アクラの空の玄関口、コトカ国際空港。以前は非常に混乱した建物でしたが、いまや到着と出発が上下に分かれて、使いやすい便利なところに変わってました。もっとも入国審査のブースは相変わらず、(20年前はただの机でしたが、今は他の国同様ブースが並んでいます)並んでいるのに、やにわに係官がいなくなったり、そのために隣のレーンに無理矢理割り込まざるをえなかったり、大混乱でした。でも私はそれが楽しかったですけれど・・・。これは変わりそうもありません。
1986年から1994年まで、西アフリカのガーナで働きました。06年12月、12年ぶりにガーナを再訪。当時働いたオソンソン村では、毎年12月に3日間のマリア巡礼祭があり、それに参加してきました。
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アクラの空の玄関口、コトカ国際空港。以前は非常に混乱した建物でしたが、いまや到着と出発が上下に分かれて、使いやすい便利なところに変わってました。もっとも入国審査のブースは相変わらず、(20年前はただの机でしたが、今は他の国同様ブースが並んでいます)並んでいるのに、やにわに係官がいなくなったり、そのために隣のレーンに無理矢理割り込まざるをえなかったり、大混乱でした。でも私はそれが楽しかったですけれど・・・。これは変わりそうもありません。