カテゴリー「司教の日記」の1000件の記事

2021年9月14日 (火)

2021年「秋田の聖母の日」

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第7回目となる、秋田の聖母の日が、本日9月14日と明日15日行われています。とはいえ、昨年に続き、感染症の状況のため、秋田の聖体奉仕会に集まることは取りやめとなり、オンラインでの開催となりました。(写真は、配信ビデオからのスクリーンショットです)

オンラインで公開されたビデオは、youtubeで後ほど見ていただくことも出来ます。わたしは、毎年この日に合わせて巡礼を企画してきた横浜の信徒の旅行者「パラダイス」が企画した、zoomでの祈りの集いから、参加した皆さんと一緒に祈りました。

秋田の聖母の日が始まったきっかけは、2013年10月に、ローマ教区が主催して世界各地の聖母巡礼所を中継で結んだロザリオの祈りに参加したことでした。当時のことはこちらに記してありますし、当時にビデオもまだ見られるようです。リンク先に貼り付けてあります。10月12日の夜に始まり、時差の関係で徹夜で祈りをささげ、翌日のミサで締めくくった集まりには、海外も含め各地から多くの方が参加されました。当時の日記には、事前申し込みは800人ほどでしたが、当日はそれ以上に人が聖体奉仕会に集まったと記されています。

この行事に触発されて、翌年から、9月14日の十字架称賛と15日の悲しみの聖母の両日、聖体奉仕会で「秋田の聖母の日」と名付けた祈りの集いを開催してきました。それ以来、毎年、国内外から、多くの方が参加してくださっています。また秋田地区の神言会司祭団も、協力してくださっています。わたしは17年に新潟教区から東京教区に移っても、毎年この行事には参加しておりましたし、それに併せて巡礼も行ってきました。残念ながら、昨年と今年は、感染症の状況の中で多数が集まる行事は中止となりましたが、今年は初めての試みとして、オンラインでの開催となりました。

来年こそは、秋田の地で皆さんと一緒になって祈りをささげることが出来ることを、希望しています。この困難な状況から解放されるように、聖母の取り次ぎでお祈りいたしましょう。

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本日は十字架称賛の祝日です。いまでこそ、ファッションで十字架を身につける一般の方もおられるようになっていますが、もちろん十字架の起源は、処刑の道具であります。決して「かっこいい」ものではありません。しかしその十字架に、特別な意味を与えたのは、主イエスであります。主イエスこそが、「恐るべき処刑の道具」を「輝かしい栄光のあかし」に変えてくださいました。だからわたしたちは、誇りを持って十字架を示します。感謝を持って十字架を仰ぎ見ます。信頼を持って十字架により頼みます。勇気を持って自らの十字架を背負います。

教皇フランシスコは、2015年から16年にかけて開催したいつくしみの特別聖年の大勅書「イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔」にこう記しています。

「十字架の傍らでマリアは、愛弟子ヨハネとともに、イエスが口にしたゆるしの言葉の証人となりました。イエスを十字架につけた者たちに与えられた究極のゆるしは、神のいつくしみはいかに果てないものであるかを私たちに教えます。マリアは、神の子のいつくしみが限りなく、例外なく誰もがこれに与ることを証言しています」

十字架の傍らに立つ聖母マリアと弟子ヨハネは、苦しみのうちに自らをいけにえとして奉献されるイエスに一致するとともに、自らが生涯をかけて説き続けた愛といつくしみの教えを、生命の極みにあっても言葉と行いであかしするイエスの姿に触れることになりました。

十字架の上で「父よ彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と、迫害する者のために赦しと神のいつくしみを祈り、「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と、神の前に謙遜にある者のためには愛の言葉を述べられたイエス。

パウロはコリント人への手紙にこう書いています。

「キリストがわたしを遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです。(1コリント1章17節)」

人間の知恵を労して、いくら神の愛といつくしみについて雄弁に語ってみせたところで、その言葉の知恵は、結局はキリストの十字架をむなしくしてしまうとパウロは説きます。なぜならば、キリストの十字架上での生命の極みにおける生きる姿こそは、愛といつくしみという福音の、まさしく目に見えるあかしそのものだからです。そのあかしを生きていない私たちが、いくら人間の浅はかな知恵を労して言葉を並べ立てても、イエスのすさまじいまでの生命を賭した十字架上での愛といつくしみのあかしに並ぶことなど出来ません。十字架は神の愛の目に見える証しであります。神の愛の具体的な行動の目に見える証しであります。

私たちも、私たちの生きる姿そのものによって、イエスの教えを、福音を、その愛といつくしみを、あかししていかなくてはなりません。教会は、キリストの十字架の傍らに立ち続け、苦しみのうちにおけるイエスの愛といつくしみの言葉と行いに一致し、自らもその模範に倣いながら生きていかなくてはなりません。その生きる姿で、福音をあかししていかなくてはなりません。福音に基づいた世界、すなわち神が望まれる世界を実現するためです。

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明日もまた秋田の聖母の日の二日目が、ビデオで配信されます。どうぞ一緒に、聖母とともに祈りをささげましょう。すべての人に救いの福音がもたらされるように、聖母の助けを願いましょう。わたしたちが主イエスの十字架での苦しみにあずかり、主の愛を身に受けて、自らあかしして生きることが出来るよう、その模範である聖母に倣うことが出来るように祈りましょう。(写真上は、ローマのサンタ・マリア・マジョーレ大聖堂)

なお、秋田の聖母の日のビデオ配信などは、こちらのリンクから聖体奉仕会のホームページをご覧ください。

 

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2021年8月 6日 (金)

2021年の平和旬間です

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8月6日は主の変容の主日であるとともに、広島における原爆投下を記憶する日でもあります。多くの方が一瞬にしていのちを奪われ、その後も影響を残した破壊的な核兵器は、決して使われてはならないという思いを新たにし、戦争で亡くなられた多くの方の永遠の安息を祈ります。

教皇ヨハネパウロ二世が、1981年に広島の地から世界に向けて発信された言葉が響きます。

「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません」

「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。1945年8月6日のことをここで語るのは、われわれがいだく「現代の課題」の意味を、よりよく理解したいからです。あの悲劇の日以来、世界の核兵器はますますふえ、破壊力をも増大しています」

同じ広島の地で、2019年、教皇フランシスコは世界に向けてこう語りかけておられます。

「わたしは謹んで、声を発しても耳を貸してもらえない人たちの声になりたいと思います。現代社会が置かれている増大した緊張状態、人類の共生を脅かす受け入れがたい不平等と不正義、わたしたちの共通の家を保護する能力の著しい欠如、あたかもそれで未来の平和が保障されるかのように行われる継続的あるいは突発的な武力行使を、不安と苦悩を抱いて見つめる人々の声です」

「戦争のために原子力を使用することは、現代においては、これまで以上に犯罪とされます。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反する犯罪です。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反しています」

日本の教会は、教皇ヨハネパウロ二世の平和への願いに触発されて、日本訪問の翌年から、8月6日の広島の日に始まり、9日の長崎の日、そして15日の終戦の日にいたる10日間を「平和旬間」と定めて、亡くなられた方々の永遠の安息を祈り、戦争の記憶を伝え、平和のために祈る時としてきました。

わたしたちが語る平和は、単に戦争や紛争がない状態なのではなく、神が望まれる世界が実現すること、すなわち神の秩序が支配する世界の実現です。わたしたちは日々、主の祈りにおいて、「御国が来ますように」と祈りますが、それこそは神の平和の実現への希求の祈りです。求めて祈るだけではなく、わたしたちがそのために働かなくてはなりません。その意味で福音宣教は平和の実現でもあります。

毎年、8月5日には、広島教区で開催される平和記念行事に全国の司教が参加してきましたが、今年は現在のような状況であるため、わたしは参加を取りやめました。本来は平和公園からカテドラルまで平和行進も行われてきたのですが、昨年に続いて今年も中止となりました。

なお昨日8月5日夕方のミサの様子は、以下の広島教区のビデオをご覧ください。

東京教区でも例年は平和旬間委員会を設け、平和旬間の企画運営にあたり、教区全体として、また宣教協力体として、さまざまな企画を行ったり、祈りの時を設けたり、平和行進をしたりして、この10日間を過ごしてきました。しかし昨年に続き今年もまた感染症の状況の中、特に今年は緊急事態宣言の下、また毎日報告される新規陽性者の数も増加する中で、すべての企画を中止とせざるを得ない状態になっています。

すでにお知らせしていますが2021年の平和旬間は、特に東京教区の姉妹教会であるミャンマーの教会に思いを馳せ、ミャンマーの人々のために、またその平和のために特に祈るときとしたいと思います。東京教区のホームページに、特設サイトを設けたりますのでご覧ください。

ミャンマーは2021年2月1日に発生したクーデター以降、平和からはほど遠い状況にあります。また感染症への対策も後手に回り、先日も以前からよく存じ上げているパテイン教区のJohn Hsane Hgyi司教様が、67歳で、新型コロナ感染症のために亡くなられました。

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人々とともに平和を求めて立ち上がったカトリック教会に対して、暴力的な攻撃も行われています。シスターが軍隊の前に跪いて手を広げ、暴挙を自分の体で止めようとした姿が、写真で広まりました。その思いに、わたしたちも心をあわせたいと思います。

東京教区は、長年にわたって、主にミャンマーにおける神学生養成を支援してきました。教区ではレオ神父様と高木健次神父様が中心になって、ミャンマーの教会と交流を続け、わたしも昨年2月、コロナ禍の寸前に、現地の神学生たちを訪問することが出来ました。そのような関係を通じて培われたミャンマーの教会との関係です。ミャンマー司教協議会会長であるチャールズ・ボ枢機卿の平和への呼びかけにわたしたちも応えたいと思います。聖霊の導きのもとに、政府や軍の関係者が平和のために賢明な判断が出来るように、弱い立場に置かれた人々、特にミャンマーでの数多の少数民族の方々のいのちが守られるように、信仰の自由が守られるように、神の平和がもたらされるように、この平和旬間にともに祈りましょう。

平和旬間にあたり、日本カトリック司教協議会会長である高見大司教様の談話が発表されています。こちらのリンクからご覧ください。

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2021年7月 9日 (金)

あらためて緊急事態宣言となります

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四度目となる緊急事態宣言が、地域を限定して発出されることになりました。東京都はその対象地域の中に入っており、期限は7月12日から8月22日と報道されています。また千葉県にあっては、現在のまん延防止等重点措置が継続ということです。

ずーっと緊張を強いられているので、ちょっと疲れました。これで7月23日には東京オリンピックが、また8月24日には東京パラリンピックが、首都圏を中心に、各地で開催されるというのですから、心配にならないわけがありません。首都圏では無観客との報道もありますが、それはそれで、実際に競技をする選手の皆さんにはお気の毒としか言いようがありません。世界各地から選手や関係者が集まることから、感染の再拡大を懸念する声も聞かれます。

先日も書きましたが、東京教区では本来、この世界的行事に合わせて来日する多くの方の霊的必要に応えるために、オリンピック対応チームを結成して、各小教区でどのような準備が必要か、また教区としてどう対応するかを数年前から検討していました。またカナダのバンクーバー教区からは、そういった対応の専門家が何度も来日し、さまざまに対応を考えてきました。選手村での霊的必要に応えるために、諸宗教団体が組織委員会から要請される事もありますし、来日する多くの観客への対応も必要と言うことで、いろいろと考えてはきましたが、そういった対応はすべて中止とし、今回のオリンピックのための特別な対応は行わないことにいたします。唯一、組織委員会から諸宗教に要請が来ている、選手のためのビデオでの宗教対応に応えるために、教区広報担当者がビデオを必要数だけ準備はしています。無観客とは言え、選手以外に報道関係など、この時期に東京圏に来られる方々も少なくない模様です。そういった方々には、来週以降、現在の小教区における感染対策を提示し、教会に関連する行動の自粛をお願いする予定です。

今回の緊急事態宣言への教区としての対応は、12日の月曜に公示します。

さて、小教区などに出かけていってミサを司式すると、例えば堅信式などですが、ミサ後に説教の原稿があるかどうか尋ねられることがあります。答えは、そのときによって異なるので、どちらとも言えないのです。でも簡単に見分けることが出来ます。

この下の写真のように、朗読台から落ち着いて話しているときは、多くの場合、原稿があるときです。

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この下の写真のように、目線を上げて、手を動かしてジェスチャーがあるときは、多くの場合、原稿がないときです。

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わたしはその昔、アフリカのガーナで主任司祭をしていましたが、ガーナでは、ミサの説教を普通でも30分くらいするのです。ほとんどが原稿なしでした。どちらかというと、身振り手振りが入った、パフォーマンスみたいな説教でした。もちろん事前に何を話すか、しっかりと考えては行きます。それでもガーナの神父様たちの、熱烈な説教には、その足元にも及びませんでした。

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そんなわけで、もちろん事前によく考えてから(というか黙想してから、です)、メモを持って行くこともあれば、頭にメモをしていくこともありますが、小教区を訪問するときは、そこにあつまった皆さんを見ながら、共同体の雰囲気も勘案しつつ、原稿なしでお話しすることが多いのです。そうすると結構、お話しする時間が不正確になります

カテドラルや、大きな行事の時には、時間のこともあるので、原稿を用意することが普通です。わたしの場合、40字×40行のA4用紙で2ページ書くと、概ね10分の説教となります。毎週土曜日に配信している「週刊大司教」のメッセージは、毎回40字×40行のA4で1ページとしています。

昨年2月から、公開ミサを中止していた関係で、関口教会からミサの配信を始めました。そのときに、配信ミサには、必ず字幕を入れることを、担当者と決めました。最初は調子よかったのですが、そうなると毎回毎回、字幕入れの作業に間に合わせるため、一週間前には次の日曜の説教原稿を完成させていなくてはならなくなりました。メモを作るのは簡単ですが、完成した原稿を作るのは、結構大変です。もちろんどちらにしろ、説教準備は実際に文字にする前の準備が時間を要するものです。

そして現在は「週刊大司教」。これは3回分をまとめて、事前に撮影しています。ですから、例えば今の段階で7月分はすべて撮影が終わっており、わたしは8月分のメッセージを書き続けています。もちろんそれが仕事ですから当然なのですが、そのまま読んでもおかしくない原稿を用意する作業は、なかなか手間がかかるものです(その原稿のまま、字幕が出ますので)。

毎回、全体のプログラムを11分程度に収めるようにしていますので、多くの方に「週刊大司教」をご活用いただけたら幸いです。周りの方にもご紹介ください。Youtubeの「カトリック東京大司教区」のチャンネルからご覧ください。このチャンネルの動画一覧からは、過去のすべての「週刊大司教」や、ロザリオの祈りのビデオをご覧いただけます。または、毎回この「司教の日記」で、メッセージ原稿とその日のビデオを貼り付けていますので、そちらもご活用ください。

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2021年7月 7日 (水)

手術を受けられた教皇様のために祈りましょう

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すでに一般の報道でもご存じのように、教皇様は先日、7月4日のアンジェルスの祈りが終わった後に入院され、手術を受けられました。アンジェルスの祈りの時には、ご自分の入院について一言も言及されなかったため、一時は緊急事態かと緊張が走りましたが、その夜になってバチカンの広報官から、「予定されていた手術であった」と発表されています。

手術は無事に成功し、順調に回復に向かっておられるとのことですが、今週一杯は入院されると伝えられています。教皇様の回復のため、またその健康のためにお祈りいたしましょう。

報道によれば、「7月4日(日)夜、教皇は、ローマ市内のサクロ・クオーレ・カトリック大学付属のアゴスティーノ・ジェメッリ総合病院で結腸の手術を受けられた」とのことです。(バチカンニュース)「担当の医師団の所見によれば、教皇の術後経過は順調で、検査の結果も良好」と伝えられています。3時間ほどの全身麻酔での手術で、バチカンの広報官の発表によれば、「diverticular stenosis」の手術をうけられたとありますから、グーグル翻訳では、「憩室狭窄」となります。そして同じ発表によれば、手術には左側の「hemicolectomy」が含まれたとありますので、またグーグル翻訳によれば、「半結腸切除術」を受けたと言うことになります。また広報官の発表には、手術には10名の大学教授や医者が立ち会ったと記されています。(英語の記者発表はこちら

教皇様は2013年の就任以来、座骨神経痛に悩まされておいででしたが、それ以外には大きな病気をされたことはなく、入院も初めてです。それ以外には白内障の手術を受けられていたと思います。また若い頃に、右肺の一部を切除されていたことも知られています。大きな病気はないものの、84歳なのですから、教皇であるということだけでも、心身に重責が重くのしかかっていると思います。また就任以来進めているバチカンの大きな改革には、教会内外から賛否のさまざまな声があり、教皇様の心的負担はいかばかりかと思います。どうか教皇様の健康のためにお祈りください。

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なお教皇様は、いまのところ7月11日の主日のアンジェルスは行うことになっており、これが10階の病室の窓からなのか、バチカンからなのかは、まだわかりません。また9月12日から15日まで、スロバキアを訪問することも発表されています。またその途中、9月12日にはハンガリーのブダペストで、国際聖体大会の閉会ミサを行うとも発表されました。ハンガリーではこれ以外の行事が予定されず、即座にスロバキアに移動される模様です、ハンガリー政府との関係にさまざまな憶測が流れているようです。

いずれにしても、教皇様が健康にペトロの後継者として、また普遍教会の牧者としての務めを果たすことが出来るように、皆の祈りで教皇様を支えましょう。

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2021年6月30日 (水)

福者ペトロ岐部司祭と187殉教者

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7月1日は、福者ペトロ岐部と187殉教者の記念日です。迫害の時代、全国各地で多くの殉教がありましたが、その中から代表する形で188人が選ばれ、2008年11月24日に長崎で列福式が行われました。188福者の中で、一番人数が多いのは、1629年1月12日に山形県米沢で殉教した、ルイス甘粕右衛門を始めとした53名の殉教者で、その次に多いのは、1619年10月6日に京都で殉教した52名です。

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山形県の米沢市には、市役所に近い北山原(ほくさんばら)と言う殉教地が残されています。いまは住宅に囲まれていますが、昭和の初めに宣教師が場所を特定し、その地を買い求めてくださったおかげで、現在は小さな公園のような佇まいの殉教地に十字架が立ち、祭壇が設けられています。毎年7月の初めには殉教祭が行われています。今年はコロナ禍で参加者限定のようですが、新潟教区のホームページに案内があります。(上の写真は2013年の北山原での殉教祭です)

188名の殉教者全体を代表しているペトロ岐部は、1639年7月4日に江戸で殉教していることから、この日にもっとも近くて、典礼暦的に可能であった7月1日が、188殉教者の記念日とされました。

ペトロ岐部は大分県の出身で、司祭となることを目指しているなか、1614年にマカオに追放。その後、ローマを目指してインドへ船で渡り、インドから、なんと歩いてローマへ到達した人物です。その途上、日本人で初めて、聖地に足を踏み入れたとも言われます。1620年に司祭に叙階され、イエズス会士として帰国。最後は東北で捕らえられ、1639年に拷問の末殉教されています。

188殉教者には、もうひとり、江戸での殉教者がいます。ヨハネ原主水です。東京教区では、原主水が江戸の殉教者として知られていますが、それは彼が1623年12月4日に起こった「江戸の大殉教」の中心的人物であったためだと考えられます。

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「宣教師を含む信者50名は小伝馬町の牢から 江戸市中を引き回され、東海道沿いの札の辻(現在の田町駅付近)から 品川に至る小高い地で、火刑に処せられました」(高輪教会のホームページから)。高輪教会は、殉教地である札の辻に近いことから、殉教者の元后にささげられており、通常は毎年11月頃に殉教祭が行われます。(写真は2018年の殉教祭)

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全国各地の殉教者のそれぞれの殉教の日が異なるので、それぞれの記念の行事などの伝統があることだと思いますが、7月1日には、是非とも日本における信仰の礎となった188殉教者を思い起こし、その勇気と信仰に倣うことが出来るように、取り次ぎを祈りましょう。

中央協議会のホームページには、殉教者たちについていくつもの記事が掲載されています。是非ご一読ください。またそこには、殉教者を顕彰する今日的な意味を、こう記しています。

「『ペトロ岐部と187殉教者』は、それぞれ、現代に通じるメッセージをもっていますが、その根底に流れる共通点は、神と一致した生き方を貫いたこと。言い換えれば、神の価値観を公言し、福音的でない価値観を、勇気をもって拒否したことではないでしょうか。
現代人にとって福音のメッセージは、一見すると不合理で弱々しく、説得力に欠けるように感じられるかもしれません。それどころか、社会からは受け入れられず、反発を生むかもしれない、それでもなお、勇気をもってイエスの価値観に生き、それを証していくことこそ、いま私たちに求められる霊性ではないでしょうか」

日本の教会では、福者殉教者の列聖を求めて運動を展開しています。どうぞお祈りください。

 

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2021年6月22日 (火)

沖縄慰霊の日、6月23日

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6月23日は、沖縄慰霊の日です。太平洋戦争末期の沖縄戦で、陸軍の現地司令官だった牛島満中将が、昭和20年6月23日未明に、糸満の摩文仁で自決したとされており、沖縄県では1974年に「慰霊の日を定める条例」を制定し、戦没者の追悼と平和を祈る日とされています。(沖縄県公文書館のサイトによれば、1961年に6月22日を慰霊の日と定めて始まり、その後、1965年に史実を確認して翌23日に変更。さらに1972年に米国から日本に沖縄が返還されてからは、日本の「国民の祝日に関する法律」の適用外となったことから、1974年に県の条例で現在のように定めたと言うことです)

沖縄県の「慰霊の日を定める条例」の第一条には、「我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失つた冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため、慰霊の日を定める」とその目的が記されています。

この日には沖縄全戦没者追悼式が行われますが、カトリック教会も那覇教区が、毎年この日に慰霊のミサと祈りをささげる行事や、平和行進を行ってきました。残念ながら、感染症の状況下でもあり、今年は例年の諸行事が行われません。那覇教区のホームページによれば、今年は特別に、6月23日は午前11時から安里教会を主会場に各小教区でミサを捧げ、正午には全県民と心をあわせて黙祷をささげることとされています。23日には、沖縄のことを思い、恒久の平和を願い、また沖縄の地に神の平和が実現するように、祈りをささげましょう。

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例年は、那覇市の小禄教会で朝早くミサを捧げ、そこから糸満市にある魂魄の塔まで平和行進があります。わたしも戦後60年だった2005年に参加したことがありますが、そのときはすでに梅雨が明けていたので、なかなかの暑さの中での行進でした。(写真はそのときのものです)

昨年は戦後75年だったこともあり、また県外からの参加も出来なかったため、司教団ではこの慰霊の日に合わせて、戦後75年の平和メッセージ「すべてのいのちを守るためー平和は希望の道のり」を発表しました。こちらのリンクから、昨年のメッセージをご覧ください

メッセージにも記されているとおり、2019年の教皇訪日のテーマである「すべてのいのちを守るため」という教皇フランシスコの呼びかけは、ラウダート・シに記された「総合的エコロジー」の課題として、共通の家である地球を世話するようにと与えられたわたしたちの召命を生きることであり、将来の世代への責任であり、神から与えられたいのちという賜物を神の望まれるとおりに守り抜くことであり、ひいては神の秩序の実現、すなわち神の平和の確立を目指すことでもあります。メッセージにはこう記されています。

「あらゆる戦争を憎み、命を大切にしようとする沖縄県民の訴えに応え、今日、「魂魄の塔」に思いを馳せて、すべての戦争犠牲者のために祈りを捧げつつ、平和希求への決意を新たにし、行動を起こしましょう。

「人のいのちは何ものにも替えがたいとする沖縄の「ヌチドゥ宝」の心と、「すべてのいのちを守るため」という教皇フランシスコ訪日のテーマは重なっています。「いのちと美に満ちているこの世界は、何よりも、わたしたちに先立って存在される創造主からの、すばらしい贈り物」です。「『わたしたちが、自分たち自身のいのちを真に気遣い、自然とのかかわりをも真に気遣うことは、友愛、正義、他者への誠実と不可分の関係にある』(回勅『ラウダート・シ』70)のです」。それゆえ、戦争だけは、どんな理由があっても絶対に起こしてはなりません。わたしたちキリスト者は、こうした沖縄の人々の叫びと教皇フランシスコの言葉に共鳴し、戦争放棄と恒久平和を訴えます。「すべての人との平和」こそ、神の望みだからです」

歴史的にもそうですが、現在も沖縄は基地の課題など、限定された地域に大きな負担を負っています。そういった課題も含め、この地上に神の平和が確立されるように、祈り続け、また働きかけ続けていきたいと思います。また政治のリーダーたちに、聖霊の照らしと導きがあり、より良い道が見いだされるように、祈り続けたいと思います。

(追記)

那覇教区の教区報「南の光明」6月号に、ウェイン司教様の、慰霊の日にあたってのメッセージが掲載されています。こちらのリンクからご覧ください。

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2021年6月 7日 (月)

感染防止策と堅信式

キリストの聖体の主日にあたる6月6日、午前11時から、世田谷区にある清泉インターナショナル学園で、12名の方の堅信式ミサを行いました。

用賀にある清泉インターナショナル学園は、清泉女子大学などの母体である聖心侍女修道会を運営母体とし、もともとは戦後に進駐してきた米軍の要請で開設されたと、学校の歴史に記してありました。一歩敷地内に足を踏み入れると、そこは米国などの学校の雰囲気です。

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堅信式ミサは、学校の行事なのではなく、この学校の聖堂で、毎日曜日、シスターたちも交えて英語の主日ミサにあずかっている共同体の堅信式です。いろいろな司祭が日曜はミサのお手伝いを担当しておられると聞きましたが、この日は、イエズス会のキエサ神父様が共同司式に来られました。

12名の方は、さまざまな国や文化を背景に育っておられる、日本で言えば中学生から高校生くらいの男女。昨年も依頼されていましたが、ちょうど、公開ミサを中断にしていた時期と重なり、堅信式を行うことが出来ませんでした。堅信を受けられた皆さんおめでとうございます。

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さてこういう状況の中で、堅信式を行うのは容易ではありません。まずそれぞれの距離を広くとって、しかも十分な換気となると、学校の聖堂では狭すぎます。そこで今回は、学校側の配慮もあり、体育館を利用してのミサとなりました。広いですし、天井は高いですし、換気も十分。床を保護するために、関係者の方がシートを敷いてくださいました。ですから写真で見ると、本来は木の床がブルーになっています。

もちろん参加者は12名の受堅者と代父母、そして家族と一部の関係者に限定。聖歌は一切なく、その代わりに録音された音楽が流され、またミサの受け答えは、司会者がひとりで担当してくださいました。

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パンデミック下での堅信式については、昨年10月にバチカンの典礼秘跡省から、質問への回答という形で指針が発表されています。それによれば、このパンデミックの間にあっては、接触の機会を極力減らすため、塗油の時の直接の按手をしなくても秘跡は有効であり、また塗油にあたっては、例えば綿棒のようなものを介して塗油してもかまわないとのことです。昨日は、綿棒を使って聖香油を塗油させていただきました。

準備をしてくださった方々には、何度も教区本部と連絡を取り、十分な感染対策をとっていただいたことに感謝します。感染対策は十分でしたが、やはり一緒に唄ったり、語り合ったり、そしてミサ後の祝賀会など、行うことが出来ないことがたくさんあったのは残念でした。

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ミサ後に、一瞬マスクを外して、シスターたちと記念写真を。一番長老の99歳のシスターは、車椅子ですが、しかし頭脳明晰。お元気そうで何よりでした。次回は、安心して、一緒に聖歌を歌って、喜びを分かち合うことが出来るように、願っています。

付記:ちなみに、Facebookでこの件を書いたところ、ガーナの友人の司教から、「こちらは、感染対策をしながら、暑い中、135人も堅信で、大変だった」とコメントがありました。確かに、それは大変だと思います。またボツワナの司教さんからは、「先週こちらでは6人の堅信だったが、お祝いでした」とコメントが。地域によって、状況は大きく異なるようです。

 

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2021年6月 1日 (火)

ブルネイのコルネリウス・シム枢機卿、逝く

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5月29日土曜日の昼頃、FABC(アジア司教協議会連盟)の香港にある事務局から、司教宛ての一斉メールがわたしのスマホに入ってきました。メールのタイトルは、単に「Cardinal Cornelius Sim」となっていました。そのタイトルにほかのことを想像したのですが、添付されていたのは、ブルネイのコルネリウス・シム枢機卿が帰天されたという知らせでした。(上の写真はFacebookから)

シム枢機卿は1951年9月生まれなので、まだ69歳です。しかもその訃報には、台湾の病院で亡くなられたと記されていました。

シム枢機卿とは、年齢は少し離れているものの、同じ時期に司教になったこと(彼が2005年1月、わたしが2004年9月司教叙階)、FABC関係の会議で何度か一緒になったこと、一度ファティマに出かけるグループで一緒になったことなどから、特に互いのFacebookでの繋がりでしばしばやりとりのあった友人でした。

ブルネイは、マレーシアに囲まれた比較的小さな国で、人口45万人ほどのうち7割強がイスラム教であり、カトリックは4%ほどの2万人弱と統計にあります。国全体が使徒座代理区で、働いている司祭は3人、小教区も3カ所と、統計には記されています。

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その教会で、シム枢機卿は98年から使徒座代理区長、そして2005年には司教に叙階され、教会を率いてきました。ご本人は、司祭になる前に欧米各地で学んだり働いた経験もあり、コミュニケーション能力に優れ、また聖霊刷新運動にも熱心であったと聞きますが、非常にダイナミックで、若者たちを引きつけるリーダーでありました。一度、韓国で行われたアジア青年大会に、教皇ミサに参加するために出かけたとき、わたしたちは白のスータンを着て壇上にいたのですが、シム枢機卿は、ポロシャツ姿で青年たちの輪の中に一緒に留まっておられたりと、ともに歩む牧者を体現された方でした。(上の写真は、2009年のFABC総会で、東ティモールのバジリオ・ド・ナシメント司教と話すシム司教)

Facebookなどを通じた発信も積極的で、ブルネイからのミサのネット中継や、さまざまな形での霊的指導にも取り組み、その熱心な霊的指導に魅せられ、指導を直接ネットを通じて(英語で)受けていた人は、日本にもおられます。

教皇様は、昨年11月28日の枢機卿会議で、シム司教をブルネイで初めての枢機卿に親任されました。シム枢機卿は、フィリピンのホセ・アドビンクラ大司教とともに、枢機卿会に出席するためにローマに行くことが出来ませんでした。新型コロナの状況のためです。ですから、土曜の朝にメールを受け取ったときは、てっきり、枢機卿さんたちが親任された後に、ご自分の名義教会(ローマ)に着座する慣例について、このたびはシム枢機卿に関してどうなるかのお知らせかと思ったのです。

昨年の8月、彼から受け取ったメッセージには、癌で闘病中であり、すでに手術を受けていたことも記されていました。確かにその半年前くらいから、彼のFacebookでの記事が内容的にも、投稿回数にしても、不安定になっていたことを感じていました。そしてそのメッセージでシム枢機卿は、東京の某病院名をあげ、そこでの治療を受ける可能性を探ってほしいとリクエストがありました。しかし時期はちょうど、新型コロナ感染症が拡大していた2020年夏です。そもそも移動と入国が簡単ではありません。

昨年10月25日に教皇様がシム司教を含む13名の新しい枢機卿の名前を発表されたとき、即座にお祝いのメッセージを送りました。すぐ回答があり、それには「教皇様は、病人を選んじゃったよ」と記してあり、地元のドクターたちと相談しながら、東京へ行く計画をまだ考慮していると記されていました。

最終的にシム枢機卿は、感染症の状況などから、同様の治療を受けることの出来る台湾の病院を選択されたものと思います。5月7日に台湾に出発する前日6日の、最後のブルネイでのミサのオンライン中継での説教が残されています(リンク先はyoutubeです)。長い闘病で、かなり力を使い果たしていたものと思います。力を振り絞って説教をする姿が残されています。ブルネイの教会のために、祈ります。

主よ永遠の安息を、シム枢機卿に与え、絶えざる光を彼の上に照らし給え。

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2021年5月21日 (金)

第16回通常シノドスへの道

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第16回目となるシノドスは、当初来年の10月開催の予定でしたが、感染症の状況を考慮して、2023年10月に開催となることが発表されています。(上の写真は、2017年4月にバチカンのシノドスホールで行われた国際会議にて。ここがシノドスの会場になります。)

今回のこのシノドスのテーマは、“For a synodal Church: communion, participation and mission"(『シノドス性ある教会のために:交わり、参加、ミッション』:バチカンニュース仮訳)と、昨年すでに発表されていました。

ご存じのようにシノドスとは世界代表司教会議のことで、中央協議会のホームページにこう記されています。

『「シノドス」とは、「ともに歩む」という意味のギリシア語で、一定時に会合する司教たちの集会のことです。教皇と司教たちとの関係を深め、信仰および倫理の擁護と向上、規律の遵守と強化のための助言をもって教皇を補佐するために開かれます。またそこでは、世界における教会の活動に関する諸問題を研究します。・・・シノドスは、提起された問題を討議し、教皇に意見を具申しますが、決定機関ではありません。会議に関する権限は、すべて教皇にあります。会議の招集、代議員の指名・任命、会議要綱の決定、会議の主宰、閉会、延期、解散などは教皇の権限によって行われます。』

今回のシノドスについて、事務局の責任者であるマリオ・グレック枢機卿から発表がありました。今回はまさしく、「ともに歩む」事を最重点課題として、教会全体の声に耳を傾けたい。その声は、司教たちだけの声でなく、司祭、信徒、修道者の声である。そのために、2023年10月の会議だけに終わるのではなく、シノドスのプロセスを、今年2021年10月から開始するというのです。

シノドス事務局といえば、教皇様は責任者である事務局長にマルタのゴゾ司教であったマリオ・グレック師を2019年に任命し、その後枢機卿にされています。そして今年2月には二人の次官を任命し、そのうちの一人が初めての女性次官(バチカンで初めて)であるシスター・ナタリー・ベカーです。フランスの司教協議会で、青年司牧と召命促進の担当者を務めていたシスター・ベカーは、「発見が沢山ある新たな冒険の入り口に立った気持ちです」とバチカンニュースのインタビューに答えておられました。(リンク先はYoutubeのEWTNのインタビューで英語ですが、シスター・ベカーの人となりを知ることが出来るビデオです

さて、そのシノドスのためにグレック枢機卿は世界中の司教宛てに書簡を送付し、その中で、教皇様が前回の通常シノドス(2018年に「若者、信仰そして召命の識別」をテーマに開催)で強調されていたシノドス的教会のあり方を、今回はなおいっそう重視し、実践に移したいと強調されています。

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シノドス的教会については、2018年10月の前回の通常シノドス閉会にあたり、教皇様がお告げの祈りで述べられたメッセージの言葉を思い起こしたいと思います。その中で、教皇様は、次のように言われます。(上の写真は、2017年4月のシノドスホールでの会議で、タクソン枢機卿と話す教皇様)

「それは「いやしと希望」のときであり、何よりも「傾聴」のときでした。傾聴するためには、時間、注意力、さらには心と気持ちを開け放つことが必要です。しかしその行程は、日々、いやしに変わっていきました」

互いの話に耳を傾け合うことの重要性です。その上で、

「傾聴というこの基本的な手だてを通して、わたしたちは現実を解釈し、現代のしるしを把握しようとしました。そして、みことばと聖霊の光のもとに、「共同体としての識別」が行われました。それは、主からカトリック教会に与えられたもっとも素晴らしいたまものの一つです。つまり、まったく異なる状況にある人々の発言や表情を集め、つねに福音の光のもとに、その現象の利点と複雑性を考慮に入れながら解釈しようとしたのです」

神の求める道はどこにあるのかを、識別するのです。それも一人でそうするのではなく、共同体としての識別です。そして、

「書面の文書を作成することを第一の目的としない「シノドス様式」です。書面の文書も貴重で有益なものですが、それ以上に、現状に即した司牧的選択をするために、老若男女が集まり、協力しながら傾聴と識別を行う方法を推進することが重要です」

「シノドス様式」と訳されている「シノダリティ」。実は先般発表した東京教区の宣教司牧の方針を定めるにあたっても、わたしとしてはその『シノドス様式』を多少なりとも尊重して、互いの意見に耳を傾けあい、共同体としての識別を重ねたいと思いました。コロナ禍もあり完全には実施できなかったものの、宣教司牧方針の策定には多くの意見をいただき感謝しています。

さてというわけで、今回の第16回通常シノドスです。グレック枢機卿は、今回のシノドスをまさしく『ともに歩む』道程とするために、まず2021年10月にその道程を開始すると発表されました。

2021年9月頃には、最初の課題集が公表されます。そして、10月9日と10日に教皇様はバチカンで、さらに世界中の各教区でも10月17日に、シノドスの始まりを祝うミサを捧げるようにと指示がされています。また、世界中の各教区には意見をとりまとめるための担当者かチームを任命して、教区全体から課題集に対しての意見を募るようにとの指示がありました。

その上で教区の回答を集約し、翌2022年4月までに、各司教協議会がとりまとめます。その世界各地のまとめをさらに集約して2022年9月には最初の文書がシノドス事務局によって作られます。さらに今度は、各大陸別の司教協議会連盟(アジアはFABC)で議論を深め、それに基づいて、2023年6月までに、シノドスの作業文書がシノドス事務局によって作成され、10月の会議となります。

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感染症の状況がどのように推移するのか、推測するのは難しいことですが、できる限り、神の民の一員として、この『ともに歩む』道程に、東京大司教区全体として加わることが出来るように、努めたいと考えています。(上の写真は、2017年4月の会議後、シノドスホール出口に向かうところで、皆に囲まれる教皇様)

シノドスはこれまで、事務局から文書が送られてきて、それに文書で司教団が回答し、それをもとにして委員会が作業文書を作成し、本番の会議が進められてきました。そのため、地域教会の現実を十分に反映していないと、さまざまな方面からシノドスのプロセスに懸念を表明する声がありました。今回の、教皇様の意向を取り入れた、時間をかけた事前の準備プロセスがうまく機能するならば、シノドスは変化するでしょうか。わたしたちもそれに加わりながら、シノドスプロセスを注視したいと思います。

 

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2021年5月13日 (木)

ファティマの聖母記念日

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5月は聖母の月で、毎年ロザリオの祈りが呼びかけられています。昨年に続き今年も、感染症による困難な状況の終息を願い、教皇様は特別に祈るようにと呼びかけられています。今年は、毎日、世界各地の聖母巡礼所を結んでのロザリオマラソンが行われ、また東京教区では、毎週月曜日の昼に、一連ずつをメッセ-ジとともに配信をしております。

その5月の中で、本日5月13日は、ファティマの聖母の記念日です。聖母マリアが、ポルトガルの三人の子どもたちに御出現なさったのが、1917年5月13日のことです。6回にわたり聖母の出現をうけ、またメッセージを受けた三人のうち、幼くして亡くなった二人、フランシスコ・マルトとジャシンタ・マルトの列聖式は、2017年に教皇フランシスコがファティマを巡礼し行われました。三人のうちもう一人のルシア・ドスサントスは、その後修道生活に入り、2005年に亡くなられましたので、現在列福調査が進められています。

昨年は、翌5月14日が教皇様の特別な呼びかけによる祈願日であったことから、東京カテドラル聖マリア大聖堂でもロザリオの夕べを行いました。昨年の映像は、こちらのリンクからまだご覧いただけます。今年もロザリオの祈りにご活用ください。また以下にビデオをアップしておきます。

またはこちらのリンクから、東京大司教区の、今年の毎週一連の配信もご利用ください。現在、一連と二連が配信されています。

聖母の取り次ぎを求めながら、この5月の間、みなで共に祈りましょう。

一日も早く、人類が直面しているこの困難な事態が終息するように、また病床にある人たちにいやしが与えられるように、医療関係者の健康が守られるように、経済の悪化でいのちの危機に直面する人たちに助けがあるように、さまざまな事情によりいのちを守るために助けを必要としている人たち、特に海外から来られた兄弟姉妹に必要な助けが与えられるように、さらに政治のリーダーたちがいのちを守るための正しい判断をすることができるように。

そして、すべての人の上に復活の主イエスの守りと導きが豊かにあるように、わたしたち自身が御子イエスに倣って行動する勇気を持つことが出来るように、神の母である聖母の取り次ぎを祈りましょう。

さて、教皇様は5月11日に、新しい奉仕職として、「信徒によるカテキスタ」を正式に制定されました。同日発表された自発教令「アンティクウム・ミニステリウム」において、これまでの教会の歴史を振り返り、「カテキスタ」の役割の重要性と、それも召命の一つであることを強調され、同時にこの制定が、新たな「聖職者主義」を生み出すのではなく、教会共同体を豊かにするための奉仕職であることを指摘されています。

バチカンユースによれば、「信仰の証人・師・同伴者として、カテキスタは、洗礼の秘跡の準備から、生涯の育成にいたるまで、司牧に奉仕するよう招かれている、と教皇は説明」され、「信徒カテキスタは「深い信仰を持ち、人間的に成熟し」、キリスト教共同体の生活に積極的に参加している男女でなくてはならない」」とも指摘されています。

今後、典礼秘跡省から、認定式などの儀式が定められることと、各地の司教協議会はそれぞれの地域の事情に応じて、信徒によるカテキスタの制度を整備することを、教皇様は求めておられます。

ご存じのように、東京大司教区では「教区カテキスタ」の制度を定め、猪熊神父様を委員長としてカテキスタ養成コースを行ってきました(今年は感染症の状況に鑑み、中断中です)。今後、教皇様の今回の制定にあわせ、また示唆と励ましを頂き、東京における教区カテキスタの制度をさらに充実させていきたいと思います。

 

 

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