東アジアの主要な宗教の指導者たちが集まり、「AI倫理のためのローマからの呼びかけ」に署名します。これは、人工知能(AI)の開発を倫理的な原則に基づいて導くことが、人類の善のために重要であることを強調するものであり、宗教者だけでなく、教育機関やビジネス界にも署名が呼びかけられています。

この「呼びかけ」が最初に署名されたのは、2020年2月28日のことです。ローマにおいて、教皇庁生命アカデミー、マイクロソフト、IBM、国連食糧農業機関(FAO)、およびイタリア政府のイノベーション関連の省が、まず最初に署名し、その後、世界中の政府関係者、国際機関、教育関係者、ビジネス関係者に、署名を呼びかけていいるとのことです。

この「呼びかけ」を、教皇庁生命アカデミーの正会員である秋葉悦子先生(富山大学教授)が邦訳してくださっており、こちらのリンクから邦訳をご覧いただけます。またこの呼びかけ活動全体については、英語ですが、こちらのホームページに詳しく掲載されています

また日本側の共催者である世界宗教者平和会議日本委員会のホームページには、今回の二日間のプログラムの詳細が掲載されています。一日目と二日目のはじめは、事前登録の必要なウェビナーですが、二日目の後半は、Youtubeで、中継があります。そのリンクも、こちらのページに掲載されています。なお、WCRPによると、今回のイベントは、「教皇庁生命アカデミー、(公財)WCRP日本委員会、アブダビ平和フォーラム、イスラエル諸宗教関係首席ラビ委員会」の共催であるということです。

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なお、パリア大司教様は、司祭時代は、トラステベレの聖マリア教会の主任司祭を務めておられました。この聖堂は国際カリタスの本部などがあるカリスト宮殿に隣接していますが、同時に聖エジディオ共同体の拠点の一つとして知られ、すぐ近くにその本部もあることから、パリア大司教様は聖エジディオ共同体の霊的指導者も長年勤めておいででした。その関係で、わたしも以前に何回か、聖エジディオ共同体関係のミサでご一緒したことがありました。

聖エジディオ共同体の本部のすぐ隣には「Trattoria de Gli Amici」というレストランがあります。聖エジディオ共同体が支援事業として運営するレストランで、障害などを持つ方々が一緒に働く場です。とても温かな雰囲気です。トラステベレには、無数のレストランがありますし、素晴らしくおいしいレストランも多くありますが、でも機会があれば是非ご利用ください。

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以下、パリア大司教様ほか、生命アカデミー関係者と一緒に捧げた主日ミサの、説教原稿です。

年間第14主日ミサ
東京カテドラル聖マリア大聖堂
2024年7月7日

「わたしは弱いときにこそ強いからです」

コリントの教会への手紙に記されたこの言葉は、聖書に記された様々な教えが、この世の常識とは全く対極にあることを象徴するような言葉であります。「弱いときに強い」というのはどう見ても矛盾しているようにしか聞こえませんし、加えて、「弱いときにこそ」と強調までされています。

この言葉は、この世界の常識の枠にとどまっていたのでは、神の思いを理解することは困難であることをわたしたちに教えています。もちろんわたしたちはこの世界の現実の中で生きていますし、様々な価値観を持った方々と共に生きていますので、この世界の常識を全く無視して生きていくことには困難があります。

しかし同時に、本日のパウロの言葉や福音の物語を耳にするとき、わたしたちは信仰者として、常に心にかけておかなくてはならない真理が存在していることを忘れるわけにはいきません。

コリントの教会の手紙でパウロは、人間の思い描く理想とは異なる、いわば逆説の中に、神の真理が存在している事を指摘します。人間の常識が優先されるとき、神の真理はその働きを妨げられてしまいます。わたしたちの強さが、神の働きを妨げてしまいます。

人間の強さには限界があり、人間の知恵と知識だけで世界をコントロールすることはできない事実を、わたしたちは、例えば巨大な自然災害に直面したときや、多くの人の願いを無視して戦争が続けられ、いのちが無残にも奪われ続ける現実を目の当たりにするとき、思い知らされます。わたしたちの力には、限界があります。

わたしたち自身の思い上がりに気づき、人間の力の限界、つまり弱さを認めたときに初めて、それまで働きを阻んできた「キリストの力がわたしのうちに宿」り、その本来の力を発揮するのだと、パウロは指摘します。思い上がり、思い込み、常識、自己保身、利己心、虚栄、などなど、神の力が働くことを妨げるわたしたちの利己的な心の動きは、いくつでも見いだすことが出来ます。

マルコ福音に記されたイエスの物語は、この事実を明確に示します。目の前に神ご自身がいるにもかかわらず、人々の心の目は、人間の常識によって閉ざされ、神の働きを妨げます。閉ざされた心の目は、自分たちが見たいものしか見ようとしません。人間の思い上がりは、簡単に心の目を閉ざし、自分たちが正しいと思い込んで選択した行動が、実際には神に逆らう結果を招いていることにさえ気がつかせません。

災害などが起こったときにしばしば耳にする「正常性バイアス」という言葉があります。命に関わるような出来事に遭遇しても、いつもの生活の延長上で物事を判断し、都合の悪い情報を無視することで、根拠のないにもかかわらず、「自分は大丈夫」、「まだまだ大丈夫」などと思い込んで、積極的に行動することをやめてしまう。それが、災害時の被害を大きくすることだといわれます。

多くの場合わたしたちは、毎日の生活の中での大きな変化を避けようと努めます。そのような中で次の展開を予測できない出来事に遭遇したとき、その出来事がこれまでの経験に基づいた自分の判断能力を超えてしまうため、冷静に客観的に、実像を把握することができません。そのために、これまでの体験の枠組みの中に、起こっている出来事を押し込めてしまい、無理をして理解をし、安心してしまう。実際に起こっていることを客観的に見ていないがために、正しい対応をすることができません。

同様に、わたしたちの経験に基づく判断の枠組みを遙かに超える神の働きを正しく把握するためには、人間の常識の枠にそれを押し込めようとするとき、実像を把握することはできないことを、マルコ福音書の物語が教えています。

「この人は、このようなことをどこから得たのだろう」

イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と語り、人間の常識の枠組みが、神の業を冷静にそして客観的に見ることを妨げている事実を指摘されています。目の前に神ご自身がいるにもかかわらず、人々の心の目は、人間の常識によって閉ざされ、神の働きを直視することができません。

いまの世界で、思い上がりのうちに生きている人間は、簡単に過去の常識の枠にがんじがらめにされ、自分たちが正しいと思い込んで選択した行動が、実際には神に逆らう結果を招いていることにさえ気がつかせません。

わたしたちは、主イエスの言葉と行いを、この世界の経験と常識の枠組みの中で理解しようとしてはいないでしょうか。神の常識は、パウロに、「わたしは弱いときにこそ強いからです」と言わせるほど、わたしたちの想像を超えて存在します。

今年の新年の世界平和の日のメッセージで、教皇フランシスコは、「人工知能(AI)と平和」をテーマとして掲げ、こう記しています。

「昨今、わたしたちを取り巻いている世界に目を向ければ、軍需産業にまつわる深刻な倫理問題は避けて通れません。遠隔操作システムによる軍事作戦が可能になったことで、それらが引き起こす破壊やその使用責任に対する意識が薄れ、戦争という重い悲劇に対し、冷淡で人ごとのような姿勢が生じています」

世界中でいのちに対する暴力が横行しているにもかかわらず、無関心のグローバル化は激しさを増し、すべてはスクリーンの先にある「人ごと」のように取り扱われています。教皇様が指摘されるように、人工知能の出現によって、その「人ごと」感が強まっています。これまでの経験に基づく枠組みでは理解できないことが起こっているために、自分とは関係のないことだと目をつむってしまうためです。

本日のこのミサに、教皇庁の生命アカデミーの会長であるヴィンチェンツォ・パリア大司教様をお迎えしています。大司教様は、火曜日から広島で開催される人工知能(AI)と倫理に関する国際会議に参加するために訪日されています。

7月9日と10日、「平和のためのAI倫理:ローマからの呼びかけにコミットする世界の宗教」と題されたイベントが広島で行われ、世界の主要な宗教の指導者たちが集まり、「AI倫理のためのローマからの呼びかけ」に署名します。これは、人工知能(AI)の開発を倫理的な原則に基づいて導くことが、人類の善のために重要であることを強調するものだということです。

科学は進歩し続け、それに伴って人間の万能感と傲慢さは増し加わります。結果として人間は常識の枠組みにさらに縛り付けられ、そこに収まらない事柄に関心を向けません。神の働きがどこにあるのか、神がわたしたちに何を示そうとしているのか。わたしたちは鎧を脱ぎ捨て、目の前に掲げる枠を捨て、自分たちの弱さを認め、神の力がわたしたちのうちに働いてくださるように、務めていきたいと思います。

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2024年7月 1日 (月)

築地教会150年感謝ミサ

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築地教会の創設150年を祝う感謝ミサが、6月30日昼12時半から、築地教会で捧げられました。

ミサはわたしの司式で、歴代の主任経験者や近隣の主任司祭、パリ外国宣教会の関係者、また教皇庁大使館から参事官も参加して、14名での共同司式となりました。また聖堂内にも、築地教会、近隣の教会の代表を始め、ここに定期的に集まるフランス語共同体や、ミャンマー共同体のメンバーを始め、たまたまこの日のミサに来られた海外の観光客も含めて、聖堂に入りきれないほどになりました。

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教皇様の祝福のメッセージが国務省から届けられ、参事官が代読した後に、わたしがそれを受け取りました。ミサ後には、信徒会館二階で茶話会も催され、皆で築地の150年を祝いました。

東京教区の歴史は、教区ホームページのこちらにあります。日本の使徒座管理区(代牧区)は、1846年に設置されましたが、まだ禁教下であったため、実際の活動はできていません。その後、大浦天主堂において聖母像の導きのもと、潜伏していた信徒が発見されたのが1865年。そのときはまだ明治にもなっていません。明治元年は1868年です。その後、あらためて起こった厳しい迫害の出来事を経て、キリシタン禁制の高札が撤去されたのは、1873年。東京での再宣教が始まり、それに伴って1874年に築地教会が誕生するのはこのような時代です。

1876年、日本の教会は南緯代牧区、北緯代牧区の二つに分かれ、翌年北緯代牧区長のオズーフ師が司教に叙階され、司教座を築地教会に定めます。1891年には、東京教区が大司教区として設立され、オズーフ師が初代の大司教となります。1920年に司教座が関口に移るまで、築地教会は司教座聖堂でありました。

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東京都心部の人口の動きにつれて、かつて中心部にあった小教区は信徒の減少が見られるところもありますが、築地教会は、国際的な共同体と成っていること、信徒の皆さんが教会を広く地域に開放することに積極的であること、海外からの観光客が訪れること、数年前の耐震補強工事などで修復され、歴史的な建造物として広く周知されるようになっていることなどから、その存在の意義を高めています。これからの発展をお祈りいたします。

以下、昨日の感謝ミサの説教原稿です。

築地教会150周年感謝ミサ
2024年6月30日
カトリック築地教会

日本における再宣教のために、宣教師たちが福音をあかしする活動を再開してから150年が過ぎました。築地教会が誕生したのは、まだキリスト教が自由に活動することが難しい、挑戦的な時代です。

長い迫害の時代を経て、大浦天主堂において聖母像の導きのもと、潜伏していた信徒が発見されたのが1865年。そのときはまだ明治にもなっていません。明治元年は1868年です。その後、あらためて起こった厳しい迫害の出来事を経て、キリシタン禁制の高札が撤去されたのは、1873年。東京での再宣教が始まり、それに伴って築地教会が誕生するのはこのような時代です。

それから150年がたったいま、現代社会の視点からその当時の状況を推し量ることは簡単ではありません。150年前、宣教師たちにも、また信徒にも、現代のわたしたちからは考えられないような困難があったことでしょう。とりわけ、フランスなど海外からやってきた宣教師にとって、ただ単純に日本で生きることすら難しい時代に、福音を具体的に伝えあかしする業に取り組むことには、いまからは考えられない困難があったことだと思います。

同時にそこには、それまで存在していなかったまったく新しい教会共同体を生み出していく道がひらかれたことで、宣教師の心にも、信徒の心にも、大きな希望があふれていたことだと想像いたします。

築地教会が誕生した時代、主にフランスから来られた宣教師の数は限定的でした。多くの宣教師が超人的な働きをされたと思います。しかし同時に、宣教師だけの働きでは、教会は大きく育っていくことはなかったと思います。宣教師たちと共になって福音をあかしし、人々を神の救いに与らせるために招いた多くの信仰の先達の働きに心から感謝します。それから150年です。

今の私たちの教会はどうなっているでしょうか。150年前に宣教師たちは、福音宣教の確かな手応えの中、将来への大きな希望に満たされていたことだと思います。その希望を、わたしたちは、実現することができたでしょうか。いや、その希望を、まだ持ち続けているでしょうか。

この国の少子高齢化は激しく進み、教会もその現実の中に存在しているのですから、高齢者が中心の教会となっています。昔できていたことが、できなくなってきています。それは確かに一つの不安ですが、150年前の宣教師たちがそうであったように、私たちは不安と共に希望も持っています。

それは、海外の様々な国や文化をルーツとする兄弟姉妹の存在です。今や日本の教会は、日本人の信徒と共に、海外にルーツを持つ信徒が一緒になって築いていく共同体となっています。それでも総人口が多く、その分、信徒総数も多い東京教区では、そこまで顕著ではありませんが、しかし、東京教区内にあっても、様々な国や文化を背景とした多様性に満ちあふれた教会共同体が増えてきています。

教会は今、シノドスの道を歩み続けています。シノドスは昨年10月のローマでの会議と、今年10月のローマでの会議で、何かが決まって終わるような出来事ではありません。第二バチカン公会議後に開かれた多くのシノドスは、そういう風に行われてきました。しかし今回のシノドスは違います。今回のシノドスはシノドス性について話し合っています。つまり教会とは一体何であるのかについて、話し合っています。話し合っているだけでなく、祈りのうちに分かち合っています。どうしてそうするのかと言えば、それを通じて、教会に働き続けている聖霊が、いま教会をどの方向に向かって導こうとしているのかを、知りたいと考えているからです。

しかし一人で知ることはできません。わたしの進む方向ではないからです。教会が全体として進む方向ですから、皆で知らなくてはなりません。だから教皇様は、そういう、皆で祈りのうちに方向性を見極める教会へと、全体が変化して、それがこれから先まで教会のあり方として定着することを望んでおられます。

ですから、今年の10月のローマでの会議が終わっても、なにか新しいことは決まらないでしょう。ただ教会が教会であるためには、皆が一緒になって歩み、互いの声に耳を傾け合い、互いに支え合い、一緒に祈る共同体とならなくてはならないことだけは確実です。

築地教会が150年を祝うこの年、教会は大きな体質改善を目指しています。一緒になって歩み続ける教会でありましょう。互いの声に耳を傾け、互いをその違いのままに尊重し、一緒になって助け合いながら、祈りのうちに歩む共同体になっていきましょう。

150年後のいま問われているのは、大きく変革した社会の状況の中で、当時の宣教師たちの熱意と教会共同体の熱意を、いま同じように生きるためには何が必要なのかを、改めて自分に問いかけることであろうと思います。東京教区にとってパイオニアともいうべき築地教会の存在の第一の意義は、その歴史的体験に基づいて、他の教会に、宣教の熱意を見せつけ、皆の範となろうとすることであろうと思います

福音を多くの人たちに伝えていこうというのは、主ご自身から弟子たちを通じて、私たちに与えられている福音宣教の命令です。私たちの使命です。

しかし、社会全体のマイナスな現実を目の前にすると、なんとなく意欲がそがれます。少子高齢化で元気のない社会もそうですし、ウクライナやガザなど、戦争は続いている。アジアでも東京教区の姉妹教会であるミャンマーでは、クーデター後、いまだに平和が訪れていない。平和のために声を上げているミャンマーの教会に対して、武力の攻撃まである。もう世界はいのちをないがしろにする暴力に支配されているかのようであります。そんな中で、縮小傾向にある教会が一体何ができるのか。無力感を感じてしまいます。

無力感を感じると、前に向かって進むよりも、かつての栄光を思い起こして、後ろに向かって進みたくなってしまいます。しかし時の流れは、前進しかしません。後退は考えられません。

この教会を司教座とされていた時代の歴代の東京の大司教様がたをはじめ、私たちの先達である宣教師たちは、それぞれの時代に、大きな困難に直面しながらも後ろを振り返ることなく、前に向かってしっかりと、歩みを続けて来られた方たちです。

築地教会の150年に当たり、前を向いて前進することを考えましょう。希望の光を掲げる教会となりましょう。その希望の光を生み出すのは、互いに支え合っているという確信です。シノドス的な教会であるという確信です。一人ではないという確信です。兄弟姉妹がともに歩んでいるという確信です。そして何よりも、主ご自身がともに歩んでいるという確信です。

「わたしは世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる」

主ご自身のこの約束を心に刻み、希望を掲げてシノドスの道を歩みましょう。

 (なお、目黒教会の信徒の方が、撮影されたミサのダイジェスト版ビデオを、こちらのリンクのYoutubeにアップされてます)

 

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2024年6月24日 (月)

東京教区司祭の集い:司祭叙階ダイアモンド・金・銀祝のお祝い

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6月最後の月曜日は、恒例となっている司祭の集いのミサの中で、司祭叙階ダイアモンド・金・銀祝の皆さんのお祝いをいたしました。

東京教区におられる教区司祭や修道会司祭で、参加いただいてミサの共同司式をしていただいた神父様方には、その場でお祝いと花束をお渡ししています。またミサ後には、ケルンホールで昼食を一緒にし、長年の貢献に御礼申し上げると共に、これからも健康で過ごされるようにと、お祝いの一時といたしました。

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本日一緒に参加してくださったお祝いを迎えられた司祭は、司祭叙階60周年ダイアモンド祝が、イエズス会の安藤勇師とハビエル・ガラルダ師。司祭叙階金祝が、東京教区の小林祥二師、グアダルペ宣教会のマルコ・アントニオ・マルティネス師、司祭叙階銀祝が、グアダルペ宣教会のアントニオ・カマチョ師、東京教区の石脇秀俊師、サレジオ会の飯田徹師、サレジオ会の濱崎敦師です。

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おめでとうございます。これまでのお働きに、神様が豊かな報いを与えてくださいますように。またこれからも健康に留意されて、ご活躍くださることを願っています。

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以下、本日のミサの時に手元にあった、説教の原稿です。

東京教区司祭の集いミサ
東京カテドラル聖マリア大聖堂
2024年6月24日

毎年、8月が近づくにつれ、平和という言葉が繰り返されるようになります。教会でも、8月を中心として平和について語り祈る機会が増えますし、社会にあっても、特に6月23日の沖縄での戦争終結の日から8月15日までの期間、平和について様々な側面から語られる機会が増加します。

昨日6月23日は、沖縄慰霊の日でありました。1945年6月23日に沖縄地上戦での日本軍の組織的な戦闘が終わったとされる日であり、沖縄県が条例で定めている慰霊の日です。

那覇教区のウェイン司教様の今年の沖縄慰霊の日の平和メッセージにこう記されています。

「平和・共生・協調の理念は、すべての人の共通の普遍的な願いであるはずなのに、同じ理念を目指しながらも、一方は他者の存在を必要とする立場から『対話』を選びますが、他方では同じ平和を理由にして、自己防衛のためにと『武力』を選択しています」

ウェイン司教様は、「自分達の安心・安全」だけを中心に平和を考える利己的な姿勢が、現代社会の混乱を巻き起こし、平和を守るために闘う現実を生み出していると指摘されています。

今年4月に行われたアドリミナでの教皇謁見の際にウェイン司教様は、外国の軍隊がほぼ恒久的に他国内に軍事基地を設置することの倫理性を教皇様に問いかけられました。沖縄の現実であります。教皇様はこれに対して、外国の軍隊の駐留の倫理性については考えたことはなかった、是非これから研究してみたいと答えておられました。その意味で、あの悲惨な戦争の現実から79年が経過しても、今なお、防衛を口実に、平和は実現していません。

もちろんわたしたちは、ヨハネ23世の地上の平和の冒頭を持ち出すまでもなく、「すべての時代にわたり人々が絶え間なく切望してきた地上の平和は、神の定めた秩序が全面的に尊重されなければ、達成されることも保障されることも」ないと知っています。

神の秩序がこの世界を支配するように働くことは、平和のために働くことであり、わたしたちにとっては、この夏の間だけではなく、一年を通じて働きかけなくてはならない使命であります。もちろん、一年の中に、この夏の期間のように、平和の尊さを思い起こさせてくれる出来事があるのは大切です。同時に、わたしたちにとって、それは一年を通じて、単に戦争がないことだけを訴えるのではなくて、神の秩序の支配を妨げるありとあらゆることに対して、立ち向かうことの重要さを改めて心に刻む機会でもあります。

わたしは、いま、司教協議会の会長を務めさせていただいていますので、この時期になると、平和旬間に向けて、会長談話を作成しなくてはなりません。自分で書くんです。来年は戦後80年の節目ですから、司教団全体のメッセージが出ることになろうかと思いますので、それは複数の方が原案を書かれますが、他の年には、会長談話という形をとっています。会長談話だから好き勝手に書いて良いわけではなくて、結局、7月に開催される司教総会で、他の司教様たちの承諾を得なくてはなりません。

どんなテーマを書こうかと考え始めました。皆さん、平和を阻害している現実は、この世界にどれほどありますか。神の秩序が世界を支配することを阻んでいる現実は、一体どれほど頭に浮かばれますか。

ウクライナの戦争、ガザの武力対立、南スーダン、シリア、ミャンマーなどなど、こういった武力による平和の阻害が多々頭に浮かんできます。

同時に、神の秩序を乱す現実は武力の行使だけではありませんから、そう考えれば、環境破壊、地球温暖化がそこには思い浮かびます。そして神が最も求められていることは、ご自分が愛を込めて創造され賜物として与えられたいのちが、その尊厳を守られることですから、難民、移住者、経済的困窮者、病者、様々な状況で人間の尊厳をないがしろにされている人々。様々な社会の現実が思い浮かびます。

先日バンコクで行われたカリタスアジアの総会で、地球温暖化や環境破壊に関連した活動について、いくつかの国の報告を伺いました。バングラデシュで、小さな島に長年住んでいる人たちが、海面が上昇し、気候変動で嵐に襲われることが増えたたため、その小さな島がどんどん浸食され、居住することに困難を感じている事例が報告されました。客観的に見るならば、いくつもの解決策が思い浮かびますが、しかし心を打つのは、そこに長年住んできた老人の、「一体これからどうしろというのだ」という心からの嘆きと心配の言葉であります。数字や政策ではない、ひとりのいのちがその尊厳を奪われようとしている現実であります。

すべての出来事は複雑に関係しており、社会の現実は複雑さを極め、いのちの危機はシングルイシューでは解決することができなくなっています。総合的な視点が不可欠です。

ともすると、いのちを守るための活動を進めるときに、目の前の課題に集中するがあまり、その総合的な視点が欠如していることがあります。時には、ある一つの分野で人間のいのちを守ることを主張する一方で、他の分野でいのちを守ることには興味を全く示さないことすら見受けられます。神の賜物であるいのちは、事情に応じて、その価値が変わるのでしょうか。そんなはずはありません。

教皇様は、2017年に、それまであった難民移住移動者評議会や開発援助評議会、正義と平和評議会など、社会の諸課題に取り組む部署を統合し、人間開発の部署を創立され、近年それは人間開発省に昇格しました。

この人間開発省という名称の前には、インテグラルと言う言葉がつけられています。総合的人間開発省です。

教皇様が「ラウダート・シ」を2015年に発表されたとき、第四章のタイトルを「インテグラル・エコロジー」と記されました。それ以来しばしば使われるようになる「インテグラル」と言う言葉が、回勅に登場しました。

教皇様は、こう書いておられます。

「あらゆるものは密接に関係し合っており、今日の諸課題は、地球規模の危機のあらゆる側面を考慮することのできる展望を求めています(137)」

いまの世界で神の秩序が尊重され世界を支配することを目指しているわたしたちは、総合的な視点から様々な課題に目を向け、福音を証ししていく宣教者であり続けたいと思います。

 

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2024年5月27日 (月)

三位一体の主日ミサ:東京カテドラル聖マリア大聖堂

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昨日5月26日は、三位一体の祭日でした。東京カテドラル聖マリア大聖堂の10時から行われた関口教会のミサを司式させていただきました。

アンドレア補佐司教様が誕生してから、小教区などの訪問を分担することが可能となり、関口教会でミサを司式させていただく機会も、増えてはいませんが、毎月一度ほどはあるようになってきました。カテドラル(司教座)聖堂とはいえ、主任の小池神父様はじめ、侍者や聖歌隊、オルガンや司会担当他、小教区の皆さんに、司教ミサということで普段とは異なる対応をいただき、感謝申し上げます。また手話通訳の皆さんには、いつも原稿なしで、難しい話を通訳してくださり、感謝いたします。

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以下、三位一体の主日ミサの説教の、手元にあった原稿です。

三位一体の主日ミサ
東京カテドラル聖マリア大聖堂
2024年5月26日

教会は、その誕生の日とも言える聖霊降臨の出来事を先週の日曜日に祝い、教会共同体が常に聖霊によって導かれていることを改めて心に刻みました。わたしたちの信仰は復活の出来事から生まれ、教会共同体は聖霊降臨によって誕生しました。

教皇フランシスコは2017年4月19日の一般謁見で復活について語られ、「わたしたちが神を探し求めるのではなくて、神がわたしたちを探してくださいます。イエスはわたしたちをつかみ、とらえ、魅了し、決してわたしたちを見捨てません」と述べておられます。

わたしたちを決して見捨てることのない主は、聖霊を送り、教会をその恵みによって満たし、いまに至るまで教会の歩みを導いてくださいます。ともにいてくださる主は、聖霊を持って教会を力づけ、真理への道に導いてくださいます。

教皇様は、昨年10月に開催されたシノドスの第一会期中に、しばしば会場においでになり、一つのことを繰り返されました。それは、「皆さんが主役ではありません。聖霊が主役です」という言葉でありました。教会を生かしているのは聖霊であって、人間の知恵ではありません。教会は人間が作り出す組織ではありません。教会は、聖霊が豊かに与えてくださる多様な賜物に彩られて、主イエスとともに歩み育てられています。わたしたちを「つかみ、とらえ、魅了する」主御自身を、わたしたちは言葉と行いであかしし、告げ知らせています。皆さんひとり一人が、聖霊の賜物を受け、それぞれの異なる方法で、そしてご自分の生活する現実の中で、イエスをあかしし続けていかなければなりません。

そして聖霊降臨祭の翌週、本日の主日は、三位一体の主日です。三位一体の秘儀の中心にあるのは、多様性における一致であります。

三位一体の主日のミサのはじめに唱えられた集会祈願は、「聖なる父よ、あなたは、みことばと聖霊を世に遣わし、神のいのちの神秘を示してくださいました」と始まっていました。

神のいのちの神秘は、どうしたら示されるのか。それは父と子と聖霊のいずれかだけによって示されるのではなく、父と子と聖霊の三位によって示されるとこの祈りは教えます。その上でこの祈りは、「唯一の神を礼拝するわたしたちが、三位の栄光を称えることができますように」と続け、三位の神が唯一の神であることを明らかに示しています。

神のいのちの神秘は、三位一体の神秘のうちにこそ現されます。だからこそわたしたちは、父と子と聖霊の御名によって、洗礼を授けられます。わたしたちキリスト者の信仰が、三位一体の神秘に基づいているからに他なりません。

カテキズムには、「至聖なる三位一体の神秘は、キリスト者の信仰と生活の中心的な神秘です。・・・信仰の他のすべての神秘の源、それらを照らす光なのです」と記されています。(234)

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御父は、人間からかけ離れた遠い存在ではなく、また厳しく裁きを与え罰する存在ではないことを、パウロはローマの教会への手紙に、「人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、『アッバ、父よ』と呼ぶのです」と記して教えます。わたしたちは聖霊の導きによって、御父をこの上なく親しいと感じる者とされます。それは御子イエスご自身が、「アッバ、父よ」と叫ばれたように、御子も御父をこの上なく親しい者と感じていました。ですからわたしたちは洗礼によって、御子と同じように御父をこの上なく親しく感じる者とされ、御父の一部ではなくすべてを受け継ぐ者と見なされるということをパウロは、「キリストと共同の相続人」という言葉を使って強調しています。

マタイ福音は、三位一体の交わりのうちに生かされているわたしたちに、主は、「あなた方は行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼をさずけ」るようにと命じたと記します。すなわちわたしたちは、全世界の人を三位一体の神秘における交わりに招くように、遣わされています。わたしたちは自分の心の思いや自分の信仰理解を告知する者ではありません。わたしたちは、わたしたちを「つかみ、とらえ、魅了する」主御自身、すなわち三位一体の神を告げる使者であります。

三位一体の神は、共同体の交わりのうちにある神です。御父と御子と聖霊は、それぞれの多様な役割を果たし、それぞれ独立して存在しているのではなく、唯一の神としてともに働きながらわたしたちを導かれます。共同体における多様性の交わりのうちにある三位の神は、唯一の神であるので、当然共同体における一致のうちにあります。

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教皇フランシスコは、「福音の喜び」に、次のように記しています。

「適切に理解されれば、文化の多様性が教会の一致を脅かすことはありません。御父と御子から遣わされる聖霊がわたしたちの心を造り変え、すべてのものの一致の源である三位一体の完全な交わりに加われるようにします。聖霊は、神の民に一致と調和をもたらします。・・・聖霊は、たまものの多種多様な豊かさを生み出すと同時に一致を築きます。(117)」

わたしたちの信仰がこの多様性における一致にある三位一体に基づいているからこそ、わたしたちには教会共同体が必要であり、信仰を一人孤独のうちに生きることもできません。父と子と聖霊のみ名によって洗礼を受けた瞬間に、わたしたちは三位一体の神の交わりの中で、教会共同体の絆に結びあわされるのです。わたしたちの信仰は、本性的に共同体の信仰です。多様性のうちに一致へと招かれる信仰です。

シノドスの道を歩んでいる教会において、一番大切なことは、互いの声に耳を傾けあい、互いの違いを認識しあい、互いに支え合って歩むことです。多様性に満ちあふれた教会共同体は、聖霊によって導かれているので、なんとなく騒々しい落ち着かない共同体であるはずです。様々な文化的背景をもた人が一つに集う神の民は、その多様性のために落ち着かないところであり、ともすると、対立と分裂を生み出しやすい存在でもあります。昨今の社会全体における不寛容と排他的な雰囲気は、教会共同体にも暗い影を落としています。

しかし聖霊は、その落ち着かない多様性に満ちた共同体を、必ずや一致へと導かれます。互いの存在を認め合い、耳を傾けあい、支え合うところに、多様性の一致は実現します。

福音宣教は、相手を屈服させ従わせることではなく、「尊敬と敬愛を持って」互いに耳を傾けるところにあります。自分の主張を受け入れさせることではなく、互いの違いを認めながら、共通の道を見いだそうと聖霊の導きを識別する道です。言葉と行いによる証しを通じて、父と子と聖霊の神のいのちの神秘に、一人でも多くの人が招き入れられるように、主とともに歩んで参りましょう。

 

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2024年2月 7日 (水)

2024年日本26聖人殉教祭@本所教会

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墨田区にある本所教会では、長年にわたって2月の最初の主日に、日本26聖人を記念し、殉教祭が行われてきました。かつては一日がかりの大きなイベントで、ミサや講演会の他、一日の締めくくりには聖体礼拝も行われていました。

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本所教会は、東京での4番目の教会として1880年(明治13年)の4月に聖堂が設けられ、そのときに「日本26聖人殉教者」に捧げられました。聖堂は度重なる火事や災害や空襲で焼失しましたが、現在の聖堂は1951年に、当時の主任司祭であった下山神父様によって建設されたものです。ちょうど私が神学生であった頃、70年代ですが、下山神父様は神言会の神学生養成を支援しておられ、その感謝も込めて、名古屋の神言会神学生はこの殉教祭に参加し、音楽を奏でたりしたものでした。

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さて、今年の殉教祭は2月の最初の日曜である2月4日でしたが、珍しく雨模様。少々肌寒い中捧げられたミサは、式文にラテン語も混じり、ミサ曲などもグレゴリアン。ミサ後には、シノドスについて30分ほどお話をさせていただき、その後、信徒会館で茶話会となりました。

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以下、当日のミサ説教の録音を起こした原稿です。

カトリック本所教会 日本二十六聖人殉教者祭
2024年02月04日

この数日、アフリカから友人の大司教さんが東京を訪問してくださっていて、本当は今日、一緒に来ようと思ったのですが、他の教会に呼ばれてしまいました。

アンゴラという国の、大司教様です。同じ、神言会という修道会の会員で、ちょうどわたしが昔、ガーナという国で働いていた頃、神学生としてアンゴラから送られてきて、1年間だけでしたが一緒にいたことがありました。彼はそのあとアンゴラで司教になり、今はウアンボという教区の大司教を務めておられます。

アンゴラという国は、元々ポルトガルの植民地でしたので、人口の半分くらいはカトリック信者です。ですから彼の教区も、百万人を超える信徒がいる大きな教区で、今では、神学校にも修道院にも、志願者が溢れているのだそうです。

先週の日曜日、関口教会で一緒にミサをしたあと、私の車に乗せて練馬の東京カトリック神学院へ行きました。彼は神学校を見て、「立派な建物ですね。」と。たしかに立派な建物ですし、ついこの間、増築をして部屋を増やしたばかりです。「神学生は何人いるんですか?」と聞かれたので、「二十人ちょっとくらいですかね」と答えました。「それは東京教区の神学生ですか?」と聞くので、「いやいや、東京教区には一人しかいません。あとはほぼ全国の教区の神学生で、これですべてです。日本の教会の神学生は、この二十数人と福岡のあと少しで、それですべてです。」とお話ししたら、とても驚かれました。

驚かれますよ。当然。ご自分のところは、神学校から人が溢れるくらい志願者がいる国ですからね。非常に驚かれ、同時に、その大司教さんは、「日本の教会、大丈夫ですか?」と心配をしてくれました。

たしかに今は、少子高齢化が激しく進んでいる日本です。勢いに満ち溢れているアフリカの教会の現状から見れば、日本の教会は衰退していきそうで、将来がとても心配に感じられたと思われます。

わたし自身もこの数年、東京教区にやって来てから、司祭の高齢化など、心配なことはあります。特に顕著なのは、女子の修道会、修道院の閉鎖が、相次ぎ、司祭不在の教会も、いまは増えていますね。この現状をみると、本当に大丈夫かなと、これから先が心配になりますよね。

でも、よく考えてみたら、教会は人間のわざではないのです。教会は神のわざのうちにある存在、神によって建てられている存在なので、本来は、我々がそこまで心配しなくても神様が心配してくれるもの。ですから、正直に言えば、わたし自身はそれほど心配をしていないのです。

第二バチカン公会議のあとに、パウロ六世教皇が、使徒的勧告の「福音宣教」という文書を書いておられました。そこには、「たとえわたしたちが福音をのべ伝えなくとも、人間は神のあわれみによって、何らかの方法で救われる可能性があります」と、つまり、わたしたちが福音を宣べ伝えなくても、神様は何らかの方法で人を救うでしょうと書いてあるんですね。

さっき福音朗読で耳にした、「全世界にいってすべての人に洗礼を授けなさい」という主御自身から弟子たちへの福音宣教の命令が書いてあったわけですけれども、じゃあ、わたしたちは何もしなくていいのでしょうか。

教皇パウロ六世は、そのあとにこう続けているのです。
「しかし、もしわたしたちが、怠りや恐れ、また恥、あるいは間違った説などによって、福音を宣べ伝えることを怠るならば、果たしてわたしたちは救われるでしょうか。もしわたしたちが宣教しないならば、福音の種が宣教者の声を通して実を結ぶことを望まれる神の呼びかけに、背くことになるからです。」

つまり、わたしたちが何もしなくても、確かに神様はご自分だけがご存じの方法で何とか人間を救おうとなさるでしょう。でもわたしたちは、すでに、あの福音宣教の命令、弟子たちがイエスから直接受けた、あの福音宣教の命令を受け継いで、洗礼を受け、この教会共同体に集っているのです。

ですから、わたしたち一人ひとりには、あの弟子たちに与えられた福音宣教命令が引き継がれているのです。神はわたしたちに、わたしたちの声を通して福音の種が、この世界で実を結ぶことを望まれている。その神の命令に背いてでも、神様が勝手にしてくださいと言っていていいのかということが、このパウロ六世の福音宣教という文章の中に、しっかりと記されています。

その考えに従って、第二バチカン公会議以降、いまに至るまで、教会はさまざまな改革を成し遂げようと努力してきました。いろんなことをしてきました。それぞれの時代に見合った形で、どうやったらこの福音の種が社会の中で現実のものとなっていくのか、その方法を見極めようと努力して来ました。

ただ、人間の考えは神様の考えに比べれば完全に浅はかですから、人間の考えだけに基づいて失敗したことは沢山あります。しかし、神様の考えている通りにできて成功したことも沢山あると思います。人間は限界のある存在ですから、失敗もすれば成功もします。でも、できる限り成功したいですよね。神様が考えている通りに、何とか福音がこの社会の中で実現するように働きたいですよね。そのために、神様が一体何を求めておられるのか、神様がわたしたちをどこに導こうとしているのかを知らなければ、人間的な考えで動いてしまいます。

そのあたりが、いま教皇フランシスコが、シノドスのためのシノドスを開いて、教会はシノドス的でなければならないということを強調している、一番の理由なんです。

1965年に閉幕した第二バチカン公会議以降、教会は、神様の声に耳を傾け、神様が望んでいることを実現するための教会になろうとさまざまなことしてきたけれども、いま振り返ってみると、根本がまだしっかりとできあがっていない。その一番の根本とは、それは、神様の声をしっかりと、みんなで聴くこと。一部の人だけでなくて、みんなで耳を傾け、教会共同体全体として、神様に導かれる教会はどこへ進んでいったらよいのかということを、しっかりと見極めることです。それを識別をすることといいます。その根本がしっかりと確立していなければ、失敗を重ねるだけなのだということに気が付かれて、教皇フランシスコは、シノドスの道を共に歩もうと呼びかけておられます。

それはどこから始まっているかというと、小教区からです。小教区の共同体から始まり、教区、そして全国、そして全世界の教会。この小教区の共同体のあり方が変わっていかなければ、教会全体は変わっていかない。いくらローマの改革をし、バチカンの改革をして、司教協議会などでいろいろ話しても、小教区の教会共同体が変わっていかなければ、何も成し遂げることはできない。だから、小教区の教会共同体で、共にシノドスの道を歩むということを考えてほしい。それが、教皇様の願いです。

それは、簡単に達成できることではありせん。簡単でお手軽な方法はないのです。では、どうするのか。

去年の10月のバチカンで開催されたシノドス第一会期の総会のとき、教皇様は度々会場に現れて、我々に何回も、何回も同じことを語りかけられました。それは、「ここにいるみなさん、あなたがたの好き嫌いを聞きたいのではありません。聖霊が主役なんです。」それを何度も、何度も繰り返されました。そのシノドスの道が、成功するかしないか、つまり教会共同体が変わっていくことができるか否かは、まさしく、わたしたちの好き嫌いではなくて、主役としての聖霊が本当に働く教会共同体なのかどうか、そこにすべてがかかっているのです。

今日、わたしたちが記念している、この二十六人の聖なる殉教者たちは、「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしのうちに生きておられるのです」という、パウロのガラテアの教会に宛てられた手紙の、あの言葉を、その人生をもって証しして生き抜いた人たちです。つまり、聖霊が彼らの人生の主役です。聖霊にすべてを任せて、それを生き抜いたのが、あの殉教者たちです。

ですから、十字架につけられて亡くなっていった、そのヒロイックな選択と行動自体にも大きな意味がありますが、それ以上に、そこに至るまでのこの聖人たちの人生のありようにも大きな意味があります。それがいかに、聖霊に導かれ、キリストを中心にし、わたしのうちに生きている神を、現実に社会の中で生き、証しをしていったかという、その人生に大きな意味があると思います。

二十六人の聖なる殉教者たちは、福音に従い信仰に生きるということが、その命を失うこと以上に価値あることなのだと証しされました。それは、わたしたちも倣うことができる生き方であります。いまのこの日本の社会の中で、信仰をもっているがために十字架につけられることや、実際に命を奪われることはないと思いますが、この社会の中で福音に従って生きることは容易なことではありません。独りでは難しいのです。ですから、教会共同体で共に歩み、共に福音を証ししていく、このシノドスの道が不可欠なのではないでしょうか。

これからも、教皇様が「シノドスの道」と言われ、わたしたちに呼びかけておられることを、時間をかけて少しずつ学んでいきたいと思います。わたしたち自身も、パウロの言葉の通り、「生きているのは、もはやわたしたちではありません。キリストがわたしたちのうちに生きておられるのです。」と、勇気をもって語ることができる、そういう人生を歩んでいくことを望みます。

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2024年1月13日 (土)

ご公現の主日@東金教会

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1月7日の主のご公現の主日は、午前中に、千葉県の東金教会を訪問し、一緒にミサを捧げてきました。

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60名ほどが集まり、小さな聖堂は一杯でした。ミサ中、リードして聖歌を歌うお二人がとても上手で、特に男性は朗々とした声で歌われ、のど自慢にでも出たら良いのではないかと思わせる声量と技量でした。ミサ後の茶話会でお聞きしたら、なんとすでにNHKののど自慢で、合格の鐘を鳴らした経験の持ち主でした。

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ミサがおわってから、主任の小沢神父様のリクエストで、30分ほど、シノドスについてお話をさせていただき、その後、皆さんで会場を移動して聖堂裏のホールで茶話会となりました。

今年は、すでに1月1日の夕刻、習志野教会でベトナム人の方々と正月のミサを一緒に祝い、そして1月7日には東金教会と、司牧訪問で一年を始めることができました。お呼びくださった、習志野教会のディン神父様、東金教会の小沢神父様、ありがとうございます。皆さんのこの一年の上に、豊かな祝福をお祈りいたします。

以下、東金教会でのミサ説教の録音を起こした原稿です。

主の公現ミサ
東金教会
2024年1月7日

今年の始まりには、1月1日の夕方に大きな地震が起こり、百人を越す方々が亡くなられました。今の時点では被害の全容は明らかではありませんし、一週間経った今日も緊急の救援活動が続いていますので、これからも被害の大きさは、更に拡大するかもしれません。

ご存じのように、石川県は名古屋教区です。能登半島の輪島の街は、かなり被害が大きいと聞いています。七尾教会の建物は大丈夫だったようです。今日の日曜日は、名古屋教区の松浦司教様とカリタスジャパンを担当している新潟の成井司教様はじめ、錦秋支援のための方々が七尾でミサを捧げ、その後できれば輪島まで行き、被害の状況を確認すると報告をいただいています。
日本のカトリックの司教団には、カリタスジャパン以外に、災害が起こったときの緊急対応支援チーム(ERST)があり、全国に何人かのメンバーを常時任命しています。東北の大震災の教訓として設置されました。そのうちの数名が司教様たちと一緒に出掛けて行き、現地の状況を見て、また今週以降、どういう形で支援することができるかを考え、教会全体のお願いすることになっています。

もちろん、日本では災害が起こると、自衛隊と警察と消防があっという間に動員され、緊急災害の救援にあたります。問題は緊急の段階が終わったそのあとです。一週間、二週間、三週間と時間が経過すると、そうした当初の緊急事態が終わり、自衛隊や警察、消防も引き上げ始めます。そのあと、この被害を受けた方々を、どういった形で支えていけるのかという段階で、いわゆる民間のNGOの出番になります。

そうすると教会にも、対応するべきこと、やることがたくさん出てきます。2011年の東日本大震災のときもそうでした。緊急事態の最初の段階が終わった後に、被災地に生きていく方々と、どのような形で一緒に復興の道を歩んでいくのか。つまり共に歩むということの大切さが身にしみて感じられる段階に入っていくのです。

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ちょうどいま教会は、「シノドス」の道をともに歩んでいます。共に歩んで行く教会とはどのような教会なのかということをテーマとして、みなで考えて道を見いだすことを教皇様は世界の教会に呼びかけています。

シノドスの第一会期の会議が去年の10月にローマで行われ、それにわたしも日本の代表として参加してきました。今年の12月に第二回目の会議が行われることになっています。いま教会は、共に歩む、一緒に歩んで行く共同体なのだということを、とても重要視しています。みなに一緒に歩いて行きましょう、と呼びかけています。

その一緒に歩くというのはいったいどういうことなのか。ただ単に道を一緒にぶらぶら歩いて行くということではなく、もっと違うことを求めているんですね。

それは、たとえばこの間、12月16日にアンドレア補佐司教様の司教叙階式がありました。参加されたミャンマーの司教様が、叙階式の後でわたしに話してくださったことがあります。東京教区はケルン教区と一緒に、長年にわたってミャンマーの教会を支援してきました。ミャンマーに神学校を建てたり、神学生のための養成費を出したりしています。そのために、ミャンマーからお一人、司教様が叙階式に参加されるために来日されました。教会はミャンマーの軍政に対して反対の声をあげ、平和を確立するように呼びかけているのですが、それが反政府活動だとして攻撃されています。そのために教会がある町が空爆を受け、信者さんの中にも被害を受けている方がいますし、教会もいくつも破壊をされているという状況の中にあります。

そういった事情をいろいろと伺いましたが、そのお話の中で一番印象的なことは、「わたしたちの国のことが忘れられてしまっている」という言葉でした。

「今は、ウクライナやガザなど、世界中のさまざまなところで戦争や紛争が起こっている。そちらの注目が集まって、わたしたちの国のことが忘れられてしまっている」ということを、盛んに訴えられました。「ですから、司教さん。日本の教会の人たちに、どうか忘れないで下さいと伝えてほしい」とおっしゃっていたんです。

実は、この「忘れないでほしい」という叫びは、いろんな災害や、紛争、戦争、混乱など、いのちに関わる様々なことが起こっている現場に出かけて行くと、どこででも、現地にいる人たちが必ず口にする言葉です。「忘れないで下さい」、「わたしたちのことを忘れないで下さい」と。忘れられることほど、生きる希望を奪い去ることはありません。自分たちが困難に直面しているときに、誰かが心配してくれている、誰かが自分たちのことを心にかけていてくれるという確信は、生きる希望を生み出しますよね。反対に、忘れられたということを思い知らされたとき、人は絶望に陥るんです。そして、生きる希望を失っていく。

ですから、災害の被害を受けられた方と共に歩み続けるという姿勢の根本には、忘れないでいるということがあるのだと思います。

わたしたち日本の教会は、東北の地で2011年から十年以上にわたり、東日本大震災の被災地を支えてきました。それはただ単に、お金を送ったとか、人を送ったということではなく、被害を受けられた方たちと、忘れず共にいる、忘れずにいるということを、ともに歩む姿勢を持って実践してきたことだと思います。NGOや様々な団体が、資金を注ぎ込んでいろんなものを建てたり、いろんなプログラムを始めたりしました。それも必要なことです。でも、カトリック教会がずっとそこで地道にやってきたのは、皆さんのことを忘れていませんよ、日本の教会は東北の震災の被災者の人たちを忘れませんよということを、自分たちの存在を持ってあかしすることでした。

いま、教会が呼びかけているシノドスの歩みは、まさしくこの経験、東日本大震災から始まった十年以上の経験と重なっているように思います。つまり日本の教会は、すでにシノドス的な歩みを実践してきただのです。

ですからそれをいま、同じように災害の被害に直面している能登半島の方々と共に、忘れずに、支えていくということを、心がけていきたいと思います。

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そのような中で、今日は主のご公現の主日です。三人の博士が聖家族を尋ねて来て、幼子イエスに贈り物を捧げたという話が読まれます。今日の主日でクリスマスから続いている降誕祭は締めくくりとなり、降誕祭のお祝いが終わります。

このご公現のお祝いというのは、ベツレヘムで、集まって来た羊飼いたちにイエスが誕生したことが告げられた、それは単にイスラエルの民に限定された喜びなのではなく、ただ単に、イスラエルという限定された地域だけでの喜びではなく、三人の博士が東方からやってきたという話を通じて、世界に向けた喜びなのだと再確認するお祝いです。世界に向けて人類全体の救い主の誕生を告げる大きな出来事なのだということを象徴するために、東方からやって来た、つまりユダヤ人でもイスラエルの人でもない他の国から、三人の博士が贈り物を持ってきた話が降誕祭の終わりに読まれます。世界に向けて、ここに神が産まれたのだと。ここに、神の言葉が人間となって、いま誕生したんだということを、世界に向かって告げたということです。救い主は、誰か特定の人たちだけの救い主ではなくて、世界の救い主なんだということを告げたというのが、この公現の主日の大きな意味です。

昨年の10月からです。その幼子が誕生したあの聖地で、本当に考えられないような残酷な、暴力的な方法で人の命が奪われている。いまはこういう時代ですから、インターネットやテレビなどで映像を見ることができますね。子供たちが、いともあっけなくいのちを奪われていく。一般の市民が、あっという間に戦いに巻き込まれていくのです。

そこには、様々な理由が背後にあります。当事者たちはみな様々な理由を述べ立てます。これこれこういう理由で攻撃するんだ、こういう理由があるから反撃するんだということを、盛んに言いながら、自分の正当性を強調します。ところがその正当化のために普通に生活している人たちが、いのちの危険に直面している。暴力的にいのちを奪われている。 

神が、人間のいのちとして誕生した。そして、それを世界に向けて告げたこの地で、いのちを暴力的に奪うということがいま、平然と行われているということは、本当に、怒りを超えて嘆かわしいことです。悲しいことだから、特にこのクリスマスの時期に平然と暴力が行使されているということに対して、ただ単にやめてくれというだけでなく、これは我々キリスト教徒からすれば、神に対する冒涜です。キリストが誕生したその地で、しかもそれを祝っている、まさしくこのときに、いのちを奪うような暴力を平然としていることは、いのちを創造されひとりひとりを愛される神に対する冒涜です。

世界中で、イスラエルやガザだけでなく、世界中で、いのちを暴力的に奪うということが平然と行われている。それは神に対する攻撃であり、いのちを創造された神に対する冒涜なのだということを、わたしたちは力強く伝えていかなければなりません。それはガザでも、ウクライナでも、ミャンマーでも、世界のいたるところで、いのちが暴力によって、つまり、人間の身勝手さによって奪われてしまっているという事実に、わたしたちは眼をつむっていてはいけないということでもあります。

神が人のいのちとして誕生し、それが救い主だということが、世界中に向けて告げられたこの公現の主日。是非ともわたしたちは、そのいのちを大切にする、いのちを護るんだ、それを最優先にするんだということを、わたしたち一人ひとりに与えられたいのちを、大切にするということを、こころに誓って広く告げ知らせていきたいと思います。

 

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2023年9月16日 (土)

秋田の聖母の日@聖体奉仕会

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久しぶりに、秋田の聖体奉仕会修道院を会場に、秋田の聖母の日が行われ、東京から出発した17名ほどの巡礼団とともに、参加してきました。今回は、地元の成井司教様を始め、大阪の酒井司教様とわたしの三名の司教と、秋田地区などで働く司祭6名が参加して、一般の参加者も150名を超えていました。久しぶりに集まって祈りを捧げることができて、感謝です。

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この秋田の聖母の日が始まったきっかけは、2013年10月に、ローマ教区が主催して世界各地の聖母巡礼所を中継で結んだロザリオの祈りに参加したことでした。当時のことはこちらに記してありますし、当時のビデオもまだ見られますので、ご覧ください。リンク先の当時の司教の日記の一番下にビデオが貼り付けてあります。(ビデオ内で秋田が登場するのは、1時間55分あたりです)10月12日の夜に始まり、時差の関係で徹夜で祈りをささげ、翌日のミサで締めくくった集まりには、海外も含め各地から多くの方が参加されました。当時の日記には、事前申し込みは800人ほどでしたが、当日はそれ以上に人が聖体奉仕会に集まったと記されています。

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この行事に触発されて、翌年2014年から、9月14日の十字架称賛と15日の悲しみの聖母の両日、聖体奉仕会で「秋田の聖母の日」と名付けた祈りの集いを開催してきました。それ以来、毎年、国内外から、多くの方が参加してくださっています。また秋田地区の神言会司祭団も、協力してくださっています。わたしは17年に新潟教区から東京教区に移っても、毎年この行事には参加しておりましたし、それに併せて巡礼も行ってきました。

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残念ながら感染症の状況のため、2019年の集まりを最後に、オンラインでの開催が続いてきましたが、今年は久しぶりに集まることができました。十字架の道行きは個別に行われ、東京発の巡礼団も午前中にゆっくりと庭での十字架の道行きをすることができました。そして皆で集まってのロザリオの祈りでは、酒井司教様が講話をしてくださり、聖体礼拝では成井司教様の講話、そして悲しみの聖母の祝日ミサはわたしが司式させていただきました。

15日の夜は、羽田空港で雷雨があったようで、秋田便が欠航となり、東京から出発した巡礼団は慌てましたが、企画した信徒の旅行社パラダイスの豊富な危機経験と聖体奉仕会の助力のおかげで、秋田市内に宿を確保でき、巡礼団も無事に翌朝東京へ向かいました。

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みなさんご苦労様でした。企画運営してくださったみなさん、ありがとう。参加してくださったみなさん、感謝します。

以下、ミサでのわたしの説教の原稿です。なお前日、十字架賞賛の祝日のミサでの説教は、原稿はありません。

秋田の聖母の日
2023年9月15日
聖体奉仕会聖堂

3年以上に及ぶ感染症による混乱の中、目に見えないウィルスと対峙してきたわたしたちは、これから先に一体どんな未来が待ち受けているのかという、これまでであれば抱くことのなかったような先行きの見通せない不安の闇に引きずり込まれ、まるでその暗闇の中を手探りで歩いているような状況が続きました。具体的に目に見える危険が迫っているのであれば、様々に対処する方法も考えられて心の安心を得ることもできるのでしょうが、目に見えない存在がどのような影響を具体的に及ぼすかが良くわからないという状況は、わたしたちを疑心暗鬼の闇に引きずり込みました。 この秋田での、恒例となっていた秋田の聖母の日の巡礼も、そのような状況の中で集まることができず、開催することが難しい状態が続いていました。今年、こうやってみなさんと一緒にこの聖堂に再び集まり、聖母マリアの生きる姿勢に倣い、その霊性に学び、聖母の取り次ぎを求めてともに祈ることができるようになったことは、大変喜ばしいことだと思います。

みなさん、聖母とともに、ともに祈りを捧げるために、この秋田の地まで、良くおいでくださいました。

今年はさらに、夏の大雨もあり、秋田市内では聖霊高校なども洪水の被害に遭い、聖体奉仕会の近くでは土砂崩れも起こりました。大きな災害に見舞われ、まだまだ普段の生活を取り戻すには時間がかかる状況の中、今年の秋田の聖母の日を、予定通りに開催するために奔走してくださった聖体奉仕会のみなさんと協力者のみなさんに、心から感謝申し上げます。

先の見通せない不安の暗闇ということを考えるとき、聖母マリアご自身が、まさしくそういった不安に囲まれて人生を歩まれたことを思い起こさざるを得ません。

ルカ福音には、シメオンがマリアに語った言葉が記されていました。シメオンはその中で、幼子イエスについて、「わたしはこの目であなたの救いを見た」と宣言します。天使のお告げを受け、救い主の母となることを知らされ、その驚きの告知を謙遜の心で、「お言葉通り、この身になりますように」と受け入れたマリアは、あらためてシメオンの口を通じて、まさしくその幼子こそが神の救いそのものであることを告知されます。この知らせに対するマリアとヨセフの素直な驚きを、「幼子について言われたことに驚いていた」と福音は記しています。

そしてマリアに対してシメオンは、その驚きにさらに追い打ちをかけるように、イエスの将来について「反対を受けるしるしと定められています」と驚きの事実を告げ、加えて「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」と、マリア自身も苦しみの道を歩むことになる事実が告げられます。

この驚くべき告知の連続は、それこそマリアにとって、先行きの見えない大きな不安の闇となって襲いかかったことでしょう。しかしそれに立ち向かわれたマリアは聖母となりました。

聖母マリアの人生は、主イエスとともに歩む人生です。主イエスと苦しみをともにする人生です。神の救いが実現するために、救い主とともに歩む人生です。奇跡を行い困難を乗り越えるようにとイエスを促す、取り次ぎの人生です。十字架の苦しみの時、主イエス御自身から託された、教会の母として歩む人生です。弟子たちの共同体が教会共同体としての歩みを始めた聖霊降臨の日に、ともに聖霊を受け、ともに福音を告げた、教会の福音宣教の母としての人生です。

その人生は、不確実な要素で満ちあふれていました。天使のお告げを受けたときから、一体この先に何が起こるのか、確実なことはわかりません。わかっているのは、確実に苦しみの道を歩むことになるということだけであり、聖母マリアはそれを、神のみ旨の実現のためにと受け入れ、神に身を委ねて人生を歩み続けました。

そこには、先行きが見えない不安による疑心暗鬼の闇に引きずり込まれる誘惑もあったことでしょう。イエスの弟子たちがそうであったように、苦しみの道を否定しようとする誘惑もあったことでしょう。そのようなことはあり得ませんと、反論したくなる誘惑もあったことでしょう。

それらはまさしく、イエスご自身がペトロを叱責された、「サタン引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をするもの。神のことを思わず、人間のことを思っている」という言葉に明らかなように、神の計画を無にしようとする悪の誘惑です。

聖母マリアは、しかしその誘惑と不安に立ち向かわれました。神への信頼のうちに、神の計画を受け入れ、身を委ねました。その力の源は、ともに歩まれる方々との連帯の絆です。ともに歩む人たちのその先頭には、主イエス御自身がおられました。

今日の福音は、聖母がその苦しみの道を一人孤独に歩んでいたのではないことを明確にします。そこにはシメオンのように、神の計画を知り、その神の計画に身を委ねるようにと励ます具体的な存在がありました。そしてもちろん天使のお告げの言葉、すなわち「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた」、そして「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む」というお告げの言葉における約束は、聖母にとって、救い主ご自身が常に道をともに歩んでくださるという確信を与えました。神のみ旨を識別しながら、ともに歩む信仰の道。まさしくいま教会が歩んでいるシノドスの道を最初に歩まれたのは、聖母マリアであります。

わたしたちが、感染症などの困難に直面し、怖じ気づき、疑心暗鬼の心が自己保身に走らせ、利己的な心は他者の必要に目をつぶらせ、心を安定させるために異質な存在を排除しようとするとき、聖母の生きる姿を思い起こさないわけにはいきません。わたしたちの信仰は、神の計画に信頼し、互いに助け合い、ともに歩んでくださる主に信頼しながら謙遜に身を委ねる信仰です。

教皇フランシスコは、「福音の喜び」の終わりで、聖母マリアについて語っています。教皇は、「マリアは、福音を述べ伝える教会の母です」と記しています。

教皇は聖母の生きる姿勢を、「常に気をくばる友」、「あらゆる苦しみを理解される方」、「正義を生み出すまで産みの苦しみを味わうすべての民の希望のしるし」、「人に手を貸すために自分の村から急いで出かける方」などと記して、「正義と優しさの力、観想と他者に向けて歩む力、これこそがマリアを、福音宣教する教会の模範とするのです」と述べておられます。

この混乱の時代、聖母の生きる姿勢に倣い、さまざまに飛び交う言葉に踊らされることなく、神が望まれる世界の実現の道を見極めるために、祈りと黙想のうちに賢明な識別をすることができるように、聖霊の導きを祈り、またその導きに従う勇気を祈り願いたいと思います。

この先行きの読めない不安な時代に、そして連帯と助け合いが必要なこの時代に、あたかもそれに逆らうかのように、尊い賜物であるいのちをないがしろにするように、例えばウクライナでは戦争が続いています。世界各地で、いのちを危機に直面させるような状況が続いています。

神の母である聖母マリアは、信仰に生きるわたしたちすべての母でもあります。聖母は、いのちをないがしろにすることやいのちに対する攻撃をすることではなく、その尊厳を守り、育み、始まりから終わりまで徹底的にいのちを守り、神のみ旨に生き続けることの重要さをその姿で示しています。この困難な時代に生きているからこそ、聖母の生きる姿勢に倣い、神の計画に身を委ね、ともに歩んでくださる主に信頼し、神のみ旨の実現のために尽くして参りましょう。

 

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2023年9月12日 (火)

セバスチャン西川哲彌師葬儀ミサ@東京カテドラル

Nishikawa

東京教区司祭セバスチャン西川哲彌神父様は、9月8日、聖マリアの誕生の祝日の早朝に帰天され、本日9月12日午後1時半から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、葬儀ミサを執り行いました。西川神父様の永遠の安息のために、お祈りくださったみなさん、ありがとうございます。

西川神父様は、ご存じの方は多いと思いますが、なかなかユニークな方で、面倒見が良く優しい反面、時には厳しく叱りつけることもありました。その評価は、それぞれの体験によって様々に分かれるところですが、以下の説教でも触れたように、病人訪問に足繁く通うなど、困難と孤独のうちにある人に徹底的に寄り添う方でもありました。

わたし自身はカリタスジャパンの委員会を通じて、司祭時代に知り合いましたが、その後、新潟の司教になってからは、西川神父様がしばしば秋田の聖体奉仕会を訪れマリア様に祈って行かれたことを存じ上げていました。祈るだけでなく、得意の大工仕事を披露されたり、様々なものを寄付して行かれました。

さらに東京の大司教になってからは、しばらく関口で一緒に生活をしていましたが、わたしが関口教会でミサをしたときには、必ず説教を褒めてくださる。褒めて育ててくださる方でありました。

1年半ほど前、司祭館で階段からの転落事故で一命を取り留めたものの意識が回復せず、1年半にわたる闘病生活の後に、帰天されました。

以下、葬儀ミサの説教原稿です。

セバスチャン西川哲彌師葬儀ミサ
2023年9月12日
東京カテドラル聖マリア大聖堂

西川神父様、人生の最後の最後に、苦しみのうちにじっと耐え忍び、よく頑張りました。御父の元で、すべての苦しみから解き放たれて、愛といつくしみの光に包まれて、休まれますように。

2022年2月26日の早朝、清瀬教会の朝ミサに出てこられないことから、司祭館を訪ねた信徒の方によって、倒れているのを発見されました。朝、新聞を取りに行った帰りに、階段で転落したものとみられます。即座に病院に運ばれ、手術を受け一命は取り留めたものの、意識は戻りませんでした。その後、ベトレヘムの園病院に転院され、シスター方を始め医療スタッフの手厚い看護の中、一時は意識が戻るのではないかという期待もありましたが、それもかなわず、9月8日、聖マリアの誕生の祝日の早朝、80歳の人生を終えられました。

感染症の状況の中、病院では面会もままならず、わたしも7月11日に、許可をいただき、15分だけ面会し、病者の塗油を授けることができました。手を握ると、確かに目が動いて、誰かが来ているとわかっているのではないかと感じました。しかし残念ながら最後の日まで意識は回復することなく、1年半に及ぶ闘病の末、御父の元へ旅立って行かれました。西川神父様。本当によく頑張りました。

司祭は叙階式の時に、司教からいくつかの質問を受けます。「福音をのべ伝え、カトリックの信仰を表すことによって、神のことばに奉仕する務めを誠実に果たしますか」と問われて、「はい、果たします」と力強く応えます。また、「教会共同体の助けのもとに、貧しい人、苦しむ人、助けを必要とするすべての人に、主の名において、神のいつくしみを示しますか」と問われて、「はい、示します」と約束いたします。

1976年11月3日に、このカテドラルで司祭叙階を受けた西川哲彌神父様も、その日同じように力強く約束されたことだと思います。そしてそれから50年近くにわたる西川神父様の司祭人生は、まさしくその約束を具体的に生きる人生であったと思います。

今日、西川神父様とのお別れのためにお集まりの皆様は、わたし以上にたくさんの思い出をお持ちだと思います。司祭に叙階された後に、高円寺教会の助任にはじまり、清瀬教会に至るまで、10近い小教区で司牧にあたられましたので、そこで、その「とき」に出会い、時間をともにし、様々な交わりのあった方々は大勢おられることと思います。限りなく優しく、思いやりにあふれる司祭である反面、時に厳しく叱りつけることなどもありましたから、その思いではそれぞれユニークでバラエティに富んでいることと思います。

わたし自身は司教になる前、もう20数年以上前にカリタスジャパンの援助秘書をしていた時代、東京教区のカリタス担当者であった西川神父様と、会議の席で初めてお会いしました。独特の雰囲気に圧倒されましたが、その頃からよく声をかけていただくようになりました。

東京に来てからは、西川神父様は関口の主任でしたので、毎日の朝食にはじまって、生活を一緒にする機会がありました。様々な思い出がある中で、心に残っていることは、説教を必ず褒めてくださったことと、どんな遠くであっても、病人を訪問することを大切にされていたことでありました。時に、車に乗って何時間もかかる遠方まで、病人訪問に出かけておいででした。

マタイの福音にある、あの羊と山羊を分ける話の、「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。・・・わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」という主の言葉にあるように、人生を終えて、主の御前に立つ西川神父様に、主御自身がその労をねぎらっておられることだと確信します。

司祭としての人生の中で、西川神父様は、困難に直面する人たち、孤独にある人たちのもとを訪ね、そこで主御自身と出会った来られてのだと思います。

わたしたちは信じています。イエスはキリストです。すべての人をその懐における安息と永遠のいのちに招かれる救い主です。わたしたちは、「私をお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人をひとりも失わないで、終わりの日に復活させることである」と言われたイエスの言葉を信じています。イエスをキリストと信じるわたしたちには、すべての人がその救いに与ることができるように、神の愛といつくしみ、あわれみを、ひとりでも多くの人に伝え分け与える使命があります。そのために、わたしたち自身の言葉と行いを持って、主との出会いの機会を生み出していかなくてはなりません。

2019年11月に東京で、東北の大震災の被災者とお会いになった教皇様は、「町の復興を助ける人だけでなく、展望と希望を回復させてくれる友人や兄弟姉妹との出会いが不可欠です」と、人と人との交わりの重要性を強調されました。

暗闇に輝く希望の光は、互いに助け合う人との出会いから生まれ、連帯を通じて強められます。しかし残念ながら、実際の世界ではその連帯は実現せず、かえって孤立と孤独が激しくすすみ、この歴史に残る困難の中で、暴力がいのちを危機にさらしています。今わたしたちの社会は、不安の暗闇の中に置き去りにされている恐怖から、他者に対する配慮をする余裕を心から奪い、不寛容な心は利己的になり、自分を守ることにばかり集中して、助けを必要として叫びを上げている人の存在を見えないものにしています。わたしたちには互いに助け合うものとして、多くの人との出会いが必要です。その出会いの中での支え合いが必要です。西川神父様は、司祭としての人生を歩みながら、その人と人との出会いの機会を生み出し続けてこられました。それを通じて、多くの人が、主イエスご自身と出会う機会を生み出してこられました。

2013年11月の教区ニュースでのインタビューに、西川神父様のこういう言葉が記されていました。
 「司祭叙階までの歩みを振り返ると、ダメな自分ばかりです。ダメな自分の根は、意固地さだったり、コンプレックスだったり、照れ隠しだったりするわけです。自分自身だけを見るとどうしようもない存在です。しかし、そんな自分がイエスを背負っている、自分の背中にイエスがいる、背中にいるイエスがダメな自分を生かしてくれるという、叙階の秘跡の持つ偉大な神秘を噛みしめました」

西川神父様は、毎日、その背中にいつくしみそのものであるイエスを背負って生き続けてこられました。いま御父の御許で、その背中におられるイエスが、西川神父様を後ろから抱きかかえ、すべての苦しみから解き放ってくださっていると、信じます。西川神父様が永遠の安息に与ることができますように。

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2023年7月23日 (日)

五井教会堅信式@2023年7月16日

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一週間遅れになってしまいましたが、先週の日曜日、7月16日午前10時から、千葉県の五井教会で、堅信式ミサを行い、18名の方が堅信の秘跡を受けられました。おめでとうございます。

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五井教会の主任司祭は、コロンバン会のティエン神父様が主任司祭で、日本人信徒のほか、フィリピンやベトナム、インドネシアなど、様々な国出身の信徒の方が大勢おられる共同体です。

余裕を持ったつもりで、朝の8時に関口を車で出発したのですが、京葉道路は事故渋滞で、途中で下道におり、ミサが始まる10時を少し過ぎての到着となってしまいました。

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以下、当日のミサの説教を録音から書き起こしたものです。

カトリック五井教会堅信式 (2023@年間第15主日)

今朝は、8時には出てきたのですけれども、京葉道路が事故渋滞をしていたので途中で降り、下道を走って2時間ちょっとかかってしまいました。遅れて申し訳ありませんでした。また、たぶん木曜日の夜、寝ている間に熱中症になったのかもしれません。昨日、一昨日と、熱が出ましたが、コロナは陰性でした。二日間休んでいたのでちょっと本調子ではないのですが、幸い喉は影響を受けておらず声が出るので、今朝は堅信式のために五井教会来ることができほっとしています。

今日、堅信を受けられる18人の方に、心からお祝いを申し上げたいと思います。
今日の第一朗読では、イザヤの預言が朗読されました。その後半に「わたしの口から出るわたしの言葉も、むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ わたしが与えた使命を必ず果たす。」という言葉が記されています。

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ご存知のようにヨハネ福音書の冒頭には、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」と記されています。つまり、イエス・キリストは、神の言葉そのものであると記されています。ですから、このイザヤの預言が記している「わたしの言葉」、それはイエスご自身のことであります。「わたしの口から出る」、つまり神の言葉は人となって、わたしたちのところにやって来られた。そしてその言葉は、何も成し遂げることがなくむなしいままで、御父のもとに帰ってゆくことは絶対にあり得ない。「わたしの望むことを成し遂げ、わたしが与えた使命を必ず果たす」のだと記されているわけです。

イエス様ご自身は33歳の時に十字架にかけられて死に、復活し、御父のもとに帰ってしまわれたよね。ではそのあと、その神の言葉はどうなってしまったのでしょう。

わたしたちはイエスご自身が目に見える形でわたしたちの間に存在していなくても、わたしたちと共にいてくださるということを信じているからこそ、いまこうやって一緒に共同体として集まっているわけですよね。つまり、神の言葉は、受難と死と復活と昇天の後にいなくなってしまったのではなくて、わたしたちと共に、それからずっと一緒に存在しておられるのです。

では、いったい神はどこに、イエス様はいつもどこに、いてくださるのですか?

まず一つ思いつくのは、最後の晩餐の時に、パンと葡萄酒を取って、「わたしのからだである」、「わたしの血である」、これを飲む時、食べる時、わたしのことを忘れずに記念し続けなさいと言われたあの主の言葉通り、こうやって集まりご聖体の祭儀に与る時、そこに主ご自身はご聖体のうちにおられるということです。

そしてもう一つ、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」という主の言葉です。こうして主のみ名において共同体が集まる時、ここに、主ご自身がおられるのですよ。

そしてさらに、ミサの中では、第一朗読、第二朗読、そして福音朗読と、3回聖書が朗読されます。この聖書の朗読は、昔、書かれた本を懐かしく読んでいるのではありません。いま、朗読されるまさしくこの時に、その神の言葉は、わたしたちのうちに現存するのです。神の言葉が声に出される時、ここに神が現存される。イエスが現存される。

わたしたちは教会で、三つのイエスの現存に出会います。
一つはご聖体におけるイエスの現存。そして、二人三人がイエスの名のもとに集まっているという時におられるイエスの現存。そして聖書の言葉が朗読される時に、その言葉のうちにおられる主の現存。イエスは、三つの現存を通して、わたしたちと共におられるのです。

ですから、神の言葉は、神の口から出て、人となってわたしたちのところにお住まいになり、いまに至るまで、わたしたちと共にいて、その使命を成し遂げようとしておられます。その使命を、どうしたら成し遂げるようにすることができるのか。神様に任せてしまえば良いわけではありません。

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福音書は、種蒔きの話を記していました。

種を蒔く。種は神の御言葉ですよね。神の御言葉である種を蒔くけれども、その蒔かれていく土壌によって、育ち方が違っていくのだと。
道端に落ちてしまうと、鳥が来て食べてしまう。石だらけの土の少ない所では、あっという間に枯れてしまう。茨の間に落ちると、茨に塞がれてしまって育つことができない。

「ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった」と記されています。

ここでは種を蒔くのは神様ですから、わたしたちにできることは何なのかと考えてみると、それは、種が蒔かれるための土壌を、土を、良い土を、用意することです。

神様はイエスをこの世に人として遣わし、神の言葉をここに残し、そして、毎週、毎週、ミサの中で聖書が朗読されるたびに、この神のみことばのうちに現存し、わたしたちと共にいてくださる。

その神のことばが使命を成し遂げるためには、その種が蒔かれて育つ土、土を用意しなければならないのです。わたしたちの使命は、土を、良い土を準備することです。神様が蒔かれた種が育つことができるような、良い土を用意していくこと。それがわたしたち一人ひとりに与えられている使命のひとつであると思います。

では、どうやってその良い土を用意するんだろうか。

本当の農業であれば、必要な材料を買ってきて土壌改良するでしょうけれども、相手は人間の心なのですよ。この人の心をどうやって良いものにしていくのか。

それは他の人の良い模範、他の人の良い心に触れること、でしかあり得ないんですよ。わたしたちにとって大切なのは、自分自身の良い心、良い思い、それをわたしたちの言葉と行いを通して、他の人たちの間で証ししていくことなのです。

決して、人前に立って、あなた方みな回心しなさい、そうしなければ地獄に落ちるぞというのが、わたしたちにとって土を改良していくわざではないのです。

わたしたちは日々の生活の中で、いろんな人たちと出会っていきますよね。この日本において多くの人は、キリストを知らないか、または誤った解釈をしているか、もしくは変な宗教の一つだと思っているか、ではないでしょうか。キリスト教徒がものすごく少ないこの国の中で、わたしたちはそのような人と毎日出会い、一緒に生活をしているわけですね。

その中で、わたしの語る言葉、わたしの行い、それを通じて、神様の愛を、神様のいつくしみを、あわれみを証ししていきたいんですよ。その証しをすることこそが、福音を伝えることであり、神のみことばの種が蒔かれるための、良い土を作る働きなのだと思います。

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堅信を受けられる方々にあっては、水による洗礼を受け、ご聖体を受け、そしてこの堅信で聖霊の恵みを受けることによって、キリスト教徒になっていくプロセスが完成します。ですから、この堅信の秘跡を受けることによって、完成したカトリックの信者、キリストの弟子になるのです。そして完成しているということは、お恵みもいただきますけれども、同時に、求められていること、務め、責任がそこには必ず発生をするわけです。

その責任の最たるものは、この言葉と行いを通して、神の愛といつくしみとあわれみを証しをしていくこと、福音を告げ知らせていくことが、わたしたち一人ひとりに課せられている務めであります。

それを心に刻んでいただきたい。ですが、容易にできることではないので、だからこそ聖霊を、この堅信の秘跡の中でいただくのです。聖霊は、わたしたちの福音を証しするぞという決意を、後ろから後押ししてくれる神の息吹、神の力です。わたしが、何とかしてこの社会の中で良い土を用意するために、言葉と行いで証ししていくぞという、この決意を、後ろから支え押してくれる、後押ししてくれるのが、聖霊の働きだと思います。その聖霊の働きに信頼し、これからも福音を述べ伝えることができるように、努力をしていただければと思います。

そして、ここに集まっている多くの人たちは、この18人以外には関係ないと思っているかもしれないですが、今日、堅信式の時に、集まっているみなさんにも質問するんです。ご存じですか?

堅信式の中で、堅信を受ける人たちに質問するんですよ。

最初、「あなたは悪霊を捨てますか?」とか、「神を信じますか?」って、質問します。みんなハイって答えると思います。そしたらその後に、実はですね、「ではここにお集まりのみなさんにも、一つ質問があります」とわたしは尋ねます。だいたいみんな気が付かずに、すーっと通り過ぎていってしまうんですけれども、本当はみなさん、すごいことを約束するんですよ。

今日、気をつけて聞いておいてください。みんなすごいことを約束しますから。よく耳を傾けて、一体自分は何を約束するのだろうかと、気をつけておいていただければと思います。

 

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2023年7月 7日 (金)

幼きイエス会来日150周年感謝ミサ

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ニコラバレで知られる幼きイエス会。東京の四谷にある雙葉学園を始め、各地で学校教育にも取り組んでこられました。日本に宣教のために最初のシスターが来日して、すでに151年です。

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日本に最初にやってきた宣教師はフランシスコ・ザビエルで、よく知られていますが、最初に日本にやってきたシスターは幼きイエス会のメール・マチルドと4名の会員です。その意味で、幼きイエス会のシスター方は、日本の福音宣教のパイオニアです。

来日150年を記念する行事が関係する各所で一年間行われ、その締めくくりの感謝ミサが、総長様(上の写真)も迎えて、6月24日午後、麹町聖イグナチオ教会で捧げられました。教皇大使とともに司式させていただきましたが、以下、当日の説教の原稿です。日本語の後に、サマリーが英語でついています。

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幼きイエス会のみなさん、おめでとうございます。

幼きイエス会来日150周年感謝ミサ
麹町教会
2023年6月24日

幼きイエス会のシスター方が、再宣教がはじまったばかりの日本で、福音をあかしする活動を始められて、すでに150年以上が経過しました。長い迫害の時代を経て、大浦天主堂において聖母の導きのもと、信徒が再発見されたのが1865年。いまから158年も前のことであって、そのときはまだ明治にもなっていません。その後、あらためて起こった厳しい迫害の出来事を経て、キリシタン禁制の高札が撤去されたのが1873年。ちょうど150年前の出来事です。

150年がたったいま、現代社会の視点からその当時の状況を推し量ることは簡単ではありません。わたしたちからは考えられないような困難に直面されたことでしょう。とりわけ、外国からやってきた宣教師として、ただ単純に日本で生きるのではなくて、福音を具体的に伝えあかしする業に取り組むことには、いまからは考えられない困難があったことだと思います。

その困難な状況の中にあっても、シスター方には、「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るため」にこそ御一人子が受肉されたこと、そしてそれは、「世を裁くためではなく、御子によって世が救われるため」であったことを心に刻み、人生を賭けて、天の御父の御心をあかしされて行かれました。志を同じくする仲間達は、修道会のカリスマを具体的に生きながら、キリストの一つの体のそれぞれの部分として、社会において言葉と行いを通じて希望の光を証しすることに真摯に取り組み、いま150年という時を刻みました。これまでの歴史を刻んできた修道会の先達の奉献の志しとその働きに心から感謝いたしましょう。またその宣教活動の始まりからいまに至るまで、幼きイエス会のみなさんを導いてくださる主のはからいを心にとめ、その招きにこれからも信頼のうちに応え続ける決意を新たにしたいと思います

幼きイエス会のホームページの冒頭に、ニコラ・バレ神父様のことが記されていました。

17世紀、貧富の差の激しかった当時のフランスで、貧しい家庭の子どもたちの教育が顧みられていない現実のなかで、彼らが神の子の尊厳にふさわしく育つのを助けるため、無料の小さな学校を始め、その学校の女教師たちのグループが、幼きイエス会の起源だと記されていました。

また、「貧しく、うち捨てられた子どもを受ける者は、まさに、イエス・キリストご自身を受けることになる。これこそ、本会の第一の、そして主要な目的である」という言葉も記されていました。その思いを具体的に生きるために、女子の教育や孤児の世話など、社会に大きく貢献される事業を日本においても続けてこられたのは、まさしく福音を目に見える形で生き、あかしする福音宣教の業であったと思います。

それから150年という年月を経て、いま問われているのは、大きく変革した社会の状況の中で、いま、その同じ思いを生きるとは具体的にどういうことなのか、改めて問いかけることであり、それこそは日本の再宣教におけるパイオニアである幼きイエス会の重要な務めであるとも思います。

わたしたちはこの3年間、歴史に残る困難に直面してきました。

新型コロナ感染症の蔓延は、未知の感染症であるが故に、わたしたちを不安の暗闇の中へと引きずり込みました。なかなか出口が見えない中を、わたしたちはまるで闇の中を光を求めて彷徨い続けるような体験をいたしました。いのちが危機に直面するというような体験は、なかなかあるものではありません。その意味で、先行きの見えない不安がいかに人を疑心暗鬼の闇に引きずり込み、それが社会全体においていかに自己保身と利己主義を強め、排他的にしてしまうのかを、目の当たりにしたことは、貴重な体験であったと思います。いま世界はまるで暴力に支配されているかのようです。ウクライナで続く戦争は言うに及ばず、神から与えられた尊い賜物であるいのちを危機に直面させるような状況は、偶然の産物ではなく、社会全体が排他的になり暴力的になった結果であり、わたしたちが生み出したものです。

この現実の中にあるからこそ、わたしたちは、教会が存在する理由を改めて見直し、それに忠実に生きていきたいと思います。第二バチカン公会議の教会憲章は、教会は、「神との親密な交わりと全人類一致のしるしであり道具」(教会憲章一)であると記します。

いまわたしたちはこの日本の地において、「神との親密な交わりと全人類一致のしるしと道具」になっているでしょうか。

教皇フランシスコは、コロナ禍のはじめ頃から、ポストコロナを見据えて、全世界的な連帯の重要性を説き続けてきました。教会こそは、その連帯を具体的に生きることで、「神との親密な交わりと一致」をあかしする存在となることができます。

今の世界を支配する疑心暗鬼の暗闇の中で、対立と分断、差別と排除、孤立と孤独が深まるなかにあって、教皇様は、神のいつくしみを優先させ、差別と排除に対して明確に対峙する神の民であるようにと呼びかけておられます。とりわけ教会が、神のいつくしみを具体的に示す場となるようにと呼びかけ、東京ドームのミサでも、「いのちの福音を告げるということは、共同体としてわたしたちを駆り立て、わたしたちに強く求めます。それは、傷のいやしと、和解とゆるしの道を、つねに差し出す準備のある、野戦病院となることです」と力強く呼びかけられました。

疑心暗鬼の暗闇の中で不安に苛まれる心は、寛容さを失っています。助けを必要としているいのちを、特に法的に弱い立場にある人たちを、いのちの危機に追い込むほどの負の力を発揮しています。異質な存在を排除する力が強まっています。この現実の中で、わたしたちは神からの賜物であるいのちを守る、野戦病院でありつづけたいと思います。

来日150年を記念され、新たな次の一歩を模索される中で、みなさんが「神との親密な交わりと全人類一致のしるしと道具」であり続け、野戦病院であり続けることができますように、聖霊の導きを祈りましょう。

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More than 150 years have passed since the Sisters of Infant Jesus began their missionary activities in Japan together with MEP missionaries.

The long-standing declaration of prohibition of Christianity was officially lifted only in 1873 and that was the social background of the time when pioneer missionaries started their work of evangelisation in Japan. There must be unimaginable difficulties existing in the society against activities of expatriate in Japan at that time. So we admire their courage to proclaim the Good News of Jesus Christ in Japan and we are sincerely grateful to their missionary zeal.

In these difficult and challenging situation at that time, the pioneer Sisters always kept in their hearts that Heavenly Father gave his Son so that "whoever believes in him should not perish but have eternal life" and Jesus came among us not to "condemn the world, but in order that the world might be saved through him". The Sisters made serious efforts to be witnesses of love and mercy of God the Father.

According to the Web-page of the Sisters of Infant Jesus in Japan, the foundation of the congregation was laid in France in 17th Century to help children of poor families to maintain their God given human dignity, the founder Nicolas Barre established free school for kids. In Japan, too, from the beginning the Sisters continued the work inspired by the teachings of the founder in education and social welfare. Past 150 years, Sisters of Infant Jesus continued the missionary activities especially in Education to be witnesses of love and mercy of God. For this, we are grateful.

Now you are stepping into the new page of the history after 150 years in Japan. So the question would be how to continue to be witnesses of love and mercy of God in this modern, secular and rapidly changing society.

We have been going through difficult time of the history because of COVID pandemic for past 3 years. Anxiety makes us defensive, defensiveness made us selfish, and selfishness made us exclusive, and exclusiveness made us aggressive.

That is why we should go back to our very basics of the Church. According to the Lumen Gentium, Church is "a sign and instrument both of a very closely knit union with God and of the unity of the whole human race" So we want to put this definition into practice. As Pope Francis always emphasizes, only solidarity among us makes us witnesses of unity. We want to go out, as Pope encourages us to do, to be witnesses of solidarity and mercy being field hospital of mercy and love of God.

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