カテゴリー「司教の日記」の1000件の記事

2023年1月 1日 (日)

名誉教皇ベネディクト十六世帰天

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名誉教皇ベネディクト十六世が、12月31日に帰天されました。95歳でした。ベネディクト十六世の御父のもとでの永遠の安息のために、ともに祈りましょう。

バチカンでの葬儀ミサは、ベネディクト十六世の生前のご意向に従い、簡素な形で、1月5日に行われます。この模様は、バチカンユースなどを通じて、配信されるものと思います。

日本における追悼ミサも、司教協議会と教皇庁大使館の共催で行われます。現在日程を調整中ですが、1月の早い段階で、関口の東京カテドラル聖マリア大聖堂で執り行われる予定です。

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以下、今朝ほど東京教区のホームページに掲載した大司教談話です。司教協議会会長の談話は昨晩のうちに、中央協議会のホームページのこちらのリンクに掲載されています。

名誉教皇ベネディクト十六世の逝去にあたって

去る12月31日、名誉教皇ベネディクト16世が、95年にわたる人生を終え、帰天されました。長年にわたる教会への奉仕と導きに感謝しながら、御父の御許において永遠の安息があるように祈ります。

ベネディクト16世は、すでに第二バチカン公会議の時代に、新進気鋭の神学者として注目され、その後はミュンヘンの大司教を経て教皇庁の教理省長官に任命され、長きにわたって現代社会を旅する教会の神学的支柱として大きな影響を与えました。

教皇に就任された2005年、すでに78歳と高齢でしたので、限られた時間の制約の中で優先順位を明確にして普遍教会の司牧にあたられました。

世俗化が激しく進み教会離れが顕著な欧米のキリスト教国における信仰の見直しは、ベネディクト16世にとって最重要課題であったと思います。しかしそれをひとり欧米の課題にとどめることなく、普遍教会全体の課題として取り上げられ、「新福音宣教」を掲げてシノドスを開催し評議会を設立されました。2013年2月28日の退位は、歴史に残る決断でした。聖霊の導きに全幅の信頼を置く信仰者としての決断の模範を、明確にあかしされる行動でありました。

教皇就任以前に教理省長官として活躍された印象が強く残っていますが、わたしにとっては、「愛(カリタス)」を語る教皇でありました。それは、最初の回勅が「神は愛」であることに象徴されますが、ベネディクト16世は、教会における愛(カリタス)の業を重要視され、それが単に人間の優しさに基づくのではなく、信仰者にとって不可欠な行動であり、教会を形作る重要な要素の一つであることを明確にされました。当時、国際カリタスの理事会に関わっていたわたしにとっては、ベネディクト16世が、この分野に大きな関心を寄せられ発言されたことから、力強い励ましをいただきました。わたしはベネディクト16世は後代の歴史家から、「愛(カリタス)の教皇」と呼ばれるのではないかと期待しています。

2011年の東日本大震災の折りには被災された方々へ心を寄せ、被災地にサラ枢機卿をご自分の特使として派遣されました。その年の5月にローマでの国際カリタス総会の際に謁見があり、帰り際にわたしの席へ歩み寄ってくださり、被災者への慰めの言葉をいただいたことは忘れません。流布されるイメージとは異なり、優しさに満ちあふれた「愛(カリタス)」の教皇でありました。

名誉教皇ベネディクト16世の逝去にあたり、これまでの長年にわたる教会への貢献と牧者としての導きに感謝し、御父の懐にあって豊かな報いをうけられますように、永遠の安息を共にお祈りいたしましょう。

2023年1月1日
カトリック東京大司教区 大司教
菊地功

 

 

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新年明けましておめでとうございます。

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皆様、新年明けましておめでとうございます。

この一年が、祝福に満ちた豊かで希望ある年になりますように、お祈りいたします。

3年間にわたるこの感染症による危機が過ぎ去り、戦争が終結し、賜物であるいのちの尊厳が守られる世界となるように、心から祈ります。

以下、東京教区ニュース新年1月号に掲載した年頭のご挨拶の文章を、こちらにも再掲します。

「希望の光を暗闇に掲げて」

東京教区のみなさん、主の降誕と新年のおよろこびを申し上げます。

主の受肉の神秘を祝う降誕祭は、生命の尊さをわたしたちに教えています。全能の神は小さな幼子の生命として、わたしたちのうちにおいでになりました。両親からの保護を必要とするその小さな生命は、しかし、暗闇に輝く希望の光でありました。暗闇が深ければ深いほど、小さな光であっても輝きを放つことができます。神からわたしたちに与えられた生命は、希望の光として暗闇に輝く光です。

残念なことに、世界はその生命を最優先とすることなく、暴力が支配する様相を呈しています。生命への攻撃は、わたしたちをさらに暗闇へと引きずり込み、希望を奪います。希望を奪われたわたしたちは、さらなる不安に駆られ、そのために利己的な守りの姿勢を強め、暴力に抗うために暴力を肯定する誘惑に駆られています。

この三年におよぶ感染症の状況は、よい方向に向かっているとは言え、わたしたちを取り巻く暗闇を深めました。その暗闇がもたらす不安は、わたしたちの姉妹教会であるミャンマーにおけるクーデター後の不安定な状況や、ウクライナにおけるロシアの侵攻がもたらす戦争状態によって、さらに深められています。暗闇は世界から希望を奪っています。だからこそ、わたしたちキリスト者は、主ご自身が幼子としてもたらしてくださった生命の希望の光を、暗闇の中で高く掲げる存在でありたいと思います。

教皇様は新年の世界平和の日にあたりメッセージを発表されていますが、そのテーマも、コロナ禍のあとの世界を見据え、ともに連帯しながら新しい平和への道を見いだす歩みを続けることを呼びかけておられます。いまほど、連帯のうちに支え合い、互いに耳を傾けあう姿勢が、教会だけでなく世界にとって必要なときはありません。

この三年間、教区からお願いしたさまざまな感染対策をご理解くださり、協力してくださっている皆様に、心から感謝申し上げます。いろいろなお考えがあることは十分承知していますが、多くの人が集まる教会であるからこそ、自分の生命を守るためだけでなく、互いの生命を危険にさらさない隣人愛の行動を選択し続けたいと思います。

一年の初めにあたり、是非とも司祭・修道者の召命についてお考えいただきたいと思います。まだ最終確定ではありませんが、今年の春には二名の神学生が、東京教区司祭として叙階されるべく準備を進めています。この二人のあとには、現時点では神学課程に一名、哲学課程に一名の二人しか、東京教区神学生はおりません。常々皆様にも申しあげていることですが、一人の方が司祭を志したとして、実際に叙階されるまでには、最低でも七年という時間が養成のために必要です。司祭養成は、それほど慎重に行われるものですし、そもそも「召命」と言われるとおりで、神様からの呼びかけであって、人間が生み出すものではありません。実際には呼びかけられている方は大勢おられるのだと思います。ですから究極的に言えば、無理をして神学生を増やすのではなく、神様からの呼びかけを待てばよいのですが、同時に、自分が呼ばれていることに気がつかない人も大勢おられます。識別するためには皆様の祈りが必要です。呼ばれている人が、自分の召命に気がつくように、どうかお祈りください。これは一人司祭ばかりではなく、修道者への召命も同じです。お祈りと、励ましをお願いいたします。

すでに日本の他の教区では普通のことになっていますが、今後は東京教区においても、すべての小教区に必ず司祭がいるという状況を続けていくことは、困難になります。すでに数名の教区司祭には、主任司祭の兼任をお願いしているところですが、今後は引退される司祭も増加することが必然であり、同時に新しい司祭の誕生は限定的ですので、何らかの対応が必要です。司祭の兼任は様々な側面から、司祭自身にとっても、また教会共同体にとっても負担となります。その意味で、現在検討を続けている宣教協力体の見直しを含め、どういった形で既存の教会共同体が協力していくことができるのか、具体的な検討を続けていきたいと考えています。

将来にわたる経済的な負担などを考慮して、教会共同体が自ら他の共同体との合併などを求められる場合は別ですが、基本的には現在の小教区を変更することは考えていません。

2022年の待降節から典礼式文の翻訳が変更となりました。すでに新しい翻訳でのミサに参加されておられると思います。

第二バチカン公会議の教会憲章には、こう記されています。
「(信者は)キリスト教的生活全体の源泉であり頂点である聖体のいけにえに参加して、神的いけにえを神にささげ、そのいけにえとともに自分自身もささげる。・・・さらに聖体の集会においてキリストの体によって養われた者は、この最も神聖な神秘が適切に示し、見事に実現する神の民の一致を具体的に表す(11)」

わたしたちにとってミサは、キリストの贖いのわざとしての犠牲とそれに続く復活を、秘跡の形で再現するものとして、キリストがいまここに現存し、また現存し続けると言う意味でも、最も重要な位置を占めています。

新しい翻訳には賛否両論あろうかと思いますが、異なる言葉への翻訳における様々な困難を乗り越え、普遍教会全体の一致を具体的にあかしするための、大きな一歩であると思います。わたしたちを霊的な絆で結びつけるために最も大切なこの聖体祭儀について、今回の改訂が、学びを深める契機となることを期待しています。

いまわたしたちの国では宗教の存在が問われています。自戒の念を込めて自らの有り様を振り返る必要がありますが、元首相の暗殺事件以来、宗教団体の社会における存在の意味が大きく問われています。言うまでもなく、どのような宗教であれ、それを信じるかどうかは個人の自由であり、その信仰心の故に特定の宗教団体に所属するかしないかも、どう判断し決断するのかという個人の内心の自由は尊重されなくてはなりません。

そもそも人は、良心に反して行動することを強いられてはなりませんし、共通善の範囲内において、良心に従って行動することを妨げられてはなりません。(カテキズム要約373参照)。

宗教は、いのちを生きる希望を生み出す存在であるはずです。その宗教を生きる者が、いのちを奪ったり、生きる希望を収奪するような存在であってはなりません。人間関係を崩壊させたり、犯罪行為に走ったり、いのちの希望を奪ったりすることは、宗教の本来のあり方ではありません。

わたしたちはどうでしょう。わたしたち教会はすべての人の善に資するために、この社会の現実のただ中で、いのちを生かす希望の光を掲げる存在であり続けたいと思います。対立や排除や暴力の象徴ではなく、一致と連帯と支え合いをあかしする共同体でありたいと思います。

教会のシノドスの歩みは続いています。今年のはじめには各大陸別のシノドスが開催され、アジアシノドスも2月末にタイで開催されます。その後、今年の10月と、来年2024年10月の二会期に渡ってローマでの会議が開かれ、その結果を受けて教会は2025年の聖年を迎えます。聖霊が教会をどこへと導こうとしているのか、共同体の識別の道はこれからも続けられます。東京教区にあっても、今後も小グループによる分かち合いを通じた聖霊の導きへの識別を深め、互いに耳を傾けあい支え合うことが当たり前である教会共同体へと変貌していきたいと思います。

2023年12月4日には、江戸の殉教の400周年を迎えます。高輪教会においては例年通り、江戸の殉教を顕彰する行事が行われますが、それに向けて、教区内でも殉教について学ぶ機運が生まれることを期待しています。

新しい年の初めにあたり、皆様の上に、全能の御父の豊かな祝福がありますように、お祈りいたします。

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2022年11月 2日 (水)

FABC総会から(その4)

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アジア司教協議会連盟FABCの創立50年を記念した総会は、10月30日の日曜日、バンコクのカテドラルでの閉会ミサで無事に閉幕しました。この間、特に10月25日には日本の皆様にもFABCのためにお祈りいただいたこと、心から感謝いたします。皆様のお祈りに支えられて、聖霊がどのようにアジアの司教たちを導いたのかは、今後発表される文書などに示されていくことになると思います。

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最終週は、日本からは成井司教様に変わり長崎の中村大司教様が加わり、前田枢機卿、勝谷司教、アベイヤ司教、中村大司教、そして私の5名で参加。これまでに2週間でそれぞれの国の状況を振り返り、教皇様の諸文書の振り返りに基づいて様々なテーマへの取り組みへの学びを深め、それらに基づいて、これからどうしていくかの検討が三週目です。

最初の二日間は司教たちを4名ずつのグループに分けて、傾聴のワークショップ。これがなかなか大変です。それに基づいてFABCの優先すべき課題は何なのかを絞り込みました。そして最終週の水曜日は、総会の最終声明の討議、後日発表される最終文書の内容の検討、そして私が担当しているFABCの再構築についての検討が始まりました。

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10月25日の朝の祈りは、日本の当番でした。各国が順番に20分程度のビデオを事前に作成するように依頼され、日本のビデオは秋田の聖体奉仕会にお願いしました。以前から海外とのビデオ中継などの経験があるからです。聖体奉仕会の皆さんと、協力してくださった皆さんに感謝です。

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木曜日はバンコクの西隣にあるラチャブリ教区へ全員でバス巡礼。歴史ある最初の神学校の跡を訪ねたりしながら、ラチャブリ教区のカテドラルで感謝ミサ。司式はバンコクのフランシスコ・ザビエル枢機卿様。

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ミサの終わりにラチャブリ教区のジョン・ボスコ司教様からFABCに聖母子像を寄贈いただき、会長のボ枢機卿様が不在だったこともあり、事務局長として代理で受け取らせていただきました。バンコクの事務局に安置される予定です。

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この巡礼に使われた三台の貸し切りバスが、すごい装飾でした。外も内側もスピーカーだらけ。さすがに音は出してませんでしたが、二階建てのバスの一回にある運転席からは、スピーカの隙間からしか外が見えない。

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そして最後の二日間、金曜と土曜は、すべての時間を使って、最終メッセージと最終文書についての討議です。最も、金曜の午後には教皇代理でタグレ枢機卿様が到着され、そのお話もあり、また土曜日の午後には司教たちとの話し合いも行われました。

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最終日の10月30日は、バンコク市内、チャオプラヤー川沿いにあるカテドラルで、タグレ枢機卿司式の閉会ミサでした。カテドラルの立派なこと。教皇様が来られた時にも、ここでミサが捧げられました。この辺りはFABC2020のYoutubeチャンネルがありますから、一度ご覧ください。また最終メッセージは原文の英語がこちらに掲載されています。今後翻訳して、中央協議会のホームページにも掲載されることになろうかと思います。

私は、事務局長としてFABCの再構築の委員会の責任者でしたので、連日夜は会議でした。メンバーはインドの枢機卿、フィリピンの大司教、神学者の司祭、信徒の女性神学者二名。結局最終日の昼間に最終的に集まって、提言を作成し、あとは3月に開催される中央委員会に判断を任せるところまでこぎつけました。

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50年前にFABCが始まったころは、第二バチカン公会議直後で、まだ発足したばかりの各国の司教協議会は、連盟からの支援を必要としていました。そのために連帯して歩もうと様々な事務局が設けられました。しかし50年を経て、しっかりと組織を確立した司教協議会も多くある中で、FABCの果たすべき役割も変化していって当然だと考えました。次の50年のために、今後も組織のありようを見直し続けることになります。

 

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それにしてもこの総会は、2014年ころから、当時の会長であったボンベイのグラシアス枢機卿が中心となり、その補佐司教であるアルヴィン司教と一緒に計画を練ってきたものです。企画運営委員会は、この2年ほどは毎週月曜にオンラインで会議を開いてきました。私も事務局長になって以降、ほとんど毎週月曜の夜7時半から、オンライン会議に参加してきましたが、話が二転三転、あちらこちらに飛びながら、それでも最後には何とかまとまるという、奇跡的な運営を目の当たりにしてきました。今回の総会中も、その日にならないとプログラムの詳細がわからない日も多く、はらはらさせられましたし、手元に詳細なプログラムが残ってません。なかなかの不思議な体験でもありました。(すぐ上の写真は、ヤンゴンのボ枢機卿様と)

 

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2022年10月23日 (日)

FABC50周年記念の総会から(その3)

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10月12日から30日までの期間で、バンコク郊外の教区司牧セン「Baan Phu Waan」で開催されているアジア司教協議会連盟の創立50周年記念総会は、第二週目が終わり、最終の一週間に入ります。

ボンベイのオズワルド・グラシアス枢機卿をトップとする企画準備委員会では、第一週目の各国からの報告の期間を「Visiting Asia」と名付けて、まずアジア全体の現実を知ることから始めました。そしてこの10月17日から22日までの第二週目は、「Emerging Realities」と名付けて、各国の報告から知った現実に基づいて、今アジアで何が起きているのかを深める時とすることを目指しました。そのために様々な分野に関係する信徒や修道者の声に耳を傾けるために,オンラインでの分かち合いを月曜から木曜まで行いました。


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それぞれの日はテーマが設けられ,同時にそれに関連する教皇様の文書についての振り返りの時も持ちました。17日の月曜は、特に気候変動に目を向け、「ラウダート・シ」への理解を深める日とされました。

18日の火曜日は青年、女性、移民、移住者、人身取引などに焦点を当て、「フラテリ・トゥッテイ」の学びを深めました。

さらに19日の水曜日は、家庭や結婚の問題に焦点を当て、「アモリス・レティティア」の学びを深めました。

その後20日の木曜日には、アジアで実際に起こっているミャンマーでの状況に思いをはせながら、平和、和解、対話をテーマとして、「福音の喜び」についての学びの日でした。

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21日の金曜日は,ちょうどアジアに来られていた今回のシノドスの責任者でもあるルクセンブルグのオロリッシュ枢機卿様から、シノドスについての話を頂き、教皇様の顧問団の中心人物でもあるグラシアス枢機卿から、教皇庁改革にあたる教皇様の指針である「Predicate Evangelium」についての話を頂き、それを踏まえてFABCの次の50年をいかになる道を通って歩むべきかの考察を始めました。これは次週の大きなテーマです。

そして22日の土曜日は、全体会で、これまでの議論を行ってきた中で取り上げられた様々なポイント以外に、FABCの将来に関わる重要な課題があるかの自由討議を行い、最後に、聖体降福式をもって一週間を締めくくりました。

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この間、いくつかの特筆すべきことがあります。まず17日には、ラウダート・シにちなんで、近頃Youtubeで公開された「The Letter」という映画に実際に出演しているインドの環境活動家Ridhima Pandeyさんが出席され、彼女の話を伺い,さらに夜には参加者一同で、「The Letter」を鑑賞しました。Ridhimaさんは,まだ14歳ですが,しっかりした考えをしっかりと発言される方でした。この映画はこちらで見ることができます。ただし英語の字幕で、90分ほどです。教皇様が気候変動について多くの方の意見を聞くために、バチカンに来るようにと招待状の手紙を送るところから始まり、世界各地から教皇様の元へ呼び集められた中に、Ridhimaさんもおられました。

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次に、18日のオンラインでの分かち合いには,青年のテーマで、高松教区の高山徹(あきら)神父様が参加してくださいました。そして女性や人身取引、移民や難民のテーマでは、東京で活躍するメリノール会のシスターアビーが,ローマからオンラインで参加してくださいました。これはすでに触れた,タリタクムの活動についての分かち合いで,会場にはタリタクムアジアの代表の一人として,メルセス会のシスター弘田も参加されていました。アジアの会議では英語が使われるので、分かち合いなども英語ができる方にお願いせざるを得ないのですが、日本に限らず英語を主に使っていない国からは、参加者を得ることが難しく、どうしても一定の国からの発言に偏ってしまう嫌いがあります。今回参加してくださった高山神父様やシスターアビー、シスター弘田、そして先の日曜日に参加してくださったシスター宇野には感謝申し上げます。

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 また18日の締めくくりには、わたしも事務局長として関わる企画準備委員会での成り行きから、わたしが「フラテリ・トゥッティ」についての分かち合いを行うことになり、30分と言われて原稿を用意していきました。そうしたらこの日は結構スケジュールが押して、一日の最後のわたしが話す順番が近づいてきたら,グラシアス枢機卿から突然、「20分にしてくれ」との指示が。かなり慌てました、その結果はこちらのビデオをご覧ください。最後の肝心な部分をかなりカットして、なんとか全体は19分で収まりました。

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10月23日の日曜日は、世界宣教の日です。この日のミサは毎朝のミサを行う聖堂ではなく会議場で行い、ネット中継されました。グラシアス枢機卿司式で、共同司式に私も参加しました。グラシアス枢機卿の説教にもありますが、共同司式で祭壇に上がったのは,インド、フィリピン、日本、ドイツ、ペルーの面々で、世界宣教の日にふさわしい顔ぶれになりました。また聖体拝領が始まると,なんと聖歌隊から日本語の歌が始まりました。わたし自身も子どもの頃良く歌った「主我を愛す」であります。この日の聖歌隊の日本語ができる少女が、しっかりと歌ってくれました。上の写真、聖歌隊の向かって一番右端の方です。感謝。ミサはこちらからご覧いただけます。「主我を愛す」は1時間09分くらいから始まります。

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そのほか、私にとっては3年ぶりくらいでバンコクにあるカリタスアジアの事務局員との再会となり、会議場近くのレストランで一緒に夕食を鶏ながら,いろいろと話を聞きながら,懐かしい面々と旧交を温める機会も頂きました。

第三週、最終週は、総会文書の全体的枠組みの承認、最終メッセージの採択、FABCの今後の方向性の承認などが控えており、また朝から晩まで、プログラムがしっかりと組まれている毎日となります。

なお以前にもお願いいたしましたが、25日火曜日は、会議に先立って行われる朝の祈りが日本の当番の日です。当番の日には,それぞれの国でFABCのために祈りをお願いすることになっていますので、25日の火曜日、一日のどこかで、アジア司教協議会連盟FABCのためにお祈りをお願いします。

 

 

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2022年10月22日 (土)

FABC50周年記念の総会から(その2)

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アジア司教協議会連盟FABCの創立50周年を記念して開催されている総会も、半分が終わりました。あと,来週の一週間です。この一週間については別途明日にでも掲載するとして、総会中にはいろんな方に再会しています。

そんな中でも、東京教区にとって大切な姉妹教会であるミャンマーの司教様たちと時間を共に過ごすことができるのは,感謝です。ミャンマーの現状のいろいろなお話を伺いました。なおいっそう、ミャンマーの安定と平和の確立のために、祈りを続けなければならないという思いが深まりました。一番上の写真は,今朝、10月22日の朝のミサ後に撮影した、総会に参加しているミャンマーの司教様たちです。

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なかでも、神学生の養成などへの支援でも深く関わっているマンダレー教区のマルコ大司教様と再会できたことは大きな喜びでした。2020年2月、コロナ禍で全てが閉鎖される直前に東京教区の代表団が訪れて、ピンウーリン(メイミョー)の神学院を訪れたりして以来の再会でした。クーデターが発生して以降、マンダレーでも暴力的な状況が続き、先頭に立って平和の実現を求めるマルコ大司教様の様子も,ニュースなどで伝わってきています。命の危機を感じながら牧者としてのつとめを果たすことは,本当に大変なことであろうと想像いたします。マルコ大司教様のためにもお祈りください。

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マルコ大司教様からは、特に東京教区の皆様へ,お祈りと支援への感謝の言葉を頂きました。また東京で、ミャンマーの方々と共に、平和のために祈り続けていることに対して、力づけられているという感謝の言葉を頂きました。世界では様々な暴力的状況が発生し,その都度、祈りが必要となりますが、同時に解決されることなく時間の経過と共に忘れられてしまう人たちも多くおられます。東京教区としては、これまでの深い関わりもありますから、これからも忘れることなく、ミャンマーのために祈り続けたいと思います。

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2022年10月16日 (日)

FABC50周年記念の総会開催中@バンコク

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アジア司教協議会(FABC)は、1970年に創立され、2年前に50周年を迎えていました。50年の歩みを振り返り、これからの新たな道のりの方向性を定めるために,記念の総会が企画されましたが、コロナ禍のため2年間延期され、現在、10月12日から30日までの日程で、バンコク大司教区の司牧センターであるBaan Phu Waanを会場に,開催されています。

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これまでの振り返りとこれからの方向性を定めるという重要な機会であるため、通常の総会よりも多くの司教が参加しており、日本からも、前田枢機卿、アベイヤ司教、勝谷司教、成井司教、そしてわたしが参加中で、後半では中村大司教もくわわる予定です。また,人身取引問題に取り組んでいるタリタクムのアジアの代表者の一人として、メルセス会のシスター弘田も部分参加されています。タリタクムについてはこちらの難民移住移動者委員会のサイトに詳しく掲載されています

今回の総会はテーマを「FABC50周年:アジアの諸民族としてともに旅する…彼らは別の道を通って…行った(マタイ2・12)」としていますが、このテーマの終わりの部分、すなわち「別の道を通っていった」の意味を、最初の三日間で実感しています。

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現時点で参加者は18の司教協議会から22カ国と地域に及んでいます。韓国司教団の到着が遅れているなどもあり、週明けに実際の参加者はもう少し増える予定ですが、現時点では登録上は18名の枢機卿と114名の司教が参加を予定しており、さらに顧問や各団体代表などで招聘されている人たちやスタッフが70名以上おり、さらには会期中にオンラインでの対話に参加する人たちも入れれば、全体では200人を超える人たちが参加する会議となっています。(写真上は,現時点で参加している枢機卿)

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バンコク教区の司牧センターは以前から存在しており,カリタスアジアなどでも利用したことがありますが、この総会に備えて全体がリニューアルされており、日本の教会とそれほど変わらない規模のタイの教会ですが、準備にかなりの力を入れたことがわかります。(上の写真は会議ホールの前から見た司牧センター本館。この池も敷地内です)

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それが顕著に表れたのが,初日に開会ミサ後に行われた開会式典で、これは一般のテレビを通じて全国にライブ放送されたそうですが、タイ政府を代表して文化大臣も参加し、シャルトルのシスターたちが経営する11の学校の生徒さんによる,素晴らしいミュージカルの披露もあり、ちょうど2019年に教皇様がタイを訪問したときのように、きらびやかで荘厳な式が行われました。準備には大変なものがあったと思います。

最初の三日間は,各国の報告です。朝のセッションは,指定された国が作成した15分ほどの朝の祈りのビデオで始まり、各国の報告も、単に話をするのではなく、ビデオやパワーポイントを用意して20分程度とするように指示されており、これまた教会の底力の違いでしょうが、素晴らしく高度な出来上がりのビデオを短時間で用意してきた国がいくつもありました。日本の報告は、私が作ったパワーポイントでした。

祈りで始まり,祈りの雰囲気の中で会議を続けるというので、各国の報告の後には必ず2分間の沈黙が設けられています。この沈黙の時間は,正直言って,アジアでの会議では珍しいのですが、良い効果を生んでいると思います。

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一日の最後は,これらの報告を聞いた上で、20近いグループに分かれて,分かち合いです。私が参加して小グループは、シンガポール、ラオス、マレーシア、インド、ミャンマーの皆さんと一緒のグループでした。このグループでの分かち合いは,その場でサイトに接続されたPCから内容がそれぞれグループごとに打ち込まれ、三日目の終わりには、そのまとめが出来上がって報告されていました。

多くの国で教会は少数派であり、中には他の宗教との関係で難しい立場にあったり,政治的に難しい立場にあったりする教会も少なくなく、アジア全体を通じた連帯の必要性が強調されました。また多くの国でカリタスの活動が評価され、教会の目に見える愛の活動としてカリタスの重要性が強調されたのはうれしいことでした。さらにコロナ禍にあって孤立や孤独が深まった国も少なくなく、経済の悪化で貧富の格差が広がり,社会の中心から排除される人も多くある中で、教会は国を超えて連帯し協力していかなくてはならないことも強調されました。

同時に、各国の報告で、互いの現実があまりに違うことも理解が深まり、その違いを知らない自分たちの無知にも気がつき、互いの対話を深めることの重要性が強調されました。韓国司教団がビデオでの報告で,日韓の司教団が定期的に集まり対話を深めていることを紹介してくださったので、思いの外多くの他の司教たちが、日韓の取り組みを評価してくださいました。また最終的には,同じ方向を目指して歩んでいこうとするものの、その現実の違いから、歩む道を異なることにも気がつかされ,テーマの最後の言葉の意味が理解されていきました。皆、別の道を通っていくしかないのです。

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四日目(開会式も含めると五日目)の日曜、午前中はシンガポールのゴー枢機卿の司式で主日ミサがあり,その後、アジア各地の方々とオンラインで結んでの「トークショー」となりました。様々な分野に関係する17組の方々が、それぞれの分野から司教たちに語りかけました。日本から、聖心会のシスター宇野が,アジアの修道女の思いを司教たちに語ってくださいました。

明日以降は、さらに多くの方々とオンラインで結んで、様々な角度から,司教たちに語りかけていただくセッションが続きます。

司教たちが聖霊に導かれ、より正しい道を見いだすことができるように,お祈りください。

 

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2022年10月 7日 (金)

2022年ロザリオの聖母の記念日

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本日10月7日は、ロザリオの聖母の記念日です。

「諸民族の心と精神の和解によって最後には真の平和が世界に輝くよう、幸いなるおとめマリアの助けを願うために、十月にロザリオを唱えることを強く勧めます」

教皇パウロ六世が1969年に発表された使徒的勧告「レクレンス・メンシス・オクトーベル」は、そう始まっています。

10月はロザリオの月です。10月7日はロザリオの聖母の祝日です。また教会は伝統的に10月にロザリオを祈ることを勧めてきたこともあり、教皇レオ十三世によって10月が「ロザリオの月」と定められました。ロザリオの起源には諸説ありますが、十二世紀後半の聖人である聖ドミニコが、当時の異端と闘うときに、聖母からの啓示を受けて始まったと伝えられています。

本日10月7日のロザリオの聖母の記念日も、1571年のレパントの海戦でのオスマン・トルコ軍に対する勝利が、ロザリオの祈りによってもたらされたとされていることに因んで定められています。

ある意味、ロザリオは信仰における戦いのための道具とも言えるのかも知れませんから、歴史的背景が変わった現代社会にあっても、信仰を守り深めるために重要な存在です。

この困難な状況に立ち向かう今だからこそ、神の母であり、教会の母であり、そしてわたしたちの母である聖母マリアの取り次ぎによって、世界に、そしてわたしたちの心と体に、神の平和が取り戻されるよう、共にいてくださる主イエスと歩みをともにしながら、命の与え主である御父に祈り続けましょう。

ロザリオの祈りは、教会の中では忘れられることなく、重要な祈りの手段としての地位を占め続けていますが、しかし普段、しばしばロザリオを祈られている方も大勢おられるかと思えば、滅多に祈らない方もおられることでしょう。ご自分のロザリオがどこにあるのか、忘れてしまわれた方もおられかも知れません。

今日はせっかくのロザリオの聖母の記念日です。10月はせっかくのロザリオの月です。この機会に、一連でも構いません。祈ってみましょう。今日、一回だけでも、祈ってみましょう。ロザリオを思い出して祈る方が今日おられるとしたら、一人の祈りの力は小さくても、それが結集して、大きな祈りの力になります。

特にこの状況の中で、平和のために、どうか、今日、一連だけで構いませんから、ロザリオを祈りましょう。祈りの力を結集しましょう。

以下のビデオは、東京教区広報で昨年の10月と今年の5月に作成した、ロザリオの祈りのビデオです。

昨年2021年10月のビデオ

今年2022年5月のビデオ

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2022年9月23日 (金)

2022年9月の司祭叙階式・助祭叙階式

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イエズス会の司祭叙階式が、9月17日の午後2時から、カトリック麹町聖イグナチオ教会で執り行われました。

今年司祭に叙階されたのは、ヨアキム・グェン・ミン・トァン神父様、そしてペトロ・カニジオ 越智 直樹神父様のお二人です。おめでとうございます。感染症対策での入堂制限がまだ続いていることもあり、聖堂がいっぱいというわけにも行きませんでしたし、また聖歌も、聖歌隊だけの歌唱となりましたが、それでもイエズス会員を中心に多くの司祭が集まり、新しい司祭の誕生を祝いましたし、また聖歌も、イエスのカリタス会シスターたちに加え、ベトナム出身の方々の聖歌隊も構成され、ベトナムの美しい歌を聴かせてくださいました。また叙階式には、越智神父様が研修時代を過ごしたサイパンから、ライアン・ヒメネス司教様も来日され、一緒に司式してくださいました。

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トァン神父様、越智神父様、おめでとうございます。

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なお当日の模様は、こちらのリンクから、ビデオをご覧いただけます

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9月23日午後2時から、今度は助祭叙階式を行いました。助祭に叙階されたのは、東京教区の神学生であるアシジのフランシスコ熊坂直樹さん、アシジのフランシスコ冨田聡さん、そしてアウグスチノ修道会会員マキシミリアノ・マリア・コルベ桑原篤史さんの三名です。

助祭叙階式は、東京カトリック神学院の聖堂をお借りして行いました。というのは、通常東京教区の助祭叙階式は、神学生の出身教会で行いますが、今回は冨田さんが北海道なので熊坂さんの出身教会である関町教会で執り行う予定でした。ところが関町教会の聖堂新築工事が始まってしまい、使えなくなってしまったため、関町教会のお隣にある神学院の聖堂をお借りすることにして、準備などはすべて関町教会の皆さんが中心になって行われました。主任司祭の稲川保明神父様をはじめ関町教会の皆さん、ありがとうございます。また神学院の使用を赦してくださった稲川圭三院長様にも感謝します。

熊坂助祭、冨田助祭、桑原助祭。おめでとうございます。

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三人は、順調に養成が進むならば、来春以降、司祭に叙階される予定です。どうかこの三名の助祭のため、また今年は修道会にも他に数名の助祭がおられますので、司祭叙階に備えている助祭たちのためにお祈りください。また叙階式にあたっては、彼らに続く召命が与えられるように、是非ともお祈り下さい。東京教区は、二人が助祭から司祭になると、後に続くのは二人の神学生だけです。さらにその後に続く神学生が誕生するように、召命のためにお祈りください。一人神学生が誕生しても、司祭になるまでは最低でも7年が必要です。

上石神井の東京カトリック神学院は、夏休みの現在、改修と新築の工事が進められています。「召命が少ないと言ってるのに、新築?」と驚かれるやも知れません。実は足りなくなっているんです。特に、聖座の新しい指針に従って設けられた最初の一年、予科のためのスペースがありませんので、そのための建物を木造の平屋ですが、現在の神学院の建物の隣に新築中です。

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2022年9月 9日 (金)

清泉インターナショナルスクール60周年感謝ミサ

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用賀にある清泉インターナショナルスクールが、創立60年を迎え、本日、学校において感謝ミサを捧げました。インターナショナルスクールですから、新学年が始まったところです。

五反田にある清泉女子大学などと同じく、聖心侍女修道会によって創立された清泉インターナショナルスクールは、幼稚園は共学ですが、それ以上は女子校です。当初は戦後に駐留していた米軍の関係者の子どもたちのための幼稚園として始まり、その後小学校が開設され、現在のインターナショナルスクールとして始まったのが1962年です。その後1972年に、用賀にある聖公会の神学院の隣接地に現在のキャンパスが設置されました。ですから今年は、学校創立60年であると共に、用賀で始まって50年と言うことになります。

詳しくは、英語ですが、インターナショナルスクールのホームページがこちらのリンクにあります。

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今日のミサは、マスクや換気などの感染対策を施しながら、体育館で行いました。通常の宗教行事で関わっているエミリオ神父様とレオ神父様、そして大司教秘書のオディロン神父様との共同司式で、ミサのはじめにインドの文化に敬意を表して、修道会、職員、保護者、生徒の代表による明かりをともす式(もっとも本物の火は使えないので、LEDキャンドルで)からはじまり、随所に様々な国の文化を象徴する祈りなどが配置されたミサでした。生徒さんたちは、50を超える国や地域にルーツを持っておられると伺いました。

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またミサの中で、この学校の4代目の校長でもあるシスター・アスンシオンの101歳の誕生日もお祝いしました。シスターは、車椅子生活ですが、しっかりとされていて、まだまだお元気です。

清泉インターナショナルスクールの皆さん、おめでとうございます。

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2022年9月 2日 (金)

主任司祭の着任式@六本木

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8月28日の日曜日、午前11時から、六本木にあるフランシスカン・チャペルセンターで、新しい主任司祭の着任式ミサを捧げました。

フランシスカン・チャペルセンターは、英語を使う共同体の小教区で、その名の通り、フランシスコ会が司牧を委託されています。これまで主任を務めたラッセル・ベッカー神父様に代わり、クリフォード・アウグスティン神父様が主任司祭として着任されました。クリフォード神父様は、シンガポールからの派遣です。

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主任司祭の着任式を司教や地区長の司祭が司式して行ったりするのは、欧米ではしばしばありますが、日本ではあまり行うことはありません。多くの場合、人事異動が復活祭後に集中するので、司教や司教総代理などの教区役職者の数では間に合わないのが理由でしょうが、これを行うこと自体には大きな意味があると思います。それはただ、小教区を管理する神父が送られてきたということではなくて、まさしく、小教区共同体と「ともに歩む」牧者が新たに誕生したのですから、司祭も小教区共同体も、互いに、共同体の方々を知り、牧者を受け入れ、ともに歩む決意を新たにし、聖霊の導きを共に祈ることには大きな意味があると思います。

この日は米国での儀式書に倣い、新主任司祭は司教から委任された務めに励むことを誓い、共同体の責任者を紹介され、迎え入れられ、その上で、新主任司祭が聖体祭儀を司式しました。

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この日、私からクリフォード神父様には象徴的に手渡しをしましたが、司祭が教区内で司牧の務めにあたるには、権限を教区司教から委任される必要があります。司祭が、例えば黙想会に呼ばれたり、行事に呼ばれたり、旅行中に立ち寄ったりして、一時的に司祭の務めを果たすには、その場の主任司祭や修道会などの上長の一時的な許可があれば充分ですが、定期的に司牧の務めを果たすためには、その地の司教(裁治権者)からの権限委任がなければなりません。これは主任司祭や助任司祭などに任ぜられる司祭だけでなく、教区内で聖職者が適法に使徒職を果たすために不可欠な権限委任です。

この司教からの権限の委任を公式に記しているのが、「権限委任書(Pagella Facultatum)」と呼ばれる文書です。ラテン語が正文で日本語の訳がついています(ラテン語部分だけでも4ページあります)。わたし自身もこれまで8年間働いたガーナや、半年間だけお世話になったオーストラリアのメルボルンなどで、それぞれ居住する教区の司教様からそれぞれの権限委任書をいただきました。権限委任書に記されている通り、「司祭が本教区を決定的に離れるとき」には消滅しますので、それ以降定住するか、または定期的な使徒職を遂行する教区の司教様から、あらためて権限委任書をいただかなくてはなりません。教会は、司祭叙階だけで、あとはどこでも勝手に司祭としての使徒職を遂行することはできない仕組みになっているのです。それは、教会が個人プレーヤーの集まりではなくて、ペトロの後継者である教皇様と共にある共同体であり、その中心におられる主ご自身と一致して「ともに歩む」神の民であるからに他なりません。

クリフォード神父様の新しい任地である六本木のフランシスカン・チャペルセンターにおける今後の活躍に期待し、これまで同様に、素晴らしい共同体を育て、ともに歩み、また牧者として導いてくださいますように。

クリフォード・アウグスティン神父様、東京へようこそ。

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