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2025年4月19日 (土)

2025年の復活祭にあたって

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2025年復活祭メッセージ
2025年4月20日

皆様、御復活おめでとうございます。

そしてこの復活祭、または復活節に洗礼を受けられるみなさん、おめでとうございます。教会共同体に心からの喜びを持ってお迎えいたします。

十字架における受難と死を通じて新しいいのちへと復活された主は、わたしたちが同じ新しいいのちのうちに生きるようにと招きながら、ともに歩んでくださいます。復活された主イエスは、わたし達の希望であるキリストです。

2020年に直面した世界的ないのちの危機以来、わたし達は混乱の暗闇の中をさまよい続けています。その間に勃発した各地の戦争や紛争はやむことなく、今日もまた、いのちの危機に直面し、絶望のうちに取り残されている人たちが、世界には多くおられます。

そのような状況は多くの人の心に不安を生み出し、世界全体が身を守ろうとして寛容さを失い、利己的な価値観が横行しています。異質な存在を受け入れることに後ろ向きであったり、暴力を持って排除しようとする事例さえ見受けられます。

人はそのいのちを、「互いに助けるもの」となるように神から与えられたと旧約聖書の創世記は教えています。ですから互いに助け合わないことは、わたし達のいのちの否定に繋がります。いのちの否定は、それを賜物として与えてくださった神の否定に繋がります。

互いに助け合わない世界は、神が望まれた世界ではありません。互いに助け合わない世界は、絶望を生み出す世界です。

いま必要なのは、いのちを生きる希望を、すべての人の心に生み出すことであります。

教会は今年、25年に一度の特別な聖なる年、聖年の道を歩んでいます。希望の巡礼者がそのテーマです。わたし達は、絶望が支配する世界に希望をもたらす者として、人生の旅路を歩み続けます。一人で希望を生み出すことはできません。信仰における共同体の中で生かされることを通じて、希望が生み出されます。その希望の源は、復活され、わたしたちとともに歩み続ける主イエス・キリストです。

先般、東京教区の姉妹教会であるミャンマーで大きな地震が発生し、わたし達が特に力を入れて支援してきたマンダレー周辺で大きな被害が出ています。ただでさえクーデター以降不安定な状況が続き、平和を求める教会に対する攻撃も続いている中での災害です。被災者救援のための募金も始まっています。被災され絶望に打ちひしがれている方々に希望が生み出されるように、わたし達はできる限りのことをしたいと思います。まず、ミャンマーの方々のために、その平和のために、祈りを捧げましょう。祈りには力があります。いのちを生きる希望を生み出す信仰の絆です。

復活祭にあたり、互いに支え合い、ともに歩む中で絆を深め、希望を生み出しそれをあかしする者となる決意を新たに致しましょう。

終わりに、病気療養中の教皇フランシスコのために、どうぞともに祈りをお捧げください。

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2025年1月 1日 (水)

「平和のために、ともに希望の旅路を」(2025年年頭の司牧書簡、教区ニュース1/2月号掲載済み)

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主の降誕と新年のお喜びを申し上げます。

昨年末の枢機卿叙任にあたっては、多くの方のお祝いの言葉とお祈りをいただきましたこと、心より感謝申し上げます。教皇さまから与えられたこの務めを果たすために十分な能力がわたしにあるものでもなく、また霊的な深さを持ち合わせているわけでもありません。求められていることを忠実に果たしていくことができるように、みなさまの変わらぬお祈りによる支えを心からお願い申し上げます。

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さて、昨年10月にはシノドスの第二会期がバチカンで開催され、わたしも日本の司教団を代表して参加してきました。この開催を持って、2021年から続いた世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会は閉幕となりました。

 これまでの慣例であれば、総会の最終文書を受け取られた教皇さまは、それに基づいて使徒的勧告を執筆され、教会全体への教えとされます。しかし今回、シノドス総会の最終日に出席された教皇さまは、参加者の投票によって最終文書が採択された直後に、その文書をご自分の文書とされることと、使徒的勧告をあらためて執筆しないと発表されました。すなわち、今回のシノドスの最終文書は、教皇さまご自身の文書となりました。

その上で教皇さまは、「わたしたちは世界のあらゆる地域から集まっています。その中には、暴力や貧困や無関心がはびこっている地域があります。一緒になって、失望させることのない希望を掲げ、心にある神の愛によって結ばれて、平和を夢見るだけでなく全力を尽くして、平和が実現するよう取り組みましょう。平和は耳を傾け合うこと、対話、そして和解によって実現します。シノドス的教会は、ここで分かち合われた言葉に具体的な行動を付け加えることが必要です。使命を果たしに出かけましょう。これがわたしたちの旅路です」と呼びかけられました。

今回のシノドスは、教会のシノドス性そのものを話し合うシノドスでした。特に第二会期では、「宣教するシノドス的教会」であるために、何が求められているのかを、参加者はともに識別しました。教会がシノドス的であるということの意味は、教皇様においては、すべて神の平和の構築に繋がっており、それこそが教会の使命であることが、この言葉からも明確に識ることができます。平和の構築こそは、教皇フランシスコが考える教会にとっての最優先課題です。

そう考えるとき、今の時代ほどその願いの実現からほど遠い世界はありません。

この数年間、世界は歴史に残るようないのちの危機に直面してきました。暗闇が深まった結果は何でしょうか。それは自分の身を守りたいという欲求に基づく利己主義の蔓延と、先行きが見通せない絶望の広まりであって、絶望は世界から希望を奪い去りました。加えて、ミャンマーのクーデターやウクライナでの戦争、そしてガザでの紛争をはじめとして世界の闇がさらに深まるような暴力的な出来事が続き、絶望が世界を支配しています。あまりにも暴力的な状況が蔓延しているがために、世界には暴力に対抗するためには暴力を用いることが当たり前であるかのような雰囲気さえ漂っています。

いま世界で、様々な形の暴力がわたしたちの命に襲いかかっています。神が与えてくださった賜物である命は、その始まりから終わりまで、例外なく、守られなくてはなりません。命を奪う暴力は、どのような形であれ許されてはなりません。

教皇様は、「希望の巡礼者」をテーマとする聖年の開催を告知する大勅書「希望は欺かない」に、「すべての人にとって聖年が、救いの門である主イエスとの、生き生きとした個人的な出会いの時となりますように」と記し、その上で、「教会は、主イエスをわたしたちの希望として、いつでも、どこでも、すべての人に宣べ伝える使命を持って」いると指摘されます。

いま世界は希望を必要としています。絶望に彩られた世界には、希望が必要です。

希望は、どこからか持ってこられるような類いのものではなく、心の中から生み出されるものです。心の中から希望を生み出すための触媒は、共同体における交わりです。互いに支え合い、ともに歩むことによって生まれる交わりです。少ない中からも、互いに自らが持っているものを分かち合おうとする心こそは、交わりの共同体の中に希望を生み出す力となります。希望の巡礼者こそは、今の時代が必要としている存在です。

2025年は第二次世界大戦が終わりを告げて80年の節目の年になります。人類の歴史に大きな傷跡を残した戦争を体験してもなお、人類は闘いをやめようとしません。1981年と2019年、お二人の教皇さまが日本を訪れ、広島と長崎から平和を訴えられました。あらためてお二人の教皇さまの呼びかけの言葉を読み返し、2025年を、神が求められる平和の確立を呼びかける年にしたいと思います。聖年は希望を生み出す巡礼者となることをわたしたちに求めます。神の平和の確立こそは、希望を生み出す源です。争いを解決し、神がわたしたちに賜物として与えられた命の尊厳が守られる世界を実現するために、祈りのうちに行動する一年と致しましょう。

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教皇さまの文書となったことで、シノドスの最終文書はイタリア語原文からの英訳などに時間がかかり、12月に入ってからやっと英語公式訳が公開されました。現在これに基づいて日本語訳が進められていますが、この公式訳には、シノドス総会で投票した際には存在しなかった教皇さまご自身のはじめの言葉が付け加えられています。

そこで教皇さまは、「各地方教会・・・は、教会法と本文書自体に規定されている識別と意思決定のプロセスを通して、文書に含まれている権威ある指摘を、様々な文脈で適用するよう、いま求められています」と記し、さらに、「シノドス第16回通常総会が終了したからといって、シノドスの歩みに終止符が打たれるわけではありません」と述べています。

これからは、わたしたちがこの呼びかけに応える番です。今回のシノドスが求めているのは、いわゆる議会民主制を教会に持ち込むことでは、もちろんありません。司教協議会に例えば教会の教えを決めるような権威を持たせるようなものでもありません。今すぐ教会の伝統的な諸制度を改革しようと呼びかけるものでもありません。それよりも、互いの声に耳を傾けあい、祈りをともにしながら、一緒になって聖霊の導く方向を識別し、その方向に向かってよりふさわしく進む道を見いだすようにと求めているものです。そうすることによって、初めて教会は、宣教するシノドス的な教会になることが可能となります。

東京教区においても、様々なレベルで、シノドス的な識別を取り入れる可能性を探っていかなくてはなりません。そのためには、単に組織構造を変えることが最優先ではありません。まず最初に、霊的識別の道を学ぶことが、はじめの一歩となります。そのための研修などを開催することを、現在検討中です。

同時に、今すぐこの道をたどりながら取り組めることがあります。

2020年に東京教区の宣教司牧方針をお示ししました。これはそれに先だって、多くの共同体からの意見をいただいて集約する中でまとめられた方針で、10年をめどとして達成するべき宣教司牧の優先課題を記したものです。同指針には「今後10年を目途に実施のための取り組みを行い、10年後に評価と反省を試みて、教会のさらなる発展に寄与していきたいと考えています」と記しました。

しかし10年はそれなりに長い時間でもあり、教会が置かれた社会の現実にも変化がありますから、中間となる5年目で一度見直しをすることがふさわしいと判断いたしました。

現在、教区の宣教司牧評議会において、その見直し作業に着手していますが、これを教区全体で行いたいと思います。その見直しにあたって、シノドス的な霊的識別の方法をできる限り取り入れて行くようにしたいと思います。

具体的な見直しについては別途お知らせいたしますが、基本的には次のように考えています。

東京大司教区の宣教司牧方針の三つの柱、①「宣教する共同体をめざして」、②「交わりの共同体をめざして」、③「すべてのいのちを大切にする共同体をめざして」は、変更せずに堅持したいと思います。それに付随する具体的な取り組みについて、これまでの取り組みとこれからの可能性、そしていまの社会の現実の中で必要となってきた取り組み課題などについて、できる限り多くの方の声をいただければと思います。

最初に宣教司牧方針を作成したときのように、個人のお考えではなくて、共同体の声を伺います。共同体における声の集約には、霊における会話の手法などを活用して、聖霊がわたしたち東京教区をどのような道に導いているのか、その方向性を見極める作業に取り組んでいただければと思います。

具体的な方法や、霊における会話の方法、さらにその声を集約する方法などについては、復活節中には、みなさまに具体的にお知らせするように致します。見直しのための小冊子を用意しますので、それぞれの共同体で祈りのうちに、宣教司牧方針の見直しの作業に取り組んでください。この見直しの作業は、一年程度の期間を見込んでいます。

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教会が宣教するシノドス的な教会であることを求められる教皇フランシスコは、ともに支え合い、助け合いながら、力を合わせて祈り続けることで、聖霊の導きをともに識別し、進むべき方向性を見いだす必要性をしばしば強調されています。教皇様の貧しい人や困難に直面する人への配慮は、単に個人的に優しい人だからという性格の問題ではなくて、教会が神の愛といつくしみを具体的に体現する存在であるからに他なりません。従って、教会がともに歩む教会であるのであれば、それは当然、神の愛といつくしみを具体的に示しながらともに歩む教会であって、そこに排除や差別、そして利己主義や無関心が入り込む余地はありません。広く心の目を開き、教会がいま進むべき方向性を、ともに見極めることができれば幸いです。一緒になって教会を広く大きく育てていきましょう。福音を告げていきましょう。新しい働き手を見いだしていきましょう。ともに祈りを捧げましょう。

新しい一年、福音をさらに多くの人に伝えることができるように、ともに歩んで参りましょう。みなさまの上に、またみなさまのご家族の上で、神様の豊かな祝福をお祈りいたします。

2025年1月1日

カトリック東京大司教区 大司教

枢機卿 菊地功

 

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2024年12月24日 (火)

主の降誕、おめでとうございます。

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クリスマスおめでとうございます。

闇に輝く小さな光、人となられた神の御言葉は、わたしたちの心に希望を生み出す源です。

いのちに対する暴力が吹き荒れ、闇が深まる中で、わたしたちは希望を見いだすことに困難を感じ、そんな中で、絶望に襲われている人も少なくありません。特に、暴力によっていのちが奪われることが毎日の現実としてあるウクライナやガザを初め、東京教区の姉妹教会であるミャンマーや、その他多くの国に生きている方々に思いを馳せます。

神のみことばの受肉による誕生で、光が闇に輝きました。飼い葉桶に寝かされた小さな光です。でも闇が深ければ深いほど、小さな光でも希望の光となります。わたしたちも、その光を受け継ぎ、それぞれの心に希望を生み出し、そしてその希望を多くの人に伝えていきたいと思います。ひとり一人にできることは小さくても、この深い闇の中では、希望の光として輝きます。

どうか良いクリスマスをお迎えください。そして祝福に満ちた年末と年始を過ごされますように。

「みことばの光と聖霊の恵みによって、罪の暗闇と不信仰の夜は消え失せ、イエスの御心がすべての人の心の内に生きますように」

2024年12月24日夜

カトリック東京大司教区 大司教

菊地功枢機卿

 

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2024年12月14日 (土)

今週の週刊大司教はお休みです。

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お待ちいただいている皆様には申し訳ありません。枢機卿会などの出張が重なり撮影が間に合わなかったため、本日12月14日の週刊大司教はお休みとさせてください。

来週12月21日は、午前11時から東京カテドラル聖マリア大聖堂で、枢機卿叙任の感謝ミサを捧げる予定です。また週刊大司教も再開するようにいたします。お待ちください。

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12月7日夕方の枢機卿会では、教皇様の前に順番に進み出て。ビレッタ(儀式用の帽子)と指輪をいただきました。デザインは写真の通りですが、前田枢機卿様も同じ指輪でしたので、共通の指輪かと思います。ペトロとパウロの姿が刻まれています。事前に制作している工房でサイズ合わせをしました。

これらをいただいた後に白い筒をいただきました。この中には教皇様からの枢機卿親任の書簡と、その中に。名義教会名が記されています。前回も記しましたが、ローマ教区の小教区でSan Giovanni Leonardiと言う教会です。現在、来年の着座式の日程を調整中です。

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これらをいただいた後に、出席してくださった先輩の枢機卿様の全員とあいさつを交わしました。一人一人を回りましたので、かなりの時間を要しました。私にとっては、司教枢機卿として一番前の列におられたタグレ枢機卿様やタクソン枢機卿様にはお世話になってきたので、お祝いしていただいたのは感謝の一言でした。それ以外にも、これまでのカリタスでの務めを通じて存じ上げている枢機卿様がたくさんおられたので、あいさつ回りは感動の連続でした。(写真は、タグレ枢機卿とあいさつのハグをしているところ)

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また、枢機卿会後には、バチカン美術館内のギャラリーに場所を移して、一人一人の新しい枢機卿がブースを設け、おいでいただいた方々のお祝いを受けるという儀式もありました。ここにも多くの方に来ていただき、感謝です。今回は21名も新しい枢機卿が誕生したために、この会場に入る入口は大混乱であったと後からうかがいました。

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12月9日の月曜には、駐バチカン日本大使公邸をお借りして、レセプションを開いていただきました。日本大使公邸の準備される和食には定評があり、多くの外交関係者が集まると聞いていましたが、その通りでした。多くの国の大使の皆様に来ていただきました。バチカンからも、外交をつかさどる国務次官のギャラガー大司教をはじめ、典礼秘跡省長官のローチェ枢機卿、福音宣教省のタグレ枢機卿、そして海外出張に出かけるために空港に向かう途中によってくださったタクソン枢機卿、昨年のシノドスでお世話になった外交官養成所アカデミアの校長ペナッキオ大司教、神言会の総本部の皆さん、ローマ在住のカトリック日本人会の皆さん、国際カリタスの本部事務局の皆さんなど、多くの方に来ていただき、さらには多くのメディア関係者も来てくださり感謝でした。前田枢機卿様は、お得意の一句を披露されながら、乾杯の音頭を取ってくださいました。ありがとうございます。

水曜日の昼に、前田枢機卿様とともに帰国し、そのまま夕方は麹町教会で司教団主催の教皇訪日5周年記念感謝ミサをささげ、その翌日は臨時司教総会でした。そのようなわけで、新しい枢機卿の服に変わってから、週刊大司教を撮影する時間をとれませんでした。

Tarcisio Isao Cardinal Kikuchi, SVD

皆様のお祈りとお祝いの言葉に、心から感謝申し上げます。今後とも、お祈りを持って支えてくださるようにお願い申し上げます。

 

 

 

 

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2024年12月 9日 (月)

皆様のお祈りに感謝いたします。

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昨日、12月7日の夕刻、サンピエトロ大聖堂で行われた枢機卿会において、教皇様から枢機卿へ叙任していただきました。

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与えられた務めに対して、わたしの力は十分ではありません。皆様のこれまでのお祈りに心から感謝すると同時に、これからもさらなるお祈りをお願い申し上げます。

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本日12月8日、教皇様の司式で、感謝ミサも捧げ、その後、日本から来られた60名を超える巡礼団の皆様とバチカン近くで感謝の昼食会を行い、その後、神言会の総本部を訪れることもできました。

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水曜日には帰国いたしますが、あらためて今回の一連の行事について報告させていただきます。

なお昨日の枢機卿叙任に当たり、枢機卿としての名義教会を頂きました。ローマ教区の小教区でSan Giovanni Leonardiと言う教会です。今後、小教区や儀典室と調整しながら、来年には着座式のために訪れたいと思います。

皆様に心から感謝申し上げます。

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2024年9月20日 (金)

この20年に感謝します

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2004年9月20日。いまからちょうど20年前に、わたしは岡田大司教様の按手によって司教に叙階していただきました。

この20年間、新潟の司教としての13年間と、その間に札幌教区の使徒座管理者を4年間、それに続けて東京の大司教と、司教としての務めをなんとか果たすことができたのは、いつくしみ深い神様のあわれみと、それをもたらしてくださったみなさまの祈りと支えのおかげです。みなさまお一人お一人に、心から感謝申し上げます。みなさまのお祈りと支えなくして、司教職は成り立ちません。これからも謙遜に耳を傾け、共に歩む司教でありたいと思いますが、人間は弱い存在です。常に傲慢さが心の内に頭をもたげます。どうか祈りのうちに支えてくださることを、あらためてお願いいたします。

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20年前の9月20日の新潟は、非常に暑い日でした。新潟市郊外にある新潟清心高校の体育館に一杯の皆さんが集まってくださり、祈りと感謝の時を一緒にしてくださいました。

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ちょうど、手術後から体調を崩されていた前任者の佐藤敬一司教様も、車椅子を使って会場に駆けつけてくださり、写真にあるとおり、前任者としてしっかりと按手をしてくださいました。

あれから20年。当時の新潟教区の司祭団のメンバーから、すでに何名も御父の元へと旅立って行かれました。2020年9月24日からわたしを継いで新潟の司教に叙階された成井大介司教様には、様々な困難があることと思います。特に新潟教区において、司祭や修道者の召命が極めて少ないことは大きな挑戦であると思います。新潟教区のために、また成井司教様のためにもお祈りください。

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幸いにこの20周年の記念にあわせるかのように、次の日曜日には秋田の聖体奉仕会を訪れ秋田の聖母の日のミサを司式する機会をいただきました。聖母マリアの取り次ぎによって、多くの方がその子である主イエスの元に導かれるように、日本の社会において福音をあかしして生きる決意を新たにしたいと思います。

みなさまに、感謝を込めて。

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2024年6月 4日 (火)

八王子方面から二つの慶事

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八王子方面からの出来事を二つ。二つの場所は、中央高速の八王子インターから圏央道のあきる野インターに至る新滝山街道を挟んで、北と南のすぐ近くにあります。

5月31日の朝、新滝山街道のすぐ北側に位置する東京純心女子中学高校が、創立60周年を迎えました。純心女子中学高校については、こちらのリンクを

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長崎にルーツを持つ、純心聖母会が経営母体となる学校です。長崎と鹿児島と東京に、それぞれ教育機関を設置しています。純心聖母会自体も、この6月で、創立90年を迎えると聞いています。同会のホームページによれば、次のようにその経緯が記されています。

『1934(昭和9)年6月9日に、日本人最初の司教、長崎教区長ヤヌワリオ早坂久之助きゅうのすけ司教によって、「日本二十六聖殉教者天主堂」(大浦天主堂)のサンタ・マリアの祭壇前で創立されました。奇しくもこの日は、日本の教会の保護者である「聖母マリアのいと潔いさぎよきみ心」(現「聖母のみ心」)の祝日でした。聖母マリアに対する崇敬と感謝の念を抱いていた創立者は、本会を「聖母のいと潔きみ心」に奉献して、「純心聖母会」と命名しました。創立者が本会を創立するにあたって受けたインスピレーション(「創立者のカリスマ」)は、「与え尽くす十字架上のキリスト」です。
 初代会長シスターマリア・マダレナ江角えずみヤスは、共同創立者として創立者に協力し、聖母マリアのみ心に倣いながら、「与え尽くす十字架上のキリスト」の愛を多くの人々に宣教して生涯を全うしました。「マリア様、いやなことは 私がよろこんで」はシスター江角自身が生き、純心の学園や福祉施設、修道会において純心精神を物語る標語として、大切に受け継がれています』

東京に設置された中学高校のホームページに記された校長先生による、学校創立の経緯によれば、その修道会の創立者ご自身が、この地を見いだされたのだそうです。こう記されています。

『創立者 Sr.江角ヤス先生は、東京純心を建てる地をこの滝山に見つけました。そして、この地を歩きながらここで育っていく生徒たちについて思いめぐらし、その熱い思いを校歌に託しました」

 なお隣接地には東京純心大学もあります。こちらは看護学科とこども文化学科。大学は1967年に短期大学として始まり、1996年に四年制大学になっています。

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創立者の名を冠した江角講堂で、聖母訪問の祝日のミサを、創立感謝ミサとして、全校生徒、教職員、そして理事長や校長を始め純心聖母会のシスター方も一緒に、捧げました。ミサ終了後には、同じく講堂で、国際カリタスのお話を中心に、『なぜ教会は人を助けるのか』というテーマで、50分ほど講演もさせていただきました。東京純心女子中学高校の皆さん、おめでとうございます。

そして二日後、キリストの聖体の主日に、再び朝から八王子へ向かいました。今度はピエタのシスターとして知られている師イエズス修道女会の、誓願金祝と銀祝の感謝ミサのために、一昨日の純心の反対側、新滝山街道の南側に位置する同修道女会の日本管区本部へ向かいました。

ところが、目の前の丘に修道院が見えるのに、どこから入ったらいいのか分からない。運転してくれた小田神父様が、慌てて修道院へ電話してみると、我々がいる新滝山街道を乗り越える橋があり、そちらは旧滝山街道へ回って入れるとわかり、再び周囲をぐるりと回ることに。危うく、ミサ開始の時間に遅れるところでした。

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お祝いのために、全国各地にある同修道女会共同体から代表が参加。東京カテドラル構内にも関口修道院があるので、このメンバーは全員が参加。創立者を同じくする、パウロ会、女子パウロ会の代表や、シスター方が台所を担当しているイエズス会の神学院の代表など、多くの方が参加されていました。

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誓願宣立50周年はシスター平松千枝子、シスター村上ヨウ子、シスター梶野芳子、そして誓願25周年はシスター寺田奈美江。おめでとうございます。ミサ後の昼食会では、すべての共同体からのお祝いの言葉や歌もあり、和やかな一時でした。

どちらの修道女会もお祝いでしたが、同時に、与えられた使命の後を継ぐ若い召命が、どちらの修道会も少ないと言う悩みの再確認でもありました。もちろん召命は人間が生み出すものではなく、神様から与えられるものですが、同時に神様の呼びかけがふさわしい人の心に到達し、それに前向きに応えるためには、人間の努力による貢献が不可欠です。その意味で、神様からの呼びかけだからと、何もしなくて良いわけではなく、修道者や司祭だけに限らず、すべてのキリスト者に与えられている召命にどう答えるのかと言う視点を、日頃から深めていく努力は重要です。信徒だから修道者や司祭とは違う、のではなくて、すべてのキリスト者にはそれぞれユニークな召命があると、改めて心に刻みたいと思います。

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奉献生活に生きることは、ともすれば個人的なこと、つまり修道者ひとり一人が、どのように三つの誓願、清貧・貞潔・従順を守り、福音的勧告に従って生きるのかという、個人的な霊的生活のレベルだけで考えられがちです。しかし教会には、信仰それ自体が、ベネディクト16世がしばしば指摘したように、イエスとの個人的な出会いの体験が必要であるけれど、同時にわたしたちの信仰は共同体に基づいている、共同体としての信仰であることを心に留めたいと思います。いつまでも共にいると約束された主が残されご聖体の秘跡は、わたし個人と主との交わりであり、同時に共同体を主との交わりに導く秘跡であります。教会は、常に個人的側面と共同体的側面のバランスをとろうと努めています。教会憲章にあるとおり、教会はこの世の組織でありつつ、天上の善に飾られた存在でもあり、現実的側面と霊的側面が共存するように、共同体的側面と個人的側面も共存します。

奉献生活に生きる人の存在は、奉献生活者個人にとって重要な意味を持っていますが、同時に教会にとって、まさしく福音に基づいた連帯や支えあいが、希望や喜びを生み出すのだというあかしをする存在として重要な意味を持っています。

教皇ヨハネパウロ二世の使徒的勧告「奉献生活」にこう記されています。
「他の人々がいのちと希望を持つことが出来るために、自分のいのちを費やすことが出来る人々も必要です。(104)」

教会の本質である三つの務め、すなわち福音のあかし、祈りと典礼、そして愛の奉仕。それを具体的に目に見える形で現す人の存在は、しかも必死になってそれに生きようとする姿は、現代に生きる多くの人の希望の光です。第二バチカン公会議の教会憲章は、修道生活の偉大さを指摘しながら、次のように記しています。

「修道者は、あるいは山上で観想するキリスト、あるいは群衆に神の国を告げるキリスト、あるいは病人や負傷者をいやし罪人を実りある生活に立ち帰らせるキリスト、あるいは子どもたちを祝福し、すべての人に恵みをもたらすキリスト、自分を派遣した父のみ心につねに従うキリストを人々に示さなければならない。(46)」

この困難で不確実な状況の中にあるからこそ、教会はいのちの希望の光を高く掲げたいと思いますし、修道生活を営む皆さんには、率先してキリストの希望の光を掲げる存在であってほしいと思います。そのためにも、日々の生活の中で、主イエスの愛といつくしみを自らのものとして実践し、おごり高ぶることなく謙遜に、そして聖なるものとして人生を歩んで行くことが出来るよう、聖霊の豊かな祝福と導きがありますように祈り続けたいと思います。

 

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2024年5月17日 (金)

先週末から今日にかけて:カノッサ修道会、そして国際カリタス

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先週末の土曜日、11日の午後2時から、東京都世田谷区にあるカノッサ会の日本での本部修道院で、カノッサ会の創立者である聖マダレナ・カノッサの生誕250年を祝う感謝ミサを捧げました。カノッサ修道会のみなさん、おめでとうございます。

カノッサ会は東京ではこの本部修道院の隣接地で、マダレナ・カノッサ幼稚園を運営されていますが、国内で知られているのは福岡教区の大牟田市にある明光学園中学高校かと思います。日本での活動や修道会の歴史は修道会のホームページをご覧ください

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貧しい人のために尽くす人生に自らの使命を見いだした聖マダレナによって、1808年にイタリアで創立された修道女会です。スーダン出身で奴隷生活から脱してカノッサ修道女会の会員となった聖ジョゼッピーナ・バキタの存在もよく知られています。

わたしにとっては、司教になる以前に名古屋にいた当時、名古屋にカノッサ会の養成の家があり、しばしば青年たちの集まりなどで訪ねたことがありました。残念ながら、その後、この名古屋の養成の家は閉鎖となったそうです。

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当日は、本部修道院の聖堂に入りきれないほどの人が、東京だけでなく、全国から集まり、感謝ミサに参加してくださいました。近くにある赤堤教会の信徒の方もおいでになり、主任司祭のガブリ神父様が共同司式してくださいました。

カノッサ修道女会のみなさん、おめでとうございます。

そしてその晩の便で羽田を発ち、翌日曜日の午前中にローマにやってきました。国際カリタスのいくつかの会議に出席するためです。

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観光シーズンを迎えているローマでは、国際カリタスの本部があるトラステベレ地区あたりでホテルを見つけるのが至難の業になっており、今回は、参加者が30名ほどになることから、バチカンの裏手の丘を登っていったアウレリア通りにあるラサール会の総本部にある宿泊施設、Casa La Salleで、宿泊も会議も行うことになりました。

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今回の会議は、いわゆる年に二回ある理事会です。理事会は、代表委員会(Representative council)とよばれ、アジア、アフリカ、ヨーロッパなどなど、全部で七つある地域の代表者とそれぞれの地域のカリタスの総裁が集まります。国際カリタスの会議は、英語、スペイン語、フランス語の三つが公用語ですので、今回の会議にも同時通訳の設備が必要です。幸いこのラサール会の施設には会議室に同時通訳用のブースがあり、後はマイクなどの設備を国際カリタスの本部事務局から持ち込みました。この代表委員会には、アジアの代表の一人として、カリタスジャパンの秘書である瀬戸神父様も参加されています。年次の活動報告や予算、そして2023年の総会で決められた活動計画に沿った様々な活動についての報告などが議題です。この代表委員会は、水曜日一日と、本日木曜日の午前中です。

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本日木曜日の午前中は、シノドス事務局から次官のシスターナタリーにおいでいただき、シノドスについてのお話と、実際に参加者を5から6名のグループに分けて、霊における会話を実践しました。やはり実際にやってみなければわかりません。初めての人もいれば、すでに何回も実践した人もいます。

昨年10月にローマで行われた第一会期にも、様々な地域のカリタス関係者が見られました。第一会期の最終文書にも、貧しい人たちを主役として歩むシノドスの道の重要性が記されていますが、まさしくカリタスが世界各地の草の根で行っていることは、困難に直面する人たちに耳を傾けともに歩むことですから、カリタスはシノドスの歩みを実践してきたともいえます。

わたしはこの代表委員会に加えて、月曜、火曜、金曜と本日木曜の午後に行われた執行委員会(Executive Board)も出席です。というか総裁なので、その主宰です。事務局の全体を総括するのは事務局長で、彼は一年前の総会で、わたしと共に選挙で選ばれています。そして全体の会計も、選挙で選ばれました。選挙で選ばれた三名のうち、総裁と会計はこの委員会のメンバーです。この二人に、副総裁と法務委員会の委員長が加わり、さらに聖座が任命した二人と代表委員会が選出した一名で、執行委員会は構成されており、連盟全体を総括する役割(ガバナンス)を担っていて、事務局長は執行委員会に報告義務があります。その会議自体は、木曜日の午後でした。(下の写真は、理事会一日目の締めくくりにサンピエトロ大聖堂に移動し、向かって左側にある聖歌隊聖堂で捧げたミサ。司式する私の向かって左はトンガのマフィ枢機卿。右隣は引退されたばかりのジブチのベルティン司教。左端は瀬戸神父)

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月曜と火曜と金曜に何をしているかというと、国際カリタスの事務局に新しい三名を雇用するためのインタビューを行っています。事務局の総務を担当するCOOと、アドボカシーやプログラムを総括する総合的人間開発担当者、そして広報やキャンペーンの担当者。雇用を仲介する会社に入ってもらい、何百人もの候補者から、それぞれ3名まで絞ってもらいました。その途中では、わたし自身もこの会社からオンラインで聞き取りをされましたし、最後の三名に絞るための面談も、執行委員会の数名がオンラインで行いました。

その最終面談をこの一週間のうちに行い、来週には雇用する方を決定して、9月くらいから新しい体制で事務局を運営できるようにする計画です。

というわけで、土曜まで海外に出ていますので、書き始めたアドリミナの振り返りは、まだ一日目が終わっただけですが、続きは来週までお待ちください。

 

 

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2024年3月19日 (火)

教皇様にお会いしました

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3月13日、教皇フランシスコは、2013年に教皇に選出されて11年目の記念日を迎えられました。教皇として12年目に入られました。教皇に選出されたとき、すでに76才でしたし、前任のベネディクト16世が85才で退任されたこともあり、その時点では10年を超えて教皇職を務めるであろうとは、少なくとも私は考えていませんでした。

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ちょうどその2013年の5月に国際カリタスの理事会があり、その際に参加者と一緒に、新し教皇職を始められたばかりの教皇フランシスコにお会いする機会がありました(上の写真。真ん中は当時の国際カリタス総裁のマラディアガ枢機卿)。それから11年です。その間には、2019年に日本を訪問していただき、東京では先導役も務めさせていただきました。また先般のシノドスでは一ヶ月間、度々お会いすることもできました。なんとなく弱々しいけれど、しかし芯がしっかりとした、実は力強い教皇であると、お会いするたびに感じてきました。しかもどんなに困難な状況でもユーモアを忘れない教皇様です。

昨年2023年5月に、国際カリタスの総裁に選出されて以降、新しい事務局長共々、正式に教皇様に謁見をお願いしてこなかったので、このたび国際カリタスの活動報告を兼ねて謁見をお願いしていたところ、教皇儀典室から、3月14日の朝8時半に来るようにとの通達でした。数週間前の知らせでしたので、慌てて準備をし、その間に予定されていた東京教区の会議などはアンドレア補佐司教様にお任せして、3月12日から15日まで、ローマに滞在してきました。

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その間、現在のウクライナやガザ、そしてシリアでのカリタスの活動の件で、東方教会省のグジョロッティ枢機卿様とお会いして意見交換をしたり、総合人間開発省に報告をしたり、シノドス事務局でシスターナタリーとシノドスへのカリタスの関わりについて意見交換したり、事務局長のアリステル・ダットン氏と共に、三日間歩き回りました。バチカン周辺は聖年に向けてそこら中で道路工事が行われており、道路は大渋滞。タクシーやバスを使うより、歩いた方が早いのです。

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3月14日の朝8時前に、教皇宮殿に出向きました。いまや招待状がメール添付のPDFで来る時代です。スイス衛兵にスマホを見せながら、いくつかの関門を通過して、教皇様の執務室までたどり着きました。

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そこでの教皇様との話の内容はかけませんが、健康はいかがですかとのこちらの問いかけに、教皇様は力強く、でも小さな声で、「教皇職を続けるのに問題ない健康状態だと、医者のお墨付きをもらっている」とお答えでした。確かに昨年10月に比べても、少し齢を重ねたのが分かります。しかし頭脳は変わらず明晰。大きな移動は車椅子ですが、短い距離であれば杖をついて歩いておられます。

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4月の復活祭の後に、日本の司教団は全員で、アドリミナの訪問のためローマに行きます。そこで再会することをお伝えして、教皇宮殿を後にしました。教皇様にはお時間を取っていただいて、感謝です。

今年の秋のシノドス第二会期、そして今年末からの聖年などなどに加え、海外への司牧訪問も考えておられる様子です。全力を尽くして与えられた使命を果たそうとされている教皇様のためにお祈りをどうぞお願いいたします。

 

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2024年1月 1日 (月)

新年明けましておめでとうございます

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皆さま、新年明けましておめでとうございます。

新しい年の始まりにあたり、皆さまの上に神様の豊かな祝福があるように、お祈りいたします。神の民の一員として、歩みを共にしてくださる皆さま、お一人お一人の上に、聖霊の導きと護り、祝福が豊かにありますように。

どうかこの一年も、シノドスの道を歩み続ける教会にあってそれぞれの場で福音をあかしされ、また教会のため、教皇様のため、教区のため、そして司教や司祭のために、お祈り続けてくださいますようにお願い申し上げます。同時に、一人でも多くの司祭や修道者が生み出されるように、召命のための祈りもどうかお願いいたします。

東京教区では、昨年12月16日にアンドレア補佐司教が誕生しました。アンドレア司教様には12月18日付けで、司教総代理に就任していただきました。今後、アンドレア司教様には総代理として、司祭団との窓口や小教区との窓口として、様々な役割を果たしていただきます。

これまで司教総代理を務められ教区のために司教を支え補佐してくださった稲川保明神父様に心から感謝いたします。稲川神父様には今後も、教区の法務代理として、また司教顧問のひとりとして、務めをお願いしています。

それでは2024年が、神の平和の実現する祝福に満ちた一年となりますように、祈り続けましょう。

以下、東京教区ニュースの新年号の冒頭に掲載してあります、年頭の司牧書簡の原稿を掲載いたします。

大司教司牧書簡
「つながり」の教会のために
2024年1月1日
東京大司教
タルチシオ 菊地 功

はじめに
2017年12月に東京教区の司教として着座して以来、今年で7年目を迎えました。この間、様々な出来事がありましたが、わたしが牧者としての務めを果たすことができたのは、みなさんのお祈り、ご協力、そしてご支援のおかげです。東京教区の信徒のみなさん、修道者のみなさん、そして司祭団が、ともに歩んでくださったことを、こころから感謝しています。

この7年間、わたしは「つながり」、あるいは「交わり」を大切にしようとしてきました。それは11年前の2015年に発表された教皇フランシスコの回勅『ラウダート・シ』に触発されてのことです。

教皇様はこの文書で、いわゆる環境問題についての具体的な行動を求め、とりわけ「エコロジカルな回心」を求めておられます。しかし、よく読んでみると「つながっている」という表現が何度も登場します。「すべての被造物はつながっている」(42項)、「あらゆるものはつながっている」(117項)などです。

「関連」、「結びつき」、「つながり」、「統合的」といった、あるものとあるものを結びつけ、その関わりあいを示す言葉が回勅のキーワードとなっています。ですから回勅『ラウダート・シ』は環境問題に関する教会のメッセージにとどまるのではなく、現代社会が忘れている「つながり」をもう一度回復しようではないかという、信仰におけるメッセージともなっています。

わたしたちが洗礼の時にいただいた恵みをさらに豊かにするためには、「つながり」という視点からわたしたちの生き方と生活を見直す必要があります。

宣教司牧方針
2020年に『東京教区宣教司牧方針』を策定しました。これを策定するためには時間をかけ、広く皆さんから意見や活動の様子を教えていただきました。どの小教区共同体でも、それぞれの状況に応じて活動を工夫し、抱えている課題や困難に挑んでいる様子がよく分かりました。

わたしは、こういった教会の生きている姿を、教区全体で分かち合いたいと考えました。また、同じような方向性を持っている活動や取り組みの「つながり」を作りたいとも考えました。一つひとつの行動は小さなものであっても、「つながり」を作ることで大きく、堅固なものになると信じているからです。また、教区全体の「つながり」の中で、皆でこころを一つにして祈ることは大切だと思ったからです。

そこで「つながり」を念頭に置いて、この『東京教区宣教司牧方針』を書きあげました。例えば、教区内のさまざまなグループがおこなっている「愛のわざ」が教区全体として統合できるようにと「教区カリタス」としてカリタス東京の設立を優先課題に盛り込みました。また、教区内の多くの外国籍の信徒の皆さんの「つながり」を強固なものとすることも記しました。孤立しがちなひとたち、とりわけ社会的弱者、社会的マイノリティーとの連携ができる小教区共同体となることを呼びかけました。さらには、長年の姉妹教会であり、現在も紛争の中で苦しんでいるミヤンマーの兄弟姉妹への援助もお願いしました。

すべては「つながり」という視点からです。教会においては、誰も一人で孤立して活動することはあり得ません。時間と空間を超えてつながっているのが、教会共同体です。2020年は新型コロナウイルス感染症の蔓延による、いわゆる「コロナ禍」が始まった年でした。パンデミックに影響され「つながり」が薄らぎつつある社会にあって、わたしたちの教区は神と人と、人と人の「つながり」を大切にするようにと努めてきました。『東京教区宣教司牧方針』をもう一度見直してみると、三分の二以上の項目において、この四年間で何らかの進展が見られます。特に、カリタス東京と教区カテキスタ制度の活動は目覚ましいものがあります。ここに関わってくださった方々に改めてお礼を申し上げます。

現代社会と教会
現代社会は「無関心」、「使い捨て」、「対立の文化」が顕著に見られます。個人を重視するあまり、逆に隣人への「無関心」が生まれます。自分の生活に精一杯で、他人に対してこころを砕くことが忘れられています。大量消費が経済の基調となっていますから「使い捨て」は当然なことです。使い捨てて、新しいものを購入するからです。物事の評価は役に立つか否かが基準となりますから、人間ですらも使い捨てられるようになります。人の集まりは分断されて「対立の文化」が生じます。生活の格差、経済の格差が生じて、格差の上にいる人々と下にいる人々は決して交わることはありません。

このような現代社会にあっては、「わたしたち」という共同体の意識は生まれてきません。なぜなら「わたし」が世界の中心だからです。当然、「ともに」という思いも生まれません。「つながり」がないからです。

いつの間にか、こういった社会の風潮に教会も流されているように感じます。人と人との「つながり」が希薄になるということは、わたしたちキリスト信者の神との「つながり」にも影響をおよぼします。もしわたしたちが神との親密さを生きれば、当然、隣人との親密さも生きるようになるはずです。なぜならば、聖霊は「つながり」において働かれるからです。すなわち「つながり」は愛の働きなのです。神との交わりを生きようとするとき、当然、人との交わりはないがしろにはできません。どちらも愛の介在があるからです。

しかし、毎週のように主日のミサに通いながらも、普段の生活では「無関心」、「使い捨て」、「対立の文化」を生きているのであれば、それは主イエスのみ心を生きたことにはならないでしょう。

ですから、わたしたちには『ラウダート・シ』が示すように統合的な回心が必要になります。生活のあり方、生き方のすべてを見直す回心が必要です

ケアする教会
ここで「ケア」という言葉に思いをはせてください。もともとは「お世話する」という意味ですが、現在、いろいろな分野で使われるようになりました。そして、教皇の文書でもよく使われています。「お世話」、「気づかい」、「配慮」、「他者への寄り添い」、「関わり」などと言い換えることができます。社会科学の分野では、この言葉の翻訳の難しさが指摘されています。そのため日本語に直さずに「ケア」とそのまま使うようになりました。

「ケア」は人と人との「つながり」を表す言葉です。そして、「ケア」する者とされる者という上下関係の意味はありません。むしろ兄弟姉妹として、お世話し、気づかい、配慮し、寄り添うのが「ケア」です。

「ケア」はお互いを大切にし、お互いに耳を傾け、向き合い、対話することを目指します。言い換えれば「ともに歩む」ことです。

教会はケアの場所です。人と人との「つながり」を大切にするからです。誰も排除されず、相手の言葉を聞きとり、違う立場の人と向き合い、対話を重ねていきます。そして、神から造られたものであることを、ともに喜び、感謝します。

ケアする教会の中心には、いつも聖体祭儀、すなわちミサがあります。ご聖体のイエスは、わたしたちのお世話のため、わたしたちに気づかうため、わたしたちに寄り添うために、小さなホスチアの形になってわたしたちのこころに来てくださるからです。ご聖体のあるところには、「ケア」する主ご自身が、いつも共におられます。

いくつかの勧め
『東京教区宣教司牧方針』を実行するために、そして、「つながり」を大切にするために、わたしは東京教区の牧者として、次の四つの点を呼びかけます。

1. ミサを大切にしましょう。
ミサは「ともに祝うキリストの過越の記念」です。近年の個人主義的な生き方が尊ばれる風潮にあっても、教会はともに集うことを大切にします。ミサを通じて神さまと出会い、人と出会うのです。ミサなしの教会は考えられません。

キリスト信者としての生活にミサ、とりわけ主日のミサを中心に据えることを重要視しないことは考えられません。主日にはできるだけミサに参加してください。できるだけ定期的にミサに参加してください。

御聖体の神秘は、わたしたちの想像をはるかに超えるものです。できるだけ頻繁にミサに参加して、神との「つながり」、隣人との「つながり」を深く味わっていただきたいものです。

残念なことに司祭の高齢化と召命の減少のため、小教区の中には司祭が兼任となるところも増えつつあります。教区としてはできる限りミサが行えるように、小教区司牧以外の使徒職に携わる司祭の応援も得て、ミサが継続できるように努力をして参ります。

2. お互いに受け入れましょう。
ケアする教会では誰も排斥されてはなりません。幼児、子ども、青年、大人、高齢者、障碍者、外国籍の人、社会の中で異質と見なされる存在などなど。共同体から退けられる可能性はだれにでもあります。大多数にとって異質だと見なされたとき、排除や排斥が正当化されてしまいがちです。異なる存在に目をふさぎ、自分たちだけの都合のよい集いになってはなりません。

教会は、貧しい者のための教会です。低迷するいまの日本の社会にとって、貧しい者とはわたしたち一人ひとりのことをも指しているのかもしれません。教会にある豊かな「つながり」のおかげでわたしたちは貧しくとも、ともに歩んでいけるのです。この豊かな「つながり」に、一人でも多くの人を招き入れましょう。

3. 「分かちあい」を目指しましょう。
ケアする教会は、ともに歩む教会です。それは、聞く教会であり、分かち合う教会でもあります。一人ひとりが考えたこと、感じたことを分かち合う時、大きな実りを共同体にもたらすはずです。

少数の人の声に従っていくのではなく、互いに耳を傾け合い、互いの声を聞きながら、多数決での結論を急がずに、ともに祈って聖霊の導きを見いだしながら、共同体のために何かを決定していく姿は教会ならではのものです。それこそが「シノドス的な教会」と言えるでしょう。

4. 宣教する教会となりましょう。
「ケア」は人との「つながり」を表します。家庭で、地域で、職場で、わたしたちは隣人との関わりを生きます。十字架上で「自分のいのちをささげるまでにケア」なさったイエスのように生きたとき、人々はそこに神の姿を見いだすのです。わたしたちは「ケア」を通じて、福音宣教をしているのです。自分のために生きるのではなく、惜しみなく隣人に自分自身を与え尽くすような生き方を目指していきましょう。

おわりに
昨年の終わりに、わたしたちの教区に新しい補佐司教が誕生しました。みなさんのお祈りのおかげで、主は、新しい牧者をわたしたちのもとに送ってくださいました。アンドレア・レンボ補佐司教が主から委ねられた牧者の務めを力強く果たすことができるようにと、これからもお祈りください。

東京教区の牧者として着座して6年、多くの方々に支えられて過ごせたことに感謝しています。教区の長い歴史の中に、わたしもつながっていることに感謝しています。またその責務の重大さに、いつもこころを震わせています。しかし、帰天された先輩の司教さま方と司祭の方々が天国から見守ってくださっているおかげで、主から課せられた牧者の務めを果たすことができています。

社会の厳しい現実にみなさんと一緒に向き合い、担い合えるのは大きな喜びです。このように共同で責任を担うことで、将来に向けた歩みを少しずつ進めることが可能になります。これこそが、カトリック教会が求めている「ともに歩む」教会の姿です。みなさんと一緒に、聖霊がわたしたちの教区に求めている道を祈りの中で識別していきましょう。

 

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