カテゴリー「司教の日記」の1000件の記事

2022年9月23日 (金)

2022年9月の司祭叙階式・助祭叙階式

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イエズス会の司祭叙階式が、9月17日の午後2時から、カトリック麹町聖イグナチオ教会で執り行われました。

今年司祭に叙階されたのは、ヨアキム・グェン・ミン・トァン神父様、そしてペトロ・カニジオ 越智 直樹神父様のお二人です。おめでとうございます。感染症対策での入堂制限がまだ続いていることもあり、聖堂がいっぱいというわけにも行きませんでしたし、また聖歌も、聖歌隊だけの歌唱となりましたが、それでもイエズス会員を中心に多くの司祭が集まり、新しい司祭の誕生を祝いましたし、また聖歌も、イエスのカリタス会シスターたちに加え、ベトナム出身の方々の聖歌隊も構成され、ベトナムの美しい歌を聴かせてくださいました。また叙階式には、越智神父様が研修時代を過ごしたサイパンから、ライアン・ヒメネス司教様も来日され、一緒に司式してくださいました。

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トァン神父様、越智神父様、おめでとうございます。

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なお当日の模様は、こちらのリンクから、ビデオをご覧いただけます

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9月23日午後2時から、今度は助祭叙階式を行いました。助祭に叙階されたのは、東京教区の神学生であるアシジのフランシスコ熊坂直樹さん、アシジのフランシスコ冨田聡さん、そしてアウグスチノ修道会会員マキシミリアノ・マリア・コルベ桑原篤史さんの三名です。

助祭叙階式は、東京カトリック神学院の聖堂をお借りして行いました。というのは、通常東京教区の助祭叙階式は、神学生の出身教会で行いますが、今回は冨田さんが北海道なので熊坂さんの出身教会である関町教会で執り行う予定でした。ところが関町教会の聖堂新築工事が始まってしまい、使えなくなってしまったため、関町教会のお隣にある神学院の聖堂をお借りすることにして、準備などはすべて関町教会の皆さんが中心になって行われました。主任司祭の稲川保明神父様をはじめ関町教会の皆さん、ありがとうございます。また神学院の使用を赦してくださった稲川圭三院長様にも感謝します。

熊坂助祭、冨田助祭、桑原助祭。おめでとうございます。

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三人は、順調に養成が進むならば、来春以降、司祭に叙階される予定です。どうかこの三名の助祭のため、また今年は修道会にも他に数名の助祭がおられますので、司祭叙階に備えている助祭たちのためにお祈りください。また叙階式にあたっては、彼らに続く召命が与えられるように、是非ともお祈り下さい。東京教区は、二人が助祭から司祭になると、後に続くのは二人の神学生だけです。さらにその後に続く神学生が誕生するように、召命のためにお祈りください。一人神学生が誕生しても、司祭になるまでは最低でも7年が必要です。

上石神井の東京カトリック神学院は、夏休みの現在、改修と新築の工事が進められています。「召命が少ないと言ってるのに、新築?」と驚かれるやも知れません。実は足りなくなっているんです。特に、聖座の新しい指針に従って設けられた最初の一年、予科のためのスペースがありませんので、そのための建物を木造の平屋ですが、現在の神学院の建物の隣に新築中です。

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2022年9月 9日 (金)

清泉インターナショナルスクール60周年感謝ミサ

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用賀にある清泉インターナショナルスクールが、創立60年を迎え、本日、学校において感謝ミサを捧げました。インターナショナルスクールですから、新学年が始まったところです。

五反田にある清泉女子大学などと同じく、聖心侍女修道会によって創立された清泉インターナショナルスクールは、幼稚園は共学ですが、それ以上は女子校です。当初は戦後に駐留していた米軍の関係者の子どもたちのための幼稚園として始まり、その後小学校が開設され、現在のインターナショナルスクールとして始まったのが1962年です。その後1972年に、用賀にある聖公会の神学院の隣接地に現在のキャンパスが設置されました。ですから今年は、学校創立60年であると共に、用賀で始まって50年と言うことになります。

詳しくは、英語ですが、インターナショナルスクールのホームページがこちらのリンクにあります。

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今日のミサは、マスクや換気などの感染対策を施しながら、体育館で行いました。通常の宗教行事で関わっているエミリオ神父様とレオ神父様、そして大司教秘書のオディロン神父様との共同司式で、ミサのはじめにインドの文化に敬意を表して、修道会、職員、保護者、生徒の代表による明かりをともす式(もっとも本物の火は使えないので、LEDキャンドルで)からはじまり、随所に様々な国の文化を象徴する祈りなどが配置されたミサでした。生徒さんたちは、50を超える国や地域にルーツを持っておられると伺いました。

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またミサの中で、この学校の4代目の校長でもあるシスター・アスンシオンの101歳の誕生日もお祝いしました。シスターは、車椅子生活ですが、しっかりとされていて、まだまだお元気です。

清泉インターナショナルスクールの皆さん、おめでとうございます。

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2022年9月 2日 (金)

主任司祭の着任式@六本木

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8月28日の日曜日、午前11時から、六本木にあるフランシスカン・チャペルセンターで、新しい主任司祭の着任式ミサを捧げました。

フランシスカン・チャペルセンターは、英語を使う共同体の小教区で、その名の通り、フランシスコ会が司牧を委託されています。これまで主任を務めたラッセル・ベッカー神父様に代わり、クリフォード・アウグスティン神父様が主任司祭として着任されました。クリフォード神父様は、シンガポールからの派遣です。

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主任司祭の着任式を司教や地区長の司祭が司式して行ったりするのは、欧米ではしばしばありますが、日本ではあまり行うことはありません。多くの場合、人事異動が復活祭後に集中するので、司教や司教総代理などの教区役職者の数では間に合わないのが理由でしょうが、これを行うこと自体には大きな意味があると思います。それはただ、小教区を管理する神父が送られてきたということではなくて、まさしく、小教区共同体と「ともに歩む」牧者が新たに誕生したのですから、司祭も小教区共同体も、互いに、共同体の方々を知り、牧者を受け入れ、ともに歩む決意を新たにし、聖霊の導きを共に祈ることには大きな意味があると思います。

この日は米国での儀式書に倣い、新主任司祭は司教から委任された務めに励むことを誓い、共同体の責任者を紹介され、迎え入れられ、その上で、新主任司祭が聖体祭儀を司式しました。

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この日、私からクリフォード神父様には象徴的に手渡しをしましたが、司祭が教区内で司牧の務めにあたるには、権限を教区司教から委任される必要があります。司祭が、例えば黙想会に呼ばれたり、行事に呼ばれたり、旅行中に立ち寄ったりして、一時的に司祭の務めを果たすには、その場の主任司祭や修道会などの上長の一時的な許可があれば充分ですが、定期的に司牧の務めを果たすためには、その地の司教(裁治権者)からの権限委任がなければなりません。これは主任司祭や助任司祭などに任ぜられる司祭だけでなく、教区内で聖職者が適法に使徒職を果たすために不可欠な権限委任です。

この司教からの権限の委任を公式に記しているのが、「権限委任書(Pagella Facultatum)」と呼ばれる文書です。ラテン語が正文で日本語の訳がついています(ラテン語部分だけでも4ページあります)。わたし自身もこれまで8年間働いたガーナや、半年間だけお世話になったオーストラリアのメルボルンなどで、それぞれ居住する教区の司教様からそれぞれの権限委任書をいただきました。権限委任書に記されている通り、「司祭が本教区を決定的に離れるとき」には消滅しますので、それ以降定住するか、または定期的な使徒職を遂行する教区の司教様から、あらためて権限委任書をいただかなくてはなりません。教会は、司祭叙階だけで、あとはどこでも勝手に司祭としての使徒職を遂行することはできない仕組みになっているのです。それは、教会が個人プレーヤーの集まりではなくて、ペトロの後継者である教皇様と共にある共同体であり、その中心におられる主ご自身と一致して「ともに歩む」神の民であるからに他なりません。

クリフォード神父様の新しい任地である六本木のフランシスカン・チャペルセンターにおける今後の活躍に期待し、これまで同様に、素晴らしい共同体を育て、ともに歩み、また牧者として導いてくださいますように。

クリフォード・アウグスティン神父様、東京へようこそ。

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2022年8月26日 (金)

ウクライナの平和のための祈り@東京カテドラル

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8月24日はウクライナの独立記念日でした。またロシアによる軍事侵攻が始まって半年でもあります。まだまだ事態は混迷を深め、解決の糸口は見えてきません。国際社会に与えている影響にも大きいものがあります。しかし時間の経過と共に、大きな事件であっても忘れ去られることがしばしばあります。世界各地で、これまでも繰り返されてきました。大多数から忘れ去られた陰に、数多くの悲劇が取り残され、世界から希望を奪い続けてきたことを心に留めたいと思います。忘れないで祈り続けたいと思います。

忘れられることで、あたかも「解決」したかのように思われてきた悲劇は多々あります。

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東京在住のウクライナ正教会ポール・コロルク司祭からは、以前にも灰の水曜日に共に平和のために祈りたいとの呼びかけがありました。今回も独立記念日にあたって共に平和を祈りたいとの希望が寄せられ、8月24日午後4時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂の地下聖堂において、平和のための祈りをともに捧げました。ポール司祭が香炉を振りながらウクライナ語で祈りを朗唱。わたしは日本語で、アシジの聖フランシスコの平和のための祈りを、皆さんと一緒に唱えました。

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直前の呼びかけでしたので、準備する時間も限られ、また広報も限定的でしたが、それでも30名近い方が、祈りのために集まってくださいました。

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また駐日ウクライナ大使、駐日ポーランド大使、また元駐ウクライナ日本大使の角さん(信徒)の三名が参加してくださいました。参加してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

これからも忘れることなく、平和のために祈り続けたいと思います。

以下は東京教区が配信している、当日の模様のビデオです。

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2022年8月17日 (水)

茂原教会聖堂献堂70周年感謝ミサ

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千葉県にある茂原教会が70周年を迎え、8月14日、感染対策をとりながらでしたが、感謝ミサを捧げました。現在の主任司祭は、教区司祭の真境名神父様です。茂原教会の皆さん、70年、おめでとうございます。

教区のホームページに記された歴史によれば、再宣教初期に、茂原には教会が存在したようです。その意味で、教会自体の歴史は70年をはるかに超えています。しかし、1890年の日本における教区長会議以降の宣教方針転換もあり、またその当時の社会情勢もあり、明治末期ころには茂原の教会は閉鎖になったとのこと。

現在に通じる教会は、戦後にこの地域一帯の宣教を委任されたコロンバン会の宣教師が改めて設立したもので、「1952年6月、初代主任司祭として聖コロンバン会のチャールズ・ロディー師が着任。1953年、コロンバン会の宣教師が現在の地に教会を建て、再び熱心な司牧が開始された。その後 、2009年まで聖コロンバン会、2010年から2014年までグアダルペ宣教会司祭が司牧にあたっていた。 1982年に聖堂、1994年に司祭館・ホールが完成し、現在に至る」と教区ホームページに記されています。

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これまで働いてくださった宣教師の方々に感謝します。また宣教師たちと一緒に、教会を育て上げてきた信徒の皆さんに、心からお祝い申し上げるとともに、次は100年を目指して、教会をさらに育てていかれることを期待します。

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この日は、ミサ後に真境名師に案内されて、九十九里浜を目の前にする白子に、十字架のイエス・ベネディクト修道会を訪ねました。

この会は、ホームページによれば、このような特徴をもって創設されました。

「明らかに神が招いていると思われる人を、単に健康が損なわれているという理由で修道生活から除外できるだろうか?」

「この問いかけが心にあった創立者ゴーシュロン神父 (当時モンマルトル大聖堂付司祭) は、指導していた数名の若い女性達と共に協力者のスザンヌ・ヴロトノフスカを初代総長として、1930年に十字架のイエスの愛の中で、典礼・念祷・沈黙・兄弟愛・仕事に特徴づけられた聖ベネディクトの戒律による簡素な隠世修道会を創立しました」。

 「この会は教皇庁直轄の修道会で、聖ベネディクト会連合に加入しています。健康に恵まれている人も、また身体的病気や障害を持つ人も同じ生活を分かち合うことが可能です。その適応において、伝統的隠世修道生活の厳しい根本的要素は一つも軽視されていません」。

日本での活動は1968年に始まり、1975年には白子で修道院が設立されました。実はその直前の一時期、シスター方は岐阜県の多治見修道院に住まわれていたことがあります。神言会のかつうての本部修道院で、葡萄酒を醸造していることで知られています。私自身がそのころ、名古屋の小神学校で小神学生だったので、シスター方が多治見におられたのは、記憶していました。

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短い時間でしたが、シスター方11名と、いろいろなお話をすることができました。

これからも、祈りをもって、教区を、そして日本の教会を支えてくださることを、お願いいたします。

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2022年7月 6日 (水)

大分教区、森山信三司教様誕生

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大分教区の新しい教区司教に任命されていた森山信三司教様の司教叙階式は、7月3日の午後に、大分駅前のホールを会場に、無事執り行われました。司教叙階式の主司式は、管区大司教である長崎の中村大司教様。中村大司教様と森山司教様は、神学院の同級生です。日本の全ての現役司教と、教皇大使、さらには引退されている高見大司教様と宮原司教様も参列され、感染対策で会場は定員の半分程度の600名ほどでしたが、オンラインで全国の多くの方が参加されたと思います。

信徒数もそれほど多くない大分教区ですが、司祭、修道者、信徒の方がよく準備され、心からの喜びを感じる素晴らしい叙階式でした。準備された皆さんには、本当にありがとうございます。そして心からおめでとうございます。

2020年12月に浜口末男司教様が帰天されてから空位であったなか、二度目となる教区管理者を務めていた田口孝志神父様が病に倒れ、事務局長の山下神父様がその後任を務めておられました。新しい牧者をいただいて、力強く歩みを再開する大分教区の上に、神様の豊かな祝福があるように祈ります。

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大分にはたくさんの殉教の地がありますが、大分空港がある国東半島には、福者ペトロ岐部の出身地が存在します。空港からさらに半島の先へ進んで車で四十分ほど。国東市の岐部に記念公園と小さな聖堂がありました。ここには舟越保武作のペトロ岐部の像が建てられています。

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司教叙階式の当日、東京からの到着便が午前中早い時間だったので、教区職員の方に連れられて、同じ便で出かけた山野内司教様と一緒に、ショットした巡礼ができました。この地に誕生したペトロ岐部は、歩いて聖地に到達し、さらにローマに到達して司祭になったというのですから、そのことだけでも、信仰の力に驚きます。

殉教者が信仰の故に流した血潮は、教会の礎です。信仰の先達である日本の殉教者が播いた豊かな信仰の種を受け継いだわたしたち現代の教会が、殉教者の信仰に倣い、力強く福音をあかしできるように、その取り次ぎを祈り続けましょう。

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以下、大分教区が公開している、当日の叙階式の録画ビデオです。

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2022年6月28日 (火)

年間第13主日堅信式ミサ@麹町聖イグナチオ教会

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6月26日の日曜日は、午後3時半から、四ッ谷にある麹町聖イグナチオ教会で、堅信式を行いました。麹町教会ではいつも大勢の方が堅信を受けられますが、今回は91名だったと伺っています。堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます。

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なお今回は、主任司祭が英神父様からオチョア神父様に交代になって、初めての堅信式ミサでした。感染対策で入堂制限をしているため、聖堂には受堅者と代父母、聖歌隊や関係者だけの参加でしたが、それでも100名近い受堅者ですから、聖堂は一杯でした。また教会の地下駐車場では、ベトナム出身の青年たちが、ダンスの練習中で、いつものように活気にあふれた麹町教会でした。

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以下、当日の録音から起こして少しだけ手直しした説教原稿です。そのあとに麹町教会のオンライン配信のビデオを貼り付けますので、そちらを聴いていただければと思います(説教はビデオ開始から20分くらいのところです)。説教の内容的には、いつも堅信式でお話ししていることです。

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2022年6月26日

このミサの中で、堅信の秘跡を受けられる皆様に、心からお祝いを申し上げたいと思います。

洗礼に始まり、ご聖体、そしてこの堅信と、三つの秘跡を受けることによって、わたしたち一人一人がキリスト教に入信をする、入信の過程が完了します。完成したキリスト者に、この堅信の秘跡を受けることによってなっているはずです。昔は「キリストの兵士になる」なんて言い方もしましたけれども、完成した成熟した大人の信仰者が、堅信の秘跡を受けたときに出来上がっているはずなんですね。

大人の信仰者ですので、そこには様々な責任が伴ってきます。ま、社会の中でも、成人して大人になってゆくということに伴い、様々な義務が、務めが生じてきますね。それと同じように、入信の秘跡を完了し成熟した信仰者になった人には、とても大切な務めがそれぞれに与えられていると思います。

もちろん準備の段階で何度も聞いてきただろうと思いますけれども、信仰者、成熟した大人の信仰者にとって一番大切なこと、それはイエスキリストの福音を宣べ伝えてゆく、福音宣教者になってゆくという務めです。

イエスが、ご復活のあと御父のもとに帰られるとき、弟子たちに対して、全世界に行って福音を宣べ伝えなさいと、父と子と聖霊の名によって洗礼を授けなさいと言われた、あの福音を告げ知らせる宣教の命令は、弟子たちを通じて、そこから連綿と今に至るまで続いています。それが、わたしたち一人一人の信仰者の務めです。

ですので、堅信を受けられる皆さんには、どうやったらこの福音を宣べ伝えられるのだろうかということを真剣に考えて頂ければと思います。
たぶん人生のその先は長いので、そのうち考えるわと、いいかと思われるかもしれないですけれども、早いうちに考えた方がいいと思います。あとになればなるほど難しくなってくるので、早いうちに、わたしはどうやって福音を告げ知らせようかと考えてくださったらいいなと思います。

でも、もちろん、人間の業では福音を伝えるなんてできないですよね。四ッ谷の駅前に立って旗でも立ててマイクを持って宣伝をしても、それでは福音は伝わらないです。この人は何なんだろう思われるだけで、福音は伝わらない。
どうやって福音を伝えてゆくかというのは、実はものすごく難しい問題なんですよ。

で、それをわたしたちはどうやってやって実行してゆくのか、それを助けてくれるものは二つあると思います。

一つは聖霊の助けです。今日の堅信の秘跡によって皆さんお一人お一人が受けることになる聖霊。聖霊は、あの使徒言行録に記されている通り、五旬祭の日、聖母と共に弟子たちが祈っているところに聖霊が降ってきて、様々な騒々しい物音を立てて……、騒々しかったんですよ、すごく。だから周りの人たちが何事かと見に来たわけです。

周りの人たちがやって来て見たら、自分が理解できる言葉で……、使徒言行録には、様々な国の言葉で話していたと書かれています。みんなが理解できる言葉で福音が告げ知らせられていたというあの出来事は、まさしく、聖霊が働くってそうゆうことなんだよということを、一番ふさわしく記している出来事ですよね。

聖霊が降って来ることによって、それまで隠れていた弟子たちは勇気付けられ、堂々と様々な人たちに通じる言葉で福音を宣べ伝え始めたと。つまり聖霊は、わたしたちを福音宣教者に変えてくれるんだということであると思います。

ですので、今日、聖霊を受けることでわたしたち一人一人に聖霊の力が働いて、わたしたちを、福音を宣教する者として行動するように……変えてくれればいいんですけれど、なかなかそうはいかないんですよ。変えてくれるといいですが、後押しをしてくれる、一番それがふさわしい言い方だと思います。

わたしがやるぞ!という思いを、やる気をもっているところに、後ろから神様の力がグーッと後押ししてくれる。ヤダヤダと思っているところに後押しはできないので、よし、わたしは何とかして福音を告げるぞ!と思ったところに、後ろから聖霊がグーッと押してくれるのです。その聖霊の助けが一つです。

でもやっぱり、一人でするのにはとても勇気が要ります。勇気も要るし、自分一人の知恵では足りないかもしれない。わたしが考えつくなんてことは、あまり大したことじゃないですから、わたしの頭で考えられるのはこれっぽっちしかないわけですけれども、それだけではなかなか追い付かないことなんだと思うんですね。

なので、二番目にそれを助けてくれるのは、それは教会共同体という存在だと思います。
教会は共同体です。弟子たちが聖母とともに、あの家の中で祈っていたように、教会は、ここに聖霊が降って来たように、教会は共同体です。

イエスは弟子たちを集めました。弟子たちとともに歩んで行こうと、道を一緒に歩み続けました。共同体が信仰の基本です。
わたしたちは一人で信仰を生きてゆくわけではないんです。わたしたちは共同体の中で一緒に助け合い、一緒に支え合いながら、信仰を生きていきます。

「教会はシノドスの道を歩んでいる」という言葉を、どこかで聞いたことがあるかもしれません。来年の2023年、ローマで会議がありますが、その会議のことだけでなくて、教皇様は、シノドスは教会の在り方そのものだよと。みんなで一緒に旅路を歩いてゆくんだよと。互いに助け合いながら、互いに支え合いながら、旅路を歩んでゆくんだ。それが教会共同体というものの在り方なんだということを強調されています。まさしく、わたしたちは福音を告げ知らせていく旅路を歩んでゆくわけですけれども、その旅路を一緒になって支え合いながら歩んでゆくんですね。

そして、互いに支え合い歩んでゆく中で、もう一つ重要な要素があります。それは、お互いに耳を傾け合うこと。それはものすごく大切なことです。

聖霊はそれぞれの人を通して様々なことを成し遂げてゆくのですけれども、その他の人たちを通してわたしたちに語られる神の声、聖霊の導きに耳を傾けることが、とても大切なのです。お互いの話をよく聞く、よく耳を傾ける、そしてお互いに理解を深めて、何が必要なんだろうと何が大切なんだろうということを理解しながら、支え合って歩んでゆく。。。そうすると、一緒に助け合う教会共同体がそこにできてゆくでしょ。

実は、それが福音宣教になるんです。

福音宣教って、道端に立って太鼓を叩いて、神の国は来ます!って大きい声で叫ぶことではないんです。教会共同体の交わりの中で、互いに支え合い、互いに愛し合い、ともに道を歩んでゆくその姿を、見せつけること。それが一番大きな福音宣教の始まりです。ここにこそ素晴らしい共同体があるんだと、ここにこそ一緒に助け合っている存在があるんだと、ここにこそ心の安らぎがあるんだと、ここにこそ不安を取り去って希望をもたらす仲間がいるんだということを、しっかりと周りに見せること。

それは福音宣教の第一歩ですよね。

教会に来ても、みんなが暗い顔をして、イヤそうに早く終わんないかなと、長い説教だなとブスッとしていても、誰もそこに安らぎや希望を見出さないですよね。みんなが互いに支え合って、困難を抱えている人たちを一所懸命助けて、そこに愛が満ち溢れているとき初めて、あぁ、わたしもここに行きたい、わたしもここに居て希望を自分の心に生み出したいと、そう思えるような共同体を作り上げてゆくというのは、とてもとても大切な福音宣教の第一歩だと思います。

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「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」。さっき、とても厳しい言葉が、イエス様の言葉として福音の最後に記されていました。

後ろを振り返ってしまう一番大きな理由は、不安ですよね。将来を見通すことができない不安、これからいったいどうなるんだろう、この先どうなってゆくんだろうと思ったときに、思わず後ろを振り返ってしまう。

それは、神の国に向かって歩む姿勢じゃないんだよということを仰っているんですよね。じゃ、この不安を取り除くのはいったい何なんだろう。不安を取り除くのは、やっぱり希望ですよね。この2年半、新型コロナ感染症の状況の中で、なかなか難しい社会生活をわたしたちは歩んできたわけですけれども、まさしくこの2年半の体験は、分断と分裂だったと思います。

加えて戦争が始まったり、益々、社会全体で分断と分裂がどんどん深まっている。そうゆうときには、本当に希望がないです。希望を見出すのはとても難しい。希望を見出すことが難しいから不安になる。不安になるので、何でもかんでも躊躇してしまう。自分のことを守ろう。振り向いて自分のことを守ろう。新しいことを挑戦するのではなくて、今あるものを守ってゆこうと、すごく消極的な姿勢になってしまうんですね。

そうゆう中にあっても、神の国を求める者は常に希望をもって前に進んでゆきなさいと。希望はどこにある?この共同体の交わりの中に、希望は存在しています。

堅信を受けられる皆さま一人一人の上に聖霊が降り、一歩前に進もうとする皆さまを後押しして下さって、本当の希望をこの教会共同体の中に見出してゆくことができるように。ともに祈り合い、ともに耳を傾け合い、ともに歩んでゆきたいと思います。

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2022年6月 6日 (月)

堅信を受けられた皆さん、おめでとうございます

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聖霊降臨の主日に、東京カテドラルで堅信の秘跡を受けられた多くの皆さん、おめでとうございます。

わたしが休んでいる間、5月29日に教皇様は、新しい枢機卿の任命を発表されています。二十一名の新しい枢機卿様たちのうち、十六名が八十歳未満で、教皇選挙の投票権を持つことになります。今回の任命は、まさしく聖霊に導かれた教皇様の決断であり、だからこそ常識では考えつかない驚きの任命でした。

その驚きの一番は、アジアから五名の新しい枢機卿が誕生することです。すでにいろいろな方が書いているので繰り返しませんが、ちょうどこの任命の直前に、様々な観測記事が欧米のカトリックメディアでは流れていて、その全てが、今回はアジアからの新しい枢機卿はないだろうと書いておられました。ですから、今回のアジアからの多くの枢機卿の任命は、まさしく聖霊に導かれた教皇様の驚きの決断です。聖霊の働きは、驚きと、居心地の悪さをもたらす、騒々しいものだからであります。五旬祭のあの日にも、騒々しい物音が響き渡ったから、皆が驚きのうちに集まってきました。あらためて、聖霊の働きに身を委ね、素直に導かれる教会でありたいと思います。

以下、堅信式に参加された皆さんに、当日、教区のミサでは総代理の稲川神父様に代読していただいたメッセージです。

聖霊降臨の主日に

カテドラルで堅信を受けられた皆さんへ

2022年6月5日

堅信の秘跡を受けられた皆さん、おめでとうございます。本当はわたしが司式して堅信を授けたかったのですが、残念なことに新型コロナに感染してしまい、十日間の自宅療養で、やっと熱やのどの痛みから解放されたところで、長時間のミサを司式するだけの体力が回復しておらず、司式を代わっていただくことになりました。

堅信の秘跡は聖霊の秘跡です。聖霊が皆さんの上にもくだり、これからのキリスト者としての人生をともに歩み導いてくださいます。堅信の秘跡を受けることによって、わたしたちは大人の信仰者になるとよく言います。昔は、キリストの兵士になると言いました。それは、神様が聖霊を通じて常にいてくださると約束なさっているのですから、わたしたちには、聖霊に導かれたものとして行動する責任があるからに他なりません。聖霊が共にいて導いてくださるのですから、その導きに応えて、語り行うのは、わたしたちの責任です。

イエス様の言葉と行いに倣い、神の福音を世界に告げるものとなってください。

聖霊が弟子たちにくだったときに、物音がして、皆がびっくりして見に来たと、使徒言行録に記されています。聖霊が働くとき、それは騒々しいのです。居心地が悪いのです。なにもなく、穏やかで、静かなところには、聖霊はもしかしたら働いていないかも知れません。ですから挑戦することを恐れずに、福音に忠実に生き、忠実に語り、忠実に行う人となってください。

あらためて、堅信の秘跡おめでとうございます。そして皆様のお祈りに感謝します。

 

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2022年5月23日 (月)

コンベンツアル聖フランシスコ会助祭叙階式@赤羽教会

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5月21日土曜日の午後2時から、赤羽教会を会場に、コンベンツアル聖フランシスコ修道会の助祭叙階式が行われました。

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助祭に叙階されたのは、大天使ミカエル 外山 祈さんとテモテ・マリア 中野里晃祐さんのお二人。おめでとうございます。

感染症対策のため、多くの方の参加はなりませんでしたが、聖堂には同修道会会員や神学生、新助祭のご家族、そして赤羽教会関係者が集まりました。朝からあいにくの雨模様でしたが、ミサが始まる頃には雨も上がり、最後には無事に聖堂前で記念撮影もできました。また赤羽教会の侍者の皆さんも、叙階式は滅多にない儀式ですが、一生懸命に頑張ってくださいました。感謝です。

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叙階されたお二人は、今後、一年ほどの司牧実習を各地で行い、その後、養成が順調に進めば、来年春には司祭に叙階されることになります。叙階式に与ったときには、与えられたその恵みに喜ぶとともに、さらにその後に続く人が出るように、司祭・修道者の召命のためにお祈りください。

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コンベンツアル聖フランシスコ修道会助祭叙階式・赤羽教会

「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、 食べ物がない。空腹のままで解散させたくない。途中で疲れきってしまうかもしれない。」

先ほど朗読されたマタイ福音は、パンと魚を増やす奇跡物語でありました。その奇跡自体、驚くべき神の業でありますが、同時にその業を成し遂げたイエスの動機、心持ちが、この冒頭の言葉に満ちあふれています。

1980年に発表された回勅「いつくしみ深い神」で、教皇ヨハネパウロ二世は、「キリストにおいてキリストを通して、神は御いつくしみをもって、とくに見えるものとなります。・・・(キリストは)ご自身がいつくしみそのものなのです(2)」と指摘されています。イエスは神のいつくしみそのものであり、その言葉と行いは、神のいつくしみを具体的に顕すものでした。

教皇フランシスコの、東京ドームでの言葉を思い起こします。
「キリスト者にとって、個々の人や状況を判断する唯一有効な基準は、神がご自分のすべての子どもたちに示しておられる、いつくしみという基準です」

教会はこの世界の現実の中で、神のいつくしみを具体的に顕す存在であり続けたいと思います。2020年2月頃から始まって今に至るまで、感染症の困難の中で暗中模索を続けてきた世界は、暗闇から抜けだそうともがき続けています。にもかかわらずわたしたちは愚かにも、互いのいのちを暴力的な力を持って奪い取る戦争を、再び始めてしまいました。

ちょうど明日5月22日から29日まで、今年の「ラウダート・シ週間」となります。そのテーマは、「ともに耳を傾け、ともに歩もう」であります。教皇フランシスコは回勅「ラウダート・シ」で、「皆がともに暮らす家を保護するという切迫した課題は、人類家族全体を一つにし、持続可能で総合的な発展を追求するという関心を含んでいます」と記されました。残念ながら、この数ヶ月の現実は、この共通の家を争いの場とすることであり、武力の行使は地球を荒廃させ、さらには環境の中心にある賜物であるいのちを暴力的に奪い去ります。人類家族全体は、残念ながら一つにはなっておらず、共通の家に対する配慮は後回しにされています。

わたしたちはこの現実に向けて、キリストの福音を、そして神のいつくしみをあかしするものとして遣わされています。教会を導く聖霊は、わたしたちにこの現実の中で何をあかしするようにと導いておられるのでしょう。

折しもこの困難な時期のただ中にあって、教皇様は、2023年秋に世界代表司教会議(シノドス)を開催することを決定され、そのテーマを、「ともに歩む教会のため-交わり、参加、そして宣教-」と定められました。わたしたちは今その道程を、全世界の教会をあげて、ともに歩もうとしています。

第二バチカン公会議の教会憲章は、教会が個人の信心の積み重ねと言うよりも、全体として一つの神の民であることを強調しました。教会憲章には、「しかし神は、人々を個別的に、まったく相互の関わりなしに聖化し救うのではなく、彼らを、真理に基づいて神を認め忠実に神に仕える一つの民として確立することを望んだ」(教会憲章9)と記されています。

さらに教会憲章は、洗礼によって一つの民に結びあわされたわたしたちは、「ある人々はキリストのみ心によって他の人々のための教師、神秘の分配者、牧者として立てられているが、キリストのからだの建設に関する、すべての信者に共通の尊厳と働きについては、真実に平等」(教会憲章32)であると記しています。

ともに旅を続ける神の民にあって、わたしたち一人ひとりには固有の役割が与えられています。

わたしたちの信仰共同体は、ただの仲良しの仲間の集まりではなくて、一つのキリストの体に結ばれた、共同体です。同じキリストに結ばれることで、共同体を形作る一人ひとりは同じ神のいつくしみに満たされ、同じいつくしみに生かされ、同じいつくしみをあかしするものとなります。わたしたちの信仰は、共同体における「交わり」を通じて、神のいつくしみをあかしする信仰です。

交わりによって深められたわたしたちの信仰は、わたしたち一人ひとりを共同体のうちにあってふさわしい役割を果たすようにと招きます。交わりは参加を生み出します。一人ひとりが共同体の交わりにあって、与えられた賜物にふさわしい働きを十全に果たしていくとき、神の民は福音をあかしする宣教する共同体となっていきます。ここにシノドスのテーマである「ともに歩む教会のため-交わり、参加、そして宣教-」の意味があります。

果たして今の状況の中で、わたしたちの教会共同体は、何をあかししているでしょうか。

福音をあかしする教会共同体を育てて行くためには、牧者である司祭の役割は重要ですし、それを助ける助祭の役割も重要です。

(以下、助祭叙階式の儀式書から引用) 

ご列席の皆さん。教会共同体において、新しく誕生する2人の助祭の務めは何でしょうか。

助祭は聖霊のたまものに強められ、神のことばと祭壇に奉仕し、愛のわざに励み、すべての人に仕えて、司教とその司祭団を助けます。祭壇に奉仕する者となって福音を告げ知らせ、ささげものを準備し、主の御からだと御血を信者に授けます。

さらに、助祭の奉仕職には、司教から命じられたことに従って、信者にも信者でない人にもよい勧めを与え、聖なる教えを伝え、祈りを司式し、洗礼を授け、結婚に立ち会って祝福を与え、死に臨む人にキリストの聖なる糧を授け、葬儀を司式することがあります。

助祭は、すべての務めを神の助けによって果たし、仕えられるためではなく仕えるために来られたキリストのまことの弟子であることを示してほしいと思います。

あなたがたは自らすすんで助祭に叙階されることを希望しているのですから、かつて使徒たちによって愛のわざの奉仕者として選ばれた人々のように、人望があつく、聖霊と知恵に満たされた者でなければなりません。あなたがたは独身のまま奉仕職を果たそうとしています。独身生活は、牧者としての愛のしるしと励ましであり、また、世にあって豊かな実りをもたらす特別な源なのです。主キリストへのひたむきな愛に駆り立てられ、すべてをささげてこの生き方を貫く人々は、ほかのことにとらわれず、よりたやすくキリストに結ばれるでしょう。こうして、より自由に神と人々に仕えることに専念し、人々を神によって新たに生まれる者とするわざに、よりよく奉仕することができるのです。信仰に根ざし、これを土台にして、キリストの役務者、神の秘義を人々にもたらす者にふさわしく、神と人々の前で汚れのない者、非のうちどころのない者として自らを示してください。また、福音の告げる希望から目をそらさないでください。あなたがたは、福音を聞くだけではなく、福音に奉仕しなければならないのです。

清い心で、信仰の秘義を保ち、口でのべ伝える神のことばを行いで示してください。こうして聖霊によって生かされるキリストの民は、神のみ旨にかなう清いささげものとなり、あなたがたも終わりの日に主を迎えて、「忠実な良いしもべだ。よくやった。主人と一緒に喜んでくれ」という主のことばを聞くことができるでしょう。

 

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2022年5月21日 (土)

第66回カトリック美術展@有楽町マリオン

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カトリック美術協会が毎年行ってきたカトリック美術展は、この二年間、感染症の状況のため開催を見送ってきましたが、今年は第66回目として、開催されることになりました。

会場は有楽町マリオンの11階にある朝日ギャラリー。昨日5月20日から25日の水曜日まで、午前11時から午後6時半まで(最終日は午後4時半まで)行われています。

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お時間のある方、是非一度足を運んでいただければと思います。昨日の初日には、わたしも会場に出かけ、ちょうどいらした多くの作者の方々に、それぞれの作品を解説していただくという、贅沢な時間を過ごしました。

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また今回は同じ会場の隣のセクションで、長年にわたりカトリック美術協会を先頭に立って率いてこられた田中玉紅先生(1920~2018)の回顧展も開催されています。是非とも足を運ばれることを、お勧めいたします。

田中玉紅先生は桜の画家として著名な方で、会場はまるで桜が咲き誇っているかのような雰囲気です。90を超えられても、細部まで桜を描かれたその筆遣いには、圧倒されます。ぜひどうぞ。

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